バレンタイン。
「…春田さん、
「うん。6年かな。」
さらっと言われたその数字は、わたしの人生の約1/4。
「…なんでだったんですか?」
「んー…なんでだったんだろうね。七生さんは?なんで?」
前々から思っていたけど、春田さんはあまり自分のことは話さない。
聞き上手で、それは日頃の接客態度を見ていても思う。
おかげで緊張はすっかり溶けて、お店では違う種類のガレットを半分こして食べた。
アップルシードのお酒を飲んで、お互いほんのり赤い顔して、すごく楽しい時間を過ごした。
ふと、店内を眺める春田さんを見て、『もしかしてここは元彼さんとよく来ていたのかもしれない』と思った。
「渋谷とか電気屋回ってみようか。意外とイヤホンあるかも。」
駅まで向かう途中で、春田さんは「七生さんの時間が許すなら。」と付け足した。
「ありがとうございます。ここまで来たらゲットしたいです!」
ふんっと火照った頬で張り切ったわたしを見て優しく微笑むと、「こっちだよ」と先導してくれる。
…都会慣れてるなぁ
……やっぱり遊び歩いてるんだろうなぁ
結局、わたしの話は沢山聞いてもらったけど春田さんはどんな人なのかまだよくわからなかったなぁ
恋人だったら…
わたしが春田さんの好きな人になれたら、
ここで手を引いて、歩いてくれるのかなぁ
人混みの中少し前を歩く背中を見て、ぼんやりとそんなことを思った。
「…あ。七生さん!あった!」
電気屋さんに着くなりちょいちょいと手招きして、イヤホンを手渡してくれた。
「出口のとこで待ってるね」
そう言って離れる春田さんはすぐさま携帯を取り出して、何やら打ち込んでいる。
…女の人かなぁ…
合コンとか、また行くのかな…
4月は土日ほぼ埋まってるって言ってたなぁ
……嫌だなぁ。
少し酔っているからか、いつもより感情が制御できず溢れてくる。
「この在庫最後でした!お姉さんラッキーですね。探し歩いたんですか?」
新品の在庫を探しに行ってくれていたお兄さんが、レジを打ちながら話しかける。
「あ、はい。全然見つからなくて」
「イケメンですし、素敵な彼氏さんですね」
爽やかな営業スマイルを向けられ、【彼氏】を否定する気にもなれず、「ありがとうございます」と力なく返した。
◇◇◇
「今日は本当ありがとうございました。あとご馳走様でした。」
「いえいえ、こちらこそ。本当にここまででいいの?」
無事イヤホンを入手したわたしは、春田さんの最寄り駅を通る電車に乗り、途中下車した。
「いいんです!付き合ってもらいましたし、その上送ってもらうのは申し訳なすぎるので。
あと、良ければこれもらってください。」
チョコレートを差し出すと、春田さんは目を丸くした。
「えっ。まさかのバレンタイン?」
「お礼です!彼女さんがいるなら渡すのやめようと思ってたんですけど、いないって言ってたので。」
思っていた以上に驚いた顔をされてしまって。
なんだか何を言っても言い訳みたい…
顔が熱くなっていくのを感じる。
実はこのチョコにはからくりがあって、先週のバレンタイン付近で友貴に会う機会があれば…
と念の為用意していたものだった。
久しぶりに会ってバレンタインチョコもあげないような彼女、嫌だもんね。
でもその気持ちは虚しく、機会が来る気配すらなかったので今日お礼として春田さんに渡した。
チョコは失敗したかな…
職場の男性陣には当日まとめて、THE義理チョコを配っている。
その上別のチョコって、重かったかな…
「ありがとう!お礼でも嬉しい」
「!い、いえ!ちょっとわたしお手洗い行ってから帰りますね!」
意外にも、春田さんは本当に嬉しそうに笑ってて。
どきっとした。
今まで見たことのない
多分これは、心の距離が近い人が見れる表情。
トイレに逃げ込むという典型的な離れ方で、今日を終えてしまった。
鏡の中のわたしの顔は、完全に恋する女の顔をしている。
意味ありのチョコへ少しの罪悪感と、
想像以上に喜んでもらえて嬉しい気持ち。
「…ハァ…」
海原さん。
すみません、ダメなパターンになってきてます。
ヴー
鳴ったスマホに目を落とすと、【外で待ってる、もう遅いしやっぱり送らせて】との文字。
「!…はぁ〜〜〜〜」
また心臓が一つ増えたのを感じて大きな深呼吸をした。
いつものふゆ。 ふゆ @msa123
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