12話 シーラの戦闘訓練3

「ふふふ、優しいんですねトシオ様あぁ……ですが、これは戦闘訓練ですよ。魔力に対する訓練もしっかりと経験して強くなってくれないと、イヤですからねぇ……」


 オレの気を察してか、反対にシーラの冷ややかな言葉が森の中に響き渡る。周囲に反響して聞こえてくるその声の口調は、まさに〈ヤンデレ〉のそれだ。

 ヤンデレというのは病んだデレデレのことで、つまり精神的に病んだ状態にありながらも好意を示すこと。そして、その好意が強すぎるあまりに精神を病んでしまった状態を指す。

 待てよ……シーラの両極端な性格とその言動。さらに焦らされたお陰でもっといい戦いができると、そう言っていた後から急激に彼女の魔力が増大したよな。

 そして魔力は想像力でもあり、おまけにシーラはたしか嫉妬の……そう、嫉妬の魔王だ。

 何か分かってきたぞ、まさかそういうことならばオレは……そう、傲慢の魔王だ――。


 大魔王オレは思い切り上から目線で、ねじ伏せるように叫びの声を上げた。


「くどいぞぉっ、いつまでもこのオレを翻弄ほんろうできると思うなあぁっ」


 オレは力強く構え、迫りくる氷のツララたちに向けて銀色に光る片腕をかざした。

 すると大魔王オレの片腕から、銀色に光る魔力が扇状に拡散し森の中へと放たれていく――。

 その銀色に光る魔力を浴びた氷のツララたちは、なんとブレーキをかけられたように、急激に減速し一斉に溶けながら地面の方へと落ちていった……。


「くぅっ……は」


 狙ってはいなかったが、高速で森の中を飛び回るシーラもその銀色に光る魔力を浴びたのか、少しひるんだ様子の彼女は速度が鈍り、ようやくオレの目に止まる。


「ふははははは、捉えたぞぉ――ッ!?」


 しかし……オレのその目に映ったシーラはなぜか不思議な笑みをこぼし、どこかつやのある表情をしていた。

 憧れでもあった魔族美女、そんな魔王少女の妙に色っぽい表情を見たからなのかは分からないが、オレの肩からあふれでる魔力が劇的に増加し、魔力と気分がさらに高まる。

 こ……これは、もしやそういうことか……?

 いや……断っておくが、別に性欲が増大した訳では決して無い。


「ふふふ……まだ終わりませんよ、トシオ様ぁっ」

「なっ……?」


 ようやく彼女の動きを捉えたところで、シーラは何か切り札でも示唆するかのように、青く光るその両手を地上に向けてかざし、何やら呪文を唱え始めた……。

 すると、今ほど氷のツララが溶けて落ちていった地面に、それまで放ってきた数百にも及ぶ大量の数の氷のツララたちがそこには集まっていた。

 しかもそれらがうねり出し、まるで1つの大きな液体生物スライムのようにうごめき始めている――。


 絶対に、これは何かヤバい……脳が素早く尋常では無いその危険を鋭く察知した。

 オレの直感が確かならこれは……そう、おそらく超○○スライムとかそういう系統に違い無い――。

 しかも……気がつけばオレがいる周囲の樹木だけが打ち倒され、辺りに身を隠すことができる場所はどこにも無い。

 反対に……この液体生物スライムのようなものを境として、今目の前にいる彼女の背後には黒々と樹木が生い茂っている。

 やられた……まさかここまで計算していたのか。どうやらオレはまた、この天才魔王少女にハメられたらしい。

 まさに、逃げることも隠れることもできない。

 ただ唯一、空へと飛び上がる道だけが残されてはいるが、それこそおそらく彼女の思うツボだろう。

 それぐらいオレでも容易に予想できるし、あのシーラもそれしか逃げ道が無いことを計算しているから、わざわざオレに堂々と姿を見せたままスキのある長い呪文を唱えているのだ。


 こういう時の対策として、まず一番に思い付くことは……それを発動させる前に彼女に襲いかかる。

 これもいいかも知れないが、この戦法は相手と実力差が近いなら効果的だろう。

 しかし、相手は仮にもオレと同じ〈七獄魔王〉で才色兼備、その上オレは地球育ちの初心者で彼女は魔界育ち……その選択肢の結果どうなるかは明白。

 まったく……幼い子供の姿ながらにおそろしいものだ。まるで、男の手の内を知り尽くしておきながら、それを手玉に取って転がすぼったくりキャバクラ嬢のようなこの高等な戦術。

 彼女にオレがまっしぐらに向かって行けば、1名様ご案内とばかりに返り討ちに会うことは目に見えている。

 だが、そんなシーラも本当の意味で悪魔なのでは無い。彼女はその前に、きちんとオレにヒントを提示してくれていた。そう、あなたの属性魔力をどんどん使ってきてくださいと。

 オレは来るべきシーラの大技に備え、それに対抗できるだけの魔力を肩へと集中し貯めることにした……。


 そんな彼女はニッコリと晴れやかな顔をして、地上に向けてかざしていた両手を天高く振り上げた……。

 すると、なんと地面に集まっていた氷のツララたちが、高さ8mほどの大津波へと姿を変え、大魔王オレの目の前を覆い被さるように襲いかかってくる――。


「ふふふふふ……いっけえええぇぇぇっ――」

「なんだとっ……そっちのパターンだったか。だがなシーラ日本のアニオタゲーマーが、よもやこういう展開くらい予測できないと思ってはおるまいっ」


 ――ギイィンッ!


 その猛る力に呼応するように、高い耳鳴り音とともに大魔王オレの瞳が不気味に光る。

 魔力や魔法は、言わば想像力や意志によるものと前にシーラは教えてくれた。

 超巨大スライムとかが襲ってくることを想像していたが……まぁ、津波とかそういった大技が来てもどちらにせよ、それに対抗できそうな力をオレは貯めていた。

 しかし地球育ちの大魔王オレには、その発動の構えとなるものが分からない。だがそれも先の魔力弾で、どうにかなるものであることを知った。

 後はその魔力の規模だ……そして次に威力。そう考えると日本人なら誰しも、真っ先にまずあの仕草かあの構えをするのではないだろうか。

 大魔王オレは前もって銀色に光る両腕を天にかざし、増幅された魔力を塊のように凝縮し集めていた……その大きさは5mほどくらい。

 即席にしては上出来だろう……オレはその銀色に光る魔力の玉を、迫りくる大津波に向けて力強く降り下ろした――。


「これでどうだあぁっ」

「対抗してくるとは思っていましたが、そっちでしたかっ……?」


 どうやらシーラは、オレが真っ正面に何かを放ってくるものと思っていたらしい。

 確かにそちらの方も選択肢として考えはしたが、あれだと万が一彼女に直撃してしまった場合を考えると、その危険性はさらに増す。

 オレは最初からこれをシーラに当てるような意図はなく、あくまで攻撃してくる対象物を攻撃するつもりだったからだ。

 大魔王オレが放った魔力玉が、大津波に向かってぶち当たると大きくぜ、余すところなく津波は四方八方に飛び散った。

 すると、そのまま銀色に光る魔力の波動がドーム状に辺りを埋め尽くすように拡がっていく……。


「ぐぅっ……は」


 その津波の背後にいたシーラは、その銀色に光る魔力を浴びてひるみ、また彼女は恍惚こうこつの表情を浮かべた。

 シーラの大津波を相殺してもまだ余りある自身の属性魔力の強さに、我ながら満足しオレは感心した。相討ちならともかく打ち勝ったということは、オレの魔力の方が彼女より上なのか?

 いや、あるいはシーラもあれで加減していたのか……確かに津波の層の幅が思いのほか薄く、手応えがあまりなかったようにも思う。ペラペラのガラス窓を割ったような、そんな感じだった……。

 やがて、魔力玉は彼女の背後に逃げ道として控えていた森の樹木までをも次々と朽ち倒していき、シーラの行動範囲を狭めていく……。


「くっ……に、逃げ切れないっ」

「ふふははははは……さぁ、今度こそ我が餌食となれぇっ」


 大魔王オレは逃げ場を失ったシーラに飛びかかり一気に距離を詰め、彼女の身体に右手でつかみかけ……たが、シーラは素早い左の手刀でこれをパンッと払いのけた。

 すぐさま大魔王オレは、もう片方の左手を抜いてシーラにつかみかけ……しかし、またもや彼女はその左足でバシンッとそれを蹴り払った。


 こ……この魔王少女シーラ、やはり天才と言われるのは何も頭脳だけに限ったことでは無いな。

 初めて出会った昨日、そしてあの時の平手打ちもそうだったが、その細く小さな手足と小柄な体型からは、想像もできないほどの身体能力を有している。

 この魔界にも、いわゆる体術のようなものがあるのかどうかは分からない。だが、これで彼女が七獄魔王であることは決して伊達ではなく、それもおそらく戦闘においても稀有な才能を発揮しているということがよく分かった……。


 ……こうして戦いはお互いにつかみつかませず、さしづめ格闘技で言う魔王同士の組手のような状態にもつれ込んだ。

 しかも、依然として周囲はオレの魔力の波動の余波により森の樹木が次々と薙ぎ倒されていき、これらを避けながら空中での高度な格闘戦を繰り広げている。


「ふふふ、この戦闘センスさすがですトシオ様ぁ。思わず見とれてしまい――ますよっ」

「おぉっと……お前もなシーラ。とてもあどけない少女とは思えない機転の良さと――筋力よっ」


 オレと彼女はそのまま長時間の間、ただ己の肉体による力と技のみをお互いただ純粋に競い合っていた……。

 まさか、この異世界でこんなアニメのようなリアルが来るとは想像もしていなかった。

 スポーツなどでもそうだが、武道ではなおさら完全に1対1となるため、死力を尽くして戦った際によく友情が生まれることがあると言われている。

 拳を交えてお前の魂が伝わったとか、お前の手から悲しみが聞こえるとか……あまり思い出したく無いが、実際似たような格闘技をその昔していたことがあるオレには、そんなことを感じたことはなかった……今の今までは。


「シーラよ、なぜもがき苦しむのだっ」


 大魔王オレはシーラに右回し蹴りを放った――しかし彼女は左膝を上げると、パシンッと心地よい音を立ててこれを防いだ。

 そして、そのままシーラは左足を高く上げると、大魔王オレの頭上に向けて振り下ろしてくる――。

 かかと落とし……だと? こんな大技まで器用に使いこなして来ようとは。

 しかし、この技は攻撃の際に大きな隙ができてしまう。そう、女性にとっては致命的な隙間・・が……。

 大魔王オレは銀色に光る両腕を交差して振り上げ盾の形をイメージし、うっすらと弧を描く半円形のバリアーのような防御魔法のシールドを形成――彼女のかかと落としを完全に防いだ。


「ふふふ……部分的な防御魔法は、もうすでに実戦レベルに達していると言えそうですねぇ」

「あぁ、お陰様でな。とは言っても、まだ身体全体を防御することは難しいがなぁ」


 互いにニヤリと顔を見合わせる。

 すると案の定シーラの可愛い下着が、ガードした両腕の間からチラリと見えてしまった。

 白地に子熊のプ○さん……か? 可愛いらしいものだ……オレは一瞬顔が緩んでしまった。

 ここで断っておくが見たのではない、仕方なく見えてしまったのだ。

 大魔王オレは彼女の下着を確認すると、その背徳感から照れ隠しのために後ろを振り返り、その勢いに乗せて右後ろ回し蹴りを放った――。

 たが、シーラは腰を入れた左前腕に右手を添え、バシンッとこれを軽々と受け止めた。


「「はっ、はあぁっ――。せいっ」」


 すっかりと荒れ果ててしまった森の中を、威勢のいい気合いと2人の四肢がぶつかり合う音だけが、辺りに響き渡る。

 あれからもう何百分くらい経過しただろうか……この森に入ってから計算すると、すでに何時間か経っていることだろう。こうして互いに組手を始め、もうすでに木々も倒れて来ようとはしていない。

 そして2人の戦闘訓練は、もはや捕まえるという本来のルールを忘れ、ただ両者の力が拮抗したこの素晴らしい戦いを、心の底から楽しんでいるようだった。

 見た目の年の差こそ違い、実年齢はシーラの方が上ではあるが、この格闘戦という共通したものを通じ、時間の感覚さえ忘れて一緒に遊んでいるようでもあった。

 そして、オレはあの頃を少し思い出す。

 そういえば、武道は対話のようなものと前に誰かが言っていた……確かに今のオレたちにとっては、この戦いの行方すら関係が無いのかも知れない。

 オレが彼女を捕まえてしまうことで、この楽しい時間に終わりが来てしまうのならあと10分、いや……5分だけでいい。もう少し、まだもう少しだけこのまま遊んでいたい……この時間が終わらないで欲しい。


 しかし楽しい時間、その終わりというものは呆気なく唐突に訪れるもの。

 それも察しのいいシーラのことだ、充分オレの戦力を確認して満足したところで、わざと手を抜き本当の隙・・・・を見せたんだろう。


「くっ、この慣れた動きと立ち回り……とても素人とは思えません。さてはトシオ様、地球で何かされて――ましたねっ」

「ふんっ……くっくっく、随分と久しぶりではあったが学生時代に町道場の拳法でな……一応――初段だっ」

「わぁっ……ふふふ、それは道理で……一層夢中になってしまい……そうですよぉ」


 ――その時、彼女の表情が一瞬うっとりして動作が鈍ったところを、オレは見逃すことができなかった。


「我が腕の中で眠るがいいっ――」


 大魔王オレ渾身こんしんの力を振り絞り、シーラの身体を包み込むようにショルダータックルをかけた――。


「ふわぁっ……」


 オレは長い戦いの果てに、すでに体力は疲れ切っていた。彼女もある程度は体力を消耗していたとは思う。

 そのショルダータックルには、渾身の力というほどの攻撃力など残されてはいなかった。ともにここまで健闘した互いの格闘技術をたたえ合う、一種の抱擁ほうようのようにも似たものだった。

 オレはシーラの身体をがっしりと抱きかかえ、安定した平地に着地した……そして、2人とも肩甲骨が変貌していた翼が自然に元の肩に納まる。


「どうだ、シーラ? まいったか」

「ふふふ、大胆ですねぇ……とうにわたしはまいっていますよぉ……」


 彼女は戦いによる興奮からか赤面し、オレの腕の中でなぜか気持ち良さそうな顔をして、ぼんやりとオレを見つめていた。

 また何かがキーワードになって妄想に入ってしまったらしい……この子は天才だから見た目と違って、下ネタ知識も豊富でよく知っている。

 だが、改めて間近でこんな可愛い悪魔っ娘に見つめられると、何だか恥ずかしいものだ。

 オレは少し目を背けると、シーラの服が少しくたびれてしまっていた……そして、自分の上着もまた破け散っている。

 またシーラの家に代わりの服があるといいんだが……戦いが終わった途端、急に疲れがどっと出てきた。


「そ……そろそろシーラの家に行こう。念のために確認しておくが、ケガはないか?」

「は……はい、ケ……ケ――が無いですが……そうですね、そろそろわたしのおうちに呼んでも、いい頃ですかねぇ……」


 うぅ……ん?

 何か会話がまずい方向に噛み合ってしまっているような気がする……この子が一旦妄想に入ると、しばらく時間が経つまで終わらない。

 しかし、もう疲れ果ててオレも突っ込みを入れ――ダメだこの状況でこの言葉は、て……適切な表現かも知れないが不適切だ――ダメ出しをする力も残っていない……ぞ。

 仕方ない、ここはそれとなく話を付き合わせてやり過ごすとしよう……。


「あ……あぁ、そのい……いっぱい、暴れたからなぁっ。少しシーラの家で休憩して休もうっ」

「は……い、ではおうちで、休憩……ですねっ」


 あっ……また何か自らどんどんとツボにハマって行くような言葉が口から出てしまう、なぜだ?

 まぁ、何でもいい……とにかく疲れた。

 今はくたくたで、頭がうまく働かないせいかも知れない。


「あ……あぁ、そう休憩だシーラ。うん……それで何か美味いものでも食べよう。そうしよう」

「ふふふ……そうですねぇ。それなら美味しいものがあるんです。どうぞ召し上がってください……」

「ああぁ……そっちを召し上がるのは、ちょっと問題があるんじゃあないかなぁ?」


 もはやその時のオレの耳には、何でも下ネタを連想させてしまうようにしか聞こえず、意味が分からなかった。

 だがその原因を、オレはもう少し後で知ることになる……。

 オレは彼女を優しく抱きかかえ、ゆっくりと帰り道を思い出しながら、ナナコが待つシーラの家へと歩みを進めた。






『ふふふ……大魔王の力、この目でしかと見せてもらった……』





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