第3話 御褒美を最初から求めてはいけない
もはや日課になったWEB小説投稿サイト巡り。僕は小説を書く以外にも、たまにはただ読むためにサイトを徘徊していることがある。
それは、自分が面白いと思える作品に出会うため。感動する時間を与えてくれる作品に出会うためだ。
……まあ、閲覧数を伸ばす方法の勉強をするためじゃないとは、言わない。
僕だって人間だから。これでも一応小説家の端くれだから。欲というものはそれなりにあるのだ。
どうすれば閲覧数が伸びるのか。レビューが貰えるのか。フォロワーが増えるのか。
数ある作品を漁りながら、読みながら、そんなことを頭の片隅にふっと思い浮かべてしまう。
そして、思う。僕と人気作家の違いは何なのだろうと。
文章力だって見劣りしないし、書いている物語の内容だってそれなりにオリジナリティがあって面白いと思うのに。何故僕は評価されなくて、彼らはプロの作家となって名が売れているのだろう?
そのことをぽろっと口に出すと、アオイは苦笑した後にこう言った。
「閲覧数のことに頭が行ってる状態で書いた作品がプロの作品と見劣りしないって本気で思ってるの?」
……今の一言は心にぐさっと来た。
アオイは、こうして僕の味方なのか憎まれ役なのか分からない言葉を言って僕を困惑させることがある。
一緒に悩んでくれると言ったのだから、心の傷を抉るようなことは言わないでもらいたいものである。
「……お前、僕を泣かせたいの?」
「まさか。そんな趣味が僕にあるわけないでしょ」
半眼になって呻く僕に、アオイはけらけらと笑って言葉の続きを述べた。
「僕はただ、類に気付いてもらいたいだけだよ。本気でプロの作品に見劣りしない小説を書きたいと思ってるなら、名声のことなんて忘れなきゃ駄目だって」
名声を、忘れる。
閲覧数のことも、レビューのことも考えないで、気にしないで、ただ書く。
そんなことが僕にできるのだろうか。
アオイは言った。
「プロの作家たちは、小説を書く時に名声のことなんてこれっぽっちも考えちゃいないよ。どうすれば読者に楽しんでもらえる作品が書けるか、自分も書くことを楽しんで作品が書けるか、そのことを考えて一生懸命に書いているんだよ。名声なんてのは、そうして生み出された作品に感銘を受けた読者が与えてくれるものなんだから……最初から御褒美が欲しいなんて躾のなっていない犬じゃないんだから、そんなことは言わないでほしいな」
名声は本当に良い作品を書き上げた者に贈られる御褒美。
本当にそれを与えるに相応しい価値を持つ作品だけが得られる特別なもの。
最初から、それを求めるような真似はしてはいけない──
僕は眉間に寄った皺をゆっくりと解して、深く息を吐いた。
そうか……そうだよな。
プロの作家たちは、名声を追い求めて作品を書いているわけじゃない。
どうすれば読者に楽しんでもらえるか。より良い話が書けるか。それを考えて、少ない時間を捻出して必死に書いているんだよな。
それじゃあ、最初から閲覧数のことしか頭になくて書いた作品と雲泥の差があるのは当たり前だ。
──小説家として長年活動してきたけれど、そのことに今更になって気付かされるなんて。
僕は何だか恥ずかしくなって、俯いた。
アオイはそんな僕を見て、ふふっと優しい笑みを零した。
「時間はかかっても大切なことに今気付けたのなら、それでいいじゃない。今がスタートの時なんだと思って、書けばいいじゃないか」
「……そうだね」
今なら、今までに書いたことのない素晴らしい作品を書けるような気がする。
よし、と自分に気合を入れた僕は、見ていたWEBページを閉じて小説のデータを画面に呼び出した。
空白になっている続きのページにカーソルを合わせて、キーを押し込む。
「よし、書くぞ!」
意気込んで声を上げる僕のことを、アオイは黙って穏やかに見守っていた。
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