第20話 相談相手は掛け替えのない宝
アオイと喧嘩して一週間が過ぎた。
やっぱりアオイが僕に対して何かを言ってくることはない。
ひょっとして消えちゃったんじゃ……そんな心配がちらちらと頭の中に浮かんでくる。
僕はそれを考えまいとするように、昼間は真面目に仕事に従事し、夜はひたすら小説を書き続けた。
お陰で話数はそれなりに進み、それによって応援もちらほらと貰うようにはなったけど、手離しで喜ぶことはできないというのが正直な気持ちだった。
やっぱり、あいつが隣にいてくれないと駄目だ。何をやっても喜びが半減してしまう。
気を紛らわすためにかけている音楽も、ちっとも耳に入ってこない。
捨てられた子猫の心境ってこういうものなのかもしれないな。
それなら、子猫らしく鳴いてやろう。
アオイに、僕の正直な気持ちを伝えるんだ。
「……アオイ。そこにいるんだろ」
ヘッドホンを静かに外して、僕は口を開いた。
「僕が悪かったよ。あの時は気が立ってて、そのせいでお前に当たっちゃったんだ」
静かな部屋の中に、僕の声が溶けて消えていく。
「お前は僕のことを思って色々言ってくれてたのに……僕は考えなしに自分勝手なことを言ってばかりだった。お前の気持ちも考えないで、悪いことしたよな……」
アオイの反応はない。
この語りかけは、ひょっとしたら無駄に終わるかもしれない。アオイは何の反応もしてくれないかもしれない。
でも、それでも構わなかった。アオイに、僕の気持ちを伝えたかった。
「お前が傍にいてくれないと駄目なんだ。僕には、お前が必要なんだ。一人になって、そのことがようやく分かったんだよ」
吐き出せ。残らず。僕の心の中にある思いを。
「戻ってきてくれないか。また、二人で色々話したいんだ。もう自分勝手なことを言ってお前を困らせたりしないって約束する。お願いだ」
………………
しん、と静まり返った部屋の中。
僕は静かに溜め息をついた。
「……やっぱり、駄目か」
広げた両の掌を見下ろして、呟く。
「せめて……お前にちゃんとした挨拶をしてから、別れたかったよ」
あんな決別のような別れ方じゃなくて。
ありがとうって伝えてから、別れたかった。
もう、それを伝えることも、できないんだな……
目の奥がじんわりと熱くなる。
零しそうになるものを零すまいと目を閉じると。
くすくすと、囁くような笑い声が頭の中に聞こえてきた。
「君がそんなことを言うなんてねぇ」
「!」
僕は目を見開いた。
「アオイ!」
「何の心境の変化なの? 何か悪いものでも食べたの?」
「馬鹿……違うよ。自分の気持ちに正直になっただけだ」
久々に聞いたアオイの声は、今までと何ら変わらぬ声だった。
全てを見通しているような、達観した言葉遣い。
これこそが、僕が聞きたかった彼の声だ。
「お前の駄目だしがないと、何をしてても身が入らないんだ。もう何処にも行かないでくれ。僕の隣で……僕がやることを、見守っていてほしいんだ」
「僕がいなくなったことがそんなに堪えたの?」
まだまだだねぇ、とアオイは笑った。
「そんなんじゃ、一人前の作家にはなれないよ。君には、まだしばらく僕の助けが必要みたいだね」
「……そうみたいだ」
僕もつられて笑いを零した。
あはは……と二人して笑って、ふう、と安堵の息をつく。
良かった……アオイが帰ってきてくれて。
安心したら、何だかやる気が出てきた。
僕はWEB小説投稿サイトに公開している話の一覧をアオイに見せた。
「見てくれよ。お前がいない間も頑張って書いたんだ」
「へぇ、随分更新したんだね。けど更新にばかり気が行って粗末な文章になったりしてないよね?」
「そんなわけないだろ。ちゃんと一生懸命考えて書いてるよ」
「見せてくれる?」
「いいよ」
言葉の遣り取りをしながら、僕は思う。
傍であれこれ口出ししてくれる相談役がいることは、鬱陶しく思えて、実はとんでもなく恵まれてることだったんだな……と。
そんな感じで、その日の夜は、アオイと一緒に僕の小説を読みながら久々の会話を楽しむ時間を穏やかに過ごしたのだった。
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