16話 ナーラク島の不死鳥

「ちぃっ、そうだったのか……勇者たちめっ」

「はいな、そしてわたくしはシーラ様とこの島に身を隠し、魔族解放計画を練りながら同時に夫の行方を探すことになったのです。しかし、年頃の女がこうして女の子と2人だけ、ともに長い年月を暮らすというのは色々と大変でしたわ。特に夜などは、夫を求めるこの衝動を抑えるのに……それが、いつまでもこのようなたくましい上半身の裸体を見せつけられては……」


 ――ッ!?


 再びペインがつやのある流し目でオレの方を見る。

 確かに、先の戦闘訓練でオレの服は破け散ってしまっていて半裸のままだった。

 そして彼女の瞳のずっと奥底に、深く眠り燃え続けていたような何かしらの意図を、オレは今度こそハッキリと気づいた。

 またいずれ布の服をもらおうと思っていたが、シーラが戦闘衣装バトルスーツの製作に行くのなら不要ですねと、彼女は用意してくれなかった……オレもどうせ破けるのならと、タカをくくっていたが。


「ペイン、それは……どういう、意味……?」

「まぁ……トシオ様。そんな野暮なことをこのわたくしの口から言わせるおつもりでしょうか?」


 ペインは悩ましげな声と妖艶な眼差しでこちらを見つめ、オレの頭の中は錯乱し急激な温暖化を引き起こしていた。

 い……いったい何なんだこの展開は?

 ダメだ、ダメだダメだダメだ。心臓がドキドキしてロマンチックなノリが止まらない。胸が熱くて切ない気持ちが止まらない。オレはこの魔界に来て、やっと大人の階段へと踏み出すことになる……のか?

 ペインの瞳とその谷間にまるで吸い寄せられるかのように、夕陽とこの火山の照りつけるような暑さの中、オレは彼女と夕焼け空を背に2人で顔を見つめ合わせ……。


「……あああぁぁぁっ、もぅ――」


「「――わあぁぁぁっ……ぷぅ」」


 よくあるお笑い番組のようにオレたち2人の頭上から、バケツに入れられた量ほどの水がどこからともなくザバァッと降ってきた。

 火山の火口にも近いこの暑さと、上半身裸なのもあったがお陰でオレはすっかりと目が覚める。

 この冷たい水は……シーラだな。嫉妬から業を煮やしてしまったのか、まさに〈水を差す〉とはこういうことを言うのだろう。


「トシオ様、その辺でやめないと……今に消されたって知りませんからねっ」

「あら、わたくしったら……トシオ様、これはとんだ失礼を」

「おい、待ってくれ。オレが消される……とは、一体どういうことなんだ?」


 シーラによると、〈第37柱の魔王〉であるペインの属性魔力は火に関するもので、それも直接的な攻撃ではなくいわゆる状態異常効果のようなものだそうだ。

 そしてその状態異常こそ、部外者をこの島に侵入不可能たらしめている理由……すなわち、火山から立ち込め人の認識を阻害し混乱または廃人にさせる原因でもある。今もこのナーラク島を覆う〈障気〉その正体であった。

 無論彼女はこれに耐性を持ち、なおかつそれを自在に発生させることができる。そして、この属性魔力は〈情熱の陽炎かげろう〉と呼ばれるものらしい。


【情熱の陽炎かげろう

 対象の恋愛感情を高ぶらせることによって妄想を膨らませ、何もかもラブコメよろしくその思いを屈折させる。

 あらゆる知的生物は一度この状態異常に陥ってしまう。それが人型ならば、愛を語る会話しか成立できなくなってしまう。

 大小の操作によって程度を調節する事が可能で、その効果範囲は半径約1km。


 単にここだけ聞くと、まだ無害で優しい属性魔力と言えるかも知れない。しかし、ご存知だろうか……愛は時に生物を狂わせ、その行動を非論理的で破滅的な方向へと向かわせることもあるのだ。

 例えば……野生動物で群れのリーダーをしているオスが、魅力的な単独のメスの彼女と添い遂げるため、時には群れを捨ててでも一緒に駆け落ちしてしまう。そういう行動を取ることがあるというのをオレは知っている。

 それではこれを、人型に置き換えて考えてみた時どうなるだろうか……ストーキングや誘拐または拉致監禁、無理心中に三角関係のもつれなど。愛というものが原因で、殺人や自殺といった様々な事件や事故が、毎年どこかで起きていることは耳に痛いほど誰もが知っている。


 要は愛でさえも、一旦取り扱いを間違えると危険極まりないものに成り得る。

 愛は至上だとか、愛と正義のためにだとかよく言われるが、この〈愛〉ですら一概に良いことばかりでは無いのだ。

 ましてや、この魔界において勇者たち七勇士はおろか人間たちには、〈正義〉というものすら持ち合わせていない。そして、頼みの神々は神界に引きこもっている……そう、今この異世界はまさに〈神も仏も無い〉のだ。


「はぁ……ここでは後300年も生きられるのに、惜しいですねぇ……まっ、消されてもいいなら……どうぞどうぞ、トシオ様ぁ……」


 先ほどオレを心配していた様子とは違って今度はシーラが、蟻や虫に向けるような冷ややかな哀れみと、少し好奇心の入りじったような目でこちらを見つめる。

 オレやシーラの属性魔力をチートと言っていたが、このペインの属性魔力はどうだ。直接的な攻撃ではないにせよ、そのスケールにおいてチートと言わざるを得ない。いや、むしろこの魔界ではこういう桁外れのチート能力が当たり前なのかも知れない。

 頭から下に向かって、急激に血の気が悪寒とともにサァッと引いていくのをオレは感じた。キレイなバラにはトゲがあるとは上手く言ったものだ……お陰でこの大魔王オレの寿命が少し縮められた気がする。


「でも……ちょっと残念ですわぁ……」

「もぅ、ペインっ。スケベでセクハラ大魔王じゃなければもっと逸材なトシオ様を、たわむれで消さないでくださいねっ」

「おい、その前置きは何なんだ……」

「まぁ、あながち間違ってニャいニャアァ」


「「「「わっははははははは」」」」




「それではトシオ様、そろそろ本題に入りますわ」


 ここで間を置いて……ペインが何やら真剣な表情でトーンを上げ話を切り出した。

 どうやらシーラとナナコは、早朝ペインに会い朝食用の卵を受け取りに来た際に、オレが魔界に来た後の経緯やここに寄ることになる目的。そして、朝食後に戦闘の手解きをすることなどを事前に伝え、ペインはオレたちの戦闘訓練の一部始終を遠くから見届けていたらしい。


 聞けばこのペインの属性魔力〈情熱の陽炎かげろう〉は、当然ながらこの火山から立ち込め彼女も自在に発生させることができるこの障気。これは島全体を覆い尽くしているため、オレがシーラと戦闘訓練をしたあの森や、彼女たち・・・・が暮らすあの家までその効果範囲は及んでいる。

 あの訓練の際にオレが感じていた迷いの森の現象や、シーラとの数々の大人な会話のやり取りに、この下ネタ補正効果が多少なりとも関与していた可能性があることは否定できないだろう。

 まぁ、全部とは言えないかも知れないが……そうかペインの仕業だったのか。


「それではトシオ様を我ら魔族の旗頭としてその力を認め、このわたくしも魔族解放計画に尽力いたしますわ。そして、このタイミングでわたくしが皆様にご協力できること、それはすなわち……戦闘衣装の製作に使用する特殊素材である〈わたくしの羽毛〉と、短時間で大空をかける〈わたくしの翼〉でございますっ」


 するとペインは両腕の翼を大きく広げ、瞬く間に目がくらむほど輝く虹色の光を放った――。

 そして光に包まれた彼女の身体は、次第にその姿を変え大きく膨らんでいく……?


「……ッ!? こ、これ……は?」

「まばたきしないように見ていてくださいトシオ様、これこそがペインの本当の姿なんです」

「ニャんだあぁっ?」


 やがて、目がくらむほど輝く虹色の光が収まると、なんとペインは赤と橙と黄と桜色に彩られた美しい羽毛に被われた……5mほどもある大きな怪鳥の姿を現した。

 この大きな鳥は……いや、どこかで見かけた気がするぞ……?

 そうだっ、オレが魔界に来たあの最初の街……。


「氷獄圏のタチハコで、シーラが空から降ってきた時かっ……」

「さすがですわトシオ様。大魔王召喚ロイヤルインヴォケーションの際にトラブルが起き、あの時シーラ様を乗せて一緒に駆けつけたのは、このわたくしでございます」

「あぁっ、鳥にしては大きな何かと思っていたが……君だったのか。あの時は闇夜でよく見えなかった」


 シーラが補足して説明する。

 仮にオレたち自身の翼を使った自力飛行で、この奈落圏から氷獄圏の街タチハコまで向かった場合、確実に数日間かかるらしい。だがペインは、これをほんの1時間ほどで飛んで行けるのだという。

 しかも、その羽毛は保温性とほど良い通気性を持ち自己修復することもできるため、戦闘衣装バトルスーツの製作に使用する特殊素材として用いられるのだそうだ。


 そして、現在ペインの年齢は200歳代後半らしいが、400歳に達して少し老いが見られた時この火山の火口にその身を投げ、炎に巻かれることで例外的に自らの意思で輪廻ができる。

 これによって、常にその若さと美貌を保つことができるため不死鳥とも呼ばれているが、実際は不死の身ではなく消滅することはあるのだそうだ。

 そして、その属性魔力〈情熱の陽炎かげろう〉の状態異常効果こそ絶大だが、その身体はとても繊細で非力なため表立った戦闘には向いていないらしい。


「さぁ皆様、わたくしの背中にお乗りくださいな」


 今では伝説となったあのゲームに登場する、さながら不死鳥ラ○ミアのようじゃないか。あのゲームが世に送り出された際、みな誰しも童心に戻って憧れたものだ……みんなで不死鳥ペインの羽毛をワサワサと掻き分け、その背中に乗り移る。

 その4色の羽毛は見た目と違い、非常にきめ細かく高級な綿のようにフワフワで柔らかい。しかも、その体温も相まって気持ちがホッコリと安らぐモフモフさである。

 ナナコの毛並みも気持ち良く、地球ではよくそれを撫でると心が落ち着いたものだ。しかし、このペインの羽毛はまた格別である。

 オレはつい彼女であることを忘れ、その赤々と光る羽毛を撫でながら顔を埋めた。


「はぁ……これは気持ちがいい。そして、なんて暖かいんだ……」

「あぁ……トシオ様ぁ。そんなことを言われると、またわたくしの身体が火照り出してしまいますわぁ……」

「――ゴ、ゴッ……ホンンン」


 殺気立った咳ばらいが聞こえたので瞬時に後ろを振り返ると……そこにはシーラが、身の丈以上も長い氷のツララを槍のようにその手に構え、ギラリと2人を見据えていた――オレたちは一瞬で正気へと立ち返る。

 羽毛のベッドに包まれた深い眠りを叩き起こしにくる、憂鬱ゆううつな朝の目覚まし時計の比ではない。

 せめて、もう少しだけ彼女の羽毛に顔を埋めていたいが、今度こそ心の臓を貫かれそうだ……やめておこう。


「で、では……氷獄圏の街タチハコ、五城郭宮殿へ向けて参ります。皆様、わたくしの羽毛にしっかりとしがみ付きくださいなっ」


「「「おおおぉぉぉっ」」」


 不死鳥ペインが、その大きな4色の翼を広げ力強く地面を蹴り、夕焼けの大空へと羽ばたく。


 ――バサァアッ!


 ビュゥッと耳をつんざき風を切り裂く音……凄まじい重力と風圧が身体にのしかかる。

 やがて、急に辺りが静まり返ると……紅色に染まった夕焼け空の中に、情熱的で美しい楕円形の夕陽がその雄大な姿を現した。


「この壮観な眺め、まさに圧巻だ……」

「んニャアァっ……」

「火山に向かった際、わたしたち自身の翼で飛んだ時とは高度が違いますからね。ここから望む景観は中々お目にかかれませんよぉ……」


 目の前には、今にも乗ると歩けそうなくらい途方もなく大きな雲海が広がっている。

 そして眼下にはつい先ほどまでいたあの大きな火山が、いや……ナーラク島そのものが、広大な海にポツンと浮かぶ豆粒のように小さく見える。

 それは魔界で8圏目にあたるその島が、あたかもこの絶海の中に取り残され、広く人々に知れ渡ることのない最果ての地であるということを、物語っているようにも思えた。


「気に入っていただけて光栄ですわ。シーラ様、もう安定飛行に入っています。衣装の製作に移られて構いませんわ」

「はい、それではペイン。羽毛を少し分けてもらいますね」


 シーラは戦闘衣装バトルスーツの製作に必要となる、不死鳥ペインの4色の羽毛を手近にあるところから大事そうに取り分け始めた。

 すぐに自己修復するためか、その羽毛を取り分ける際にも彼女に痛みはなく、少しくすぐったい程度だとペインは言う。

 それでも彼女の羽毛を優しく取り分けるシーラを見ると、長年暮らしていたこの2人の……まるで年の差が逆転した姉妹のような、もはや友情という言葉だけでは言い表せないほどの間柄なのだろうということが理解できる。


 必要な分の羽毛を取り分け終えたシーラが、衣装の製作にあたり自由に加工できるデザインとして、何か希望はありますかと尋ねてきた。

 ちなみに、製作に失敗して素材を失うというネトゲのようなことはなく、インナーと上着などは1着として指定できるという話だ。


「よおぉし……じゃあアレで決まりだなっ」

「何かいいデザインがあるようですね」

「あぁっ」


 シーラは布切れを差し出し、オレのイメージするデザインをその布切れに魔力で描いて見せてくださいと言ってきた。

 オレは彼女に促されるまま頭の中でイメージし、布切れの表面に銀色に光る片手をかざす。

 このオレがイメージする衣装のデザイン……それは、地球でしていたネトゲのMMORPG〈新・男神転生3オンライン〉内で実装されていた防具だ。

 しかし、ゲーム内で現実的にそれを完成させることはほぼ不可能に近かかった。なぜなら、その過酷すぎる難易度から製作成功率0,01%とも言われ、これを実際に着用したプレイヤーを誰も見たことが無いほど。

 そして、そのまま救済措置が取られることもなく運営からも忘れ去られ、今では伝説となっていたのがその防具だ……。


 まず必要な素材がすべて超絶レアのため、1着分を集める作業だけで総プレイ時間が丸1年かかる。

 さらに、製作に必要な全部位の防具製作Lvが最大に達していなければならない。

 そして失敗すると素材を失う製作の際には、3段階の確率による製作クリティカルを成功させることでようやく完成する。

 ちなみに以前オレも挑戦したことがあるが、もちろん途中で挫折したことは言うまでもない。

 その防具の製作において、かつて日本中のプレイヤーが散々課金を重ねるもさじを投げ、そして破産していった絶望的な数多くのエピソードを思い返しながら、オレは布切れに魔力を込めていく……。


「よおぉし……描けたぞぉ。イメージを魔力で描くって書くよりも意外と簡単なんだな。これで頼む」

「おぉっ……このデザインいいですねぇ。製作するわたしも、ワクワクしてきますよ」

「なんニャなんニャアァ?」


 シーラはオレに渡された布切れを膝元に置くと、何やらぶつぶつと呪文を唱え、青く光る両手をこねくり回し始めた……。

 彼女の両手の動きに釣られ、ナナコは一緒に首を回し始める。


「待っていてくださいね、少し時間がかかりますから……」

「あぁっ、分かった」



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正義と悪の立場が逆転した異世界 真田ノブティエル @Sanada_Nobtiel

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