第4話 常に読者を想って書け
WEB小説投稿サイトのホームページに大きく掲載されているバナー。そこには眩い色の文字でこう書かれていた。
WEB小説コンテスト。
それは、アマチュアの小説家がプロになるためのチャンスを掴める、年に一度の大きな祭典である。
長い季節が巡って──再び、この季節が到来したのだ。
今度こそ、入賞してみせる!
どきどきと高鳴る心臓を落ち着かせながら、僕はパソコンのメモ帳のアイコンをクリックした。
僕は小説を書く時は、基本的にメモ帳の機能を使っている。
ワードを使うよりも、メモ帳の方が書いた小説を投稿ページにコピペする時に何かと便利だからだ。
執筆画面を呼び出し、まっさらなページをじっと見据えたままじっくりと考えることしばし。
その様子を何だと思ったのだろう。アオイが怪訝そうに僕に尋ねてきた。
「何してるの?」
全く、人が必死になって物語を考えている時に……妨害するようなことはしないでもらいたいものである。
僕は画面からは目を反らさずに、答えた。
「新しい小説の案を考えているんだよ」
「今までに書いた作品があるじゃないか。それじゃ駄目なの?」
確かに、今まで書いた作品の中には、コンテストの応募条件を満たしているものもある。
鳴かず飛ばずの作品ではあるけれど……それも一応保険のためにコンテストに応募しようとは、考えている。
下手な鉄砲数撃てば……って言葉もあるくらいだしね。
でも──それだけでは足りない。駄目なのだ。
渾身の力を込めた絶対の自信作でないと、この激戦の地を勝ち抜くことはできないのである。
何百という他の応募作品の群れを抜け出して、審査員の心に突き刺さるような武器を備えた作品じゃないと。
それは、僕の自己満足かもしれない。だが、このコンテストに文字通り命を懸けている身としては、例え僅かな可能性であったとしてもそれに縋りたいのだ。
僕は聖人君子じゃない。欲望剥き出しだと言われても、そう考えずにはいられないのである。
「せっかくの大舞台だから……新しいもので勝負したいんだよ。少しでも多く読まれて、最終選考に残れるように」
「まあ……類がせっかくやる気になってるんだから、それに水を差すようなことはするつもりはないけれど」
肩を竦めたようなニュアンスで、アオイは言った。
「賞を取ることにばかり頭が行って、可哀想な作品を増やすようなことはしないようにね?」
ぐっ……そう言われると、頭が痛い。
コンテストに向けての作品を書こうと考えると、どうしても審査員の評価のことが頭に浮かんじゃうんだよな。
どうすれば審査員の心を掴めるんだろうとか、どうすれば自分の作品をじっくり読んでもらえるんだろうとか。
仕方ないじゃないか。人間なんだから。
「……大丈夫、だよ。これは絶対に完結させてみせるから」
「……ねえ。類」
決意の言葉を口にする僕に、アオイは優しく言った。
「こう考えなよ。コンテストの審査員も、読者であることに変わりはないんだって」
「……?」
小首を傾げる僕。
アオイの言葉は続いた。
「審査員は、作品を必ず最後まで読んでくれる大切な読者。そんな貴重な読者に『この作品を読んで良かった』って思われるような作品を書けばいいんだよ」
審査員も、読者であることに変わりはない……
それは、僕が考えたこともなかった発想だった。
審査員は数多の作品の中からプロとして扱うに相応しい力を持った作家の作品を発掘する慧眼を持った人間だから、特別な存在のように思っていたのだ。
例え相手が審査員でも書き手のやることは変わらない。読者の心を惹き付けるような作品を書く。
それが自分のやるべきことなのだと考えたら──
何だ、いつもやってることと何ら変わりないじゃないか、と思えた。
僕は『コンテスト』という言葉に目を眩まされて、変に力んでいただけだったのだ。
まずは、心を落ち着けよう。
そして、最初は自分が一人目の読者として面白いと思えるような物語を考えよう。
何も、特別なことをする必要はない。
ありのままの自分の思いを、文章に込めれば良いのだ。
そうすれば、きっとその思いに共感してくれる人が現れる。
それが、歩幅が小さくても大きな第一歩へと繋がるのだろうから──
僕は深く息を吸って、最初の一文を画面に打ち込んだ。
アオイがそれを見て、問うてくる。
「自分の書きたいものが、見えた?」
「ああ、見えたよ。しっかりとね」
僕は力強く頷いて、キーボードを叩き続けた。
「必ず、自分の納得のいく作品に仕上げてみせる。お前も見守っててくれよ」
アオイからの返事はなかったが──
笑顔で頷いてくれたように、僕には思えたのだった。
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