人類衰退は百合薔薇とともに。
ゼブラD
人類衰退は百合薔薇とともに。
「はぁっ・・・今日も寒いなぁ。」
白い息を両手の間に吹きかけながら、いつもの場所でユーリとフジを待つ。こんな日ばかりは制服にスカートを廃止した学校の子が羨ましく感じてしまう。普段は、自分の女子校の制服は可愛くて気に入っているのだが。
・・・1つ訂正しよう、この世界 "ヒメランド" に、もはや「女子校」を意味する言葉は存在しない。なぜなら、17年前から男性と女性は住む世界を違え、別々生きるようになった。つまり「学校」と言えば即ち「女子校」なのだ。
「ハルー!おはよー!」
フジの声だ。
「おはようございますですの、ハルさん。」
続いてユーリ。
「ん、おはよ。」
そしてハルと呼ばれたのが私だ。
連れ立って学校への道を歩き出す。
「あ!ハルさんのマフラー、初めてじゃないですの?かわいい!」
「ん?・・そっか、学校に巻いて行くのは初めてかも。」
「はーん、よく見てんなーユーリは!全然気づかなかったぞ。」
「フジさんは身だしなみに気を使わなさすぎですの!」
"素でお綺麗ですのに"、と悔しそうに呟くのが聞こえた。
「あのなー、マフラーなんて巻ければ何でも良いだろ、手ぬぐいとか。」
いやそれはやりすぎだろ。農家のばーちゃんみたいだ。
「そんなことよりさ、昨日の "メイランドちゃんねる" 見たか!?」
「いや、見てない。」
「はぁ・・・フジさんは本当に "殿方" がお好きですわね。」
"メイランド" は "ヒメランド" と対を成す、男性だけの世界だ。2つの世界は行き来することができず、交流もない。しかし、ただ1つの接点として "メイランドちゃんねる"、 ”ヒメランドちゃんねる” というネット動画配信サービスがある。
このサービスを通じて、お互いの世界を覗き見ることができるのだ。
一応名目的には "教育目的" で、文通のように異性とコミュニケーションをとるのは規約上禁止されている。動画は公共の場に設置されているカメラで撮った映像が配信されていて、今こうして登校している姿も誰かに見られているかもしれない。
「なんで見ないんだよ!オトコ同士が仲良くしてる動画見てると、
なんかこう・・・ドキドキしないか!?」
「よくわからない。」「するわけないですの・・・。」
古の文化で、こういう感情のことを「フジョシ」と言うらしい。
だからこいつのあだ名は「フジ」になった。
「ハルさんフジさん知ってます?"フジョシ"の逆は "ニチジョーケーヨンコマ" と言うらしいですの。」
「ニチジョーケーヨンコマぁ?」
「これも大昔に滅んだ文化で、女の子しか出てこない
日常の何気ない物語を嗜むことを言うらしいですの。」
「それって・・・私たちの世界そのまんまってことか?」
「ふーん、オンナの日常見て何が楽しいんだか。アタシは断然、
オトコの "絡み" の方がいいね。」
「もう、殿方なんて粗野で汚らわしいと思いません?私は "ニチジョーケー" の方がまだ理解できますの。」
「・・・もし今も"ニチジョーケー"好きの男がメイランドにいるとしたら、フジみたいに動画見て楽しんでるのかもな。」
「や、やめてくださいまし!殿方に見られてるなんて気持ち悪いですの!」
コンビニの前でフジが立ち止まる。
「ちょっとコンビニ寄って行っていいかー?」
「ん、いいけど。」
「どうしましたのフジさん?」
「アレだよアレ、 "月のヤツ"。用品忘れて来たから買ってく。」
「・・・フジさん、女同士とはいえ、ちょっとは恥じらいを持ってくださいまし!」
自動ドアが招き入れるように開いたので、私たちは入店した。
「いらっしゃっせー!」
当然だが、女性店員が私たちを出迎える。
「お、シンガリーズじゃん。」
店員が私たちに気づいて話しかけてきた。
「先輩!」
この店員は私たちの高校の先輩で、私たち三人を "シンガリーズ" と呼ぶ。
"最後の世代" である17歳を
最後の世代。そう、男女が離れて暮らせば、当然そこに子供は生まれない。男女間の愛も、その結果としての出産も、これ以上人類には不要・・・という選択を、17年前に世界は決断したのだ。私たちよりも下の世代はもはや存在せず、それ故に "最後の世代" と呼ばれている。
「先輩さん、学校はいいですの?」
「あー、私は進学希望の中でも "推薦組" だから今はヒマなんだよ。」
先輩は括った後ろ髪を触りながら言った。
進路、大学、将来・・・"最後の世代"である私たちにはどこか縁のない言葉のように思える。それでも、この女性だけの世界にも今は仕事があり、給料があり、そして生活の優劣があった。皆他の女性よりも良い生活をしようと切磋琢磨する・・・。
レジの周りを見渡す。監視カメラ、カラーボール、「万引きは犯罪です」・・・
女性社会にも格差があれば悪い人もいる。教科書によれば多少犯罪率は減ったそうだし、"性犯罪" も過去のものになった。しかし人間は性別以前に人間すぎるのだ。社会は人間を歯車にして普通に回るし、出来の悪い歯車が音を立てて軋むのは歯車が男だろうと女だろうと大して変わらないのだろう。
「お前らこそどうしたんだよ、登校中だろ?」
「あ、フジが買い物するって言うから寄ったんです。」
「そうだった!ちょっと買ってるからお前ら待ってて!」
そういってフジはスタタと商品棚の間に走り去って行った。
「・・・どうしますのハルさん?私たち二人きりに」
なぜかユーリが顔を赤らめる。
「二人きりって、狭い店の中に四人いるだろ。」
「悪かったな狭くて。そこのイートインにでも座って待ってろよ。」
先輩に促され、ユーリとガラス張りのエリアへ移動する。
途中で何気なく雑誌を眺めると、当然女性誌ばかりだ。
女性ファッション誌、女性ゴシップ誌、女性パートナーにモテるための雑誌、
そして女性向けポルノ誌・・・は見てはいけない気がするので目を逸らした。
「きゃああ!」
突然、ユーリの叫び声が店内に響いた。
「た、助けてくださいまし!ハルさん!」
私は急いでユーリのいるイートイン・エリアに向かう。
「ハルさん!」
怯えたユーリが縋り付いてくる。
「どうしたんだユーリ!何があった?」
「あ、あれ・・・。」
ユーリが恐る恐る指差した方向を見る。
少し引かれた椅子の上に、丸まった布が置いてある。
「どうかしたかー?」
「ユーリ!」
先輩とフジも心配そうにユーリの元へ集まる。
「ん、なんだこれ?結構重・・・」
先輩が布を持ち上げると、布の間から肌色が見えた。
「うわぁお、こ、こここれって!」
「「「赤ちゃん!?」」」
・・・
「ふむ・・・。ここに捨てられていた、と。」
「・・・はい。」
先輩が警察を呼んで、私たちはバックヤードで事情を説明していた。
「まぁ監視カメラを見れば誰が置いて行ったかわかるんだけどねぇ・・・。」
熟練、という感じの婦警さんは怪訝な顔を崩さない。
「なんで赤ん坊がこの世界にいるか、ってとこなんだよなぁやっぱり。」
そう、有り得ないのだ。17年間、この世界には男性はおらず、他の世界から人が来ることもない。私たちより若い人間が存在するはずがない。
「これが・・・赤ちゃんですのね・・・。」
「ああ、君たち世代だと実物を見るのは初めてになるのか。」
「へー、思ったよりなんか可愛いじゃねぇか。」
フジが指を出すと、赤ちゃんは小さい手で握ろうとしてくる。
「ええー、可愛いですの?何かエイリアンみたいで気持ち悪いですの。」
「ははは、エイリアンは酷いなぁ、君らも昔はこうだったんだから。」
それを聞いてユーリは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「どうして・・・か。」
私はこの子がどこから来たのか思いを巡らせた。そこにはきっと深い事情があって、母親はこの子を捨てて行ったのだろう。まず間違いなく、生物として "歪" なこの世界が原因だと考えると、少し母親に同情してしまう自分がいた。最後の世代としてこの世界に振り回される私の状況に重ね合わせているのだろうか。
「どうして?決まってんだろ、オトコがいるんだよ。」
「な、なんですのフジさんいきなり!」
「この世界のどっかに、オトコが隠れていて子供を作ったんだよ!」
ユーリが青い顔をして周りを警戒しはじめた。
「お嬢さん、それは無いと思うけどなぁ。」
婦警さんが反論する。
「この世界で男が残ってたら通報されて即動物園行きだ。
17年も隠れてるのは無理だよ。」
そっかー、とは言ったがフジは釈然としないようだ。
「クローンとか・・・人工授精・・・とかは?」
私は頭に浮かんだ可能性を口にする。
「試験管ベビーってことかい。まぁ不可能じゃあないね。」
婦警さんも考え始めた。
「ええー、なんだよそれ、ロマンが無ぇなぁハルは。
どうせだったら人類が進化して、自力で増殖したことにしようぜ。」
「・・・細胞分裂みたいな?」
私の頭の中にフジが分裂して2人になるイメージが浮かんだが、
決して単細胞だと思っているわけでは無い。たぶん。
「単性生殖、雌雄同体・・・自然界には珍しく無いですのよ、ハルさん。」
なぜかユーリが目を輝かせている。
「ロマンでいくなら、こういう方向もある。」
続いて婦警さんが口を開いた。
「処女懐胎、って聞いたことあるかい。」
「あ、ありますの・・・でもおまわりさん、それって。」
「まぁ宗教の話だけどさ。」
「男性救世主説の旧新約聖書じゃないですの!」
新新約聖書、別名マリア教はこの世界で最もメジャーな宗教で、
旧世界のキリスト教がベースになっているがキリストは出てこず、マリア様が一人で宗教改革をし、弟子をとり、人類の罪を背負ってゴルゴダで磔に処されたとされる。
「いやだから話半分なんだけどな、」
婦警さんは赤ちゃんをあやしながら言う。
「この子は救世主なんじゃないか、って思ってさ。この息苦しい社会の。」
そう言っているうちに赤ちゃんはぐずりだし、泣き出した。
「おーおーどうした?お腹すいたか?」
「本当に泣くんだなぁ赤ちゃんって!」
フジは興味深々だ。
「あー、こりゃあ"おむつ" だなきっと。」
「おむつ?」
「赤ちゃんのパンツみたいなもんだよ。おしっこもうんちもそこにするんだ。」
「うえぇ・・・人間の尊厳ってものがないですの・・・?」
「だからお嬢さんも昔はこうだったんだって!
・・・でも困ったな、おむつなんて何年も前に生産停止されてるし・・・。」
婦警さんが悪戦苦闘しているうちに、ユーリが別の説を出して来た。
「何も"生まれた"と考えるのは時期尚早かもしれませんの。」
「あぁん?じゃあ何なんだよユーリ。」
「若返った・・・とは考えられませんの?」
なるほど、昔読んだ推理漫画にそんな話があった。
「じゃあ何か、あそこのイートインに座ってた女が・・・急に縮んで・・・。」
軽くホラーだ。
「いーや、それも無いな。」
急に婦警さんが割り込んで来た。
「あー、ちょっとこっち来て見なよお嬢さん方。」
私たちが言われるがまま赤ちゃんを覗き込むと・・・
「き、きゃああああああああああああ!ですの!なんですのこれ!」
叫ぶユーリとは対照的に、フジが目を輝かせる。
「つ、ついてる!何か股の間についてる!」
「はは、・・・男の子だね、この子。」
婦警さんも少し困惑しているようだ。
「さ、触っていいか!これ!」
「・・・優しくだよ。」
「ひぃ!汚いですの!フジさんその手を二度と私に触れさせないでくださいまし!」
三人のやりとりを見ながら私は考えた。
女しかいない世界。生まれるはずのない赤ちゃん、男の子。孤独。最後の世代。
「しかしどうしようかねぇ、おむつに使える布が・・・。」
「あの・・・このマフラー使ってください。」
「ええっ!ハルさん!どうしてですの!」
婦警さんも目を丸くする。
「うん、すごく助かるけど・・・いいのかい?」
「はい。それと、この子、どうなるんですか。この後。」
「うーん・・・私には判断できないけど・・・。」
けど、動物園行きになる、と婦警は考えているのだろう。
「わかりました。あの、婦警さん。」
「なんだい、お嬢さん。」
「私たちは "最後の世代" って言われてます。」
「おー、じゃあ17歳かい。色々大変だね。」
「でも・・・もしかするとこの子が "最後の世代" になるかもしれない。」
「ん・・・まぁそういう見方もできるね。」
「じゃあ、代わりに私は "最後のお母さん" になります。」
「ええ!?」
「ハル!?」
「何言ってるんですの!?」
「誰もしないなら、私がこの子を育てる、って言ってるんです。」
そう言って私は、不器用にマフラーを巻いた後、赤ちゃんを抱き上げた。
・・・笑っている。これが人間の生まれて来たばかりの姿なのか。
「は、ハルさん!私もいっしょに育てますの!二人の愛の結晶ですの!」
「定期的に!定期的に触らせて!股間!」
この子が救世主だろうと何だろうと、本人だけは幸せでいてほしい。人類はこのまま滅びゆくのかもしれないが、この子が最期を迎える瞬間、「生まれて来てよかった」と思ってさえくれれば、人類の歴史は無駄ではなかった。
私は本気でそんな気がした。
(おわり)
人類衰退は百合薔薇とともに。 ゼブラD @zebra_director
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