第18話 傷心に塗る塩はいらない

 夜。仕事を終えて会社から帰宅した僕は、パソコンの電源を乱暴に入れた。

 手にしていた鞄をベッドに投げつけて、脱いだ上着を放り投げ、椅子にどかっと座る。

 なかなか立ち上がらないパソコンに苛立ちを覚え、溜め息をついた。

 ああ、気分は最悪だ。

 今日は──少しばかり、会社で嫌なことがあった。

 同僚のミスで作成した資料に不具合が出てしまい、それが上司に発覚して叱られたのだ。

 資料はミスした同僚と協力して残業して何とか手直ししたものの、完全なとばっちりである。

 お陰で帰るのが予定よりも大分遅くなってしまった。

 今日は定時で上がって本屋に行こうと思っていたのに、電車の時間の都合で諦めざるを得なくなった。

 同僚には謝られてお詫びにと駅前の人気スイーツ店の菓子を奢られたが、それで気分が晴れるはずもなく。

 同僚のことは許したよ? そもそもそんなに目くじら立てて怒るようなことじゃないし。

 でも、僕の虫の居所が良くなったかと問われると、それはまた別の問題だ。

 ようやく立ち上がったパソコンを操作して、日課になっているメールボックスのチェックをする。

 それからいつものようにWEB小説投稿サイトに行き、管理画面を開く。

 ベルマークに赤い印は付いていない。

 自分の小説の閲覧数を確認して、昨日から全く数が増えていないのを見て。

 ……何で僕の小説は、こんなにも人に読まれないんだろう。

 苛立ちが更に募る。唇を歯で噛んでしまう。

 ばちん、とキーボードを叩くと。

 その音に反応したかのように、アオイが問いかけてきた。

「随分機嫌悪いね。どうしたのさ」

 昼間の出来事などまるで知りませんと言っている風な口ぶりだ。

 彼の態度に、更にイライラが大きくなった。

 僕はふんぞり返るように椅子の背に体重を預けて、呻くように言った。

「……なあ。何で僕の小説はこんなに人気が出ないんだ?」

「……何でって、そんなことを僕に言われてもねぇ」

 アオイはのんびりと僕の言葉に返事を返した。

「世間のニーズに作風が合ってないからとか、たまたま人目に付いてないだけとか、色々理由は考えられるよ? でも、僕がそれを言ったところで今の状況が変わるわけじゃないじゃん」

 確かに、アオイの言う通りだ。アオイに当たったところで、僕の小説の人気が爆発的に増えるわけじゃない。

 でも──当たらずには、いられなかったのだ。

「結局は類が努力しなきゃいけないことなんだからさ。僕を当てにされても困る──」

「僕だって努力はしてるよ! 僕が何もしてないみたいな言い方をするな!」

 反射的に僕は怒鳴っていた。

 一度爆発してしまうと、噴き出したものは収まらない。次々と、弾丸のように言葉が僕の口から飛び出した。

「お前はいつも僕の駄目だしをしてばかりだ! どうしてちょっとは協力して一緒に考えようとかしてくれないんだよ! けなすばかりの批評家はいらないんだよ! いい加減にしてくれ!」

 沈黙が両者の間に横たわった。

 ふーふーと荒い息を吐く僕を冷静に見つめているかのように、長い間を置いてアオイが口を開く。

「……僕は類のためを思ってあれこれ言ってたつもりだったんだけど……どうやら君には、僕の心は伝わっていなかったみたいだね」

 その言葉は、いつになく冷たくて、失望の色すら感じられた。

 ぽつりと呟くアオイ。

「残念だよ」

 そして、それきり。

 アオイの言葉は、聞こえてこなくなった。

 僕はぐじゃぐじゃと前髪を掻き毟って、俯いた。

 鞄の中に入れっぱなしになっていたスマホが、メールを受信したのかブブブと大きく震えていた。

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