15話 戦闘衣装
「それで、戦闘訓練の2次試験はいつやるんだ?」
「はい、2次試験は先ほど以上にずっと過酷な訓練になります。今度こそ本当に命を落としてしまうかも知れません。ですので……またトシオ様がもっと戦いに慣れてきたら、その機会にするとしましょう。トシオ様も、バッカスケス大佐を襲撃しようと乗り気になってくれている今、この時はむしろ襲撃の好機なんです」
こうしてオレたちは、あの髭男爵ゲス大佐の宮殿〈五城郭〉へ乗り込むことに決めた。
しかしこの遠く離れた奈落圏から、奴のいる氷獄圏タチハコの街までは相当距離がある。普通なら一度出発してしまえば、当分の間ここには帰って来ることができなくなる。
そこでオレはシーラに勧められるまま、転移魔法の〈
転移と言っても、いつどこに何度でも行けるような便利な代物ではない。魔王以上の者が、1日に1回だけしか使用することはできないのだ。しかも、直前に拠点として登録した場所だけに
この魔法を発動させた本人が、任意で触れた対象も有効となる点は便利だが、いかに魔法と言えど何でも有りという訳ではないらしい。転移魔法というよりも帰還魔法と言った方が、意味合いとしては近いかも知れない。
「こんな感じでいいのか……?」
「はい、そうです。そうやって目を閉じて、今いるこの家とこの部屋の空間を頭の中に焼き付けるんです。あと、実際にここで起きた出来事などを思い浮かべると、スムーズに登録することができますよ」
オレは、思い出深い切り株のテーブルの上に片手を乗せ、このログハウスの家で過ごした2日間の出来事を頭の中で思い返す……。
シーラという、この黒すぎんの悪魔っ娘と何度も問答を重ねた末、自分がルシフェルの生まれ変わりであるということが彼女の口から明かされたこと。
そのオレが覚醒した際には一時的にではあるが、この死属性魔力の力でこの家を壊滅に追いやってしまったこと。
そして、シーラから魔界やこの異世界の現状について話を聞きながら、ナナコや
ブウゥゥン……!
すると、目蓋を閉じた内側の暗闇に……今いるログハウスの室内の光景が、まるでミニチュアで作られた箱庭を映画のようなスクリーンが映し出され、視界の中にくっきりと飛び込んで来た。
シーラは料理を作っているのか台所に立ち、その後ろ姿から一瞬こちらを振り返ると、オレに向かって穏やかにほほ笑む。
オレやナナコとプルーソンは、やがて切り株のテーブルに並べられる不気味だが美味しそうな彼女の料理を、今か今かと心待ちにしている。
主に木材ばかり用いて建てられたこのシーラの家は、周りの異様な形の樹木たちに囲まれて完全に自然と一体化し、共存しているように
「見えてきたようですね……登録がうまく成功すれば、この部屋の光景が絵画を見るように心の中に飛び込んで来るはずです」
「あぁ……アスファルトやコンクリートだらけで、慌ただしく自動車が走る地球の街並みと違い。ここは本当に気持ちが落ち着く……」
「ふふふ……ありがとうございますっ」
こうしてオレは、彼女の家を拠点として登録することに成功した。
あとはシーラが言う、
今まさに彼女が着ている黒ずきんのような服がそれだ。
これを製作する際にはデザインまで自由に加工できるらしいが、その工程には何か特殊な素材が必要らしい。オレたちはまずその素材を入手するため、シーラの誘いでこの島にある火山へと向かうことになった……。
「トシオ様、ナナちゃん、それではみんな一緒に出かけますよぉ」
「「おぉっ」」
ナナコは飛ぶことができないため、シーラの黒ずきんフードの中に入ってもらった。
そしてその魔物こそ、部外者がこの島へ侵入できないよう認識を阻害させたり、混乱あるいは廃人にすることができる魔族であり。火山から立ち込める障気に耐性があるとともに、シーラに許可されたオレたちが正気を保ち島に存続できるよう彼女と契約している魔族でもあるのだ。
だが、その魔物の姿というのが大変インパクトがあるらしく、今まで彼女は頑なまでにオレを会わせようとしてくれなかった。しかし、それもようやくこれから会うことになるのだ。
きっとその親友の姿というのは、背の高い怪物でさらにゴツい魔獣であるはず……そう、あの黒色の果実メルンをシーラの背が届かない台所の棚に仕舞っていたのも、おそらくその魔族によるものだとオレは推測していた。それも、幼い彼女を護衛する立場にあるような屈強な魔物なのだろう……。
オレたちは家の外に出ると翼を広げ、その火山を目指し森の中から飛び立った――。
戦闘訓練の時にも思っていたことではあるが、こうしてナーラク島の上空から眺めてみると……実にちょうどいいサイズの小島だ。その大きさは約10km四方くらいだろうか。
緑……というよりも紫や黒など異色の樹木がそびえ立つこの森林に覆われた絶海の孤島が、情熱的な色で真っ赤に燃える夕陽が照りつける。
外界との繋がりを分かち、この島を孤立させているコバルトブルーの海と夕焼け空とのコントラストが、また何とも言えない非現実感と幻想的な気分を感じさせる。
「なんという美しさだ……」
「ニャアァ……」
「ですよねぇ……」
ゲームやアニメなどで見られる世界の果てのような光景が、こうして今まさに現実として目の前に広がっている。オレたちはその視界に移る景色を前にして、皆たちどころに心を奪われていた……。
絶世の美女や憧れの名俳優を見た時、人は何を思うだろう。人によっては絶叫したり、錯乱して気絶する者もいる。
しかし、このような絶景を前にして大はしゃぎする者は誰もいないだろう。人知の及ばない広大な自然が織り成す幻想的な美しさの前では、人は誰しも絶句し片時もそれを見逃すことがないよう静かに、そしてより長く見ていたいと誰もが思うもの……。
数分の間、思う存分その景色を堪能したオレは目的を思い出し、少し気になっていた疑問をシーラに尋ねてみた。
というのも、これからその特殊素材とやらを火山に取りに行く……その道程で親友の魔族と落ち合う。素材を入手したらオレの
すでに夕方となってしまっている今からでは、果たして今夜中にすべてできるのか……いや、どう考えても確実に数日はかかりそうなスケジュールだ。
彼女が作って説明してくれた魔界解説文書には地図も描かれていて、説明を聞いた後も復習しておくようにシーラから渡されていた。
それを実際こうして見てみると、奈落圏から氷獄圏までは日本と大陸の大きさこそ違うが、ただでさえ硫黄島から北海道まで……実際はそれ以上の距離があるだろう。
「どうなんだシーラ?」
「ふふふ……ご心配なく。このシーラに抜かりはありません。すべて並行して進めることができるんです……さぁ、もう見えてきましたよぉっ」
ただでさえ温暖気候であるナーラク島だが、次第にそこへ近づくにつれてこれまで以上の暖かさを……いや、暑さをオレは感じ始めていた。
なぜなら、すでに目の前には火山がそびえ立ち、その
あの真っ赤な花、シーラの家で見た気がする……寝室の窓際に添えてあったあの花だろうか?
頂上付近には見張り台のようなものがあり、そこに目を向けると誰かがこちらに向かい、剥き出しの翼で手を振っている。
それに答えるように彼女も手を振り返す。あれがシーラの親友……ということか?
やがてオレたちは、火山の頂上である火口よりも手前付近へと降り立った……。
その手を振っていたシーラの親友の魔族の姿は、180cmほどだろうか……すらりとした長身で腰まである長い桜色の髪をポニーテールにまとめ、それは美しい女性の魔人であった。
確かマーコールとかいう種類の
そして翼竜プテラノドンを思わせる両腕は、桜色の鳥のようにキレイな翼と同化している。
足は普通だがこれまたすらりと伸び、全身の肌色はほんのりと赤みを帯びている。
両目の瞳は片目ずつそれぞれが
さらにその容姿は誰もがずっと眺めていたくなるような人型の超絶美女で、そのモデルのようにセクシーなスタイルに、洗練された上品さも兼ね備えた200歳代後半くらいの女性。
赤色ずくしに輝く色合いと背景の夕陽が見事に重なり、まるで
インパクトのある姿とは、こういう意味だったか……道理でシーラが会わせることを渋っていた理由もうなづける。
そして、この神秘的で神々しいまでの
オレは先ほど島の上空から景色を眺めていた時のように、しばらくじっと立ち尽くしたまま彼女の姿にすっかり目を奪われてしまった。
「もぅ、トシオ様ぁっ」
「あっ……あぁ、悪い悪いっ。いやぁ、うっかり見とれてしまったぁ……」
「うふふふふ……」
シーラの親友の魔人は、流し目でオレの方を見つめると何か含みがあるようにほほ笑んだ。
その余裕がありながらも、誘っていそうでもある不思議なほほ笑みは……シーラのそれが無邪気な天使の笑顔と表現した場合。
こちらは、VIPなどの要人がご用達の高級旅館の若女将が、営業なのか満更でもないのか、もしかするとその気があるのかもと考えてしまう……そんな含みを感じさせる実に
「コ……コホンッ、ではご紹介します。こちらがこの島で一緒に長年暮らしてきたわたしの親友……鳳凰型鳥人タイプの魔人で、このナーラク島出身の〈第37柱の魔王〉ペインです。実は今朝早くナナちゃんは、わたしと一緒にもう一度会っています」
「はじめましてトシオ様、ベンヌ=ペイン=ニクス=フェネクスと申します。どうぞペインとお呼びくださいな。トシオ様のことは、今朝シーラ様から大体のことはお聞きしていますわ」
彼女も魔王……だと? しかも、鳥人タイプ?
そしてこの声……たとえどんなに眠れない夜だろうと心が安らぐような、高名な音楽家が奏でる演奏のように何とも耳に心地いい。
はたまた美人オペラ歌手がさえずる歌声のように、人を惹き付ける魅力やすべてを許し暖かく包み込んでくれるような、そんなアルファ波を感じさせる美声である。
おまけにこんな美女でセクシーな魔人って、どんだけ天に……いや、魔に恵まれた女性なんだ。
下着に収まりきれないのか、これでもかというほど赤色のローブの胸元がはだけ、大きく張り出した2つの双丘。それは今まさに実りの時期を迎えた赤い果実のように、さあ摘み取ってくださいと主張しているかの如く豊かに恵まれている。
思わず目のやり場に困ってしまうが、どんなに理性で抵抗しようとやはりそこに目がいってしまう……食い入るようにどこまでも吸い込まれて行きそうなその芸術的な谷間は、まさに奈落の底を彷彿させる。
感動のあまり息を飲むことすら忘れていたオレは、思い出したように喉の奥でゴクリと音を鳴らす。さすがにこれほどまでインパクトのある魔族美女は、チェリーボーイのオレには心臓に悪すぎる。
そして、この美女にまだ挨拶を返していなかったことに気がつき、精一杯の言葉を返した。
「あっ……こ、こちらこそよろしくなボイン……? あ……あぁ、いやすまないペ……ペインっ」
「はい……な」
今度は超絶美女のペインが、奥ゆかしそうにオレにほほ笑みかける。その表情は、まるで興奮させてごめんなさい悪意はないんですと言っているようにも思えた。
こんな女性がもし地球にいたとすれば……おそらく世界各国の首脳をたちまち虜にし、彼女をめぐり世界中で争いが起きてもおかしくはないだろう。トロイア戦争などに代表される古代ギリシャ神話でも、実際にそのような事例が数多く語られている。
他にもエジプトのクレオパトラや中国の楊貴妃、日本ではお市の方やその娘の淀君となった茶々など。古来の世界史を紐解いても、たった1人の美女を巻き込み戦争にまで発展した例は数知れず。
そんな悪夢を引き起こしそうな彼女の美貌を眺め、オレはそんなことを考えているとシーラがそれを遮るように、こちらを冷たく
その様子にペインも気がつき、彼女は別の話題へと切り替えた。
「あっ、と……ところでトシオ様。今朝の朝食に提供した、卵のお味はいかがでしたか?」
「あ……あぁ、凄くうまかった……って、あぁっ?」
「ふふふ……」
何ということだ、提供した卵……だと?
ペインは鳥人タイプの魔人、となれば考えられることと言えばもはや1つしかない……その予測される結論にオレの身体全身に鳥肌が立った。
ということは、オレはもしかしてペインの……。
「はいなっ、今朝産みたてのわたくしの卵でございます」
「――うわあああぁぁぁっ」
オレは膝から崩れ落ちて地面に両手を付き、激しい後悔の気持ちに
オレは何ということを……こんな超絶美女ペインのお子さんを食べてしまったのか。これは倫理的にも道徳的にもまずい……いや、別に気持ちが悪いという意味ではない。
むしろ、こんな美女の胎内から産み落とされた卵というものにイヤな気分はしない。いや、それどころか返って幸せな気分すら感じる。
なぜならオレはこの口で食したようなものだ彼女の――いや、だからこそあれほどの絶品……だがこんなことを考えるのも今は不謹慎だな。
しかし、それならなぜ彼女はそんな大事な卵をわざわざ提供した? まさか秘――ならぬ秘められたオレの力を引き出すため……とか?
オレはおそるおそる顔を上げ、彼女に問いかけた。
「ペ……ペイン、す……すまなかった。その、オレのために君は大切な卵を……」
「「「うふふふふふ……」」」
見上げるとそこにはシーラとペイン、そしてナナコまでもが3人で顔を見合わせ、妖しげな表情を浮かべてオレをあざ笑っていた。
何だ……やはりとても背徳的なことだったのか? 教えてくれ、そして願わくばどうかこのオレに慈悲をくれ……。
「うふふふふ……トシオ様、お気になさらないでくださいな。アレはいわゆる〈無精卵〉ですわ」
「なっ……む、無精卵っ? はあぁぁぁ……そうかぁっ、いやそうだよなぁ……」
「「「わっははははははは」」」
まったく、みんなして人が悪い……いや、むしろ元々悪魔のような種族だから人が悪いのかも知れない。
しかし魔界のジョークだとしても、さすがに今のは肝を冷やしたぞ。
「フフフ、トシオ様は本当にお優しいのですねぇ」
「そうでしょうペイン、スケベなところが〈玉に傷〉ですけどねっ」
「おいおい、オレの印象というものがだなぁ……それに万が一ということもあるだろう。しかし、無精卵ということは……ペインには旦那さんとかはいないのか? あっ、深い意味は無いぞ」
「はい……な、それが……」
超絶美女の彼女が言うには、長年連れ添っていた夫がいたが今は会うことはできない。
なぜなら、このペインの旦那さんもまた勇者たち七勇士に捕まり、詳しい行方は分かっていないらしいがどこかに幽閉されていて、その足取りが中々つかめていないのだそうだ……。
この魔界においてその本来の住人である魔族たちが、七勇士や人間たちから相当な迫害を受け理不尽な仕打ちを受け続けている現状を、オレは改めて思い知らされた。
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