第15夜 魔女のレシピ
喫茶「童夢」でコーヒーを飲むサイゾウに静かに背後から近ずく者がいる。
「あんたがサイゾウだね」
「あなたは?」
「私ゃ、東の森の魔女キャサスさ」
「何の用でしょうか」
「実はね。私はね、何でも料理をするさ。好きなんだよね。世界中のレシピを求めて飛び回っていたんだが、レシピを手にして世界中の料理を作り食べるのは良いんだけどさ。この前中国の料理の本を読んでいたら子供の壷焼きって言う料理が載ってたんだ。王様が食べて、美味しいって書いてあってねえ。作りたいんだよ。分かるだろう」
魔女は目を細め、舌なめずりをしながら、恍惚とした表情をする。心は食べた時の雰囲気を楽しんでいるらしかった。
「お作りなさいな。あなたの気の向くままに」
「そうかい。そうだよねえ。もう目の前に料理の出来映えまで想像できるんだがね。材料が一つ足らないんだよ」
「何が」
「何がって、子供だよ。子供をさらって来ようと思ったんだが、それじゃあ寝覚めが悪いと言うか、どういえば良いのか」
「気持ちに合わない?」
「そう、それよ、それ。だから、教えて欲しいの。向こうから子供の方から私の所に転がり込むように。頼むよ」
サイゾウはどうしようかと悩んでいましたが、魔女は笑いながら言いました。
「誰でも願いを叶えているのでしょう。私の願いもきいてもらえるはずよねえ」
サイゾウは仕方なく子供を呼び込む方法を教えることにしました。
「あなたの周りは皆さん裕福ですか。それとも貧しいですか」
「そうだねえ。東の森の周りは領主以外は皆貧しいかなあ」
「だったら子供を売るでしょう。買ってくればいい」
「チッ、チッ、チッ。違うんだよ。違うんだ。それじゃあ、鶏を手に入れるのと変わらないじゃない。そうじゃなくてカモを仕留めるような。狩り的な要素がなくちゃ。美味しく無いように思えているんだが。どうだろう」
「だったら矢で撃ったらいいじゃないか」
「ダメ。料理をする直前まで生きていなくちゃダメだと料理本に書いてあったんだよ。だから絶対に捕獲なんだ」
「それじゃあ、罠にかけるしかないだろう」
「そうなんだよ。でもどんな罠にするかねえ。歯のついた器具で足をガブリっと噛み付くのがいいか。落とし穴で捕まえるのだ良いのか」
「どちらでもあんたの好きな方をしなさい。両方しても良いですよ」
「これもダメなんだよ。足が切れたら皿に盛り付ける時にブサイクだし、穴に落ちた時死ぬかも知れないし。簡単じゃないのよね」
「生きていて、傷つかず、元気な方がいい。そうですか」
「そうさ」
サイゾウは一番いい罠の具体案を話した。
「これは物凄くいい。絶対にいいと思える。けれど多くの金がいるぞ。良いのか」
「状況によるさ。さあ、話ておくれ」
「あんた、料理は得意だと言っていたよなあ」
「ああ。何でも作れるよ。元々は物質を作る魔法を得意としていたから大丈夫さ」
「それならお菓子の家を建てるんだ」
「ふ〜ん。お菓子の家ねえ。聞くけど、どうしてお菓子の家なんだい。そんなもんこさえたら、鳥やイノシシ、シカにウサギが来てかじるだろうに」
「そうさ、でもあんたなら獣には見えず人だけに見える魔法をかけることができるだろう。そうして、誰でもおしゃべりな奴にお菓子の家を見せてかじらせるんだ。そうして、村に帰らせる。見せた男、いや、女でも、そいつに言うんだ、ここのことは誰にも言わないで下さいって。私の宝物です。それから待つ。ひたすら待つ」
「それだけかい。あとは何もしなくていいのかい」
「いいよ。必ず子供がやって来るさ」
魔女は急いで家に帰り、お菓子の家を作り始めた。
「そうだねこのウチの周りに壁や屋根を作ろうかねえ。いやいや、もっと別の場所に作ろうかねえ」
そう言うとせっせとクッキー生地を焼き、あめを作り始めました。その手際の早い事早い事。お菓子の家は半日で出来上がりました。魔女が出来上がりを見て喜んでいると、木こりが一人、迷い込んで来ました。魔女は木こりに気付くとニッコリと笑い、手招きしました。
「サッサッ、こちらにいらっしゃいな。取って食おうなんてしやしないから」
木こりはそれでも魔女は恐ろしいので、おずおずと近ずいていった。
「どうして、アッシを?」
「いやいや、これは今し方出来上がった私の趣味のお菓子の家なんだ。どうだいどうだい、美味そうだろう。綺麗だろう」
魔女はウットリとお菓子の家を眺めていた。
「あんた、この家の事は誰にも言わないでく送れ!頼むよ。でも、タダとは言わないよ。ここにある飴やクッキー、ケーキは家の端材だよ。もう要らないから私が食べようと考えて痛んだ。けど、見られちまったものは仕方がない。これ、美味しいから。全部やるから持って帰んな。ただし、誰にも言っちゃダメだよ」
木こりは沢山のお菓子を袋一杯家に持ち帰った。森での事を妻や二人の子供に話し、家族でお菓子のハンパを食べた。美味しかったので村の人にも少しづつ上げた。このお菓子の由来も話しておいたため、村中に知れ渡る事となった。
そうなる事は魔女が望んでいる事だったので、木こり夫婦がどうしようかと心配するのは杞憂であった。魔女は子供がやって来る事を願いつつ、そっと遠くから子供が、お菓子の家を食べに来るのを待っていた。
そうして三日後、痩せこけた男子と女の子がお菓子の家を食っているのを見つけた時には飛び上がって喜んだ。
二人は喜んで家をかじっていた。
「やっぱりあの噂は本当だった。お菓子の家はあった」
「そうよねえ。お兄ちゃん。美味しいねえ」
「この窓なんて甘いんだ。このドアなんか。クルミの焼き菓子だぜ。こんな上等なお菓子を家にするなんて。これは口に入れて楽しむものなんだ」
二人が必死になって壁や窓、ドアなどをかじっていると後ろから近ずく者がいる。
「本当にこのクルミの焼き菓子おいしいねえ」
「食べないと勿体ないよなあ」
すると後ろから声がします。
「食べちゃうとなくなるし。お前たち、おいしいかい。そうだよねえ。そのドアに使ったクルミの焼き菓子には思い入れがあってね。焼くのに12時間もかかった大作なんだよ。それがどうだい。お前たちたらほんの数分で台無しにしてしまうのだから。どうしてくれよう」
二人がハッとして後ろを振り返れば恐ろしげな顔をした魔女が立っていた。
二人は逃げようとしましたが体が重くて早く走れません。空腹の時には走れた速度が出ません。どうせ早く走れても魔女に捕まえられるのは同じでしたが、満腹に近いこともあってすぐに捕まり、牢屋に入れられました。
「ふん、よくも私の大作。森のお菓子の家を傷つけたわね。仲間の魔女達に、この家を見せて自慢したかったのに。あっあ、時間切だ。この始末どうつけてくれようか」
この魔女の言葉に二人は震え上がりました。けれど魔女はすぐに表情を変え、言葉も穏やかに話し始めました。
「どうだしょうかねえ。いまいましい子供達。殺してやろうかとは思ったが、どうするかは今は保留にしておいてやる。まあ、私も鬼ではないから、飯だけは食わしてやろうか」
それから一ヶ月男の子は丸々と太って来ました。魔女は男の子の腹をつねったり、人差し指で腹のあたりをつついたりして、そろそろ良い頃合いだなあと、仲間の魔女達に招待状を出しました。
当日、8人の魔女は指定された場所に着いてみると友人の魔女がいません。が、テーブルの上には大皿に何やら料理がおかれておりました。不審に思いながらも彼女達は料理を平らげ、満足げな顔をして帰って行きました。
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