13話 戦闘講座
奈落圏ナーラク島、その森の奥深くでまさに白熱した大激闘となった戦闘訓練、最後はよく分からない形ではあったが無事に終了することができた。
また上着が破け散り上半身裸となったオレは、幸せそうな顔で何かを妄想中のシーラを抱きかかえ、記憶を頼りにようやく彼女の
すると、玄関の屋根上によじ登っていたナナコが、こちらを眺めその帰りを待っていた。
「ただいま、ナナコっ」
「2人ともおかえりニャ……凄い訓練だったみたいだニャアァ。ここからだとよく分からなかったけど、森が随分と激しい音を立てて崩れていったニャアァ」
先ほどオレたち2人が戦っていた森の辺りからこのシーラの家までは、少なくとも1~2Km以上の距離は離れている。どうやらそれを屋根の上から見ていたらしいナナコは、地面にストンと飛び降りオレたちを出迎えた。
オレはそんなナナコを見てふと思う……。
シーラが魔獣と呼んでいたこのナナコ……少し臆病ではあるが好奇心は猫一倍旺盛だ。そして室内飼いしていたとは言え、その運動神経はそこら辺の猫たちと比べても多少はある。
そしてこの異世界に来たオレと同じように、いつの間にか小さな角が2本生えているのだが、それ以外はどう見てもただの猫にしか思えない。
この魔界にも猫という種族がいるのか正確には不明だが、オレが地球で拾い上げるまではおそらく捨て猫だったはず。オレはそのナナコに、今だ納得がいっていないことが数多くあった。
オレはルシフェルの魂を受け継ぐ転生者だそうだから、神々によって施された小細工のせいで地球に追放されたというところまでは分かる。それでは、このナナコはいったい何者なんだ?
シーラが説明してくれた魔界解説文書には、魔獣とは人型以外の魔族のことで、元々は天使とともに神界に住む聖獣という話だった……。
しかし、そこで誰もがこう疑問に思うはず。
じゃあその猫魔獣か何かが、そもそもなぜオレがいるあの地球にいた……?
そして、シーラの
しかも、この大魔王召喚についてもまだまだ謎が多いときている……。
ダメだ……下手に考え始めたところで、また泥沼のような迷路の深みにハマっていくようだ。
まぁ、この話はまた後でいいか……。
シーラもこの件について触れるようなことはなかったから、オレもあえて質問しなかったんだ。
まだオレには魔力や魔法のこととか、髭男爵ゲス大佐を打倒して魔族美女……いや、この魔界を解放するためにいち早く戦う術を覚え、これを身につけることがまずは最優先なのだから。
そして今は何より、初めての戦いを終えた後で緊張が解けたためか少し疲れた。これではあまり頭も回らないはずだし、早く家でゆっくり休みたい。
「あぁ、ナナコ。魔力や防御魔法それに飛行方法も、大体のコツはつかんだぞ」
「そうニャのかそれは良かったニャアァ。パパにはそれともう1つ、新たにつかんだものがあるみたいだニャ……」
ん、もう1つ……新たにつかんだ、もの……?
その時、オレが両手につかんで抱きかかえていたシーラ。
その子猫のようなつぶらな瞳が、こちらをじっと見つめていることにオレは気がつき、思わずパッとその手を離してしまった――。
「いたっ。もぅ、急に落とすなんて……トシオ様ひどいですっ」
「あ……あぁっ、す……すまないシーラっ。さぁ、もう家に着いたぞ。30分でも1時間でもいいから早く休憩っ――おっと、休みたいぞ……」
大きく地面に尻餅をついてしまったシーラは、ゆっくり起き上がるとその小さなお尻を両手でパタパタと払う。
危ない危ない……油断していたら、またうっかり下ネタに繋がりそうな発言が出そうだ。
アダルトな迷いの森か、ここは……?
何はともあれ、お花畑が広がるちょっと大人なメルヘン世界から、ようやく彼女もこうして帰還を果たし正気を取り戻してくれたようだ。
だが思わず落っことしてしまったことで、少々お怒り気味に目を覚ました魔族のお姫様を、オレは家の中へとエスコートし切り株のテーブルへと案内した……。
「ふぅっ、ではそろそろ完熟になっていることでしょう。すぐにわたしが用意しますので、どうぞ美味しく召し上がってくださいね……」
「うわっ、ちょ……よ、よせっ――」
まだこの展開が続いていたのか……?
オレは思わず自分の両目を片手で隠し、もう片方の手の平を前に突き出しそれを止めようとした――なぜなら、また彼女が服を脱ぎ……?
「ふニャアァ……?」
「トシオ様どうしたんですか? あっ……そうでした。アレは高いところに仕舞っていたので、このわたしでは背が届きません。よくご存知でしたねぇ、いつの間にか見つけていたんですか? では、台所の棚からあの果実を持ってきてください」
ッ――!?
「な、何だって……か、果実ぅ……?」
オレの予想……いや、妄想だったとでもいうことか? 道理でナナコの自主規制センサーも反応しなかった訳だな。
気がつくと、ようやく迷いの森の下ネタ補正効果のようなものも消えていて、いつの間にか難なく普通に会話ができていた。
さっきの森から続いていたあの現象は、いったい何だったんだ……?
「あ……あぁアレだな、果実だな。あぁ、知ってるともアレだろ? だが、えぇ……と、すまない。ちょっと疲れてて、たった今また度忘れしてしまったようなんだっ。どこにあるんだったかなぁ?」
「ふふふ……はい、アレはあそこですよっ」
シーラが指で差し示した方を見る。
どうやらその実在するという本物の果実は、台所の上の棚にあるようだ。
良かった……戦いの後からもオレに抱きかかえられ幸せそうな顔をしていたシーラが、家に来たら召し上がれとか言うものだからオレはつい……。
てっきり妄想した彼女が、あっちの意味のことを連想させて言っているのかと肝を冷やしたが、どうやらオレの早とちりだったようだ。
台所に行きその高い位置にある棚を開けると、中から表面の皮が黒光りしたメロンのようなフルーツが、お皿に切り分けられていたのを見つけた。
果実か……たぶん、これだな。
この高さだと、確かに小柄なシーラでは手が届かないだろう。しかしなぜ、わざわざこんな高いところに仕舞ってあるんだ?
その黒いメロンが盛られたお皿を取り、オレはテーブルへと戻った。
「そう、これです。ありがとうございます」
「パパどうしたニャ? 顔が少し赤いけど大丈夫かニャアァ」
「えぇっ? あっ……さてはトシオ様、もしかして……?」
「ななな、何でもない……何でもないぞぉっ。こらナナコ、変なことを言ってはいけません」
「ふニャアァ」
「ふふふ……ではみんなでいただきましょう」
シーラが、この黒いメロンのような果実を手に入れるまでの話を始めた……。
七勇士たちが魔界の大部分を制圧し、種族による市民階級を制定した天魔事変が起きるその前、氷獄圏コキュートスの管理者をしていたシーラは、この果実の品種改良にも携わっていたそうだ。
そして時折彼女はその黒ずきんフードで頭から角を覆い、魔人でしかも魔王であることすら隠し、調査も兼ねて氷獄圏の各都市を秘密裏によく偵察に出かけるらしい。
そこで街の人々との話から、ゲス大佐など七勇士に関連した人物たちの情報や、氷獄圏の現状などを調べる帰りに名産であるこの黒色メロンも、ついでに買って来るのだと語った。
「この黒光りした皮の外見からは想像もできないほど、甘くて美味しいぞこれはっ」
「うミャうミャ……」
「そうでしょうそうでしょう。この〈メルン〉の品質向上には、わたしと当時の研究チームも……それは試行錯誤を重ねました。まさに文字通り、あの氷獄圏が産んだ努力の結晶なんですよぉ」
そんな圏規模のプロジェクトで取り組んだ果実、メルンか……道理で美味しい訳だな。
オレは感心してその黒いメロンを眺めていた。
すると、メルン越しに見えるくたびれてしまっていたシーラの服が、いつの間にかしっかりとアイロンが掛けられた新品のように、元通りキレイな姿を取り戻していた。
そしてオレ自身も、まるで熟睡して今起きたばかりのように、先ほどまで感じていた戦闘訓練の疲れがまるで忘れたように、どこかへと消えていた……。
「気がついたようですね。トシオ様っ」
「あぁ、どうやらこれで回復……したようだなっ」
シーラが言うには、生命力とスタミナや魔力量など生体エネルギーの回復には、単純に飲食などの食事を取ることで補給することができる。
しかもゲームやアニメとは違い、どの飲食物でもこの3つとも回復できるのだそうだ。
さらに個人の味覚にもよるが、より美味であるものほどその回復効果は高く、休息や睡眠でもある程度は回復できるという話だった。
これは色々と好都合だ……。
もし仮に、薬草だのポーションだのが用途に応じてたくさん必要なら、サンタクロースのような袋に入れて常に持ち歩かないといけないところだ。
「それにしても、格闘技はさることながら防御魔法や飛行方法のこと……そしてトシオ様自身の魔力〈完全なる闇属性〉のことを、早くも理解されたようで感服しましたぁ。しかも、見事にそれらを踏まえたいい戦闘テクニックでしたよっ」
「あぁ、まだ何となく……ではあるがな」
飛行方法は、基本的なことが分かってからはよくある宇宙戦争もののアニメとかで、宇宙戦艦の中にいる時の立ち回りと同じような感じだった……。
その感覚は、地球オタで日本オタのシーラも同感ですと言う。
格闘技に関しては、日本で通っていたオレの経験がある程度通用することが分かった。まだ未熟で部分的にしか使えないオレの防御魔法も、彼女はすでに実戦レベルには達していると言ってくれた。そして飛行方法のことも大方は理解できた。
しかしそれでも魔力や魔法の概念には、まだまだ疑問に思うことが多い。
自分が使うことになったその完全なる闇属性という属性魔力について、オレは改めてシーラに問いかけてみる……。
「さっきの訓練で、実際にオレも戦いながらずっと考えていたんだが……この完全なる闇属性というやつはゲームで言う、いわゆるドレイン系に属する分類の魔力なんじゃないか? それも、おそらく対象の魔力も奪う……とか?」
「うぅ……ん、やはりトシオ様はセンスがありますねぇ。確かにイメージはそれに近いです」
かつて大天使長ルシフェルは、その身に宿した神々しい光をまばゆいばかりに放ち、その様は金星を意味する明けの
魔界にも、そして地球にも言い伝えられているこの有名な話こそ、彼が完全なる光属性の使用者であったことを意味していますと彼女は語る。
さらに、生命に関する属性の〈法力〉にも精通していたらしい。
【法力】
魔力と大体の概念は同じ、天使や人間たちはそう呼んでいる。
魔族が使う魔力や魔法に対し、法力を用いた技を〈法術〉と呼ぶ。また魔族では魔法陣と呼ばれているものを、彼らは〈法術陣〉と呼んでいるものを使うのだそうだ。
魔族←→天使や人間
魔力←→法力
魔法←→法術
魔法陣←→法術陣
そして大天使長ルシフェルの〈完全なる光(命)属性〉は、やがて魔界に堕天すると〈完全なる闇(死)属性〉に逆転してしまっていたという話だ。
この属性魔力もまた極めて特殊で、その後召喚された歴代の大魔王の中でも、その使用者は初代ルシフェルに次ぎオレで2人目ですと彼女は説明した。
だが、この完全なる闇属性という属性……その類い稀なレア度の高さから、今だこの魔界においてもその全容は解明されていないらしい……。
「トシオ様が覚醒した際に、わたしも何となく推測していましたが、直に体感することではっきりと分かりました。完全なる闇属性が別名〈死属性〉とも言われる理由が……」
正直に言うと、チート級らしい。
対象の生命力、スタミナ、魔力量などの生体エネルギーを吸収。それを
そういうことだったか……オレにも思うところがある、確かにそんな感じだった。
特にシーラが、この死属性魔力の攻撃を浴びて
「そう、恐ろしくてとても危険な属性魔力。ですが……こうしてわたしが無事ということは、わたしが相手でトシオ様も手加減していたのでは?」
確かにオレは加減をしてこの魔力を使っていた。
それは、この訓練が始まる前に彼女から気をつけて属性魔力を使うように言われたことも1つの理由だった。そんなことは元より承知の上だ。いったい誰がこんなにあどけない子供を、本気で攻撃する奴がいる?
だが、じゃああの訓練という名の戦いすべてが茶番だったのかと言われると、それほど手を抜いたつもりは無いし、あの時のオレにはそんな余裕はあまりなかったとも言える。
そもそも魔王少女であるシーラは、易々と手加減できるような相手ではなかったからだ。そして彼女も、殺伐とした雰囲気で本当に殺されるかと思うほど大量に氷のツララを放ってきた。
しかしそれも今になって思えば、その攻撃の数々もちゃんと直撃しないように放っていた……そう思える節がある。あの大津波もスケールこそ大きかったものの、層の幅が薄っぺらで思いのほか簡単に破ることができた。
「シーラが先生なんだ。こんな可愛い悪魔っ娘を相手に、このオレが本気を出せるはずがあるまい」
「もぅ……トシオ様ったら、ふふふふ……えへ、えへへへへへ……」
ハッ……!?
まずい、またいつものシーラの発作(妄想)が始まってしまったぞ。
オレは、彼女の目の前で手の平を仰ぎその様子を伺う。
一緒に話を聞き入っていたナナコも、その肉球でシーラの顔をプニプニする。
「シーラぁ……おぉい、帰っておいでぇ……」
「シーラニャアァん」
「はぁぅっ? あっ……これはいけませんね、わたしったら……てへっ」
シーラは自身の後頭部に手を添えながら頭を垂れ、片目でウインクをするとペロッと可愛く舌を出しおどけてみせた。
「「おおぉっ……」」
これが洗練された美少女だけに使うことが許される……テヘペロというやつか、初めてお目にかかる。
そして、この天使のような笑顔である。
堕天使の子孫である魔族というだけでなく妄想族……言うなれば〈妄想天使〉だな。
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