第12夜 田舎者
金太郎は家を出発する時、母親から期待をされて送り出されていた。遥々都に出てきて、都大路を見て大変驚いた金太郎。多くの通行人やみなりの立派な貴族を眺め感動する日々が続いていました。西も東も分からず、何処へ行こうかと思案する内に路銀は使い果たし、どうすれば就職が果たせるか悩んでいました。
「どうしょう。金もないし。寝るとこすらない。どこへ行けば良いのかわからないし、困った。あ〜ぁ、困った」
五条大橋を渡ったと思ったら、また戻って見たり。迷子の子猫のようにあっちにウロウロ、こっちにウロウロ。つまりは田舎者である証拠です。あろうことか大きな門の前で座り込み、ため息をついている所を門番に怒られ追われることなどしょっ中で、金太郎には都が異世界に感じられ、自分なんかがいて良い世界には思えません。母の待つ故郷に帰りたく思うのでした。
そんなある日のこと。橋の袂に立っていると、二人の家来を連れた随分と偉そうにしている侍に出会いました。その中の一人の従者が前に進み出て、金太郎に大声で文句を言います。
「おいっ。そこの小僧。どけっ。道の真ん中で立っておっては通れんじゃないか。どけっ」
あまりの剣幕にビックリした金太郎は思わず端に飛びのいて道を開けました。その横を侍は家来二人を連れて通り過ぎようとします。金太郎のすぐ横を通り過ぎようとした、まさにその時、金太郎は侍に尋ねました。
「お侍様。どこに行かれるので」
すると金太郎側に立っていた家来はえらく怒りて、金太郎を叱りつける。
「お前なんぞがご主人様に直接お声をかけるとは無礼であるぞ」
この言葉に金太郎は、ビックリ、困ってしまう。
「オラ所では、聞きたい相手に話しかけるものだ。それがダメなのか」
「当たり前だ。この田舎者が」
このやり取りを聞いていた主人の侍は、至って迷惑とばかりに渋々答えてくれた。
「田舎者よな。だがな、お前なんぞに答える義理はない」
偉そうに答える侍に金太郎は願うのでした。
「あなた様は随分と偉いお方なんでしょう。だったらオラを家来にしてくれませんか。力持ちで何でもします。マキだってこの斧でパシパシ切って作ります」
懇願する金太郎に侍は、首を横に降りながら憐れみにも似た目つきで言い放つ。
「あかん、あかん。そんな事を言ってもダメだなぁ。もっとこう何が出来るか分からないと家来になんかできんよ」
「オラ、ずっと炭焼きを手伝ってたよ。山に入って走り回っていたんだ」
「ふ〜ん。そうなのか。だがな、そんなのは今都に掃いて捨てるほどいるんだ。だから、ダメだ、ダメだ」
そう言うとそこから南の方角に行ってしまった。
「あ〜ぁ。何度やってもダメだなあ。もう帰ろう」
金太郎は三条の橋を渡り、故郷に帰ろうと渡っていた。けれど意気消沈していた為、前を向かずうつむき加減で歩いていたんだ。その為、三条の橋の上で景色を眺めていたサイゾウと偶然ぶつかった。
「これはどうもすみません。お許しください」
相手に丁寧に謝る金太郎。
「良いよ、いいよ。誰にだって間違いや失敗はあるさ。だが、君は疲れた顔してるよね。どうしてだい」
「誰も家来にしてくれないんです」
「ふ〜ん。家来ねえ。どこに行くつもりだったんだい」
「誰でも良かったんですけれど。いけませんか」
「せっかく都まで出てきて誰でも良いなんて事言っちゃダメだよ。そうだなあ。今なら一番は源氏の棟梁だ。源氏に家来にしてくれと頼んだ方が良いだろうなあ。だって今一番熱く燃えてる男だ。見所あるとなれば直ぐにでも家来にしてくれるさ。だがよ。売り込みは大変だよ。応募の人数も多いんだからな」
「じゃあ、きっとダメだ。また、追い返される」
「何言ってるんだい。しっかりしな。言い方さえ間違わなきゃ大丈夫さ」
「どう言うんです。教えてください。お願いします」
「まあ良い。それじゃあ、今までに言ってた自己紹介を言って見な」
「えっ。それでは。金太郎、17歳。出身地足柄山の奥です。この鉞で木を切っておりました。山奥で爺様と炭を焼いておりましたが、爺様がいっちまって都に出てきました。力には自信があります。おっかあにもお前は強いと言われて出てきました。家来にして下さい」
「ふ〜ん。そうだったのか。相手はそう言った力持ちは沢山いるからお帰りとか何とか言っただろう」
「そうなんだ。掃いて捨てるほどいる、とか何とか言われた。だからダメなんだ。おっ母には悪いがもう帰ろうって思うんだ」
「ワハハハハ、少年。俺の言う通りに言いな。そうすりゃ大丈夫だよ。わかったな」
「はい。どういう風に話すのですか」
「良〜く聞きな。オイラは昼間でも暗い足柄山に十七年、獣と格闘しながら生活してきた金太郎と申します。腹が減ったら道ゆくウサギを捕まえ食い。鹿なんか目にするもんならピューと、走って行ってパコって殴って捕まえちゃう。猪なんかは向こう見ずなもんで、逃げずにこっちに走ってくる奴の鼻の穴を目がけて、こう二本指を突き立ててブスッと」
「ちょっと待って下さい。二本指をどうするって」
「こうだよ。こう」
「えっ。どういう事」
「要するに指を鼻の穴につ込んでだな。別の手でイノシシの頭をガツンと叩くのよ」
「そんなことできます。俺したことなっいす。第一早いですよ。走ってくる奴の前足を引っ掛けて、ころがらすくらいが関の山ですよ」
「できんのかい」
「え〜。まあ、それぐらいなら」
「それじゃあ。そういうことで。続けるぞ。良いな」
「はい」
「それにイノシシ食ってたら、熊が出てきて。俺にも食わせろって言うて来るんです。だったら俺に勝ったら食わせてやるって言ってやるんです。それで相撲で勝負をするんですが。オイラ、熊と勝負して負けたことないっす」
「すいません。熊って相撲なんかするんですか。もしかして都の熊ってするんですか。スゲー。なんか田舎それだけで負けって思っちゃうけど」
「うるさいなあ。相撲は例え話。熊なんか怖くないんだぞうって言うポーズ。わかる、そう言う方便。だいたい都にクマなんていないよ。足柄山には沢山いるようだが、どうだい、都にいて、クマにあった事あるかい。無いだろう。わかるだろう。ハハハハ、俺って特別なんだよね。だから家来にしない?って言うことさ。今までの君の話し方では何処にでもいる力持ちのお兄さん。でもこう言う風に話せば、天下に1人の勇者になるのさ」
「でも大丈夫かなあ」
「ああ。大丈夫だよ。大将が家来にすると言ったらなれるんだから。頑張りな。それにお屋敷の大将がこいつは拾いモンだとか、話が面白いとか、感じてくれたなら、もう頑張るしかないよ。いいか、屋敷の中にいる者は、偉いと言うことだけは覚えておけ。廊下の上から声をかけてくる者には、くれぐれも粗末な言い方をするなよ」
「うん!頑張るよ」
金太郎はサイゾウと別れ、源氏の館に向かって行きました。
金太郎は鉞を担いで源氏のお屋敷にたどり着きました。お屋敷の門前には大勢の人間がたむろしています。屋敷の中から一人の侍が出てきて、一人一人に声をかけています。
「お前は何が出来る。うん?そんな事ではお役に立てん。ダメじゃなぁ」
「お前は少しは出来そうじゃが、何が出来る。うん?飯が食いたい。ダメダメ」
「ほんと、いい奴に一人も出会わぬ。困った困った」
見ていると金太郎の前を素通りしようとするその袖を掴む金太郎。
「ちょっと、ちょっと。俺にも何かあるでしょう。通り過ぎるのはダメでしょう」
「あっそうなの。お前も応募しに来たの。そうなの」
金太郎の服装を、足の先から頭の先までジロジロと舐め回して見てから言う。
「ダメだねぇ。こりゃ見込みが無い、もう、諦めてお帰り」
そう言って男は門の中に入って行きました。
「ふん、ダメと言われて、ハイそうですかと帰る奴はいないよ。俺も帰ったら今度来るのに一年ぐらい掛かるんだから。今日はここで待ってるよ」
金太郎は座って待っていた。お天道様が西に傾き始めてもまだ、門の外に人は溢れかえっていた。待ち続けた金太郎は終いには寝てしまっていた。
「おい!お前!ここで何している」
金太郎は棒で突かれ起こされた。自分が待っていた時、門外には大勢の人がたむろしていた。多くの人が何か話す声がザワメキ市場の様な喧騒を産んでいた。起こされ、気が付いた時には辺りには人っ子一人おらず、己一人が寝っ転がっていたと言う訳である。陽も傾き夕暮れが迫っていた。慌てた金太郎は立ち上がり、面接の呼びかけかと思い、嬉しそうに「はい」と返事していた。
「何返事してるの。こんな所に寝てたら邪魔だ。どこかに行け」
そう門番に手荒くあしらわれ、自分は今日面接に来たのだと訴えても相手にされなかった。都は優しく無いのを身を以て教えられた金太郎であった。
こうなったら、先ほど門から出て来た男に会わねばならないと思い立ち、門番に男を呼んでくれと頼んだ。
「何言ってるんだか。面接に来た者達には全て召し出したぞ。声をかけられて時、お前は何してたのだ」
「・・・・・・・」
「はは〜ん。寝てたんだな。ダメじゃないか。呼ばれたらやって来なくちゃ。俺様がお前を連れて屋敷に入ったもんなら、俺は追い出されてしまうわい。帰れ!帰れ!」
「そんなこと言っても、おじさん、なんとかしてよ。頼むよ」
「出来ねえ。俺の身の上がタダですまねえから、ダメだ」
「じゃ、いいよ。この鉞であの門の扉を潰して入ってやるから。おじさん、怒られても知らないよ」
「ちょっと待て待て!メチャクチャ言う奴だなぁ」
あまりに言う事がメチャクチャなので、自分達で追い返そうと思いましたが、鉞で暴れられたら、何人かが大怪我を負わされる羽目になるかも知れません。自分がその中に入らないなんて保証など何処にもありません。それで、金太郎にはここで待つようにと言い残し、門番は屋敷の執事の所に事の次第を知らせに行きました。
「執事様、門前に鉞で門を蹴破り、ご挨拶したいと息巻いている小僧が一人出向いて来ております。如何取りはからいましょうや」
「オイオイ。この源氏に喧嘩を売ってやろうと言う奴が、やって来たと言うのか」
「はい!今日、面接の一人でして、待っている内に寝てしまった、なぜ起こしてくれなかったと、怒っておりまして。門前で暴れております」
「これこれ。お前達は何をしているんだ。とっとっと追い払え」
「申し訳ありません。鉞を振り回しておりますれば、こちらも怪我人を出しとうはございません。屋敷に招き入れ、ダメなものはダメと言い渡して頂ければ、奴も覚悟を決めると思いますが、いかが取りはからいましょうぞ」
この話を少し離れた所で聞いていた源氏の棟梁は、これは面白そうだと身を乗り出した。執事を呼び、どうするかを聞きただす。
「我が君、こんな無礼な奴は打ち殺してやろうかと」
「ワハハハハ、お前の気持ちもよくわかるが、俺にいい考えがある。俺は会って見たいのよ。この俺に喧嘩を売る奴はどんな奴かをな」
「さあ、金太郎とやら、あってやろうとのお優しいお気持ちだ。神妙に致せ」
門番は、屋敷内に金太郎を引き連れやって来ると、庭の端に座らせた。
「ここで待て」
そう言った門番は金太郎を残し、門の方に戻って言った。
庭に座らせておいて誰も出て来ない。家の主人は奥から金太郎が何をしでかすかをずっと見続けていた。
「おい!誰か。誰も居ないのか?」
金太郎は胡坐をかいて上を向いていたが、何を思ったか背中を地面に落とすと大の字になって寝てしまった。それを見ていた源氏の棟梁は首をひねって考えた。
「こいつは勇者か、ただのボケナスか。どうもわからんな」
そこで直に話をしてみようとて、廊下に出て来ると、金太郎は起き上がってそちらの方を見据えた。
「あんた、誰だい」
サイゾウさんに言われていた廊下の上から話しかけてる奴だ。気をつけないと。きっと偉い奴だと考えて、金太郎は身構えました。
「なんだ、お前、気が付いていたのか」
「そりゃそうだよ、足柄山はまっ昼間でも薄暗くてさ、肝玉の小さい奴には怖いところさ。気を抜いてると、目の前を通るウサギや鹿の足音なんか聞こえないんだぜ。アイツらが行ってしまって、足跡だけが残ってるんだ。捕まえようにも気付かないのさ。イノシシを見つけた時には追いかけなくても良いんだ、向こうの方から走って来て、牙で俺を引っ掛けようと走って来る。それをすっとかわして、この二本の指を鼻の穴にポコッと差し入れて、こっちの腕で頭をバギッと叩き、奴は一巻の終わりというもの。俺の晩御飯になっちまう」
「フ〜ン、二本の指をねぇ。鼻にねぇ。アッハハハハハ。こりゃ良い」
話を聞いていた男は廊下の上で笑い転げました。
「さすがわ少年、だが見てみないと分からんがな。今度見せてくれ」
「ああっ、いつでも見せてやるさ。イノシシさえおれば、何処ででも。どんな奴もおいらに狙われたら終わりさ。この鉞でパコンってやって晩のおかずさ」
「だが、熊には勝てんだろう」
「アッ!熊?熊って言ったな」
サイゾウが教えてくれた通りに質問して来るなと金太郎慌てず、騒がずに答えます。
「まあ、他の奴はどうか知らんけどさ。熊とはいつも相撲をとってたよ。一度も負けた事がないんだ」
そう聞くと廊下の上から押し殺したような笑い声が聞こえて来る。小さな声でバカにする様な言いぐさが聞こえて来る。
「そりゃそうだろう。熊は四つん這いだから、土俵に上がって相撲を取ったらいつも負けるわな」
腹が立つが、そこは堪えて金太郎、笑って答える。
「ハハハハハ、手が付いたからお前負け、なんて熊にはわかる訳ないじゃん。ただただ、こっちにやって来たら、ポン〜とその辺に投げつけてやるんだ。そしたら何処かに逃げて行く。それでその日はお終い。もうやって来ないんだ。そんな事が何日も続くとクマのやつも俺には逆らわな様になるものです。獣は強い者には従うものです。馬はいませんし、仕方なくクマに乗って遊んでいました」
「フ〜ン。お前はそんなに強いのか」
「はい、強いんです」
「そうか、俺の家来になりたいのか」
「貴方様がご当主様でしたか。はい。よろしくお願いします」
「う〜ん。でもなぁ〜。どうするかなぁ」
源氏の棟梁は話が面白いのと、真面目そうな人柄を見て採用をほぼほぼ決めかけていましたが、執事は背後からやめておけと言うのです。
「あれは嘘で御座いましょう。田舎者はなんでも大袈裟に言います。お辞めになった方がよろしいかと」
「だが、このまま捨て置くには勿体無い気がする。そうさな〜ぁ」
暫く考えていたが、両手を叩いて金太郎に告げた。
「お前は強そうだ。俺は信じたいが、他の者は信じられないと申しておる。それでじゃ、これから言う三つの内、一つでも解決できればお前を勇者として認めよう。どうじゃな。それで良いか。良いな」
「はい。解決出来ればご家来にして頂けますのでしょうか」
「うむ。そう言う事じゃな」
「では、お教えください」
「それでは、言って使わす。一つ目、都の北に度々現れると言う百鬼夜行の討伐。
二つ、御所の御蔵に現れる鬼火の鎮火。三つ、土蜘蛛の退治。この三つだ。わかったか」
「百鬼夜行と鬼火、土蜘蛛の三つですね」
「おお!そうじゃ、よく考えて一つだけで良いのじゃ」
そう言いつけたかと思ったら主人は屋敷の中に入って行きました。
どれにしようかと金太郎は思案のしどころと、考えを巡らせるのですが、どうすればいいのか結論が出て来ません。腕を組んで考え込んでいます。その姿を見た家来の侍たちは、主人に何故か好かれているように見える金太郎は、妬ましくてたまりません。我慢しておりましたが、一向に動こうとせずに座り込んでいる金太郎に痺れを切らせて、とうとう屋敷から追い立てようとします。
「おい、お前、もうここから出ていけ。早く一つを解決してみせろ。帰れ帰れ」
三人ばかりの武士が庭先にやって来て、門の外に追い立てます。
「チエッ!田舎者と思って、邪魔者扱いだ。でもどしたら良いのかわかりそうもない」
金太郎は表に出ると直ぐに三条の橋に向かっていた。だがそこに目当てのサイゾウの姿はなかった。金太郎は、三条の橋の上でサイゾウを探していたがどうも見つからず、諦め切れずに「サイゾウさ〜ん」と大声を出してみた。だが、誰も振り返るわけもなくそこには風が吹いているだけだった。
サイゾウは四条の橋のたもとにある団子屋でお茶を飲んでいた。ふと頭に浮かぶのは金太郎の事であった。
「アイツ!うまくやったかなぁ。あれだけ教えてやったんだから、まあ、大丈夫だろう」
おもむろにきな粉の団子を口にほう張り、鼻に抜けるきな粉の香りを楽しんでいた。一つ、二つと口にし、三つ目を食べかけた時であった。
「あっ!いた!」
大きな声がした。あまりに語気強く、殺気が込められていた為か、サイゾウ、慌てて団子を落としかけた。
「ああっ。危ない危ない。もう少しで可愛いこいつを逃す所だったわい。誰だ?しょうもない大声を出した奴は?」
辺りを見渡すと、金太郎が必死な形相で立っていた。
「サイゾウさま、教えて頂きたくやって参りました」
「ああ、金太郎か。うまくいったんだろう」
「はい、それは、もう」
金太郎は事の経緯を事細かに話します。それを聞いていたサイゾウは笑っていた。
「良かったなぁ。もうこれでお前は源氏の家来になったも同じ。直ぐに取り立ててもらえる」
「そうでしょうか」
「ああ、大丈夫」
「サイゾウ様、何故そんなに楽観視しておいでです」
サイゾウは意地悪い笑いをしたかと思うと金太郎に話し始めた。
「金太郎、もう直ぐ夜だ。今日はその辺で寝ておいて、明日、都の北にある将軍神社に行き、北の方に歩け。そうよなぁ、四里程行ってみな。その辺りの景色を見ておいで。俺は少し離れた今宮神社の前の団子屋で待ててやるから、おいで」
次の日、朝早くから金太郎は都の北にあると言う将軍神社の鳥居の前に立っていました。北の方に行く道があるにはあるのですが、草が生え山の獣道にしか見えません。でも、言われた通りに行くしかありません。
「ああ〜ぁ、こんな所に何があるのじゃろう。ただ、腹減らすだけで何もないんだろう」
金太郎は、細い道のあちこちにコジキがたむろしているのを見ました。
「汚らしい。子供や爺婆、それに年増。男は少ないなぁ」
コジキたちは潰れかけた道具を手に持ち、それで生活をしている様に見えました。金太郎は言われていた四里を歩き、今宮神社で待つサイゾウに会う為、そちらに向かいました。
金太郎が、今宮神社に着いた時、サイゾウは串団子を食っている所でした。
「やあ、金太郎か、ちょっと待ってくれ」
そう言ってサイゾウは、金太郎にも串団子を勧めてくれました。金太郎も歩いて腹が減っていましたので、今度はサイゾウが何を問いかけても答えません。
「ああ、これは最初に食わすんじゃなかった」
サイゾウが金太郎の食べ終わるのを待って話しかけます。
「で、どうだった?」
「別段何もなかった。コジキがたむろしてたり、飯食ってたり。臭いし、殺風景で寂しい所だった」
「見たんだな」
「何を?」
「なあに、百鬼夜行の正体だよ」
「鬼なんかいなかったよ」
「それはそうさ。そんなもの居ない。あれは、お前が見たものの夜に歩く姿さ」
「えっ」
「教えておいてやる。九十九神、そんなものはない。まあ、いるとしても足が生えたり、目を開けて走り回る。手が出て掴むなんてあり得ない」
「え〜」
「お前は傘が歩き回り、目が開いた傘を見た事があるのかい」
「ない」
「そうだろう。そう言う事なんだよ」
「う〜ん。分からない」
サイゾウは金太郎を手招きして、何かを耳打ちした。金太郎の驚く事、驚く事。目を丸くしてサイゾウに聞き返す。
「分かったろう。夜になったら言った所に行け。遠慮はするな。情けはかけるな。最後の始末は全て焼き払え。ただし、一つだけ持ち帰り、主人に見せろよ」
夜遅く将軍神社の鳥居から北に一里の四角に金太郎は立って居ました。すると何処からかあの臭い匂いが漂います。ガサゴソ、ゾロゾロ。小さかった音が段々と大きくなり、何か得体の知れないものが近ずいてきます。金太郎は身構えました。
「ウヒヒヒヒ!」
「キキキキッ」
人の言葉を話す事なく、金太郎の周りを取り囲みます。じっとしていると、背後から手が伸びてきて、首を締めます。服を剥がそうと金太郎の腕を掴みます。
「えい、やー!」
金太郎は鉞を振り回し、そこら中にいた化け物達を斬りつけます。最初は変な言葉を吐いていた化け物達は、腰も抜かさず、力一杯振り切られる鉞の恐ろしさを知る事になりました。
ヤカンを手に持ち、叩いて「ヒヒヒッ」と、つぶやいていた奴は、鉞がそのヤカンを切り裂いたのを見るにつけ、いつもの客とは違うと感じたと見え、「きゃー」と声を上げたかと思うと一目散に逃げて行きました。傘の穴から顔を出していた男は、腰を抜かして這いずり回り、小便を垂らして逃げ去りました。「ダメだ。こいつはいつものやつじゃない。逃げろ」と声がしたかと思うと、辺りには何の気配もしなくなり、夜が明けると道のあちこちに潰れかけた道具が打ち捨てられていました。
金太郎はサイゾウに言われた通り落ちている傘やボロぎれや何かを集めて焼き払いました。そして、真っ二つに切り裂いたヤカンを討伐の印として屋敷に持参しました。
庭先にかしこまる金太郎。討伐の証として執事に切ったヤカンを差し出して一言。
「これは敵の大将首でございます。九十九神の燃えるものは焼いておきました。これを切った途端に、多くの九十九神が逃げ出しましたので敵の大将かと」
「おおそうか」
「よくぞ征伐致した」
金太郎はこれで家来に取り立てられ、母親を都に迎える事が出来たのです。酒呑童子を退治するのはこの後の事で、名を坂田金時と名乗り、源氏の側近として武勇を轟かせる事となります。
さて、坂田金時として源氏の棟梁に仕えておりましたが、ある時、大江山の酒呑童子が都を度々襲う事件が起こりました。お上からその討伐を下命される武士達は、全て逃げ帰ってくる事となり、とうとう源氏の大将が出張ることになりました。
「前に討伐に出た奴らも大勢で大江山に入ったがやられてしまった。どうするかなぁ」
考え込む金時。そこで思い出したのはサイゾウの事。すぐに探そうと都中を歩き回って、今宮神社の門前にやって来ました。余りに腹が減ったので団子を注文していると、「おい。久しいなぁ」と声をかけてくるものがあります。振り返るとそこにはサイゾウが団子を食っている所だったのです。
「アッ!やっと居てた。探しましたよ」
「金太、いや、今は坂田金時だったよなぁ」
「はい、そうです」
「何?探していたとか。何様だ」
「この度、源氏に酒呑童子の討伐が下命されました。我ら以前の武士も大軍で打ち果たそうと致しましたが、全てやられて逃げ帰って参りました。今回も大軍を引き連れ討伐に出ようと、御大将はお考えの様です。お教え頂きたいのはどうすればいいかという事です」
金時の問いにサイゾウは暫く思案を巡らせているようだった。
「そうよなぁ、大勢で行っても成果の出なかった事を繰り返しても損をするだけだよなぁ・・・・・・・」
「やはり、そうお考えになりますか」
「少ない人数で弱い旅人が良いよなぁ。相手が油断する者が良い。だいたい、出会えなければ討伐は成り立たない」
「どういう事ですか」
「だって考えてごらんよ。強い相手と戦わずに逃げる事だってあり得る事だろう。もし、会いに行くなら土産は必須だぜ。上等な酒とか酒の肴。奴らにも沢山飲ませたら、効き目は抜群ってな。効き目が出たならヘビの頭ぐらい跳ねれるだろう。そうなりゃぁ、わかるだろう」
「はい、スサノウ様ですね。それでも心配があるのですが」
「何かな?」
「魔法の事です。逃げ帰った者に聞くと、どうも摩訶不思議な事が起こって負けたのだと申しておりまして」
「フ〜ン。摩訶不思議な事ねぇ」
サイゾウは懐からボロボロな袋を取り出し、中から黒い物体を一つ取り出した。その黒い物を金時に手渡した。
「これは?」
「ああ、これか。これは、魔封じの爪だ。魔法はこれを持つ者には聞かなくなる。安心してゆくが良い」
金時はこの話を源頼光にする。頼光はう〜んと唸って考え込んでいた。屋敷で待っていると源四天王をお呼びになり、金時の計略を後の三人に話し始めた。
「そんな卑怯な。正々堂々と戦う事こそ侍でしょう」
渡辺綱、確井貞光は反対した。だが、卜部季武は、二人を諭した。
「確かに相手も正々堂々と振る舞うのであればそれも良い。だが、負け帰ってきた者達は、魔法を使いやられたと話す。また、勝ち目がないとわかると尻尾を巻いて逃げ出す事だってある。頼光様の仰る通りだと私は考えます」
「さて、それでは我ら五人が出かけるとするか。金時、貞光。うまい酒と魚をタップリと用意しておけ。奴らに飲み食いさせてやらねばなぁ。されどこの姿では警戒されてしまうぞ、どうするか。考えを申してみよ」
金時はすかさず答えます。
「弱くて鬼に近い者。それでは山伏、修験道の修行に入山した事にすれば良いのでは。背中に背負う櫃に酒肴は入りますし、山伏が護身のために刀を持つのは常識です」
「なるほどそれは良い」
五人は打ち揃って大江山に入山し、魔除けの爪の効能もあり、目出度く酒呑童子と巡り会い、討ち果たす事が出来たのですが、酒呑童子の首を跳ねた時に、「鬼でもこんな卑怯な事はせん」と酒呑童子に非難されたのです。頼光一行が「ごめんごめん」と答えたかはしりませんが、都を襲い人々を恐怖に陥れた酒呑童子、張本人が、悔しさで叫ぶのですから重みのある言葉だったのかも知れませんね。
酒呑童子の討伐の帰り道、金太郎、いや、金時はサイゾウに出会うのです。金時はサイゾウに酒呑童子の持ち物の中にあった石をお礼として手渡すのです。
「これは以前に預かっておりました魔除けの爪、ここにお返しいたします。それとこんなもので心苦しいのですが、お受け取りください」
金時は手に入れた経緯を話します。
「酒呑童子の首をはねた時、奴が何かを取ろうとして箱を棚から落としました。サンゴの玉や瑠璃の玉、金や銀の財宝が散らばりましたが、ただ一つこれだけがただの石ころでした。ですが、私にはこれがとても気になりまして、それで、御大将にこれを頂きました。あなた様にお礼として貰って頂きたいとお持ちしました」
サイゾウは喜んで受け取り、金時を見送りました。
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