第13夜 選択のジレンマ

 浜辺を散歩していると「そこのあなた」と、声がする。声の方をみると大きなサメがいた。サメは色が黄色く、少し偉そうであった。

「お待ちしていました。サイゾウ様」

「あなたは」

「実は海の魔女なんです。陸の魔女からお噂はお聞きしておりますのよ。あなた様のお噂をお聞きするに及んで居ても立ってもおられず、こうしてやって来てしまいました」

「何をお望みですか」

目がギュッと細まり、笑う仕草を見せて海の魔女は答えました。

「海の支配者ネプチューンを泣かせてやりたいんです。あいつをオンオンと泣かしてやりたいの。わかります。あなたにはわかないでしょうねぇ。ええカッコばかり言うんですよ。そのせいで周りのものがどんだけ苦しんでいるか。「俺に出来ないことはない。誰も俺に逆らえない」ってね。海の中には秩序があるのですが、今ではネプチューンの出した御触れのせいで悲惨な生活を余儀なくさせられている海の仲間たちがいるんです。彼らの為にも、何とか出来ませんかねぇ」

「ふ〜ん。そうだねえ。ネプチューンねえ」


サイゾウ、「俺様には逆らえまい」と言われた過去の記憶が蘇る。忌々しいと思わぬ日は無いくらいの屈辱であった事を思い出して、腕を組み考え込んだ。

「そうです。あいつに涙を流させられたら胸が晴れますねん」

「けどネプチューンは確か完全無欠の存在でしたね。誰も手出しが出来ないとか。そんな奴にケンカ売ってどうしますの」

「どないかしたいんですわ。ですからお力をお貸し下さい。何とかして悔しがらせてやりたいんです」


 サイゾウは考えた。

「でしたら確かネプチューンさんには子供さんがいらっしゃったような。人魚だったか。いわゆる人魚姫ですよね」

「ああいるよ。両手ほどね」

「だったらこの姫達を標的にした方がいいですね。それも直に狙うのではなく、間接的な事故を起こすのです。あなたのした事を咎められないように。わかります。お耳を拝借」

そういって魔女にサイゾウは耳打ちをした。魔女は目を大きく見開き驚きを隠せないようだった。


 一周間ほど経ったカリブの海で一艘の船が嵐で遭難した。その船は一人の王子が乗り込んでいた。普通の人魚にとってはあまり興味が沸くことはなかったのだが、特にネプチューンの末娘の興味を引くことになる。それは魔女が王子を見た人魚に恋心を掻き立てさせる魔法をかけていたからだった。たまたま王子を見た末の人魚姫は王子の虜に。


 溺れかけた王子を助けた人魚姫は王子を忘れられず、会いたくなってその方法を探し始めた。ことの次第を見ていた魔女は心をウキウキさせていた。娘である人魚姫が失恋の心の痛みに嘆き悲しむ姿を見て、父親のネプチューンはきっと心を痛めるであろうと想像し、胸を踊らせ、祝杯を上げていた。だが、物語は魔女の想像の斜め上の展開を呈し始めた。


 祝杯を上げている所に人魚姫が現れた時、なぜ自分の家にやって来たのかわからずに戸惑った。魔女は自分のした事が相手に悟られているのではと、心配したほどであった。人魚姫が来た事で魔女は、物語の第二幕が開かれた事を知った。サイゾウに教えられていたことを思い返して、どうしようか考えていた。けれどやはりいい案が出てこなかったのでサイゾウの指示通りに話した。


 人魚姫は、陸人になりたいと言う。

「いいわよ。できない事もないわ。でも、そんな事をしたらあなたのお父様やご兄弟、お姉様方が悲しみます。おやめなさい。お城にお帰りなさい」

「いいえ。私はもう立派な大人なんですもの。自分のことは自分で決めます」

「ふ〜ん。大人ねえ。十分まだまだ子供って感じがするのですがねえ」

「お願い。私の願いを叶えて」

「ですが、私は陸に上がることなどオススメはできません。あなたのお父様に私が罰を受けます。私が辛い目に会うことはいいんですか」

「いいのよ。あなたの事なんて。どうなっても」

「ヒドイ事言うのね」

「私はネプチューンの娘よ。早くして」

魔女は笑いをこらえるのが苦しいくらい心の底からこみ上げて来ました。それでしばらくお待ちくださいと言葉を残し、階下の部屋に降りて行きました。

「やったぜ。こんなに上手くいくんなんて」

薬瓶の棚の前で踊りだす始末で、上で待つ人魚姫はなかなか現れない魔女に腹を立てていました。


 やっとの事で現れた魔女に人魚姫は怖い顔で言いました。

「お前が言う事を聞かないならお父様に言いつけてやる」

それを聞いた魔女は平身低頭をして言うのであった。

「あなたのように陸に上がりたいと言う願いのある者が現れたのは、五百年も前の事でした。ですから薬がなかなか見つからず、探し回っていたのです。一つ忠告です。この薬は非常に厳しいクスリですから、飲んで人になれば大きな弊害が引き起こされると記入されています。目が不自由になるか、耳が聞こえなくなるか、声が出なくなるか、手がなくなるか、足が溶けてしまうか。ヒドイ時には体が溶ける事もあると。こんな恐ろしい目にあっても一度人になれば、もう元に帰ることはできないのですよ。おやめなさい。お城にお帰りなさい」

「ふん。そんな脅しに私が怖じるとでも」

「ではもう一つ提案させてください」

「止めることはなしよ」

「あなたはどうして陸に上がりたいのですか」

「言う必要があるかしら、あなたに」

「聞けば違う選択肢を用意出来るかも」

「この前の嵐で出会った王子様に会いたいの」

「なぜここに連れて来なかったのですか。人を海の生物にする事の方がずっと楽だったのに」

「いいえ。あの人には陸で生きてもらいたいの」

「そうですか。それならこの薬をお飲みなさい」

「何?」

「この薬は忘れ草を使った忘却という薬です。今話した人間を忘れるのです。そうあなたがこの薬を飲みさえすれば全てうまくいく。誰も悲しまず、世界は今まで通り。あなたもねえ」

「ごめんだわ。今日と明日は違いがあるから素晴らしいの。一緒じゃイヤ」

人魚姫は人になる為の薬を奪うように手にすると海岸に近づき一気に飲み干し、人になりました。尾ひれは溶け、人の足に変わりました。が、声が出ない事に気付き、悲しむももう帰る術はありません。一足一足歩くと激痛が走ります。


 人魚姫は人になった事を後悔しました。王子にも会えず、ただ海岸をさまよっていました。

が、王子と出会う事が出来、お側に仕える事になっても、結ばれる事はなかったのです。その事実を魔法の鏡で見ていて魔女は喜びましたが、自身の考える状況とは少しばかり違っていると感じていました。


 人魚姫の姉達が元に戻す方法を求めた時に、彼女達の自慢の髪の毛を切り取り胸のすく思いをしたように感じました。そして、姉達の言う事を聞いて、きっと王子の胸にナイフを刺す事を魔女は期待していたのです。

「そうだよ。お前に助けられ、お前を捨て、違う女を妻に娶る。そんな事を許して良いものか。さあ、胸にナイフをお刺し。お前は自由になれる。そうさ、あいつはそう言う男だよ。迷うことなんかないだろう」

魔女の目は鏡に釘ずけでした。


 人魚姫は海の泡となる事を選び、その身を滅ぼした。それを魔法の鏡で見ていた魔女はため息を漏らし、鏡から目をそらしました。

「バカな子だよ。私の魔法が効き過ぎたのかねえ。イヤだねえ。若いって言うのは。恋にのめり込み過ぎなんだよ。男なんていくらでも居るのにねぇ」

そう言い捨てると、魔女は椅子に腰をかけながら酒をチビリチビリと飲み始めました。

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