第2話 作家が小説を書き続ける理由
WEB小説投稿サイトに投稿した自分の作品の一覧を見て、僕は溜め息をつく。
此処にあるのは、全て途中で書くのを投げ出した作品だ。
何故書くのを途中でやめたのかって? 理由は単純、これらの作品は全て『鳴かず飛ばず』の作品だからである。
閲覧数も伸びなければ、レビューを獲得してもいない。いわゆる『将来性のない駄作』なのだ。此処にあるものたちは。
「随分色々書いてるんだね」
投稿作品一覧を見て、アオイが感心したような声を漏らす。
僕は肩を竦めて画面をスクロールさせた。
「今はもう書いてないんだけどね」
「何で?」
何で、ときたか。
こいつ、僕の中にいるんだから僕の考えくらい察して欲しいものである。
僕は頭をがりがりと掻いて、やや面倒臭そうに答えた。
「何でって……これ以上書いてても意味がないからだよ。此処にあるのは全部評価されなかった作品だからね」
「そうなんだ」
アオイはしばし黙りこくり──ぽつりと、言った。
「可哀想だね」
……可哀想?
今まで散々あれこれ言っておいて、今更僕に同情してくれるのか? こいつ。
同情してくれるのは嬉しいが、生憎僕はそこまで心が弱い人間ではない。
僕は肩を竦めた。
「可哀想だなんて思わなくていいよ。万年底辺作家の実情なんてこんなもんなんだからさ」
「ああ、可哀想なのは類じゃないよ。僕が可哀想だって言ったのは──」
アオイは一呼吸置いて、はっきりと、言った。
「この作品たち」
「……どういう意味だ?」
眉を顰める僕の問いかけに、アオイは答えを述べる。
「せっかく生まれたのに、評価されないからって見捨てられちゃったんだもの。可愛くないからってだけの理由で親に捨てられた子供と一緒だよ。それを可哀想って言わないで何と言うのさ」
「……見捨てたって人聞き悪いな。僕は──」
僕の反論を遮って、アオイは続けた。
「僕、言ったよね。何で小説を書いているのかをもう一度考えてみなよって。もう一度、訊くよ。類は、人に評価されたいために小説を書いてるの? 此処にある作品は、そのためだけに寝る間も惜しんで書いたものなの?」
僕がこの作品たちを書き始めた理由。
それは、小説家になりたいから。もちろんそれもあるけれど──
最初は──ただ、単純に僕が考えた話を人に読んでもらいたかったからなんだよな。
この話は面白いんじゃないかって思って、必死に文章を組み立てて、やっと完成した一話分の話を読み返して「これは面白いぞ」って興奮して。
それを人に読んでもらいたくて、こうして誰の目にも触れられるWEB小説投稿サイトに公開して。
それが、始まり。
そこから──何がどう捻れたのか、次第に「評価されるために書かなくちゃ」って考えるようになっていったんだ。
ようやく、思い出した。
僕が小説を書いているのは、自分が感じたわくわくを、人にも体験してもらいたかったからなんだということを。
此処にある作品たちは、全部、僕の思いが形になって生まれたものなんだということを。
評価やレビューのために書き始めたわけじゃ、なかったんだよな。
そんな純粋な思いを──
何故、僕は。今まで忘れてしまっていたのだろう?
「この小説……読んでくれた人が全然いないわけじゃないんでしょ? ほんの何人かしかいなかったとしても、内容に共感してくれて、フォロワーになってくれた人もいるんでしょ?」
僕の胸中を見抜いたかのように。一転して穏やかな口調で、アオイは僕に語りかけた。
「その人たちのために書こうって、思おうよ。たった一人でも読者がいるのなら、その人に思いを届けるために書く作品があってもいいんじゃないかって僕は思う。……それだけで、この作品たちには生まれた意味がちゃんとあるんだよ」
読者になってくれた人のために、書き続ける。
例えそこに評価がなくても。レビューがなくても。閲覧数が伸びなくても。
誰かに届けられる思いは、きっとあるはずなのだ。
そう、そうだよ。
それがやりたくて……僕は小説を書き始めたんだよな。
「……また、少しずつ続きを書くよ」
僕は目の前にずらりと並ぶ、手を付けなくなって久しくなった作品のタイトルを見つめながら呟いた。
「時間はかかるだろうけど……必ず完結させる。一人でも多くの人に僕の思いが伝わるようにって、頑張るよ」
「その意気だよ」
アオイは嬉しそうに笑った。
それに釣られて僕もふっと口の端を緩めて、書きかけになっていた小説のデータを画面上に呼び出したのだった。
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