決起

10話 シーラの戦闘訓練1

「さぁ、ではプルーソンを見送ったところで、次はトシオ様の戦闘訓練に移りたいと思います。まずは外に出ましょう。わたしも着替えますねっ」

「あぁ……」


 いよいよ戦闘訓練か……昨日初めてオレの魔力が覚醒されて、基礎の防御魔法までは教えてもらった。

 しかし実際に戦うとなると、自分は果たしてこの異世界でどこまで通用するんだろう。

 オレは身体の内にあふれるその力に、緊張と期待の両方を感じながら己の手の平を仰ぎ見……ん、今彼女はたしか着替え……ますね、と言ったのか?


「お……おいっ、まさかここで――」

「――んニャアァっ」

「え……?」


 なんとオレの目の前でシーラはエプロンを脱ぎ捨て、今まさにその下の服まで脱ごうとしていた。

 そんな彼女を見たナナコはその身を盾にして飛びかかり、危うく乙女の素肌が露見されてしまうところを懸命に防いだ。


「ご……ごごご、ごめんなさあぁいっ」


 ナナコにしがみつかれたシーラは、恥じらいながら真っ赤にさせたその顔を両手で被い、大慌てで寝室の方へ駆け出していった……。

 さすがの彼女でもしばらくの間、他人と生活する機会がなかった事で、気が付かなかったのだろう。

 それほど、この陰遁生活いんとんせいかつが長過ぎたということだ……シーラのここ数十年間の暮らしぶりがうかがえる。

 だがここにはもう1人、そう……たしか彼女は、何かインパクトのある姿をした親友と暮らしていると言っていた。

 おそらく、幼い彼女を護衛するような役目を担う恐ろしい姿の強い魔物(魔獣)なんだろう。


 オレがそんなことを考えていると、シーラは意外にも早く黒ずきんの服に着替え、寝室の方からナナコを連れて出てきた……。

 いくら子供ではあるとしても、女の子の身仕度にはある程度の時間を要するはず。

 この辺境の地で俗世間から離れた生活を送っていたシーラでさえ、10分くらいはかかると思っていたがそれはあまりにも早く、まだ3分くらいしか経っていない。


「早かったなシーラ、もう少しかかるかと思っていたぞ……」

「はいっ。この衣装は普通の服とは違うので、着るのは一瞬で済むんですよ。これもまた後ほど説明しますね」

「ほぅ……」


 あれほど彼女にこの魔界で生きていくためのマニュアルの如く、魔界解説文書で教えてもらったというのに……まだまだこの異世界には謎が多い。

 シーラは、この戦闘訓練で一緒に連れていくのは危険だと言うので、ナナコには家で留守番をしてもらうことにした。


「パパもシーラちゃんも、気をつけてニャアァ」


 またこの家を壊してしまうといけないので、ナナコに見送られたシーラとオレは、家の外の薄暗い森その奥深くへと歩んでいった……。

 昨日自分の翼が開花し宙に浮いていた時は、夜中で周りがよく見えなかった。そう……ここに至って、ようやくオレは初めてこの魔界の外の景色を、こうして明るい昼間に出歩くこととなった。


 見たことも無い形の木の根や、つるなどが原生林のように生い茂る妖しげな樹木を見渡すと、その高さは10階建て以上の高層ビルくらいに高い。すぐ側には澄んだ小川が静かに流れ、森のずっと奥から続いているようだ。

 彼女が料理や洗顔のために用意してくれた水は、この小川から汲んで来たものだろうか。

 森の雰囲気は富士の樹海とか屋久島とか……そういうイメージが近いかも知れない。よく童話なんかで狼人間や魔女とかが出て来そうな、そんなヤバそうな感じがする……。

 たが、枝葉や木々の間からわずかに差し込んでくる木漏れ日が、この薄暗い森の中を幻想的に照らしている。他に人の気配もなく、静かにひっそりとたたずむこの大森林に、オレはどこか神秘的な魅力を感じた。

 あらゆる知的生物、その外部からの侵入を一切拒む絶海の孤島にして北国の楽園……そう、今ここにはオレたちと、この島のどこかにいるというシーラの親友、その4人以外は誰もいないのだ。


 隣を見るとそんな少し不安なオレの気をよそに、シーラはいつの間にかオレの手を取り、ルンルン気分でにこやかに歩いていた。

 端から見ると幼い妹を連れているか、はたまた子供を誘拐しているかにも思われるかも知れない。

 しかしオレはこの魔界に来てまだ2日目、その魔力や翼の使い方はおろか、この世界のことで知らないことも山ほどある。

 もし今ここで、この森の地理を知る彼女を見失うことになってしまえば、オレはこの深い森の中で間違いなく遭難してしまうだろう。そう、オレがシーラを連れているのではなく、オレが彼女に同行しているんだ……。




 ……しばらく歩いたところで、辺りに樹木があまりなく少し開けたところにたどり着くと、手頃な場所と判断したのかシーラはピタリと立ち止まった。


「ではトシオ様、今から戦闘訓練を始めます。そして今夜、氷獄圏コキュートスの街タチハコにいる髭男爵バッカスケス大佐を襲撃し、捕われている魔族の女たちを解放します」

「よぉし……オープニングが終わって、ようやく戦闘チュートリアルって訳だな」


 自分の力を思う存分に試すことができるこの機会。そして来るべき実戦は、雑魚などではなくあのゲス大佐というボスを控えているんだ。

 訓練とはいえ、ここでものにできないとオレはボス戦で見苦しい姿を晒してしまうことになる。

 子供のシーラでもこんなに可愛い魔族だ……そんな美しい成人の魔族美女たちをこれから救出へと向かうことに、早くもオレは妄想を膨らませてワクワクしていた。


「はい、何か嬉しそうですねトシオ様……」

「あぁ、それはそうだろうっ。もうすぐあの髭男爵ゲス大佐にひと泡吹かせてやるんだぞ……そして美しい悪魔っ娘――」


 ハッ……!?


 その時……オレの隣で手を繋いでいたシーラが、子供とは思えないほど恐ろしい眼差しと薄暗い表情で、ジロリとこちらを見ていた。

 大魔王オレの背筋が一瞬にして凍りつく。

 これこそまさに悪寒というやつだ、思わず息をするのを忘れ……いや、止まってしまった。

 一体その目は何を物語っているのか、その少女の眼光には何か狂気じみたものさえ感じられる。


「コホンッ……いいですか、それでは改めて戦力の概念と敵のレベルを再確認します。えっ……と、描いて表すとぉ……」


 ――ブウゥゥン……!


 シーラは地面に向けて青く光った手をかざすと、そこに文字が浮かび上がった。

 魔力を使い地面などに手をかざしてイメージすることで、物体などに文字や模様を描くことができるらしい。

 だが、それも数分で効果は消えてしまうため手紙などの文章を書く際は、布切れに羽ペンを使うのが一般的なのだそうだ。


【戦力】

 体力:生命力と素早さ

 筋力:物理攻撃と物理耐性とスタミナ

 魔力:魔力攻撃と魔力耐性と魔力量

 これら総合した力のことを〈戦力〉と言う。

 また、生命力とスタミナと魔力量を総称して〈生体エネルギー〉と呼ぶ。


【敵Lvの目安】

 魔界7圏の管理者、勇者たち七勇士

 Lv60~80?


 他一部亜人と軍隊やギルド組合の人間

 Lv30~59?


 一般的な街の住人

 人間貴族や亜人商人、農林水産業の魔族など

 Lv0~29


「そしてトシオ様は現在Lv10程度、これに日没後のLv+30相当の戦力上昇補正を加えるとLv40になります。もちろん、わたしとナナちゃんも各々加算されます。わたしが調べた情報だとバッカスケス大佐のレベルは、Lv40~59の間くらいと思われます」


 やはり、そのくらいの強さなのか……。

 ゲス大佐は七勇士そのものではない、とはいえ相手は仮にも氷獄圏のNo3だ。それに匹敵するほどの力を有しているとすれば、そのくらいになるか。

 このオレは学生時代の思春期に、少しすさんでいた時期があったが、自ら進んでケンカを売るというようなことはなかった。

 まぁ、腕に覚えがあるというほど自分を強いと思ったことも無いが、実は一時期に少しだけその手の技術を習っていたことがある……。


「どうだ、勝算はありそうか?」

「うぅ……ん、実際にこれから身をもって確認し、トシオ様の戦力を見てみないと分かりませんが3……いや、どうにか2対1で対峙することができれば、何とか勝てるかもというところでしょうか。ただ戦力よりも重要なことは、警備兵たち敵勢力の数が問題です。どれだけ兵たちを分散させてこちら側が有利に持ち込めるか、後はわたしたちの戦略とテクニック、そして戦闘センス次第ですかね」


 確かにそうだ……たとえ1個人としての戦力がどれほどあろうと、そもそも相手に数で任せた暴力で待ち構えられていては、ゲームやアニメでも無い限りこれに打ち勝つことなどできはしない。

 戦略とテクニックと戦闘センスか……そこにオレが学んでいた技術とネトゲでの攻略知識。そして、どんなものかはまだ分からないが、オレの属性魔力をこれから把握しそれをどう活かせるか……。

 これから始まる彼女との戦闘訓練の中で、オレはそれを確かめることで見極めるんだ。

 まるでオレの決心を待っていたかのように、シーラが地面に魔力で描いた文字の効果時間が切れ、スゥッと消えていった……。


「これからわたしは、この森の奥深くへと逃げ込みます。トシオ様は後を追いかけ、その力を存分に使ってわたしを捕まえてみてください」

「あぁ、つまり戦い有りの鬼ごっこ。過激な警泥けいどろみたいなものだな?」

「そんなところです。少し休憩を入れたい時などのために、待ったは有りとしましょうか。では、昨日トシオ様が覚醒した時のことをよく思い出しながら、うんK座りに構えて魔力を解放してください」


 うんK座りって……いや、分かりやすいけど、美少女が言うセリフでは無いと思うのだが……。

 前回の時はシーラの家……オレもすっかり気に入ってしまったあのログハウスを壊してしまった。

 トラウマとはいかないが、またあれほどの魔力を解放することに少し引け目を感じる。

 まぁ、そのためにこれだけあの家から離れたんだ、さすがに大丈夫だろう……。


「じゃあ、魔力を解放するぞっ」

「はいっ、ですが今回は魔力をすべて吐き出すのではなく、自分の肩甲骨の辺りに力を留めるイメージでやってみてください」

「なに? あ……あぁ、分かった。やってみる……」


 この魔界で自分の魔力を解放するのは、まだ数え切れるほどしか無い……だが、昨日オレは防御魔法までは使うことができた。

 オレはもう一度あの時の感覚を思い出し、うんK座りに構えて力を込める。そう、たしかシーラは魔力や魔法は想像力でもあると言っていたな……。


 ……すると肩甲骨の辺りが異常に熱くなり、肩から銀色の光があふれでる――。

 そして、昨日のように森の木々がガサガサと揺れてザワつき出し、地の底から沸き起こるような衝撃に足元の地面が震え始めた……。

 この魔力を解放する時の感覚というのはおもしろいもので、自然と気分も高まる。


「トシオ様ぁっ。一気に吐き出すのではなく、自然と肩で呼吸をするように、そこに力を留めるんですっ」

「ふうううぅぅぅ……」


 肩で呼吸をするイメージ……。

 その方法は、腹式呼吸ならぬ肩式呼吸とでも言うべきか……やがて止めどなく肩からあふれでていた銀色の光が、凝縮したように均一に留まり始め激しく静かに高ぶり始めた。

 ちょうどライターの炎が、ガスバーナーに変わったような……そんな感じだ。それも先ほどとは違って周囲の木々や地面がざわつくことはなく、辺りは静寂に包まれている。


「いいですよ、さすが飲み込みが早いです。さぁ、わたしは森の中に逃げ込みますので捕まえてください。あっ……ちなみに属性魔力ですが、トシオ様はおそらく〈完全なる闇属性〉です。攻撃してきてもいいですが、相当危険だと思いますので注意して使ってくださいねっ」


 え……? そう言うとシーラは片目でウィンクし、いつぞやのように120kmくらいの速度で、森の中へと突っ込んでいった――。


「ちょっ……いまそれを説明するのかぁ?」


 しかも、それだけって……すでに彼女の姿は視界から消えてしまった。

 だが、確かにシーラの気配こそ感じられないが、肩の辺りに何か触覚器官アンテナが付いているのか、彼女の魔力の波長のようなものをたどるようにかすかに感じ取ることができる。

 そして、オレは自分の肩から激しく静かにあふれでる銀色の光を見回しながらふと思った。

 完全なる闇属性……だと?

 よくある勇者様のアニメやゲームでは、大抵どれも光属性だの聖属性だのがテンプレで、飽き飽きしていたものだ。

 大魔王に闇属性か、このオレにおあつらえ向きじゃないか……おもしろい。


「くっくっく、シーラよ……お前が最高位と絶賛してくれたルシフェルの力、とくと見るがいいっ」


 大魔王オレはシーラの魔力をたどり、地面を蹴って森の中へと駆け出――ッ!?

 その時である。オレは本当に自分が、今や人間からもほど遠くかけ離れてしまっていることに改めて気がついた。

 それほど思い切り力を入れて足を踏み込んではいないはず。なのにどういう訳か、走っている今の自分のスピードは、先ほどのシーラに負けないくらい突風のような速度で、尻に……いや肩に火が付いたように森の中を突き進んでいたのだ。

 こんなスピードで森の中を駆け回ると、普通なら周りの木々に衝突するのではないかと思う。

 だが、不思議と目の前の視界はゆっくりと流れ、葉っぱや草花が顔や足に触れる感覚が、1つ1つはっきりと手に取るように分かる。しかもその身は羽根のように軽い。

 なるほど……これは実におもしろい。


 ……しかし、予想以上にシーラは速かった。

 何とか彼女の魔力をたどり、ようやくその姿を確認できるところまでは追いついた。

 だが、その走り去った跡には青色の筋のようなものが見えるのと、わずかに葉っぱがヒラリと舞い草花が揺れるだけ。一向にその距離を詰めさせてはくれない。

 ちいっ、シーラめ……おそらくこの距離に追いつかせるまでは加減していたな。

 こうなれば仕方が無い、危険だと言う話だったがオレも加減してこの魔力を放つのなら、彼女をケガさせてしまうことも無いだろう。

 元よりあんなあどけない悪魔っ娘の魔王少女を、本気で攻撃するつもりは無いがな。


 オレは肩甲骨に感じる魔力を意識し、シーラが走る少し先の方へ向け見よう見まねで、銀色に光る片手をそっとかざしてみた。

 すると大魔王オレの5本の指先から、銀色に光る魔力弾が連続して勢いよく放たれる――。

 そして彼女の走る先の木々に命中すると、その樹木たちがメキメキッと音をたて、シーラの行く手を遮ろうと次々に朽ち倒れていく。


「わぁっ、ととと……」


 狙い通りにバランスを崩したシーラは、その驚異的な速度をガクンと落としオレが届く射程距離に入った。

 よし、行ける……?

 大魔王オレはそのスキをついて地面を力強く蹴り込み、狙っていたネズミを捕らえる猫のように彼女の身体に背後から飛びかかった――。



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