11.生徒会長様
行政高校――正式名を「
毎年、行政機関へ最も多くの卒業生を正式な職員として送り込んでいる高等行政教育機関として知られ、誰もが憧れる
当校は教務員に管理されている個所はあれども、基本的に生徒の自治を重視しており、学内の秩序を維持するため、風紀委員などの役員には大きな権限が与えられていた。
自主性、自治力、統治力。将来期待できる人材を生み出し、育て上げるため、常に生徒たちは責任と権限を持つ意味を学校で学ばなくてはならない。
当然、学内で最も重要な役割とされる『生徒会』には多くの権限が与えられ、殆どのものが生徒会長へと委ねられるのだが、この“大統領型”或いは“一極集中型”の自治権はもはや行政高校では成り立っていなかった。
権限はある、だが、生徒会は生徒からの人望と尊厳を失っていた。数多くは『風紀委員会』、そしてそれを束ねる風紀委員会長――辻本智久へと向けられていたのだ。
それを基盤に本来、限られた権限しか持たない風紀委員会はこの二年の間に徐々に力を増し、現在では元来自治会の中心であるはずの生徒会の位置に立っていた。
だが、勘違いをしてはいけない。
あっても無いものとして見られども、生徒会には正式に与えられた権限と責任はあり、機能していないわけではない。
また、生徒会が信用を失ったのは辻本智久所以ではなく、生徒会長本人に“問題”という名の原因があった。
◆ ◆
6月2日。午前12時30分。
行政高校、西校舎一角。
ちょうど三時間目の授業が終わり、休み時間に入った廊下は紺色の制服に身を包んだ生徒で賑わっていた。
友人と雑談しながら食堂へ向かう生徒たちは未だに眠気で苛まれているのか、欠伸をしてる者も居り、その瞼は今にも落ちそうだ。
だが、どの生徒もある一つの足音に振り向く度、決まって驚愕したように目を見開いた。
「会長……」
「なんだね、柳くん?」
カツンカツン。黒いパンプスを鳴らしながら歩く、女性のその鍛え抜かれた美脚は惜しみなく横切る生徒たちの前に曝された。
うねるように背中の腰まで伸びるプラチナブロンドは彼女の高貴さを見せつけ、壺のようにハッキリとした曲線を描く身体つきは背後から見ても艶やかだ。
黒いストッキングに包まれた脚は堂々と優雅に床を踏み鳴らし、廊下を進んでゆく。その様を、背後で追っていた青年が疲弊したように声を漏らした。
「……この時間帯は目立ちすぎます。今でなくとも」
「それに何の問題がある? 注目されるのは大いに結構な事じゃないか」
「……いや、それは」
「それより、
カツカツカツ。振り返りもせず悠々と問いかける彼女。
答えを知る青年は前方の廊下を見ると、瞬時に指摘する。
「あ、はい。其処、右です」
カツン。最後の言葉に反応して、女性が立ち止まる。
視線の先は『1年E組』と扉の上に飾られた室名札。ニヤリ、秀麗な面差しに笑みが浮かび、口角を上げた唇の間から、鋭く尖った八重歯が覗いてみえた。
◆ ◆
一方、西校舎1年E組教室内。
「……もう、嫌だ」
「……そんなに酷かったのか?」
教室の一角、後方の窓際の席に腰掛ける高田は、隣で机の上に蹲る金城へと呆れの視線を寄越した。
遡ること一時間前、高田たちは法学の試験を受けていた。どれも教科書の内容を暗記すれば簡単に答えられる質問だったのだが、金城はそれを最も苦手としており、惨敗していた。
「しかも、最後に憲法って……おまけに論文系」
「……どんまい」
どうやら相当に参っているようだ。それもそうだろう。法学で学ぶことは多いし、おまけに憲法となると、その覚えるべき歴史や詳しい内容はおそろしく長い。前日の徹夜漬けなどという付け焼刃では、とても暗記しきれるものではなかった。
おまけに金城は馬鹿だ。その内容の殆どを理解できずに頭に叩き込もうとしたのだろう。そんな覚え方をしたって、記憶に残るはずがない。授業で居眠りせず、しっかりと勉強すれば良いものを……。
きっと今回も赤点なんだろうな、と金城は呻きながら更に肩を縮こまらせた。
そんな奴を横目で見ながら高田は溜息を漏らし、漂う陰鬱な空気を入れ替えるように金城の背中を叩いた。
「いつまでもウジウジしてんな! とりあえず飯いこうぜ!」
「……」
「……伊奈瀬さんたちが待ってるぞ?」
ガタリ。その魅惑の囁きを合図に金城は勢いよく机から立ち上がった。
すると、椅子の引きずる音が大きかったのか、教室内に居た生徒全員が奴へと振り返った。咄嗟の反応だったんだろう。どれも驚いたような顔をしている。
けど、それも金城が周囲に視線を走らせたことで即座に逸らされ、皆、各自に広げていた雑談や遊びなどを再開した。
(まるで腫れ物状態だな……)
クラスメートの態度に金城は堪らず嘆息を吐いた。
意識してみると、自身の周囲には必ず人の群れが無いことに気付く。どうやら、避けられているようだ。
先月の模擬戦の影響か――どうもそのことで噂されているようで、後ろ指を指されることが増えた。
大体の予想はしていたし、特に驚くことでもない。ただ、こうも注目をされるとまるで自分たちが珍獣になったかのような気がしてならず、金城は居心地の悪さを感じた。
高田も同じ心境なのか、口角が微かに下がっている。だが、直ぐに気分を取り直すかのように瞬きを一つすると、金城の背を押した。
「ほら、ボサっとしてねーで行くぞ! くいっぱぐれる!」
「お、おお」
突然、後ろから衝撃が襲ってきたことでよろめくが、直ぐに体制を直して歩き始める。
自分らを避けるように動く生徒たちに多少の気まずさを感じながらも、進もうとした。
だが、教室の扉へと近づこうとした瞬間。
「……えっ?」
――目の前の壁が吹っ飛んだ。
「え、え、え?」
驚いた拍子に金城は尻餅を着き、高田は言葉を失った。
「……っな、」
扉が見事にその形を失いながら後方へと吹っ飛び、床の上を滑ってゆく。机が一つ倒れたが幸い、近辺に人は居らず、怪我人は居ない。
だが、皆、戸惑っている。
当たり前だ。いきなり、なんの前触れもなく扉が飛んだのだ。一見普通の戸口に見えるそれは実際は厳重な作りをしており、そう簡単に壊れたりするはずがない代物だった。しかし、どうしたことか。それは見事に壁から外れて、原型をすっかり失くしているのだ。
誰だって戸惑う。
事実、尻餅を着いている金城自身も冷静に状況の分析をしながらも、どこか混乱していた。
一歩間違えていたら自分もあの衝撃に巻き込まれていたのだ。落ち着けるわけがない。
現状に対するツッコミを入れようにも、あまりの事態に呂律は回ってくれず、ただ壁と扉を交互に見ることしか出来なかった。
平和とは言えないが、揉め事も何もない日常へと戻れたと思いきや、この唐突な事態。
――何故だろう。凄く嫌な予感がする。
たったの一年の間に養われた勘がひしひしと金城にその予兆を伝えていた。頭の中の危険信号が点滅している。
ここは回れ右。教室の後方の扉から早く脱出した方が良い。
そう判断した金城は急いで高田と共に、この重圧で包まれたように感じられる室内から出ようとした――、が。
「金城理人、高田匡臣、両名が居る教室は此処かな?」
綺麗なアルトボイスが室内に反響し、金城の身体は停止した。
無様に床にヘタレこんだ体制のまま、自然と面差しが上向く。
視線は崩壊した戸口へと泳ぎ、自然と魅惑的な美脚が視界に入った。黒のストッキングに包まれた曲線は禁欲的で、いけない物を見てしまったような気恥ずかしさを無意識に覚えながら、金城はそのラインを視線で辿る。
徐々に上っていく視線はキュッと絞られた括れ、美しくかつ大きなバストを伝い、最後にはその眉目秀麗な顔へと到達した。
――軍人さん?
腰に手を着きながら堂々と立つ彼女は確かに金城と同じ紺色の制服を着用はしているが、服の上からでも分かるその鍛え抜かれた肉体美は、厳格な雰囲気をその艶絶な容姿から放らせていた。
上品な面差しはギラギラと双眸を光らせており、真っ赤な唇は大きな弧を描いている。気のせいか、ちらちらと覗く八重歯のせいで獣のようにも見える。
――あれ、なんだろう……このデジャヴ感。
既視感を覚えながら、金城はただ呆然と女性を見つめていた。
唖然と見つめる視線に気づいたのか、女性は顎を引かずに、その眼光だけを下で呆ける少年へと突き刺す。
ヒッ、と思わず悲鳴が漏れた自分は情けなくない、と金城は切実に信じたかった。如何せん、この女性は迫力がありすぎる。顔が今にも人を食い殺しそうな狂犬のように見えたのだ。
「ほう……これはこれは。書類通り、凡庸な顔つきだな。坊や」
「……え?」
――俺?
身体が緊張で固まって動かず、金城は内心で己を指差した。
「で、隣のが少年、高田匡臣か」
「……っ、あ」
つい、と眼光の矛先が今度は自分へと向けられ、高田も我知らず肩を跳ね上がらせた。
恐怖か緊張か、顔色が真っ青に変色してる。
「く、
なんで、此処に。そう続くはずだった言葉は駆けつけた教師によって遮られた。
「これは何の騒ぎですか?」
――久京だ。
面倒臭そうに眉を顰めながら歩み寄る奴の眉間には、深い皺が刻まれている。
「……って、あなたですか。玖叉くん」
廊下から壊れた入口を潜って室内へと入室しながら、久京は長い溜息を吐いた。
「扉を壊した理由はあるんでしょうね」
「問題ない。後で柳が説明する」
「……僕、ですか?」
無茶苦茶な暴言に、女性――雅の後ろに控えていた青年が掠れた声を出した。
青年はかなり身長があり、肩幅も広く、まるで壁のようだった。上級生だろうか。だが、その体格と反して顔つきは普通で、むしろ気弱……いや、温和そうな空気を醸し出していた。
目の下に隈が見えるあたり、この女性、雅にはかなり苦労させられているらしい。
次から次へと降ってわいてくる異常事態に金城は目を白黒させながら身構えた。高田も同様だ。
この女性、かなり危険である。
「少年金城、高田」
「は、はい!」
雅の声掛けに答えたのは高田だ。その声は強張っているように聞こえた。
「放課後、生徒会室に来なさい」
「え?」「へ?」
唖然とする二人に彼女は莞爾として笑い、その銀色に輝く髪を翻しながら教室から去っていった。
その後を青年――
その一部始終を傍観していた廊下の野次馬たちはざっ、とそれこそよく躾けられた軍隊のように《
誰一人、目を合わせることは決してしなかったが、代わりに、去り行くその堂々とした背中を不躾に凝視した。
反して金城たちは未だに状況把握ができず、久京は疲れたように端末を開きながら、全壊した扉のため、業者に連絡するよう、他の教務員と回線を繋げていた。
ボロボロになった扉を前に、金城は呆然と思った。
――なんだったんだ、あれは。
◆ ◆
午後01時15分。食堂。
「そっか、大変だったね……」
「……ああ」
直前まで起きていたありえない一部始終を説明し終え、げっそりと椅子に凭れ掛かった金城たちを労わるように、伊奈瀬は声をかけてやった。
それに高田は苦笑を返しながら水へと手を伸ばす。すると、向かい側に座っていた吾妻がポットを差し出してくれ、不意に目を瞬かせた。
見れば、ポットを差し出す吾妻は照れたように顔を俯かせていた。
大分、他人の存在に慣れてきてくれた人見知りな彼女を見て、高田は「ありがとう」と笑いかけながらそれを受け取った。
「――ふむふむ。お疲れ様だペン」
「おい」
もしゃもしゃと横から金城の魚を攫いながら粗食する少年――ペン太郎。そのあまりに堂々とした盗み食いに金城は口を引き攣らせた。
「げふり」
「……」
真正面から返されたゲップという名の返事に、金城は青筋を浮かべる。
だが、今回は全身を襲う疲労感のせいで、声を荒げることが出来なかった。
――こいつの相手は疲れるだけだ、今日はもうやめよう。その分、昼食が犠牲となるが、食欲も空腹も既にどこかへと失せてしまっていたので、金城は早々に引いた。
それを良い事にペン太郎は構わずトレイごと金城の食事を自分の目の前へと移す。
あまりにも素直で横暴なベン太郎その態度を、伊奈瀬たちは眉尻を下げながら笑った。
ペン太郎のそれは、既に日常となりつつある風景だったので、もうなんとも言えなかったのだ。
「でも、本当に話ってなんだろうね?」
「……それより、俺はあの人が何者なのか聞きたい」
伊奈瀬の素朴な疑問より、気になることがあった金城は相変わらずげっそりとした顔で呟いた。
思い返せば本当に無茶苦茶な女性だった。
生徒会長と呼ばれているが、全くその様には見えなかったし、というか寧ろ普通に問題児のような行動を起こしていたように思える。それに久京も特にお咎めを出すことなく、慣れたように彼女の問題行為を見過ごしていた。
「あれは、本当に生徒会長なのか……」
漏らした呻き声に高田は空笑いを零しながら食事を箸で突いた。
「噂以上だったもんな……」
「うわさ……?」
聞き覚えのない話に金城は首を傾げた。
「あれ、もしかしてお前聞いてなかったのか? 生徒会の話」
「……いや」
全く知らなかった、と首を振る金城に高田は少し呆れたような顔をしながらも奴に教えてやる。
「金城ィ。お前さ、ちょっとは変に思えよ。この学校生徒会じゃなくて、風紀委員会の方が明らかに立ち位置的に上に居るじゃねーか」
「ああ……つーか、今日まで一度も見かけなかったが」
「つい最近戻ってきたばっかりだからな」
「戻ってきたって、どこに行ってたんだよ?」
生徒会が学校を不在にするというのは、おかしくないか? それに何故、風紀委員会と立ち位置が逆になっている。
考えれば考えるほど湧き上がる疑問に金城は顔を顰めた。
「さあ……それがよく分かんねーんだよな。研修だって言う奴も居れば、何か問題起こして謹慎処分っていう奴もいるし」
「……」
――いや、それ可笑しすぎるだろ。
問題を起こす生徒会なぞ聞いたことがない。そもそも起こした時点でそこは除名処分だし、謹慎処分ってなんだ?
金城は口から飛び出そうな数々のツッコミをあえて飲み込んで、一番重要な質問をあげた。
「……なんで、そんな人が生徒会なの? 明らかに人望ねーじゃん。言っちゃ失礼だけどそこ普通、風紀委員の辻本さんじゃね?」
「……まあ、あの人の成績と顧問の推薦で決まったみたいだけど」
どうやら、皆が望んで当選された会長ではないらしい。投票式でないにしても、その人選は無いだろう。金城は推薦した顧問とやらの目を疑いたかった。
(いや、だってあの人、扉壊したよね?)
しかも行き成りだ。理由があったにしても、アソコで突然破壊行動をぶちかますなどありえない。怪我人が出なかったから良かったものの、誰かが衝撃に巻き込まれたらどうするんだ。
(……あれ? つーか、)
「あの人、どうやって扉を破壊したんだ?」
記憶が間違っていなければ、武器の類は握っていなかったはずだ。それらしき機械も近くには無かった。
そういえば、と更に浮き上がった疑問に高田も首を傾げた。
「――普通に蹴り飛ばしてたペン」
答えをくれたのは魚をもしゃもしゃと粗食するペン太郎。骨も綺麗にしゃぶりながら奴はさらりととんでもない事実を明かしてくれた。
「……は、蹴りって、お前見てたのか!?」
コクリ。頷きながら肯定するペン太郎。相変わらず神出鬼没というか、読めない男だ。
先程の騒動の時も、姿が見当たらないと思っていたが、まさか既に外へと避難していたとは……。
なんとも言えない顔をしながら金城はペン太郎の言葉を反復した。
「いや、待て。ありえないだろう、蹴りって、お前……」
青ざめる高田。ありえない、普通に不可能だ。扉を蹴り一つであんな惨状にするなど一体どんな怪物だ。警備ロボットやアンドロイドでも出来る芸当ではない。
だが、金城は完全に否定できなかった。寧ろ、無意識にどこかで納得していた。
(ああ、そうか……)
――あれは、そういう人種か……。
知らず遠い目をする金城。
これで合点がいった。あのデジャヴ感はそういうことだったのだ。
あまりの真実に金城は早くも現実に打ちのめされそうになっていた。間違いない、彼女は死行隊のような人外と似たようなタイプなのだ。化け物並みの体力と腕力、あの鋭い眼光。己が対峙した、思い出したくもない人物と彼女の影が合致した。
――あれ、そっくりじゃねーか。
多少なりとも女性の方が常識的に見えるが、だが、結局は似たようなものだ。間違いない、己の勘がそう言っている。
この学校、いや、本当に行政機関は非常識のたまり場だ。よくもまあ、ニュースにならないものだと思わせるほどに。
(あれ……? てか、“くざ”って、どっかで聞いたような……)
どこだっけ、と金城は頭を捻った。だが、掘り起こしたい答えはぼんやりと薄い霧で包まれており、なかなか出てこない。まあ、いいか、と断念して金城は話題を移すことにした。
これ以上、生徒会の話をしているとまた、まずいものに出くわしそうだ。触らぬ神に祟りなし。此処は当たり障りなく、さっさと用事を済ませて縁を切るべきだろう。
(用事が何かなんて、もう考えたくもねーよ……)
悪寒しか感じない未来に金城は頭を悩ませるのだった。
◆ ◆
午後3時45分。
東校舎、生徒会室前。
ガランと人気のない廊下。崇高な扉の前で、金城たちは固まっていた。
「金城……」
「どうぞ、高田くん」
「いやいや、そこはお前が」「いやいや、そこは君が」
かれこれもう20分はこの攻防を続けている。扉の前で直立する二人はお互いに遠慮しながら扉をノックする権利を譲り合った。大の男が二人で、情けないものである。
「高田」
「……なんだ」
「正直に白状しよう。俺はあのお姉さまが怖い」
「正直だな、おい」
青白い顔で真剣に告白する金城に高田は反射でツッコミを返した。
「だって、考えてみろよ? あの姉さん扉壊したんだぜ? あの生足で。黒いヴェールに包まれた曲線で。あのボンキュボンの美肉で」
「その言い方、やらしいから止めろ。頼むから。今、想像しちゃったから。ってか、半分喜んでんじゃねーか、テメー」
下品としか言いようのない会話を繰り広げる二人。最低である。だが、勘違いしてはいけない。これでも彼は真剣なのだ、切実に。
「お前がやれよ。そしたらあのブラックヒールに触れられるぞ。ハードタッチでノックアウトしてくれるぞ」
「バッカ! お前それもう完全に殺されてんじゃねーか! 俺にそんな趣味は無-よ!
寧ろお前が行けば良いんじゃね? あのおみ足に跪けるぞ」
「馬鹿、俺はハードタッチよりソフトタッチ派だ」
「俺もソフトタッチ」
「どっち派でも良いからさっさと入りたまえ。私もあれこれ構わず蹴りを入れるほど不作法ものではない」
――悲鳴が木霊した。
なんとも下らない論争を繰り広げる二人に飽きたのか、大分前から二人の気配に気づいていた雅は扉を自ら開けて二人の間に割って入ったのだ。
その瞬間、金城はあまりの衝撃と羞恥で女々しい悲鳴を上げ、高田は言葉を失った。
「……俺、もうお
「……」
まさか、会話を聞かれていたとは思わずそのまま床へと崩れ落ちる金城と、案山子のように固まる高田。
――真の馬鹿である。
◆ ◆
数分後。
「まあ、そう固くなるな。柳の淹れる茶は美味いぞ」
「はい、すいません」
「いただきます……」
しばらくして、柳の懸命な励ましにより、やっと落ち着きを取り戻した金城たちは大人しく生徒会室のソファに腰掛けていた。
そんな二人に雅は悠然と笑いながら、相対するソファに深く座り込み、柳はその後ろで控えながら二人に憐れみの視線を送っていた。
未だに残る羞恥と恐怖で忙しなく頷きながら、金城たちは目の前のローテーブルに置かれたティーカップへと手を伸ばした。高田は開き直ったのか、若干顔色を取り戻している。反して金城は挙動不審だ。その手は微かに震えていた。
雅も静かに紅茶を一口味わうと、カップをソーサーへとゆっくり戻して、足を組み替えた。手を組んで膝の上に置く姿はとても様になっている。
辻本を連想させる厳格さだ。
「さて、本題だが……」
――来た。
出来れば避けたかった話題を目前にして、金城たちは身構えた。
ゴクリ。無意識に喉が鳴った。
震えそうな体を必死に抑えながら金城は目の前の彼女を見つめた。薄く、紅い唇がゆっくりと口角を上げながら開いていく。
「――生徒会に、興味はないかい?」
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