第18夜 愛憎
魔女に魔法をかけられ怪物にされた王子がいました。女性に愛され、キスでもされたら魔法は解けると告げると魔女は目の前からいなくなりました。王子自身は何も変わらないのですが、鏡に映る姿は怪物で、その恐ろしい姿に自分でも恐怖するくらいですから、誰もが一目見るなり逃げ出して行くのは理解出来るのです。けれど何としてもこの魔法を解きたいわけですけれども、これが難題で、世界の何処かにある宝石や泉などの希少なものならば、どうとでもなったでしょうが、この魔法を解く鍵が女の心という所が難解な所でした。何処にでもあるものなのに簡単とはいかず、怪物は途方に暮れる毎日を送っておりました。
「あそこには恐ろしい怪物がいる。迷い込んだら食われてしまうよ」
「そうさ。この前も行き倒れになった女性が、気がつけば目の前に怪物がヨダレを垂らして見ていたんだと、慌てて逃げ出して来たそうな。食われてしまうよ」
「女を食うらしいよ」
怪物は行き倒れになった女性を助けてはその善意を踏みにじられ、侮辱を受けていた。
「クッソー。なんて奴らだ。助けてもらいながら、食われそうになっただなんて。メチャクチャ言いやがって。行き倒れに食事を与え、薬を与え、暖かいベッドまで与えて助けてやったのに。どうしてやろうか」
それまでは多くの旅人が怪我もなく、事故もなく通り過ごせた森がある時を境に恐ろしい森だと評判になり、旅人が寄らなくなってしまいました。
「ふん。誰も来なくても良いわい。助けてやっても礼も言わず、苦情ばかり。そればかりか食われかけただの、殺されかけただの、うるさいわ。誰が助けてやるものか。思い知れ」
怪物は悪事を働く事はしませんでしたが、それ以来人助をしなくなったのです。丁度その森は旅の行程では難所に当たっていたのです。多くの旅人はこの森を避けるようになっていきました。
そんなある日、サイゾウはある依頼を受け、隣町に向かっていたのですが、問題の森を抜けなければ期日に間に合わないと言う事になりました。サイゾウは悩みもせずに森の方に行く事に決めた。森の方に行く道の分岐点から森の方に進みかけると、農家の細君らしい女性が、サイゾウに声をかけて来た。
「あんた。あんた。そっちに行くのはおやめなさい。あの森には怪物がいて、旅人を食うらしいよ」
それを聞いたサイゾウは考え込んだ。この女は嘘つきか、親切な人間か、何か企みを持った者だろうと。それで、女に聞いてみた。
「それは大変です。私みたいな美味そうでないものでも食われますか」
「誰彼なく食います」
「それじゃあ。みんな食われるなら誰がそのことを知らせたのですか」
「逃げ延びたものがいたのです」
「ではどのような怪物なのですか。足がのろいのですか。逃げ足さえ速ければ助かるのですか。そうではなく嫌いなものでもあるのですか。十字架とか、ニンニクとか。それを持っていると怪物は近ずく事が出来ないとか。それと怪物は何が好きなのですか」
「知りません。怪物の好き嫌いなんて。逃げ延びた理由もよくわかりません」
「ではあなたは怪物を見たのですか」
「見ました。恐ろしい姿でした」
「ふ〜ん。あなたのような人が逃げ延びれたのなら私は大丈夫でしょう」
「なぜそう思うのです」
「あなたの言ってる事は全て不確実要素ばかりです。最初あなたは怪物がいると言い。なおかつ旅人を食べるらしいと言いました。つまり、怪物のいる事は事実だが、食べる行為は不確実。なのに誰彼なく食うといい。逃げ延びた者がいると言う。これは矛盾してます。ただ、怪物は居るんですよね」
この答えに女は言葉を失った。
サイゾウは女を追求する事もなく森に急いだ。森は深く、薄暗くなって来た。それでもサイゾウはお構いなく歩いてゆく。森のある所で視線を感じたサイゾウは、大声を出して呼びかけた。
「お〜い。誰かいるのか?もしかして怪物か?噂の怪物よ。言いたい事があるのなら出てこい」
「フン。何を偉そうに。お前なんかに呼ばれる覚えはないわ」
サイゾウはこの声を聞いて答えた。
「やはり居るのか」
「居るさ。お前が何者かはしらないが、森に入って来た時から知っている」
「そうだったか。なら森の入り口にいた農家の嫁風の女は知り合いか」
「何のことだ」
「知らないようだな。この森に入らないように入り口でばんをしている。わかるか。お前に人を合わせないように画策してるんだ」
「おのれ〜。奴だったのか。クッソ〜」
その声とともにサイゾウの目の前に現れた怪物は非常に恐ろしい感じであった。
サイゾウは怪物の仕草を見て、これは人だと直感した。
「あんたは人だな。人間と同じ仕草をする。だったら話は早い。教えてくれ、この道を行けばヤルタバ町に行けるんだろう。何時間ぐらい掛かるんだい」
「ヤルタバにはこの道を急げば2時間ぐらいで行ける」
「ありがとう。それでは」
怪物は悔しそうに涙を流しながら独り言を呟いた。
「なぜ。こんなに苦しまねばならないのか。どこまで苦しめれば気が済むのか」
この言葉を聞いてサイゾウが言う。
「お前が、いや違う。お前の心が弱いからだ」
「何を。この俺の苦しみがお前にわかるものか」
「では聞く。お前の心を傷つけれるものは、お前だけと言う事だ。鏡を見なければ怪物の姿を見る事はない。お前を傷つけた者がいたのか」
怪物は何も言えなかった。
「君は元は人だろう。とすればあの女は魔女だろう。君にかけられた魔法を解く鍵はなんだい」
「それは」
「それは?」
「女性の口ずけなのだ」
「そうだったのか。それであんなことをしていたのか」
「何をしていたのだ」
「君に人との出会いを無くそうと、森を通る事を邪魔してるんだ」
サイゾウは怪物に今までここを通る人にどのように接していたかを尋ねた。
森から無事に出られるように尽力していたと、怪物は答えた。
「そうですか。優しい人だ。だが愚かだ。あなたを救う道はただ一つしかないだろう」
「それはどのようなことでしょう。教えて頂きたい」
サイゾウは怪物に諭すように言いました。
「あなたは今しがたの様に姿を消す事が出来るのですから、姿を見せてはいけません。そして、これは重要な事です。屋敷を構え、誰が入ってきても驚かす事なく返しなさい。食事も休息もさせてあげて下さい。けれど、たった一つだけ与えてはならないものを作りなさい。一言で言えば「美しいバラの花」をね。娘などがいる者にとっては心から欲しくなる様なバラの花を屋敷の真ん中においておくのです。そのバラを奪った者には娘を差し出せと厳しく言いつけるのです。わかりましたね。ただし、何年かかるか分からないのですから、辛抱強くお待ちなさい。そのうちにきっと、機会が訪れましょう」
それだけ言うとサイゾウは道を急ぎました。小さくなるサイゾウの後ろ姿を怪物はじっと見送っておりました。
サイゾウの異世界放浪記 @abeyu6629
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