第2話~それぞれの異能力~
~制約~
Jam所長と横田と米田(こめだ)が所長室に集まっていた。
「オコメちゃん昨日はありがとね。彼女達の引率に付き合ってもらって」
「いいえJam所長、私も楽しかったので、またこういう事があるなら、また声かけてください」
米田は笑顔でJam所長に答えた。
「そうかい、それではまた頼むかもしれないがその時はよろしくねオコメちゃん。それと普段も彼女達の話し相手になってくれると有難いよ。仕事の合間でいいからさ」
「そのぐらいなら任せてください、唯(ゆい)ちゃんとなちょは可愛いくて妹みたいだし椿(つばき)ちゃんと稚依子(ちよこ)ちゃんは新しい友達が出来たような感じです」
Jam所長は少しばかり申し訳なさそうにしながら米田に言った。
「すまないね、オコメちゃんはツバキプロジェクトに関わってないのに……やっぱり女の子もいるから女性の引率者がいないと私と横ちゃんだけだとどうしても出来ない部分があるから心強いよ」
「そう言ってもらえると私も嬉(うれ)しいです……あっそろそろ私仕事に戻りますね。主任……じゃなかった横田補佐役も所長のサポート頑張ってください」
「大丈夫、言われなくても分かってるよ。所長とは付き合いが長いし、所長の性格は把握(はあく)済みだから」
「そうですか、それでは~」
そう言うと米田は所長室を出て行き、Jam所長と横田だけが残った。
「それでは横ちゃん、これからの事について話すよ」
Jam所長は少し考えたのちに口を開いた。
「いよいよツバキプロジェクトが最終段階に入ったけど、これから横ちゃんがやる事は大まかには把握してるかな?」
「はい、彼らの異能力を最大限に引き出す為のトレーニングのサポートですよね」
「そうだね、その様子だと大体(だいたい)は把握(はあく)してるようだね」
「それと彼らの体調管理もですね」
「その通り……だがそれとは別にもう1つだけあるんだ。それは彼らの制約についてだ」
「制約ですか……?」
制約と聞いて横田は少し考えこんだ後のちに口を開いた。
「そう言えば前にみんなに言ってましたね、制約がどうとかそれで具体的に制約って何なんです?私は聞いた覚えがないのですが……」
「うん、横ちゃんにはまだ言ってなかったからね」
「何か物凄(ものすご)く大事なことのような気がするのですが………」
「うん、これから大事になるよ……」
「もしかして所長、私に説明するのを忘れていたとか……」
横田は疑うような目でJam所長をじぃ~っと見ている。その視線を感じJam所長はどもりながら答えた。
「そそそんな事なっないよ」
「本当ですか~所長?」
「ほっ本当だよ、忘れて何かないよ。ほっほら説明するからっ」
「わかりました、それで制約とは?」
「まあ、簡単に言うと、今の所は1週間に1度必ずみんなを椿ちゃんの体に戻さなければならないって事。戻った人格は丸1日は椿ちゃんの中にいなければならない。精神体の休養って感じかな」
Jam所長の説明を受けて横田の頭の中にいくつかの疑問が浮かぶ。
「何故戻すのですか?人格を抽出しても椿ちゃんが大丈夫になったのに、後は灰音(はいね)ちゃんと闇亀(あんぶ)ちゃんの抽出だけかと思っていましたが?」
「症状的には椿ちゃんと同じかな、椿ちゃんが起き上がれなかったのは精神のバランスが崩(くず)れたのが原因だったでしょ、それで精神パルスの調整を行おこない波長を合わせて椿ちゃんの体を起こしたよね、他人格にも同じ事がおきるんだよ」
「というと……う~ん」
横田は考えながら唸っている。
「でも現状みんなは起きて行動してますよ?」
「う~んっと例えが悪かったね」
ボサボサの頭を掻(か)きながらJam所長は話しを続けた。
「他人格の場合、強化クローンに入って1週間たつと、僅(わず)かだが精神パルスの波長にズレが招(しょう)じてくるんだ。ズレと言っても極(きわ)めて微量な物で、ぱっと見ただけでは分からないぐらいのね。だが微量であれ1度でも精神パルスにズレがしょうじてしまうと後々厄介(やっかい)なことになりかねない……ここまで言えば横ちゃんも大体だいたいわかるよね」
「そうですね……普通の人であれば極微量(ごくびりょう)な精神パルスのズレであれば放って置いても問題はないのですが…彼女達の場合は特殊(とくしゅ)ですからね………というかそもそも多重人格者の他人格それぞれに体を持たせること事態、人類初なので前列がないですからね」
「前列か………」
呟(つぶや)くように言うとJam所長は横田に質問を始めた。
「では横ちゃん、精神パルスのズレが酷(ひど)くなると、どのような症状に陥(おち)いってしまうと思う?」
「そうですね、一般的な病名で言えば、躁鬱病(そううつびょう)ですね。気分が物凄(ものすごく)落ち込んだり逆に気分が物凄く高揚(こうよう)してハイテンションなったりと」
「そうだね、だが彼女達の場合主人格の椿ちゃんを除いては精神体の本来(ほんらい)の身体ではなく与(あた)えられた身体だ。一般的な考えより、さらに悪いケースを想定して私達も動かなければならない。横ちゃん、最悪なケースの躁鬱病(そううつびょう)は?」
「一般的ですか……鬱の場合はマイナス思考になり自分は生きていてもしょうがないと思い自分を死に追いやる行為を繰り返します。躁の場合は一般的には鬱状態の人が躁状態になるとマイナス思考がプラス思考になっていき普通の状態になると思われがちですが、実際は気分が高揚、興奮しているハイテンションな状態にあるので突然意味不明な言動を吐いたり、急に暴れたりします………う~ん」
そこまで答えると横田は腕を胸の下に組み考えこんだ。
「躁状態だと暴走と似てますね…所長」
「なかなか横ちゃんも鋭(するど)いね、さすがは補佐役、頼りになる右腕だ」
「おだてても何もでませんよ」
「えっやっぱりぃ~夜の当番変わってもらおうと思ってたんだけどダメ?」
「ダメです!昨日も変わってあげたじゃないですか、今日こそはやってください!」
「エーーケチ」
「ケチじゃない!あなたはいままで色々理由付けて夜の当番逃げてたんですから今日こそやってください!」
「わかったよ~やるよ」
Jam所長はぶつぶつと独り言を言い始めると間髪入(かんぱつい)れずに横田が一喝(いっかつ)した。
「はい、そこぶつぶつ言わない。夜の当番変わったおかげで3日間家に帰ってないんですから、今日こそは家に帰らしてもらいますよ所長」
「わかったわかった、でもあれ?横ちゃんって研究所敷地内にある職員寮だよね」
「そうですけど」
「それだったら仕事の合間に家に帰れるよね、だったら3日も4日も変わら……」
Jam所長が言い終わらないうちに横田が口を開いた。
「変わります!!!」
「やるから、そんなに凄すごまないでくれ。そろそろ脱線(だっせん)した話しを戻そう」
「まったく誰が脱線させたんですか!」
「横ちゃんでしょ」
「所長です!」
「私かな?う~ん?」
Jam所長は腕組みをして首をかしげて考えた。
「それで所長、躁状態と暴走についてはどうなんですか?」
横田の質問に対してJam所長は横田に向き直り答え始めた。
「私の個人的な推測すいそくだけど、最悪自我を失った暴走状態になると思う…例え強化クローンであっても男性研究員2、3人で対処すれば取り押さえられるけれど…」
「異能力ですか……」
「自我を失っているんだから当然理性なんかない、自分に対して向かって来る者はすべて敵だろうね。当たり前のように本能で異能力を発動してくるだろうね」
「そうなってしまうと恐(おそ)ろしいですね。でも所長の事だから何か対抗策はあるんですよね?」
「あるけど実際には使いたくないね、“対強化クローン専用麻酔銃”中の麻酔薬は強力過ぎるんだよ。大型の動物でもほんの数秒で動かなくなるし最悪そのまま永眠してしまうほどだからね」
「多量の睡眠薬摂取と同じ状況ですか?」
「同じだね、このくらい強力にしとかないと眠ってくれないし……」
「それほど強力にしても眠るだけですか」
「感覚的に言えば不眠症の人が少し強めの睡眠薬飲む感じかな」
「そうすると精神パルスのズレが酷くなると暴走状態になると考えているわけですね所長は」
「そうだね、あくまで可能性の1つだけどね。それともう1つある他人格の身体は強化クローンだよね、じゃあ他人格の本体は何だと思う横ちゃん?」
横田は少し考えて答えた。
「………精神体ですか」
「そう精神体だ、その事についても説明しておこう。椿ちゃん以外の他人格は強化クローンだ彼女達の身体は何度でも我々が再生できる爪のカケラやわずかな髪の毛さえあれば時間はかかるけどね。これから彼女達には戦闘に出てもらう事になる、もし戦闘で身体の大半を失(うしな)っても身体は再生または蘇生が可能だが精神体は1つしかない、精神体の再生や蘇生は我々では不可能だ。暴走状態で自我を失って暴れているだけなら止める術(すべ)はある、だか自我を失うのではなく自我が崩壊してしまうと精神体が消えてしまう恐(おそ)れがあるんだ。即(すなわ)ち自我の崩壊=精神体の消滅=彼女達の本当の意味での死になってしまうんだ。そうならない為にも1週間に一度は椿ちゃんの身体に精神体を戻さなければならないんだ。正し1つ勘違いをしてはならないのが強化クローンに1週間は入っていないといけないわけではないってことかな、1週間以内ならいつでも椿ちゃんの身体に戻せるし、あくまで強化クローンに入って1週間が今の限界って所かな」
「今の限界と言いますと?期間が延びていくってことですか?」
「そうだね、こればっかりはどうしようもないんだ、強化クローンにいる時間を増やしていって徐々に精神体を馴染なじませていかないといけない。数年はかかるけれど…そのうち1ヶ月に1回とか1年に1回になると思う。まぁ~まだ当分先の話しだけどね」
Jam所長の説明を聞き横田は思考を巡(めぐ)らせている。考え込んでる横田を見てJam所長は横田に問いかけた。
「色々疑問があるみたいだね、1つずつ聞こうか」
「まずはそうですね……彼女達はこれから戦闘するでしょう、そこら辺は聞いているので解るのですが、もし彼女達が戦闘で敵の攻撃を受けて身体の大半が消滅してしまったり一般人では到底生存不可なダメージを受けてしまった場合、精神体も一緒に死んでしまうのでは?」
「そこら辺は特殊なんだよね、強化クローンの中にも精神世界を作ってあるんだ彼女達にはね、強化クローンが致命的なダメージを受けるとその精神世界に“スポット“と呼ばれる光が現あらわれるようにしてある。本当に生存不可なダメージを受けてしまった場合は、そのスポットに精神体が吸い込まれてどんなに遠くにいても椿ちゃんの身体に強制的に戻る事ができるようにしてある。ただしこれは最終的な処置だから頻繁には発動しないようになってる。例えばそうだな~……首を斬られて胴体と離ればなれになったり身体を真っ二つにされたりとかの場合かな。片方の腕を切断された場合は発動しないかな、そこら辺は一般人と同じで止血してって感じだけど…出血が酷ひどく出血死してしまうようだと発動するかな」
「そうなると不死というより蘇生に近い感じですね」
「そうだね、でもなるべくならそうなって欲しくはないね。椿ちゃんの身体にも相当な衝撃と負担になるだろうし……なるべくなら避けたいよ」
「そうですね、その為にも精一杯サポートしないとですね」
「そうだね。それでまだ疑問があるみたいだけど、横ちゃん」
「指令に関(かん)してなんですけど……やっぱり、あそこから来るんですか?」
「多分横ちゃんの思ってる事は当たりだよ。政府だからね…内閣調査室(ないかくちょうさしつ)、通称“内調(ないちょう)“から来るよ指令は」
「やはりそうですか」
「現状、敵もまだまだ下準備の段階らしいから指令というよりは情報かな、それを聞いて私が判断する感じだね今の所は」
「今の所はですか……」
「その前にやる事は彼女達のトレーニングだよ。早速今日からだからね、期待してるよ横ちゃんのサポート」
「私はただ自分が出来るサポートを精一杯やるだけですよ所長」
「やっぱり横ちゃんを補佐役にして正解だったと改めて思うよ。頭の回転が速く対処も速いし、いろんな所に気配りできるし、横ちゃん以上の補佐役はいないよ」
Jam所長の話しを聞いていた横田は何かおかしいと思い始めた。
(何か急に持ち上げてきたな………ハッ、まさか)
「これからも私や彼女達のサポートもよろしく頼むよ。期待してるよ横ちゃん。ところでサポートに関してついでに引き受けてもらいたい事があるんだけどいいかな?」
「何でしょうか?」
「今日の夜の当番やってほしいんだけど」
(やはりそうきたか……)
「いいかな?」
「ダメです!!今日こそは所長がやってください!」
「やっぱりダメ?」
「絶対にダメです!」
~初めて迎えた朝~
Jam所長と横田が話しをしている同時刻に椿達は応接室に集まって談笑していた。
「久しぶりやで、身体のまま寝たのは、何か不思議な感じするわ~」
両手を上にあげて伸びをしているヘイゼルを見ていた未来(みらい)が。
「俺と椿(つばき)ちゃんとなちょ位だったからな最近まで表に出て寝たのは」
「そうだね。なちょは普通な感じかな、お兄ちゃんもそうでしょ」
「ああ、普通だね。秋人(あきと)さんや、ちーさんはどんな感じですか?」
「俺は不思議な感じはしないけど、多少違和感があるな」
「僕もそうだね、目が覚めた時に、あっ身体ごと起き上がらないとって思ったし」
「ちぃーはそう思いつくまでベットに横になったままだったの?」
「そうだよ」
「フッ、ちぃーらしいな」
「あっくーん」
稚依子(ちよこ)は秋人を呼ぶと同時に秋人のアバラ骨の間に親指をグリグリと押しつけていた。
「いだだだだ、ちょっ、ちぃー」
「今僕の事、小馬鹿にしてたでしょ」
そう言いながら稚依子の親指の力はどんどん強くなっている。
「痛い痛い痛い、してない、してない、いたたた、やめろって」
それを見ていた未来は秋人に、
「はははっ痛そうッネ秋人さん」
「未来、いだだだ笑い事じゃないって、痛い痛い」
「あっくん僕の事小馬鹿にしてないの?」
「してない、してない、いたたたた、してません」
「だったらよろしい」
そう言うと稚依子は親指グリグリを止めた。
「秋人さん大丈夫っすか?」
「大丈夫じゃないよ未来、本当に痛いんだからこれは、しかも強化クローンだから威力(いりょく)がレベルアップしてるし」
「未来君ちょっとこっちにおいで」
「何ですか?ちーさん」
未来が稚依子の所に行くと。
「あっくんお願いね」
秋人は稚依子のアイコンタクトを受けるとすかさず未来を後ろから羽交(はか)い締(じ)めに押さえつけた。
「んっ、んっ、これは何ですか?いだだだだ、ちょっちーさん何すっ痛い痛い痛い」
今度は未来に稚依子の親指グリグリが始まった。
「未来君もさっき僕のこと小馬鹿にしてたでしょ」
「いだだだだ、してない、してませんって、ハハハハッ」
稚依子はくすぐりにシフトチェンジしていた。
「ハハハハッ秋人さんも離してくだっフハハハっさい」
「悪いが未来それはできない、俺が受けるハメになるからな」
「そんなーフハハハって、ヘイゼル何で、ヒハハっお前までどさくさに紛れっいだだだだ、て俺の足をっいだだだだ、押さえてるんだよ」
稚依子は秋人とヘイゼルに押さえつけられている未来に親指グリグリとコチョコチョを交互に繰り返す。
「これで痛さとくすぐったさでプラスマイナスゼロでしょ未来君」
「いったい、フハハハっどんな、いだだだだっ計算式、フハハハっ何ですかそれは」
「未来君は、いい子だから、もう僕の事小馬鹿にしないよね~」
「しません、ヒャハハっしません、いだだだっ本当にっハハハッしません、いたたたた」
「よろしい、僕も結構スッキリしたので開放してあげよう」
やっと未来のとばっちりみたいな拷問が終わり未来がその場に座り込んでいると椿と唯が未来の所に歩みより、
「未来お兄ちゃん大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも、椿ちゃん」
「おにい~ちゃ~ん、唯が~頭~なでなでしてあ~げ~る~ね~」
唯は未来の頭を優しく撫でた。
「よ~しよ~しいい~子いい~子~な~でな~で~」
「ううっ唯ちゃんは優しいな」
頭を撫でられてる未来が唯の首元に目をやると可愛いクマの顔のネックレスが目に入った。
「唯ちゃん、そのネックレス昨日みんなで出掛けた時に買ったやつ?」
「そう~だ~よ~えへへ~かわい~い~でしょ~似~合~う~?」
「うん、バッチリ似合ってるよ唯ちゃん」
「あ~り~が~とう~おにい~ちゃ~ん唯の~お~き~に~い~り~」
唯はネックレスを首にかけたままクマの顔の部分を未来の顔の前に近づけて自慢気に見せた。その様子を見ていた椿も唯に話しかけた。
「唯ちゃん、そのペンダント可愛いよね。確か他にもいっぱい買ってたよね?」
「うん~あ~と~ね~ぬい~ぐ~る~み~の~か~た~ち~の~ピンクの~クマさんの~リュックと~ピンクの~クマさんの~ポーチと~唯と~お~な~じ~く~ら~い~の~おお~きさ~の~ピンクの~クマさ~ん」
ジェスチャーを交(まじ)えながら唯がヒョコヒョコと動きながら椿に説明してる。その様子を見ているだけでも可愛いらしく心が和んでいく。
「おこずかい~い-っぱいもらった~か~ら~い-っぱい買っちゃった~」
「良かったね。唯ちゃん」
「で~も~ね~おお~き~な~クマさんは~ま~だ~こ~な~い~の~」
「確か大きすぎて持ち運ぶの大変だから郵送にしてもらったんだっけ?未来お兄ちゃん」
「ああそうだよ椿ちゃん、さすがにあれを持ちながらだと大変だったから、届いたらJam所長か横田さんが持ってきてくれると思うよ唯ちゃん」
「と~ど~い~た~ら~クマさんと~いっしょに~ねるんだ~た~の~し~み~なの~」
「なちょもゲーセン楽しかったよー」
「なちょはお金使いすぎなんだよ」
「しょうがないでしょうお兄ちゃん、UFOキャッチャーやってたんだから」
「普通ゲーセンに入って30分で5千円も使わないだろ?」
「だってーなかなか取れなかったんだもん、でも5千円で3つも取れたから良かったんだよ。お兄ちゃんだってカラオケボックスで歌いまくってたでしょ。ねぇ秋人さん」
「そうだな未来がほとんど歌ってたな、でも未来と2人でハモりながら歌ったのは結構楽しかったな。未来、今度また行くか?」
「いいッスよ秋人さん、2人で歌いまくりましょう」
未来が秋人に向けて親指を立てた拳だすと、秋人もそれに答えて未来に親指を立てた拳を未来に向けた。
「おお、そうだな」
「あとね、なちょはクレープが美味しかった。ちーさんが美味しいそうに食べてたから、なちょも食べたくなって買っちゃった」
「そうだね、なちょちゃんクレープ美味しかったね。でもその後食べた焼き肉も美味しかったからまた食べに行きたいな僕は」
「そういや~普段ほとんど食べへん椿も昨日は結構焼き肉食べてたなぁ。腹は大丈夫なんか椿?」
「大丈夫だよヘイゼル、最近普通に食欲あるから、以前より食事の回数は増えたし」
「そうかぁ、でもあんまり無理せんときなぁ~椿」
「うん、心配してくれてありがとうヘイゼル。あっそうだ」
椿が何か思いだしたかのような声をあげた。
「どないしたん椿?」
「うん、今日の朝、闇亀(あんぶ)ちゃんがやっと起きたの。それで闇亀ちゃんも自分の身体を持ってみんなと話したいって」
「そうかぁ~やっと闇亀も起きたんか、ほならJam所長と横田さんが来たら話したらええ、もうそろそろ来るはずやし」
ヘイゼルが壁に掛かっている時計を見てると、タイミングよく応接室のドアが開きJam所長と横田が入ってきた。
「みんな、おはよう」
Jam所長がドアを入りながら挨拶すると、椿達が一斉に挨拶を返した。
「おはようございます」
「あっ、Jam所長」
「どうしたんだい椿ちゃん?」
椿はJam所長の所に駆け寄って行った。
「闇亀(あんぶ)ちゃんがやっと起きました」
「おおそうか、今も起きてるのかい椿ちゃん?」
「はい、起きてます……うん……なあに闇亀ちゃん?」
椿が中の闇亀と会話している。一通り会話が終わると椿はJam所長に話し始めた。
「Jam所長、闇亀ちゃんが話したいことがあるので闇亀ちゃんと交代しますね。ヘイゼルちょっと身体押さえてて」
「あぁ、ええで~」
ヘイゼルが椿の後ろに立ち、椿の両肩を押さえると椿が首を左斜め後ろに傾けた。数秒後、傾けていた首をゆっくりと戻した。
「ヘイゼルあんがとなぁ~ウチが出たからもう身体大丈夫やで~」
ヘイゼルは身体を支えてた手を放した。
「Jam所長、久しぶりやねぇ~闇亀(あんぶ)ですぅ~」
「久しぶり闇亀ちゃん」
ひとしきり挨拶が終わると闇亀は辺(あた)りを見回し身体を持ったみんなを順番に見ていった。
「みんなそんな感じなんやね~何かええなぁ、ウチも早く自分の身体持ちたいなぁ」
一通りみんなを見回った後に闇亀はJam所長の方に向き直った。
「Jam所長ウチも身体に入れてほしいんよ、お願いしますぅ」
「了解だよ闇亀ちゃん準備は万全だから、あと私に話したい事って何だい?」
「ウチ、考えたんよ~灰音(はいね)ちゃんが自室から出てこんのは、もしかしたらウチと同じかとおもうたんよ~」
「同じというと?」
「ウチもずうっと寝てた訳ではないんよ、ただ自室から出られなかっただけなんよ」
「何故自室から出られなかったんだい?」
「ウチなぁ、起きてから少しぼぅーっとする癖があるんよ、いつもならその後に居間に行くんやけどな、最近はぼぅーっとしてると、また眠くなってきて寝てしまってたんよ~。2週間前でしたっけ、ウチがクローンの中に入ったのわ」
「う~んと、そうだね2週間前だね」
「そん時なぁ、Jam所長ウチに言(ゆ)うてたんよ~これから毎日他の人格もなぁ1人ずつ出すぅ~て、その次の日からなんよぉ自室からなぁ、出れんようになったんわぁ」
2人の会話を聞いていた未来が何か思いついたように口を開いた。
「そういえば、俺眠気がなくなってましたねJam所長」
「詳(くわ)しく教えてくれるかい未来」
「俺がテストで身体に入る日だったんですけど、居間でテストの時間まで待っている時、物凄い眠気(ねむけ)があったんです、でもテストなので我慢して起きていたんですけど、テストが始まっていざ身体に入ると眠気が一切(いっさい)無くなっていたんです。それで、多分中から出たから戻ればまた眠気がくるだろうと思ってて、でもテストが終わって中に戻っても眠気が一切(いっさい)無くなったままの時がありましたよ」
「それって、ここ2週間の間の事かい?」
「そうですね、確か1週間前くらいかな」
「それならオレもあるな……」
「秋人さんもですか」
「前に似たような事があったから……余り気にしてなかったんだけど……改めて思うと不思議(ふしぎ)だな……う~ん」
腕組みをして考えこんでいる秋人にJam所長は質問した
「似たような事って?」
「研究所に来る前なんですけど、中で凄く眠くても人格交代してもらって表で家事とか何か行動してから中に戻ると眠気が緩和(かんわ)される事はあったんです………でも一切(いっさい)無くなるって事はなかったな………」
「闇亀ちゃん以外の他のみんなはどうなんだい?」
Jam所長が質問すると、それぞれが考え始めた。
「えーっと」
「う~ん」
「僕はどうだったかな?」
「どうなんやったけ?」
「唯~は~え~~っと~」
「なちょは~う~ん」
みんなが考えている中、闇亀が話し始めた。
「やっぱりそうやったんやねぇ~」
「闇亀ちゃん何か分かったのかい」
「せやなぁ、みんなの眠気がなぁ、ウチと灰音ちゃんに移ったんやとおもんよぉ~。眠気は覚める事があっても無くなる事はないんよぉ~。それでなぁJam所長そろそろなぁ、ウチも身体に移してほしいんよぉーウチどうしたらええの?椿ちゃんと交代したらええのかなぁ~」
「ああ、そうだったね、この事は後で調べておくよ。闇亀ちゃんのままでも大丈夫だよ、横ちゃんについていってもらえるかな。横ちゃんお願いね」
「わかりました。抽出後はどうしますか所長?」
「終わったら椿ちゃんと闇亀あんぶちゃんを連れてコントロールルームに来てくれ」
「了解です、それじゃあ闇亀ちゃん行こうか」
「はい、お願いしますぅ~横田さん」
椿の体の闇亀ちゃんは横田に連れられ応接室を後にした。
「それじゃあ、みんな聞いてくれ」
Jam所長はみんなに呼び掛けて自分に視線を集めた。
「みんな知っての通り今日からトレーニングを開始する。今までのテストでみんな異能力の発動はできているけれど、それだけでは駄目だ。君達の課題は異能力をコントロール、制御して自由自在に使いこなす事だ。今からそれぞれのトレーニングルームに案内するからみんなついて来てくれ」
「はい、Jam所長」
ヘイゼルが手を上げてJam所長に質問した。
「トレーニングはみんな一緒やないんですか?」
「みんなでやるのはもう少し後だね。それぞれの異能力に適したトレーニングルームを用意してあるから、異能力同士が触れたりすると危険な場合があるからね。トレーニングルームに入ったら私がコントロールルームからマイクでそれぞれの課題を出すからそれをやってほしい、私に聞きたい事があるならトレーニングルームの中で私を呼んでくれればコントロールルームでモニターしてるから繋がるよ。それじゃあ、みんな行こうか」
Jam所長と共にみんなトレーニングルームに移動を開始した。
~それぞれの課題~
全員がそれぞれのトレーニングルームに入り準備が整った。Jam所長はコントロールルームのモニター前の椅子に腰を降ろした。
「よし、まずは未来からか」
Jam所長は目の前にある赤いボタンを押しマイクに向かって喋(しゃべ)り始めた。
「未来聞こえるかい」
「はーい聞こえますよJam所長」
「未来の課題をこれから説明するよ。まずは目の前にあるパネル状の壁があるだろ」
未来が前を見るとそこの壁だけがパネル状になっていた。
「はいあります」
「今から、その壁の一ヵ所が赤く光るからそこに未来の異能力でもある炎をぶつけてみてくれ。ちなみに、その部屋全部が超耐火性だから壁に当てても絶対燃えないよ。当たったら炎が消えるだけだから安心して」
「分かりました」
「じゃあいくよ」
Jam所長の声の後にパネル状の壁の一ヵ所が赤く光った。未来は右の手の平を壁に向けて右手に意識を集中した。すると右手がどんどんと炎に包まれていった。
「ハァァっ」
未来が掛(か)け声(ごえ)を掛けると同時に右手から円球(えんきゅう)の炎が放たれた。
ゴオォォォォォ、ドゴォォン
勢いよく放たれた円球の炎は壁に当たると消滅した。
「できましたよ。もしかして威力を上げるのが俺の課題ですか?」
「いや、全然違うよぉ~」
「あらっ」
「未来の課題は欠点の克服(こくふく)だね。君は炎を発動する迄(まで)に時間がかかりすぎるんだ。それをこれからのトレーニングで瞬時に炎を発動できるようにするのが君の課題だよ。さっき渡した指無しのグローブをつけてくれ」
未来は右の後ろポケットから黒いグローブを取り出して両手に装着した。
「壁の上の方タイマーがあるよね」
未来が壁の上を見るとストップウォッチ表示のタイマーがあった。
「ありますよ」
「そのグローブとタイマーが連動していてね、君が炎を発動する迄の時間を計測してくれるんだ。1度やって見ようか、パネルが赤く光ってから発動を開始してくれ。それじゃあいくよ」
未来は壁に向かって右手を構えた。数秒後パネルが赤く光った、その瞬間未来は右手に意識を集中させた。
「ハァァッ」
ドゴォォン
炎が壁に当たり消滅した。
「未来、上のタイマーはどれくらい?」
「7秒くらいです」
「まずまずだね、最低ラインは1秒だよ」
「1びょうううう!!しかもそれで最低ライン」
「うん、これにはきちんとした理由があるんだ。まず敵がどんな能力を使ってくるか分からない、もしかしたら一瞬で未来の目の前に移動して来る事だって考えられる、その時に7秒もかかっていたのではやられてしまうだろう、君の能力は威力が高い、だから瞬時に発動が出来れば君は攻撃の要(かなめ)になる。そうだなツバキプロジェクトのエースかな」
ピクッ、未来の両肩が僅(わず)かに動いた。
「エース……いい響きですねJam所長……よっしゃあやってやる、絶対1秒切ってやる」
その様子を見ていたJam所長は、笑顔を浮かべていた。
(未来ってもしかして誉(ほ)めると伸びるタイプなのかな?)
「未来、トレーニングはこれからもやっていくから少しずつタイムを縮めていってくれ」
「はい、分かりました」
「あっそうそう、後ろにドアがあるよね、そこ休憩室だから確か未来はタバコ吸うよね、中にタバコが1カートンと紙コップの自動販売機があるから、自動販売機は無料だからボタンを押せば出てくるよ。トレーニングもやり過ぎはいけないから適度に休憩を挟(はさ)んでね。それじゃあ頑張ってくれ未来」
「はい、分かりました」
「よし、次は秋人だな」
Jam所長は黄色のボタンを押しマイクに向かって喋り始めた。
「秋人聞こえるかい?」
秋人のいるトレーニングルームの中にJam所長の声が響(ひび)いた。
「はい聞こえてますよJam所長」
「秋人の異能力は雷、つまり電気だね。君が能力を発動させると体の周りに電気が帯(お)びて青白い光が走るよね。ちょっとやって見てくれるかい?」
「はい」
秋人は足を少し開き両手は下げたまま軽く拳を握った。
「せーの、ハァッ」
パチっパチっバチバチバチバチ
秋人が掛け声をかけた数秒後、秋人の髪の毛が逆立ち体の周りには音をたてながら青白い光の閃光が縦横無尽に走っている。
「Jam所長こんな感じですけど」
「ありがとう、解除してくれる」
「はい」
秋人は全身の力を抜くと青白い光が消え逆立った髪の毛が元に戻った。
「秋人は発動状態をどのくらい保(たも)ってられる?」
「正確には分かりませんが、だいたい5分くらいだと思います」
「5分か………」
「Jam所長、もしかしてオレの課題って……」
「おっ、気付いたかい秋人、そう君の課題は発動状態をより長く保(たも)つ事だ。まずは最低ラインの1時間が目標だ」
「マジかあぁぁぁぁ」
秋人は膝から崩れ落ちた。
「秋人は短期戦なら凄く向いてるんだけど今後の戦闘では短期戦ばっかりとは限らない長期戦だってあるはずだ。その時の為のトレーニングでもある。別に今日中にクリアしろというわけではないよトレーニングはこれからもやっていくから、少しずつ時間を延ばしていってくれ」
「何とかやってみます……」
「その部屋全部が超絶縁体になってるから安心してくれ。上の方に時計があるよね。時間はそれで計(はか)ってくれ。あと後ろにドアがあるよね、そこは休憩室で中にタバコ1カートンと無料の紙コップの自動販売機があるから休憩を挟(はさ)みながらやってくれ、トレーニングもやり過ぎはいけないからね」
「はい…分かりました。とりあえず一服してからやろうかな……」
秋人はうつむきながら返事した。モニター越しに秋人を見ながらJam所長は考えていた。
(何か秋人のテンションが下がったな…)
「秋人、ちょっと聞いてくれ」
「何ですか…Jam所長」
「さっき未来に課題を出してきたんだが、今モニターで未来を見てると未来は必死になって課題をクリアしようと一所懸命頑張っているんだ。多分みんなに迷惑かけないようにとか思ってるのかな未来は」
「未来が……」
Jam所長の言葉を聞いた秋人はボソッと呟(つぶや)くと、うつむいていた顔が徐々に上がっていった。
「弟分の未来が必死になって頑張っているのに兄貴分のオレが頑張らないとカッコ悪いよな。よしっ未来より先に課題をクリアしてやるぜえぇぇぇ、Jam所長さっそくトレーニングを開始します」
「秋人、頑張ってね」
「次は唯ちゃんだな」
Jam所長は青いボタンを押しマイクに向かって喋り始めた。
「唯ちゃん聞こえるかい」
「あ~Jam所長~の~声だ~聞こえるよ~」
「唯ちゃんの異能力は風だよね」
「そ~う~だ~よ~」
「では風を起こして自分を浮かせる事はできるかい?」
「うん、で~き~る~よ~」
「ちょっとやって見てくれるかい」
「わかった~や~る~ね~」
唯は自分の足元に風を起こすと少しずつゆっくりと浮き始めた。
「で~き~た~よ~」
「じゃあ1度降りてくれるかい」
「わかった~」
唯はフワフワと浮いていた体をゆっくりと降ろして着地した。
「唯ちゃんは何分間ぐらい浮いていられるの?」
「う~んと~た~ぶ~ん~10分くらい~か~な~」
「唯ちゃんの課題はね、今よりもっと浮いてる時間を長くする事だよ」
「ど~の~く~ら~い~?」
「そうだな、最初の目標は1時間だね」
「1時間~わかった~やってみ~る~ね~」
「トレーニングはこれからもやっていくから毎日少しずつ時間を延ばしていくといいよ。あと後ろにドアがあるよね、見てごらん」
唯は後ろを振り返ってドアを確認した。
「あ~る~よ~」
「そこが休憩室だよ、中に無料の紙コップの自動販売機があるからねトレーニングもやり過ぎは駄目だからね」
「わかったよ~」
「あっ、そうだ唯ちゃんが1時間クリアできたらみんなには内緒で何かご褒美を上げよう何がいい?」
「やった~唯~かわいい~ぬいぐるみがほしい~」
「わかった。1時間できたら一緒に買いに行こう」
「唯~が~ん~ば~る~ね~」
「何かあったら私に声をかけてくれ、唯ちゃん頑張ってトレーニングしてくれ」
「は~い」
「お次はなちょか」
Jam所長は水色のボタンを押してマイクに向かって喋り始めた。
「なちょ、聞こえるかい」
「はいは-い、なちょ聞こえるよー。着替えも終わって待ってたよー」
なちょは俗にいうスクール水着に着替えていた。なちょのトレーニングルームには中央に25メートルのプールがあった。
「Jam所長、なちょの課題は何?」
「なちょの異能力は氷と水だよね」
「そうだよー」
「なちょの課題はそのプールの水全部を、より早く凍(こお)らせたり水に戻したりする事だよ」
「うそーマジでー」
「表面だけじゃなく底の方も全部だよ」
「なちょにできるかな?」
「トレーニングはこれからもやっていくから少しずつ凍らせる範囲を広げていけばいいよ。あと更衣室が休憩室だから、そこにある紙コップの自動販売機は無料だから休憩とりながらトレーニングしてくれ」
「はーい」
返事をした後すぐに更衣室に向かうなちょを見て、Jam所長はマイクに向かって喋り出した。
「そうだ、なちょ課題をクリアしたらみんなには内緒でご褒美を上げよう。しかも段階つきで、なちょは甘い物やお菓子が好きだったよね。まずはプールの4分の1を凍らせる事ができたらパフェでも何でも好きな物をごちそうして上げよう」
Jam所長の言葉を聞いたなちょは歩みを止めた。
「えっ本当に」
「まずは4分の1、次は半分、次は4分の3、次は全部の合計4回だ甘い物やお菓子ならケーキバイキングだって何だっていいからごちそうして上げるよ」
「よしっ、なちょ本気出そう。Jam所長トレーニング始めるねー」
「なちょ頑張ってくれ」
「えーっと、ちーちゃんか」
Jam所長は黒いボタンを押してマイクに向かって喋った。
「お待たせ、ちーちゃん」
「あっ、Jam所長だ」
Jam所長はモニターを確認するとトレーニングルームには誰もいない。
「あれ、ちーちゃん?」
「はいはーい、今いきます」
稚依子(ちよこ)の声が聞こえると休憩室のドアが開き稚依子が出てきた。
「なんだ休憩室にいたのか」
「ごめんねJam所長、部屋の中探索してたらこの部屋見つけたから中で待ってたんだ」
「それじゃあ休憩室の使い方は大丈夫だね」
「うん、ジュース飲み放題だし、中のタバコ貰っちゃったけど大丈夫だった?」
「タバコはちーちゃんの為に用意したものだから大丈夫だよ」
「ありがとうJam所長」
「それではちーちゃん、君の異能力は少し特殊だよね」
「そうだね、僕の能力はみんなとは少し違ってるかな…ほとんどが暗いし黒いかな」
「う~んそうだね、例えるなら闇かなちーちゃん」
「僕もそんな感じがするよ。相手の視界を暗くしたりするから」
「私もちーちゃんの能力を実際に受けて見て驚(おどろ)いたよ。いきなり周りが真っ暗な闇の世界になって、遠くの方に微(かす)かな光が見えてそこに行くと実際の壁だったし、その時の私の様子を撮影した物を見た時はさらに驚いたよ。映像には暗闇なんか全(まった)く映(うつ)ってなくて撮影をした応接室だったからね、そこで私は1人でキョロキョロと辺りを見回したり壁の方に向かって走って行ったりしてたからね」
「僕がもう少し長く能力発動させてたら、Jam所長は壁にゴッツンコしてたね」
「もしかしてやるつもりだったの?」
「やらないよ、そんな事したらヘイゼルに怒られちゃうよ」
Jam所長はボサボサの頭をかきながら少し考えこんだ。若干(じゃっかん)の沈黙があったので稚依子は不思議に思いJam所長に問いかけた。
「どうしたのJam所長?」
「あっ、いや今少し考えたんだけど、ちーちゃんの能力って暗闇の中にさ少しなら他の物を見せる事が可能だよね。例えば少しの光とか壁とか」
「少しなら可能だよ」
「闇ベースの幻術って感じかな?」
「あっ、それいいかも……う~ん、でも少し長いから……あっそうだ闇幻術、僕の能力は闇幻術にしよう」
「それで良いのかい、ちーちゃんは?」
「うん、僕気に入っちゃった」
「ではさっそく、ちーちゃんの課題だけど、その部屋にシャッターがあるよね。今そのシャッター開けるから見てくれるかな」
Jam所長はコントロールパネルを操作してシャッターを開けた。稚依子は徐々に上がっていくシャッターを見ていると、鉄格子(てつごうし)の檻(おり)の中に見た事のない大きな生物がいた。頭や胴体はチーターなのだか背中には大きな羽(はね)があった、羽の形状はコウモリの羽そっくりで尻尾(しっぽ)はワニのように硬い鱗に覆(おお)われた爬虫類の尻尾だった。全長は2メートルを超えていた。
「Jam所長この子は?」
「ちーちゃん恐(こわ)くないのかい?」
「うん、恐くはないよ。なんか雰囲気が優しそうな感じがするから」
「その子はね遺伝子操作で造(つく)られた生物なんだ。昔、生物兵器研究所があったんだけど、そこで造られた失敗作なんだ」
「失敗作?」
稚依子は首をかしげた。
「その子は見た目は獰猛(どうもう)に見えるけど、とても温和(おんわ)で人懐っこい性格をしてるんだ。だから生物兵器としては失敗作なんだ」
「Jam所長、この子の名前は?」
「正式な名前はないよ、コードネームはキメラだったけど」
「そっか~、君は名前がないのか~」
そう言いながら稚依子は檻の前まで行き鉄格子の隙間(すきま)に手を入れた。
「ほら、恐くないよ」
大きな生物は稚依子の手に鼻先を近づけてクンクンと匂いを嗅いでから稚依子の手をペロペロと舐め始めた。
「ひゃっくすぐったい、よしよしいい子だね。Jam所長、この子の名前決めた“チワコ“にする」
「なんでチワコになったんだい?」
「体がチーターで尻尾がワニで羽がコウモリだから頭の文字をとってチワコ」
「そうか……それで、ちーちゃんの課題はチワコの習性を使ったものなんだけど、チワコは周りが明るいといつまでも起きているし、逆に周りが夜のように暗いといつまでも寝る習性があるんだ。その明るい部屋で、ちーちゃんの能力を使ってチワコを眠らせてやってくれ、その時間をできるだけ長く保つのが、ちーちゃんの課題だ。最初の目標は1時間だ」
「良かった、チワコと戦闘とかじゃなくて」
稚依子はホッと胸を撫で下ろした。
「それじゃあ僕、そろそろトレーニング始めるね」
「適度に休憩とりながらやってね」
「はーい、チワコよろしくね」
「頑張ってね、ちーちゃん」
「ヘイゼルだな」
Jam所長は茶色のボタンを押してマイクに向かって喋り始めた。
「お待たせヘイゼル」
「あっ、Jam所長や」
「悪いね、結構待ったかい?」
「かまいまへん、それより他のみんなはちゃんとやってますかぁ~?」
「みんな課題をクリアしようと頑張ってるよ」
「そうですかなら安心しましたわ。それにしても面白い部屋ですね、ここ」
ヘイゼルの部屋は壁や天井は他のトレーニングルームと同じだが床だけが違っていた。床は一面、大地になっていた。
「ヘイゼルの異能力は地だよね」
「そうですわあ、地割れ起こしたり地面を隆起(りゅうき)させて壁作ったり、岩をさらに硬くしたりですねん」
「ヘイゼルの課題は防御面の強化だね。目の前に壁を出しその範囲を広げたり、壁の強度を上げたり、後はその状態を長時間維持する事だね」
「結構ありますなあJam所長」
「ヘイゼルならできると思ってね、みんなの保護者的な存在なんだ、みんなを最終的に守るのはやっぱりヘイゼルなんだよ」
「そうですなぁ、俺も頑張らんと」
「時間を計りたいなら壁にある時計を使ってくれ、あと後ろのドアは休憩室だよ中のジュースは無料だから適度に休憩しながらトレーニングしてくれ」
「それじゃあボチボチ始めさせてもらいますわJam所長」
「頑張ってくれヘイゼル」
Jam所長は一通り課題を出し終わると白衣の胸ポケットからタバコを取り出し火をつけた。
「フゥーーあとはみんな次第だな」
Jam所長がタバコを吸っているとコントロールルームの自動扉が開き横田に連れられて椿と闇亀(あんぶ)が入ってきた。
「所長、抽出完了したので連れて来ました」
「ご苦労様、横ちゃん。闇亀ちゃんどうだい、久しぶりに身体に入った感じは?」
「やっぱええなぁ、椿ちゃんと表で話せるって新鮮やなぁ」
「そうだね、前は私起きれなかったからね」
「ウチなぁ、表で椿ちゃんに料理教えてもらうの楽しみやったんよー」
「時間が空いた時に一緒に料理しようね闇亀ちゃん」
「せやなぁ」
「所長、みんなはどうですか?」
「みんなは結構頑張ってるよ横ちゃん」
横田はモニターに目をやるとそれぞれの様子が見てとれた。
「みんな初日なのに頑張りますね」
椿と闇亀もモニターの側(そば)に行きモニターを眺めている。
「Jam所長、私達はどうすればいいですか」
「椿ちゃんは私と一緒にモニターを見てみんなの動きを観察する事が椿ちゃんのトレーニングの1つでもあるから私の横の椅子に座ってみんなの様子を見ててくれ」
椿は椅子に腰を降ろしモニターを食い入るように見始めた。
「ウチはどうしたらええのぉ?」
「闇亀ちゃんは身体に入ったばかりだからトレーニングは明日からだ、今日は身体に慣れる事に専念してくれ。あとは横ちゃんに自分の部屋と施設内の案内してもらって」
「では所長、闇亀ちゃんを案内して来ます」
「注意事項とか場所を細かく教えてあげてね」
「分かりました、闇亀ちゃん行こうか」
「横田さん、またお願いしますぅ」
横田は闇亀を連れてコントロールルームから出ていった。
「Jam所長なんかみんな生き生きしてますね」
「そうだね椿ちゃん、もっと私も頑張らないと」
「私も頑張ります」
~この世の者ならざる者~
トレーニングが開始されてから3カ月が過すぎたある日のこと、Jam所長と横田と灰音(はいね)を除いたみんなはコントロールルームに集まっていた。
「今日はトレーニングは無しね、そのかわり今日はこれからみんなの敵になる異世界人と面会しに行く」
「面会ってどっかに捕まっとるんですかJam所長」
「まあ捕まってはいるよヘイゼル、この研究所の敷地内に収容されてる場所は敷地内に1ヶ所だけ雑木林みたい所あるんだけどその地下の牢獄にいる。これからみんなで歩っていくよ。さぁ出発だ」
--10分後--
雑木林のほぼ中央にポツンと1つ小さな祠(ほこら)があった。Jam所長と横田が2人がかりで祠を前に動かすと地下への階段が現れた。階段を降りて行くと目の前に通常の3倍はあるエレベーターがあった。Jam所長は下りのボタンを押すと扉が開き全員が乗り込んだ。エレベーターが到着するまでに3分ほどかかり扉が開くと背が小さく小太りで顔が丸いズングリムックリの警備服の男が立っていた。男は全員を1通り見ると深々と頭を下げた。
「ようこそ皆様看守の、ミコスと申します」
「やぁミコス久しぶりだね」
「Jam所長も、お変わりないようで何よりです。ささっ皆様もエレベーターを、お降りくださいませ、扉を閉めますゆえ」
ミコスに促(うなが)され全員がエレベーターを降りた。
「Jam所長書類に記入をお願いします」
「ああそうだね、みんな記入するからちょっと待っててくれ」
「ねぇねぇお兄ちゃん」
なちょが未来の袖を引っ張りながら未来を呼んだ。
「何だよなちょ?」
「あのミコスって人さぁ、よく見ると普通の人じゃない気がするんだけど」
未来は目を凝こらしてマジマジとミコスを見た。そうすると耳がほんの少しだけ尖(とが)りぎみなのがわかったが、あとは普通の人間と変わらなかった。
「そうかなぁ」
「なちょ、Jam所長に聞いてくる」
なちょはJam所長の元に走っていった。
「Jam所長、なちょね聞きたい事があるんだけど」
「何だい、なちょ?」
「ミコスさんって普通の人?」
なちょの質問にJam所長とミコスが顔を見合せた。
「ミコスいいかい?」
「ツバキプロジェクトの方達なら問題無いかと」
「みんなちょっと聞いてくれ」
Jam所長はみんなの視線を自分に集めた。
「ミコスの事を詳しく紹介しよう。彼は生まれも育ちも日本だが普通の人と違う所がある、それは彼は異世界人と人間のハーフだ。あとは本人から聞いた方がいいかなミコスよろしく」
「ただいま紹介に預かりましたミコスと申します。なちょさんはわかった様ようなのですが、よく見てもらうと分かるのですが、耳が少しばかり尖っております、あとは手ですかね」
ミコスは手袋を外して手を広げて見せた。
「ほら、指の間付け根から1センチほど水カキがあるでしょ。私も子供の頃は他の人と全然変わりませんでした、成長していくにつれて、どんどん体に変化が起きてきました。私は隠す為にわざと太ろうと思いました肉がつけば隠せる部分が多かったからです。それでも隠す事の出来ない部分があり、私は化け物扱いを受けたことがあります。そんな時にJam所長に拾われてここの看守という仕事にありつけました。Jam所長には本当に感謝しています。皆様が私に普通に接してくれるだけで私は大変嬉しく思います。長々とお付き合いありがとうございます。これにて紹介を終わらせていただきます」
ミコスが深々と頭を下げ終わると、うつ向きながらヘイゼルがミコスの前にやって来てミコスの両肩を鷲掴(わしづかみ)にして顔をミコスに向けた。ミコスがヘイゼルの顔を見ると目にこれでもかというくらいの大量の涙を貯めたヘイゼルの顔があった。
「ミコスさんあなたはぼんどヴにぐろヴな∌¿~¢!?×↓」
ヘイゼルの涙腺が決壊した。後半は何を言ってるか分からないほどに………
「ヘイゼルさん、私なんかのために泣いてくれるなんて私は大変嬉しく思います。さぁこのティッシュをおつかいください」
ミコスはヘイゼルにティッシュ箱を差し出した。ティッシュ箱を受け取るとヘイゼルの涙がトップギアに入った。
「なんてゃざじ∌”¿~×!←?∌“♪+=﹢?」
もう何を言ってるのかさえ分からない…………………5分後………ヘイゼルがやっと泣き止んだので全員ミコスに案内されて牢獄の前に来た。しかし牢獄のなかには誰もいなかったがJam所長が牢獄の中に向かって話し始めた。
「アフパいるんだろ、私には分かるぞ。フっ、君の擬態も精度が落ちたものだな壁と床の境目がずれてるぞ」
「チッ、このクソ野郎が」
誰もいないはずの牢獄から声が聞こえて姿が徐々に現れてきた。
「アフパ毎回隠れないでくれ時間の無駄だよ」
アフパと呼ばれた者は姿形は普通の人間とまったく変わらなかった。
「俺は、お前に用なんか無いんだよ。ん、何だそいつらは?」
「ツバキプロジェクトのメンバーだ」
「まさか完成したのか」
「いや、最終段階の最終段階ってとこだな。だから来たんだよ。みんなにアフパの本当の姿を見せたくてね」
「いいのかい?そこのお嬢ちゃん何(なん)か怖くて泣き出すんじゃないのかい」
アフパは唯を見ると唯はあっかんべーをした。
「べ~~~~だ」
「クソガキが、いいだろ見せてやるよ、驚いて泣いても知らねえぞ」
「みんなよく見ておくんだ擬態という能力を」
アフパは目を閉じると口がどんどん裂けていき、顔の所々に鱗のようなものが出てきて舌先が割れて蛇のようになった。目を開けると爬虫類ような目になっていた。
「ヒャッハァー」
アフパがツバキプロジェクトのメンバーを見ると全員が冷静にアフパを見ていた。
「あれ?お前ら怖くないの?」
「ぜんぜん」
「とくに」
「なんとも」
「べつに」
「べ~」
「なんやそれ」
「おもろいなぁ~」
「ふ~ん」
「何で怖くないんだよ。普通少しでも驚くだろうー」
「何でってそれは~」
みんなが一斉に椿を見た。
「えっ、ちょっと、なに、みんな私ー」
椿が戸惑(とまど)ってる横で秋人が口を開いた。
「そりゃそうだろ、昔っから散々ホラー映画ばかり見せられたらなぁ未来」
「そうですね唯ちゃんだって耐性ついてますし」
「つ~い~た~よ~」
「僕ももう、ちょっとやそっとじゃ驚かないね。だってうちの主人格さんは笑いながらホラー映画見れる人だし、ね~椿ちゃん」
「えーっホラー映画って笑えるでしょう-」
闇亀(あんぶ)は椿の肩に手を置いて首を左右に振った。
「椿ちゃん、あれは怖がるもんなんよぉ~」
アフパをおいてみんながワイワイと盛り上がっている。アフパはその様子を呆然(ぼうぜん)と眺ながめていた。そんなアフパにJam所長が話しかけた。
「アフパ見せてくれてありがとね」
いきなり話しかけられたアフパは少ししどろもどろに答えた。
「おっ、おう……つーか何なんだよコイツら、せっかく正体見せたのに全員真顔で見やがってぇ」
Jam所長はワイワイと話してる、みんなをチラッと見てからアフパの顔を見た。けれどアフパを無視してみんなに呼び掛けた。
「みんな~それじゃあ研究所に戻ってお昼にしよう」
「はーい」
全員がエレベーターに向かって歩きだした。
「おっおい待てJam、お前らも待てぇぇぇ~」
アフパが呼び掛けても、誰1人振り向かないで歩いている。
「なんで誰も驚かないんだよぉぉ~、ちくしょうぉぉぉぉー」
アフパの叫びが牢獄中に響きわたった。
~次回予告~
『闇亀(あんぶ)ですぅ~。自分の身体があるってええなぁ~ウチなぁ今まであんまり表には出てなかったんよぉ~。せやから、いろんな事が新鮮(しんせん)に感じるんよぉ~毎日が楽しみやねぇ~何やったけぇ?せやな予告やねぇ。次回は初任務の話しやね、誰が行くんかなぁ?バトルもある言(ゆ)うてたなぁ~次回の話しも楽しみやねぇ~お相手は闇亀(あんぶ)でしたぁ~』
異能力者達の日常 jamネコ @jamneko
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