14話 戦闘訓練修了証

「ありがとうシーラ、続きを頼む」

「あっ、はい。えぇっ……と、そう……仮に、もしトシオ様がこの死属性魔力(完全なる闇属性)を加減なしで使った場合、わたしは先ほど以上に苦戦を余儀なくされるでしょう。その死属性魔力を相手にして戦うということは、それだけとても難しいことなんです。たとえ自分よりも数段格上の相手と対峙した状況で、まだ特有魔法も使うことができない今のトシオ様でも、その使い方次第では戦いを有利に進めることができるはずです」


 正直に言うと、彼女からここまでの評価が出るとは思ってもいなかった。

 何だか自分も、これでやっと勝ち組になれそうな気がする……。

 彼女にこの異世界へと連れて来られたことで、地球では散々だった自分の人生が、今こうしてようやく良い方向へと進み始めたような……オレはそんなあわい期待を抱いていた。

 まず手始めとなる1つ目の勝利は、あの髭男爵ゲス大佐にひと泡吹かせ、捕らえられた魔族美女の可愛い悪魔っ娘たちを解放することだな。

 さらに彼女は、こう説明を続けた……。


「それからこの死属性魔力には、生体エネルギー吸収効果とは別にもう1つ……風属性に似た気体状の風圧による攻撃ダメージがありました」

「ん、気体状……だと?」

「はい。本来属性魔力というものには、気体と物体の2種類の魔力に分類されます。その中でも、わたしは〈闇水属性〉という魔力なんですが……」


 オレも何となく予想はしていたが、シーラの属性魔力は水や氷などに関する属性だった。

 しかし、これもまたかなり特殊で……。


【闇水属性】

 周囲の水分を霧のような気体状にして集めたり、水のような液体状にすることはもちろん。さらにこれをマイナスに冷やすことで、氷のツララなど固体状の物体にすることもできる。

 水分を集めて冷やす→霧→水→霜→氷という具合だ。

 あの時、シーラが通り過ぎた跡にできた青い霧のような筋はいわゆる霜のようなもの。彼女はこれを発生させながらその上を滑ることで、より早い速度で動くことが可能なのだそうだ。

 そして使用者が過ぎ去った後には、ただの霧へと変わり自然に散っていくため、当の本人だけしかこれを有効に使うことはできない。

 魔族の中でも、特に非凡な力を有するこのシーラが使う水属性には、闇属性がとても多く含まれているために〈闇水属性〉と呼ばれているらしい。

 言い換えれば、気体状と物体状両方の性質を兼ね備えた属性魔力ですと、こう彼女は説明を補足した。


 水か氷のどちらか一方だと思っていたオレは、まさかその両方というパターンであったこと。しかもその多岐に渡って応用が利きそうなその闇水属性という魔力に驚きを隠せなかった。

 それもひとえに天才児と呼ばれるこのシーラだからこそ、そのオレよりも特殊かも知れない属性魔力を扱うことができるのかも知れない。なぜなら、少し考えただけでもかなりの応用法を思いつくことができるからだ。

 例えばもしあの氷のツララを、本気で相手を射殺すために放たれたなら、あれを回避できるのは至難の業だろう……彼女も加減してくれていたお陰でオレは何とか逃れることができた。

 そしてあの津波も、簡単に破られないようもっと体積を厚くした状態で放たれていたら、オレはひとたまりもなかっただろう……その力は、オレ以上に充分チート級と言える属性魔力かも知れない。

 いや、ただでさえ今ここにいるオレたち2人の魔王だけでも本当にチートなら、そもそもこの魔界が奴ら人間にこうもあっさりとクリアされ、長年に渡って支配されることはなかったはず。

 ということは、この謎の多い異世界のことだ。おそらく七勇士たちも、それに匹敵するくらいチート級な力を持っているに違いない……そうなると、果たして本当に奴らと戦ってオレは勝つことができるのか?

 段々自信がなくなり、気が落ち込んでいくオレの様子に気づいたのか、シーラがこちらを心配そうに見つめていた。


「トシオ様、どうしたんですか?」

「シーラ……お前はオレを〈最高位の大魔王〉ルシフェルの生まれ変わり、そう言っていたな? だがオレはどうやら〈最強〉ではないかも知れない。七勇士たちに制圧されたこの魔界の魔族たちを解放する。オレにそんな大それたことが本当にできるんだろうか……」


 もし自分の属性魔力が死属性じゃなかったなら、オレはシーラにすら勝て……いや、あれは元々お互いに加減をした訓練だったんだ。

 勝った負けたの話でも無いし、本当に彼女を相手に勝利した訳でも無い。ある種の試練のようなものだったんだからな……。

 オレが死属性魔力を加減なしで使えば、シーラはもっと苦戦したと言っていたが……むしろそうなると、それに対抗するため同じく加減なしで来るシーラにオレが苦戦することになりそうだ。

 つい先ほど、オレもようやく勝ち組になれるかも知れない……そう思っていたのも束の間、自分のそんな甘い期待は見事に打ち砕かれてしまった。


「トシオ様、どうしてそんなに〈最強〉というものにこだわるんですか? 最強……そんなものは幻想です。例えば、わたしの知るレイ爺の力をトシオ様はまだ知りません。この魔界にいる他の七獄魔王や72柱の魔王たちのことも、まだトシオ様は知りません。まだ未知である七勇士たちの力や、この先にどんな強い者がいるかさえ分からないのに、どうやって今〈最強〉を証明することができますか。むしろ最強という言葉は、自分より強い相手がいるという可能性を考慮していないことになります。そんなに悲観することはありません。強さにも色々と種類があるんです……そう、以前わたしも調べていた時に分かったことなんですが、あのルシフェル様も決して戦力的な位置付けとして、その頂点にいた訳ではなかったんです。もちろん、ある程度の実力は有していたそうなんですが何よりも突出していたのは、その死属性魔力の〈特殊性〉とその〈異才〉にあったんです」


 魔界の地理や歴史、それもルシフェルに関連したことともなると、シーラは途端にあふれでるようにその知識を惜しみなく語り始める。その様はまるで止めどなく流れ続けるナイアガラのように……。

 止めに入らない限り、どこまでも延々と解説をする彼女に、オレは呆気に取られながらもシーラに心を救われた気がした。

 確かに最強を定義するならば、世界を完全に制覇した者がその後で名乗り出るのなら許されることだろう。

 しかしその〈世界〉が、ここでは魔界……人界……神界……そして人界のどこかにいるとされる祖龍という龍族のいる場所など。およそ到達できないようなところもある中、あまりにも広大で謎が多すぎるこの異世界において、最強を名乗ること自体が何よりも不可能に近い……要はそういうことだ。


「あ……あぁシーラ、よく分かった。オレの考えが浅はかだった……で、そのルシフェルの死属性魔力の特殊性と異才というのはどういうものなんだ?」

「はいっ、分かっていただけて良かったです。ルシフェル様マニアであるわたしはその昔、魔界大図書館の古い書物を読み更けっていたことがあったんですが……ペラペラ」


 余りにも長い話だったので要約する。

 自らをルシフェルマニアと自称するシーラが語ってくれた彼の〈異才〉とは、天才でも思いつかない……地球から来たオレみたいに、別の世界に生きる者でしか分からないような、違った側面から見た物の考え方で、言わばその発想力にあったという。

 そして死属性魔力の〈特殊性〉とは、昨夜オレの魔力が覚醒した際に家の壁や屋根は朽ちて崩れ、そのあと屋内のパーツがいくつか足りず、所々に穴が空いていた。これについて彼女は、家の木材に息づく生体エネルギーが吸収され劣化し、その魔力の風圧とともに崩れていったのだろうと分析した。

 同じようなドレイン系の属性魔力は他の属性でもあるようだが、これほどまでに無差別では無いらしい。そう、そしてこの風圧こそが気体状の攻撃という訳だ。

 分かりやすくまとめると……。


【死属性/完全なる闇属性】

 攻撃:老朽劣化し疲弊させる風圧

 デバフ:弱体化や状態異常などのマイナス効果

 バフ:強化や能力上昇などのプラス効果

 回復:生命力、スタミナ、魔力量の補給

 要はこれらが一度にできる。


 これは言い換えれば、戦士と魔法使いと僧侶ができることを、このオレ1人がただ一度の攻撃で全部こなせるということになる……。

 魔界の叡知と呼ばれたシーラが、自分の属性魔力に太鼓判を押してくれたことで、オレの折れかかった心はその中二病心とともに再びV字回復した。


「ふはははははは、ちょっと使い勝手が良すぎるんじゃないかぁ……何て途轍も無い力だと言うのだ。くっくっくっく……しかし攻撃する際に、これをただ死属性魔力攻撃と呼ぶのも何か虚しいもの。よぉし……ではこの魔力攻撃のことをそうだなぁ、今から〈朽ちゆく波動〉とでも命名しようか」

「ふふふ……トシオ様それはいいネーミングですね。名前や言葉には意味があり、それによってより強い想像力と意志が働くと言われています」

「本当にパパの思考回路は中二病だニャ」


「「「わっははははははは」」」


 そしてその後シーラは七獄魔王の力、その根源は○○の魔王という特性にあるとも教えてくれた。

 傲慢の魔王=オレ:傲慢

 嫉妬の魔王=シーラ:嫉妬

 というように、特に意志や気持ちの起伏をコントロールすることで、その力をよりイメージしやすくなり戦力にも大きく作用し増減する。これはオレもあの戦いの中で推測していた通りだった。

 しかし彼女が指摘していたように、どうにもこの死属性魔力……無闇矢鱈に使うと味方をも巻き添えにしかねない強大な魔力。使い所を間違えると返って仲間を危険に晒すことになりそうではある……。


「おっ……もう夕方になっていたのか? 魔界の夕陽もキレイだなぁ……」

「本当だニャアァ……」

「そうでしょうそうでしょう……」


 気がつくと窓から見えた空は真っ赤に染まり、外の光景はすっかり夕焼け模様となっていた。

 そして、辺りにそびえ立つ樹木の間から見える夕陽も、両手でつまんだゆで玉子のように大きく横に膨らんだ楕円形の太陽が昇っている。


「あっ……いけません。そういえばすっかりと忘れていました。トシオ様にも〈戦闘衣装〉を用意しないと……」

「ほぅ……何だその戦闘衣装っていうのは? やけにこう、中二病心をくすぐられる響きだな」


 戦闘による負傷は元より、特に魔族は翼を開花させる際に衣服の損傷を防ぐことができない。

 そこで開発されたのが、着用者本人の生体エネルギーに比例し自己修復する……そんな特殊素材で製作された服を戦闘衣装バトルスーツと言うそうだ。

 そして、今まさにシーラが着ている黒ずきんのような服がそういった代物らしい。


「1人1着を指定して登録できるんですよぉ」

「なるほど、文字通り一張羅って訳だな」


 シーラのくたびれた服が、彼女の姿とともに元通り新品のようにキレイになっていたこと……昨日オレがシーラの家を吹き飛ばした後、彼女の服はくたくたになったがその後には元に戻っていたこと。

 これもアニメとかでよくある、アレかと思っていたが……そういうことだったのか。


【戦闘衣装/バトルスーツ】

 主に第二覚醒で翼の開花を済ませた魔族の戦士が着用する服で、保温性とほど良い通気性もある。

 翼が出た所のみ一時的に服を突き破って穴が空くだけで、上着や服全体が破け散ることの無い特殊な衣装である。

 着用者の生体エネルギーに比例してボロボロになったり自己修復したりする特徴を持つ。そのため残り体力や魔力などを知る上で有効な手段として、バロメータのような意味合いもある。

 1人1着を指定して登録することできる。

 また魔族には防具という概念がなく、どの服を着ても防御性ステータスが変化することはないため、服は装備品としては含まれない。戦いの際には一種のアバターのようなものとして考えられている。

 装備品として含まれるものは武器のみで、これを装備することにより攻撃性ステータスが上昇する。


「道理で……毎回オレが翼を広げるたびにケ○シロウよろしく、上半身の服だけ破け散っていた訳か」

「えへへへ……そうなんです」

「シーラはいいよなぁ、翼を広げても服が破け散らないなんてな。あの時はちょっとオレも期待してしまったんだがなぁ……」

「もぅ……」


 すると彼女の頬が、またいくらか少し赤らみを帯びていた。

 そういえば、こういう展開がたしか以前にもあった。あの時はこの後……そう、シーラの平手打ちが飛んできて……。

 よぉし……ちょっと怖い気もするが、これも彼女が身をもって教えてくれた戦闘訓練の仕上げに、1つ試してみるとするか。

 オレはある考えの元、シーラに揺さぶりをかけてみた……。


「そうだったのかぁ……いやオレはてっきり、また神々が決めた倫理的表現の規制だのと言う摂理なんかが、この魔界にもあるのかと思ったぞ」

「まぁ、確かにその存在は否定できませんが……」


 ほぅ、否定しないということはその可能性があるということか……やはりこの異世界は興味深い。

 そしてこの次の会話が決め手となり、彼女はその引き金を必ず引いてくるはずだ。

 シーラは確かに天才児ではあるが、年頃の乙女心や恥じらいも持ち合わせている。

 しかし、たとえどんな才女であっても弱点というか、このことを言われると戸惑ってしまう言葉というものがあるのだ。そう、下ネタやオヤジギャグが通用するこの妄想天使でさえも……。


「しかし、よくアニメやマンガとかでも男は半裸になるのに、女は――っていうのも何だかなぁ」

「トシオ様は、いったい何を考えながら戦っていたんですかぁ……もぅ、トシオ様のエッチぃっ」

「まぁ、これはどこの世界でも男が考えてしまうことで……仕方ないことだと思うぞ。実は、あのシーラのかかと落としの時も……?」


「…………」


 彼女は身体を震わせ、無言で下に顔をうつ向かせた……するとその表情が一気に赤面した途端、シーラは鋭い平手打ちを放っ――。


 ――ギイィンッ!


 高い耳鳴り音とともに、大魔王オレの瞳が不気味に光る。


 ――来たっ。そして、見えたぞっ――。


 その時、大魔王オレは瞬間的に魔力を一気に解放させていた。

 そして戦闘訓練の時に感じていたような、目の前の視界がゆっくりと流れるあの感覚が蘇る……。

 そう、例えるなら――野球試合で素晴らしいフォームから繰り出された投手の放つ高速の投球を、ボールの縫い目まで見えるほど集中力を研ぎ澄ませた目で、これを捉える打者のように。彼女が今まさに攻撃へと転じようとする身体の動きが、まるでスローモーションを見るかのようにハッキリとその姿を捉えることができた。

 シーラの腰が、実に美しいほど身体のひねりが加えられ、さらにその勢いに乗せられた左腕が後方からムチのようにしなり、強烈な平手打ちが向かってきている。

 大魔王オレは銀色に光る右手に盾の形をイメージし、うっすらと弧を描く半円形のバリアーのような防御魔法のシールドを形成。

 彼女の左手の動きに合わせ瞬時に振り上げ――。


「見切ったあああぁぁぁっ……」


 ――パッシイィン!


「ハッ……!?」


 そう、シーラは左利きだった。

 先の戦闘訓練でもそれを知ったオレは、右手でこれを完全に捉え、ちょうど逆の手でハイタッチをした感じにシーラの左平手打ちを、予測通りにキャッチしてみせた。


「くっくっくっく……シーラよ、かかったなぁ」

「うっ……うぅ、お……お見事ですっ」

「どうだシーラ、お陰様でこれほどまでに成長することができたぞ。これでオレもゲス大佐と対等に渡り合うことができるな?」


 ここで、ようやくオレが意図していたことに気づいた彼女は感激し、称賛と感想を述べてくれたのだが……。


「トシオ様っ、あぁ……よくぞ、ここまで……わたしの訓練は厳しかったでしょう。よく乗り越えてくれましたね。あとすっかり言い忘れていましたが、これをもちまして改めてトシオ様にこのシーラによる、かつて生還率10%と言われた戦闘訓練1次試験を受け、そこから無事に生還し終了できたことをここに証明させていただきますっ」

「なっ……せ、生還率10%……だとぉっ?」


 しかも、無事に生還し終了できたって……終了できても元々生死は問わなかったというのか? ならあのおそろしい攻撃の数々は、そのすべてが加減されたものではなかったのか? それも1次試験、まだ次があるというのか?

 ちょっと、それも聞いてなかったんだけどなぁ……まぁ、無事に終了できたから良かったが。


 シーラはホロリと喜びの涙を流すと、にこやかに天使のような笑みをこぼし、2人でがっしりと両手を取り合った。

 オレたちの戦闘訓練1次試験は、今こうして本当の意味でようやく終わりを告げ、それがまさに実ったことで歓喜に震えていた……。


「ふニャアァ……2人とも感動しているところ悪いけど、早くしないと本当に日が暮れてしまうニャ」


「「ハッ……!?」」



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