第10話 それでも閲覧数を伸ばしたいと思ったら

 それでも。小説を書いているうちに心は考える。

 やっぱり、閲覧数を伸ばしたい。もっと多くの人に見てもらいたい。

 僕が苦心の末に生み出した作品を、評価してほしい。

 考えないようにしようと思ったって。それがやっても意味のないことだと分かっていたって。

 やってしまうのは、僕が人間だからだ。

 神様のように心を揺らさないで構えていることなんて、できるわけがない。

「……どうしたら、見てもらえるようになるんだろうなぁ……」

 つい、口に出してしまう。

 音楽の中に溶けていく僕の呟き。

 パチパチというキーボードを叩く音が、その呟きを塗り潰していく。

 僕の呟きを聞いたのだろう。アオイがしれっと言った。

「見てもらう方法ならあるよ」

「……え」

 僕の手の動きがぴたりと止まる。

 多くの人に僕が書いた小説を読んでもらう方法があるって、そんなことが本当にできるのか?

 たった数人にでも読んでもらえたことを喜ぼうよなんてことを言っておきながら。

 僕は自らの頭の中に目を向ける感じで視線を上向きにして、アオイに問いかけた。

「そんな夢みたいな方法、あるわけないだろ」

「それがあるんだよ。最も簡単で誰にでもできる方法がね」

 アオイは自信たっぷりに言った後、一呼吸置いて、その方法を口にした。

「流行に乗ればいい。流行りに沿った内容の小説を書けばいいのさ」

 流行りに沿った内容の小説を書く……

 今の流行りっていうと、異世界転生チートハーレムものか?

 激戦区と言われる昨今のファンタジー小説業界では、それに順ずる作品をよく見かける。

 書籍化されている作品でも、そういう内容の作品は数多く見られる。

 日本にいた主人公が何らかの理由で死んで異世界に飛ばされて、そこで第二の人生を歩む話。

 びっくりするほど美人の女の子が大勢出てきて主人公を囲んで、そんな環境に身を置きながら持ち前のチートスキルを駆使して異世界生活を満喫する物語だ。

 僕も、そういう話は嫌いであるとは言わないが……

 それを、書く? 僕が?

「流行りに乗った話は食いついてくれる読者も他のジャンルと比較して大勢いるからね。手っ取り早く閲覧数を伸ばしたいならそういう話を書けばいいんだよ。類の腕前なら、そういう話のひとつや二つくらい簡単に書くことはできるでしょ?」

「……そりゃ、書けないとは言わないけど……」

 僕は歯切れの悪い返事を返した。

 ここでアオイの言葉に乗ってそういうジャンルの小説を書くことは簡単にできる。

 できるけれど……閲覧数のためだけにそういう話を書こうという気には、ならない。

 僕が本当に書きたいのは、王道のファンタジー小説なのだ。

 チートやハーレムなんかが登場しない、普通の主人公が苦労しながら苦境を切り開いていく物語なのである。

 本心から書きたいわけでもない話を閲覧数を得るためだけに書くなんて……そんなのは、何か違うような気がする。

 僕の言葉のニュアンスから、胸中を察したのだろう。アオイはふふっと笑って、言った。


「……ほら。閲覧数のためだけに無理矢理書きたくもない作品を書くなんて、馬鹿げてるでしょ? 本当に書きたいと思った作品を、心を込めて書く……それが作家の、本当のあるべき姿なんだよ」


 ……ひょっとして、アオイは僕がこういう反応をすることが分かっていて、敢えてこんなことを言ったのだろうか。

 僕を、閲覧数確保の呪縛から解き放つために。

「もちろん、類がそういう作品を書きたいって言うのなら、僕は止めないけど」

「……ううん」

 僕は静かにかぶりを振った。

「僕らしい物語で勝負するよ。それで、必ず、人気を獲得してみせる」

「そっか」

 アオイがにこりと笑ったような──それが見えたような、気がした。

「そう決めてるなら、迷わずに前に進むのみ。だね」

「ああ」

 僕は止めていた手の動きを再開した。

 時計の針が二十三時を指し示そうとしている中、キーボードを叩く音だけが、静かに部屋の中に響いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る