花が奏でる協奏曲

@sya-tan

第1話あの日見た君の顔


「とりあえずその口に咥えた物を捨ててもらっていいかしら」


「……ここ俺の部屋なんだけど」


「ふーん、私に副流煙で肺をダメにして死ねというのね。 あの時の言葉が嘘だったと思うと悲しいわ」


 とある日の午前中、何故か俺の部屋に一人の女の子が居座っている。 外からは取りの囀る声と、時折通る車の音が聞こえる。


「はぁ、分かったよ。 やめればいいんだろやめれば」


 俺はため息をつきながら灰皿に咥えたばかりのタバコを置く。 置いた瞬間に吸っていないのだからそのまま箱に戻せばよかったと思ったのだが、既に長さそのままのタバコは灰にまみれてしまった。 俺は二度目のため息をついてから顔を上げ、目の前に座る少女の方を見る。


「あら、やっぱり優しいのね」


「本当に思ってるか?」


 俺は気だるそうに少女への疑いの視線を送る。


「1mmくらいは思ってるわよ」


「全く思ってねーじゃねーか……、まぁいいや。 とりあえずそこの窓から入ってきた理由を聞こうか」


 そう、こいつは何故か窓から入ってきた。 普通家に入る時って玄関だろうに、こともあろうかこいつは窓から無理矢理入ってきた。


「そんなの決まってるじゃない。 俺がお前の生きる理由になってやる! って言われたからよ」


「ちょっと待て……、まず答えになってないし、しかも俺はそんなこと言ってない」


「嘘ついたのね、私泣きそうだわ。 そうね、遺言には司君に裏切られたとでも書けばいいのかしら。 『優しくて真面目な司君』で通してるはずなのに残念だわ」

 

「嘘ついてるのはお前だろうが! あーもう分かったよ、で今日は何の用だ」

 

 あぁ、なんだってこんなことになってしまったんだろうか。

 俺はただ、平和な高校生活を謳歌したかっただけなのに。

 そしてあわよくば、清楚で可愛い彼女を作ってなんて淡い期待を抱いていたのに

……。

 確かにこいつは見た限り清楚だし可愛い、しかし俺が求めていたものとはかけ離れ過ぎている。

 全てはあの日、学校の屋上でこいつと出会ってしまってから俺の高校生活はゆがんでしまった。



――

 騒がしい目覚まし時計の音に目を覚ます。

 朝が弱く、普段は一度の目覚まし時計の音なんかじゃ起きないし、二度寝の可能性も否めない俺だが、今日ばかり……いや、今日からの俺は特別だ。清々しい気分でスッキリと目覚めることが出来た。

 今日は高校の入学式だ。

 今日というこの日をどれだけ待ち侘びていたことだろう。

 俺、如月 司(キサラギツカサ)は、今日の日を境に生まれ変わることを固く決意していた。

 イメージトレーニングは完璧だ。 口調もなるべく柔らかくし、笑顔の練習もした。 眉毛もしっかりと生やし、爽やかに見えるように努力した。

 もう二度と同級生と喧嘩はしないし、少なくとも制服で他校の生徒と揉めるようなこともしないと強く心に誓っていた。


「よし、完璧だ。 これで近寄りがたい印象を抱かれることはない」


 洗面所の三面鏡で髪の毛をセットし、新しい高校の制服に袖を通す。 最後に玄関の姿見で自分をチェックし、ドアを開ける。

 穏やかな春の陽気を感じながら伸びをする。 少し冷たい空気を肺いっぱいに取り込み、一気に吐き出す。と、一連の動作を終えたところで制服のポケットに入れたスマホが鳴り響く。


「おう明、今家出たところだ。 え、もう来てる? オッケー、今行くわ」


 

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