第14夜 爺いの本気
何かを求めるのは人として当然の行為だ。子供のいない爺さんは念願の子供を竹の中から拾った。その事は珍しい事だったが、美しい娘に成長した時、爺さんはハタっと心にひらめいた。
「これは天からの授かりものだ。どこかの貴族と縁を持たせて結婚させてしまおう。きっといい生活が出来るというもの」
だが、爺さんにはどうすればいいのか分からなかった。そんなある日のこと、サイゾウと知り合った爺さんは悩みを打ち明けた。
「実は我が子を貴族の嫁にしたいのだが、その方法がわからないんだ。金ならあるのだが、将来を考えてみれば、貴族とつながりを持てばきっと良い事がありましょうなあ。そうはお思いになりませんか」
「さあ、どうでしょうか。それは娘御のお心に聞いた方が良いと言うもの」
「いやいや、この爺には女の幸せは結婚ですじゃあ。きっと幸せにしてやりたいのじゃ」
「そうですか。そこまで仰るのでしたら、お教え致しましょう。知らなければ無いのも同じと言う事です。いくら美味しい柿が木になっておりましても、誰も気にもとめず時が経ちましたなら、熟して枝から落ちるだけです。つまりは第一になさることは、その娘御の存在を貴族の方々に知らせることです。それも誰彼となく知らせるのではありませぬぞ。ここぞと思う所に知られぬように知らせるのです。これが難しい。わかります」
「どうするのです」
「そうですなあ。その家にお使えする者にそっと鼻薬を嗅がせて、あなたの娘御の噂を聞かせるのです。ただし、釣り上げたとすぐに喜んではあきませんで。相手が言い寄って来てもすぐには返事させてはいけません。丁寧に挨拶を返して、会わさぬようにするのです」
「どうしてですか」
「どしてでしょうか。それは、恋と言うものは上手くいくとそれだけのこと。すぐに終わりを迎えてしまうのです。困難があり、障害があればあるほど燃え上がるものなのです。すぐに手に入るものなどすぐに興味も失せるものなのです。じっくりと相手を焦らせなさい」
「それからどうするのですか」
「館の周りに男が出没しますが、お気になさらず知らん顔で生活されることです。あなたの娘御を一目見ようとやって来る男達を放って置くことは他の男達も呼び込むことに繋がりましょう。噂が噂を呼ぶ事になり、都中に広まりましょう」
「それから」
「そうですね。付け文や歌を送ってくる者をよ〜くお調べなさい。その中にはあなたの意中の方々が必ずおいでになるでしょう」
「そうですか。それでは言われたように致しましょう」
サイゾウの指示通りに爺さんは行動した。一条家、三条家などの奉公人の中から選んで二、三人にかぐや姫のことを知らせる事にした。奉公人が大根や米を求めてやって来ると、五、六人が噂話をしている。
「おい。なんでもあそこの娘御は香しい姫と呼ばれてるそうな。素晴らしいそうな」
「そうらしいよなあ。あんな美しい姫さんはおらんゆうて、噂してたなあ」
奉公人は聞き耳を立てて聞いたこの噂を主人に話す。
「それはそれは美しい姫さんであるそうな。米を求めに行った先で聞いて来ました」
「それは一度会いたいものじゃあ。どこに居るのか聞いたのかい」
「いいえ。そのような噂がありましたと申しております」
「馬鹿者。どこの誰か聞いてこい。つまらん奴じゃ」
「お名前だけは」
「ほう、名前とな。名はなんと申す」
「かぐや姫様と」
「ほほう、かぐや姫とな」
都の貴族の噂はかぐや姫の事ばかり。やはりその目に写さねば承知出来ない者が出てきて館の周りに出没し始めた。爺さんは指を繰り、歌や文を待っていた。
「もうそろそろきても良い頃なんだが」
そう言ってたら次の日一条家からの文が届いた。
爺さんは大喜び、だが、サイゾウの言ってた通りにすぐに返事せず、焦らせていた。そうして居る内に競争者は次第に増え、歌や文が山のように届くようになっていった。
「どうしよう、サイゾウ殿の言われた通りになったが、これはちょっとばかり多すぎやしないだろうか」
爺さんは頭を抱えてしまった。
それから数日で、ことは文や歌だけに限らなくなった。館の生垣や塀の一部が壊れて居ることを召使いから聞くに及んで、爺さんは頭を抱えてしまった。
「これでは平安な日々の生活が失われる。困ったものだ」
考えた末に爺さんは、交際させる貴族を早く決める事にした。貴族の位の高いもの順に文を並べ、返事を書き送り返した。そうなれば、返事をもらった者たちは急いで館に押しかけて来た。
爺さんはどれも良い男に見えるのだが、かぐや姫はどうも納得しかねて居る様子。爺さんはかぐや姫に言う。
「どうじゃ、当代きっての良い男たちで、お前の婿としては申し分ないと思うのだが、どうじゃろうか」
「どなたとも結ばれることは望みません」
この答えを聞いた爺さんは困惑してしまった。それで、どうしたら良いか解らずうつむき悲しんだ。するとかぐや姫は爺さんに笑いかけ、良い考えがありますと言い出した。かぐや姫は男たちにこの世に無い宝物を婚儀の引き出物として求めた。この難題はことごとく成就せず、かぐや姫の思惑通りに進んでいった。
この事が都中に知れ渡るや時の天子様がかぐや姫を望まれた。爺さんは嬉しいが、かぐや姫は逃げ出すことしか手が残されてはいない。それで月の仲間に迎えに来てもらうはめになってしまった。爺さんが何もしなければかぐや姫は長くそばにいたものを。
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