11話 シーラの戦闘訓練2

 ――バサァアッ!


 しかし、華麗な羽音とともに……シーラの肩甲骨から鮮やかな青色に黒みがかったカラスのような翼が、光の飛沫しぶきを上げて開花。

 そのキレイな翼を盾にオレの手を退け、翼ごしに微笑むとそのまま軽やかに身をひるがえし、彼女は宙へと飛び上がった――。

 その見事なまでの羽さばきに……ついオレは彼女が魔族であるということを忘れ、まるで天使の羽ばたきを目の当たりにしたかのように、一瞬目を奪われてしまった。

 だが、シーラの黒ずきんの服は肩から翼が出たところを突き破り、そこに穴が空いただけで不思議と上着全体が破け散りはしなかった。

 昨日オレが覚醒した時にはそうせず、オレの足に必死にしがみ付いていたが……やはり飛べたのか。

 ちいぃっ、さすがに思い通りにはいかないな……頭の中に様々な思いが錯綜さくそうする。


「ふふふ……何をそんなに物珍しく見ているんですか? このわたしも魔族、トシオ様と同じくもちろん飛ぶことができます。ですが、この森の地形を利用した先ほどの戦略は、ただ攻撃するよりも中々効果的ないい方法ですね。さぁ……まだまだこれからですよぉっ」


 そう言うと、彼女は宙に浮いたまま今度はオレの頭上、その高い樹木がそびえ立つ上の方を素早く飛び始めた――。


 シーラは頭の切れる天才児だ。

 彼女が飛べるということに、あなたは気がつかなかったんですかと、シーラは言葉通りの意味で言った訳ではない。

 同じく飛べるんですよと、オレにわざわざそう伝えることで、つまりは宙での戦いを誘っているのだろう……なるほど、次は空中戦をしようということか。

 そして、やはりシーラが飛び回る跡には、また青色の筋のようなものがうっすらと見える。

 ふんっ……今に食らい付いてみせるぞ。

 大魔王オレは肩甲骨からあふれでる魔力を意識してさらに力を込める……。


 ……だが、肩甲骨には特に何の反応も無い。

 そう……ただ力を込めるだけで飛べるのならば、先ほど魔力を解放させた時点で、すでに翼が開いていたはずだ。おそらく、翼を開花させるにはこれを誘発させるための何かがあるんだろう。

 昨日覚醒した時のことを思い出せ、あの時オレは何を思いそして何が起こったのかを……。

 あの時、そう……あの時オレは楽しんでいた。

 己の身体から流れ出すこの途方も無い力に、喜びを感じテンションがより高く上がっていた。

 そして、先ほど彼女が飛び立つ瞬間もシーラはオレに微笑んでいた……嬉しそうに。


 ――バサァアッ!


 すると、肩甲骨が変貌し銀色に黒みがかったカラスのような翼が光の飛沫しぶきを上げて開花した――。

 やはりそうか……その起爆剤となるものは、あの時の尋常じゃないほどハイな気分だったんだ。

 しかし、今着ている彼女からもらった布の服が、翼が開くとともに破け散ってしまった。


「やりましたねぇっ。まさか2度目にしてここまでできるなんて、トシオ様ももう魔力の原理についてだいぶ理解が進んできたようですね」

「あぁ、服はすまなかったが……お陰さまでなっ」


 よし、ここまで来たら後は飛ぶだけだが……昨日は気がついたら宙に浮いていて、その後すぐ地上に降りただけ。

 実際にどうやって自分が飛んだのかは、以前分からないまま。

 だが、まずはやってみるしかない……。

 大魔王オレは地面を力強く踏み込み、肩にある翼の感覚を信じるまま、飛ぶイメージで地面を蹴り上げた――。


 ――ザシュッ!


 うっ……!?

 すると、予想以上の跳躍ちょうやくをみせてしまった大魔王オレは、シーラのいる高さを通り過ぎそのまま森の木々も飛び越え、空高くへと飛んで眼下に広がる黒々とした大森林を見下ろしていた……。


「ふふふ、随分と力が有り余っているようですねトシオ様あぁ……」


 足元の先にある森の中から、彼女の声が木霊こだまして聞こえてきた……。

 その距離感から、さらに自分が恥ずかしく思えてくる。

 人が大空を飛ぶには、今ではヘリコプターから飛行機まで様々な方法がある。しかし、鳥のように本当の意味で自分の力だけを使って空を飛ぶことは今だできない。

 古来から、人類史上長年の夢と言われていたものには不老不死に続き、常にその上位に必ずそこに並び立つものが、この自力飛行だろう。

 自作した手製の翼を使い飛べるようになったが、太陽に接近してしまったことで翼が溶けて、墜落死したと神話で語られるイカルス……実際似たようなハンググライダーを作って空を飛ぶことを望み、事故死してしまう製作者は昔から後を立たない。


 しかし……オレは間違いなく、今こうして自分の力で空中に飛ぶことができている。

 初めて味わうこの感覚に全身の細胞が震え、これまで機能しなかった身体の中に隠されている器官がようやく呼吸を始めた……そんな感覚だ。

 しかもアニメなんかと同じで、なぜか羽ばたくこともなく宙に浮いている。

 例えるなら、翼からあふれでる魔力で目には見えない大気をつかんでいるような感じだ……。


「トシオ様ぁっ、大丈夫ですかあぁ……?」


 中々降りて来ないからか、足元の先にいる森の中からオレを心配するシーラの声が、また木霊こだまして聞こえてくる……。


「最高だぞおぉっ、シーラあぁっ」

「そうですかぁ、喜んでもらえて良かったですうぅ……」


 さて……彼女も心配していることだ、そろそろ戦闘訓練に復帰するとしよう。

 大魔王オレは体勢を前傾に倒し、足元の森の方へと身体を押し出……ッ!?

 しかし、この身体は空中にピタリと止まったまま、一向に前へ行こうとはしない。

 おかしい……よくアニメとかではこんな感じで、身体を前に倒すことで飛んでいたが、その身は前にも後にも進もうとしない。

 以前のようにシーラが、リストリクションだかの魔法や何らかの方法でオレの動きを抑えているような様子も無い。

 下に降りる方法だけは知っている。昨日オレが彼女の家を破壊してしまった後に教わった……肩の力を抜いて地上に降りていく方法だ。

 しかし、実際の空中戦でまさかそんなゆっくりとした動きなどはしていてはアウトだろう。シーラが自在に飛んでいたように、浮くのではなく飛び回る方法が分からない。

 これだけは仕方が無い、事態は急を要する。彼女に聞いてみるとしよう。


「シーラあぁっ、どうやったら飛び回ることができるんだあぁ……?」

「大地に足を付けている時と同じ感覚ですっ。大気を感じながら足を踏み込んでみてくださあぁいぃっ……」


 地上にいる時と同じ……だと?

 まさか、本当にそんな単純なことで……いや、しかし空中にいて地上にいる時と同じ感覚というのは、考えてみると簡単なようで中々難しい。


 オレはシーラの言う通りに、大気を踏み込み蹴ってみた――。

 すると……確かに飛べることは飛べたが、さらにその身体が空高くへと上昇していく……。

 オレがバカだった……ただ言われたままに下の方を蹴ってしまった。


 そうなると……こっちか?

 オレは体勢を反転させ、上の方の大気を踏み込んで蹴ってみた――。

 あっ……そもそも上の方って、本当にこっちで合っているんだろうか?

 すると……今度こそ間違いなく、シーラのいる下の森の方に向かって身体が飛んでいく……。


 彼女のように自在に宙を飛べるようになるには、これは相当コツが必要だ。

 端から見ると、こいつは何をバカなことをしているんだと思われるだろう。

 しかし実際には、地上と変わらぬこのスピードで目まぐるしく変わりゆく視界の中を、上下の平衡感覚が分かりづらいまま飛んでいるこの感覚……言うなれば夜の海中を、水中用のジェットモーターか何かで進んでいるようなものだろう。

 水の底は上の方になるのか、水面は下の方になるのか平衡感覚が難しいのだ。

 おそらく潜水士や宇宙飛行士も、これに似た気持ちを体感することだろう。それに、宇宙戦争もののアニメとかでよく無重力空間で立ち回ることがあるが、それをプラスした感じと言えば分かるかも知れない。


 ……ようやく空から森の中に降りてきたところで、シーラと同じくらいの高度で止まるように足元の大気を軽く踏み付けてみると態勢がピタリと止まってくれた。ちょうどブレーキを踏むような感覚だ。

 これでやっと戦闘に復帰できる。

 そう思ってシーラの前に立ち塞がったオレは、それまでの恥ずかしさも合間って、魔王が勇者を前にして吐くような中二病にありふれたセリフが訳も分からず口から出てしまった。


「ま、待たせたな……シーラよ」

「ふふふ……さすがにらされました。トシオ様はそういうのがお好きなのかと思うほどに……ですが、そのお陰でこれからもっといい戦いができそうですよ」


 そのお陰とは……なんだ、何か色々な意味で含みのある言葉だ。

 気のせいか彼女の表情が、さらに薄暗く冷ややかな感じのようでもある。そして、シーラの魔力が先ほどよりも一層高ぶりをみせている……これは一体どういうことだ?

 段々と病んだような口調で、彼女が畳み掛けてくる。


「これまでは飲み込みが早かったトシオ様も、初飛行にはどうやら苦労しているようですね。それで、わたしを捕まえることはできそうですか? 先に言っておきましょう。この課題を乗り越えることができない限り、あのバッカスケス大佐を倒すなんて到底無理な話ですよ。今日はこれをクリアするまで、おうちには帰れないと思ってください……」


 ……一瞬、あの天使のように無邪気なシーラと目の前の少女が、本当に同一人物なのか見間違えそうになる。

 普段はオレをベタ褒めしてくれるシーラは、これまでにもこのように冷酷な一面をのぞかせることがあったが……。

 だが、オレは彼女が計算高い天才児で人の扱いも長けていることを知っている。そして、この魔界と魔族が置かれている苦しい状況をこれまでに何度も聞かされてきた。

 その度に彼女は、オレを確認するように同意を求めたり、また時にはこうして本心を隠してこちらを追い込むようなセリフを言ってくることがある。


 基本的に、何でもまずは疑ってみることから始めた方がいいというのが自分の経験談だ。

 シーラとこれまで会話を重ねてきたことで、こういう時の彼女が本当に伝えようとしている真意というものが、オレには何となく分かってきた。

 そう、まるで青い宝石サファイアのようなあの瞳の奥に、隠された本当の思いが隠されていることを……。

 それも、魔族解放計画とともに大魔王オレを成長させようとする計画も、あのレイ爺と長年に渡って考えていたくらいだ。きっと、これもまたオレを育てようとするための、アメとムチみたいなものだろう。

 言葉を替えると――がんばってわたしを捕まえてください。そして、強くなったらあのゲス大佐を一緒に倒しましょう。それまではこのわたしが付きっ切りで稽古をつけますから……と、こんな具合か。

 そんな健気に自分のことを応援してくれる魔王少女に、このオレが応えない訳にいくまい。


「ふっ、おそらく君も知っているだろう……よくこういう時ラブコメなんかでも、水辺の波打ち際とかで彼氏に追いかけられる女の子は、必ずと言っていいほど最後は捕まえられるんだ。今にシーラを捉えてみせるさ……」

「ふふふ、それは頼もしい言葉ですね……かくいうわたしもああいうのに憧れていました。ですが、わたしの場合……そう簡単には捕まりませんよぉ」


 再び彼女は力強く翼を広げると、これまで以上のスピードで森の中を飛び始めた――。

 もはや、目で追っていられないほど高速の動きで、さながらスズメバチが動きの鈍い獲物を持て遊ぶかのように、8の字を描いて飛び回りこちらを撹乱する。

 オレのすぐ側を通り過ぎていく際には、空を裂いたように耳をつんざく音だけがかすかに聞こえる……さすがにこれでは、彼女の動きを捉えるにも至難の業。

 オレは、シーラがすぐ側を通過しようとするその音がやってくるタイミングを待ち、静かに耳を研ぎ澄ませゆっくりと構えた……そう、いわゆる明鏡止水の境地というやつだ。


 しかし、そんなオレをまるであざ笑うかのように、辺りの木々の間から彼女はその魔力で氷のツララを、まるでミサイルのように放ってきた――。

 連続して放たれるその氷のツララたちは、森に群生している木々を軒並み貫通し、貫かれた周りの樹木たちは耳に心地いいほどバキバキと音を立てて、次々に打ち倒されていく……。

 ここまでの大規模な破壊行為が行われ始めたこんな状況で、落ち着いて待ち伏せる奴はいないし絶対に不可能……それこそ愚の骨頂だ。


「ぅぅぅうおおおぉぉぉっ――」


 放たれた氷のツララたちは樹木に突き刺さったところで、なおもその力を緩めることなくこちらに向かって襲いかかってくる。

 そしてその先端は、熟練した名工の手で打ち鍛え上げられた一振りの剣のように、それは痛そうに鋭くキラリと光り尖っていた。

 バタバタと薙ぎ倒されていく木々の中、無数に飛び交う氷のツララたちを避けるため、オレはそれこそ必死にもがき無我夢中で飛び始めた――。

 四方八方から迫りくるその氷の魔力ミサイルのようなものは、もし1本でもその身に受けてしまえば即死であることは、串刺しになって打ち倒された周りの樹木を見れば一目瞭然。

 たとえ運が良かったとしても、手や足のまず1~2本くらいは簡単に千切り飛ばされるだろうことは間違い無い。


 やがて、自分の身体のすぐ横を氷のツララが何本かかすめていった頃……すでにオレは、翼を使って飛ぶことに感動する余裕も無いほど、顔の前を滝のように流れ出る汗を拭う間もなく、森の中をただ一心に飛び回り逃げ続けていた。

 汗で濡れた肌身に触れる風、視界の先で轟音ともとに倒れていく樹木たち。そして、そこら中から襲いかかってくる氷のツララたち……その極限状況の中、オレの脳内麻薬物質アドレナリンは大量に分泌されこの身体をフル稼働させていた。


「おおおぉぉぉいっ、やり過ぎだぞおぉっ……こんなのどうやって捕まえればいいと言うんだあぁっ」


 オレがそんな叫びを上げると、彼女の声が激動する森の中からどこからともなく、辺りの木々にいくつも反響して返ってくる……。


「ふふふふふ、ですが良かったじゃないですかぁ……これですっかり飛び方も理解できたでしょう。せっかく翼があるんです。じっと待っていてはその使い方も、空中戦の醍醐味だって味わうことなどできませんよぉ。さぁ、トシオ様もその属性魔力を、どうぞ持て余すことなく使ってくださぁいぃ……」


 ハッ――!?


 彼女のその言葉で、ようやく自分の頭は理性を取り戻し、冷静に今のこの状況を思考し始める……。

 どうやらオレはシーラに、また1本取られてしまっていたようだ。

 よくよく考えてみれば、彼女が本気で大魔王オレを殺害しようとする気など無いはずだし、ギリギリのところで避けれるように、これでも手加減をしているのだろう。

 身体で覚えなさい的な、このスパルタ式訓練の甲斐もあってか、確かにいつの間にかこの森の中を自在に飛べるようになっている……これも火事場の馬鹿力を活用した彼女独特の訓練方法ということか。

 人は誰でも身の危険を感じると、生存しようとする本能から考えもしない行動を取ったり、これまでになく頭がフル回転しようとするもの。

 今回は夜までに時間が無いため、習うより慣れた方が早いという教え方を実践した訳か……。


 そして、ジェ=シーラ=レヴィ=アタン……おそらく水、いや氷の属性魔力使いということだろう。

 彼女も誘ってきたように、オレもそろそろこの属性魔力を使って反撃に出たいところ。

 シーラは持て余すことなくそれを使うよう言ってくれた。だが同時に、おそらく危険なので注意するようにとも最初に説明した……あれは言葉通りに考えていいのか?

 この身に宿るその〈完全なる闇属性〉とかいう魔力を、本当にこんな魔王少女に思い切りぶつけてしまっても大丈夫なのか……そして、依然としてつかめないあの高速の動きを、どうやって捉える?



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