9話 魔族解放計画
「とはいえ……人間たちもこの戦力上昇補正については知っていて、夜間の警備にはそれなりに多数の人員が配備されています。たとえ夜襲だとしても……今のトシオ様では消滅してしまう危険性があるので、考えなしではあまりに無謀なんですよ」
またもやシーラがオレを引き止めてくる。
確かに彼女の言っていることは分かるし、この襲撃計画に賛成なら同意した上で意見を言ってくれるならありがたい。
しかし、なぜ頭の切れるこの子がこうも必要以上に反対するのか、オレは少し不思議に思っていた。
シーラの話し振りには、一見この襲撃計画に賛成ではあるようだが、これまで以上に否定的なことをあえて突き付けてきている気もする。
よく女性が本音をそのまま伝えず意図的に隠し、言葉の裏側の真意に気づいてもらいたい……そんな感じの独特な言い回しが、女心には
シーラの意見を今一度思い返してみる。
たとえ魔族たちに種族優遇補正がかかる夜でも、多数の人員が配備されているから攻略が難しい……。
たしかゲームとかでもこういう状況の時、リアルでは自分が得ることのできなかった何か対抗策があったのはず。アレは一体何だったろう……オレが
すると、シーラがヒントになるようなことを投げ掛けてきた。
「トシオ様は、わたしたち2人……いや、ナナちゃんを含めてもたった3人だけで、この広大な魔界その支配体制の上に君臨し、魔族を虐げている人間たちに対抗することができると思いますか?」
ハッ……!?
そうか……そう、それだっ。
つい気持ちばかりが焦ってしまい、すっかり忘れてしまっていた。地球のネトゲMMOでも、オレがまさにいつもそう思っていたことじゃないか。
そう……この異世界では人間たちの敵であるオレたち
しかも、ここはゲームではなくリアルだ。まだそのレベルも低い内から、アニメのように無双し一騎当千できるという確証もない。
いや、そればかりか相手の七勇士たちはこの魔界をクリアしたほどの強さ、要は自分よりもずっと上のレベルだということになる。
オレはスッと目を閉じ、かつてやり込んだあのネトゲを思い出す……そして、自身がプレイヤーとしてゲーム内でフレンドや仲間たちと、その攻略方法を次々と編み出していったように、ごく自然と言葉が出てきた。
「仲間の絶対数だな。しかも圧倒的に劣勢な上、このオレはレベルも低くまだ戦闘経験すら無い……」
「そうですっ、よく気づいてくれました。分かってもらえたところで、ここからはわたしの推測もあるんですが……魔界7圏の現管理者たる勇者たち七勇士のレベルは、おそらくLv60~80くらい。他一部の亜人や中規模の街の軍隊、そして〈ギルド組合〉の人間などでも、多分Lv30~59程度はあると思われます」
Lv60~80っ? その他の手練れでもLv30~59……だと?
てんで桁外れじゃないか……どうやら本当にこの魔界は、今やそう簡単に覆すことができない状況に陥っているようだ。
そして、天才少女シーラから見た敵勢力の強さ……その推測におそらく間違いはないだろうが、勇者たちはおろか軍隊やその人間たちが、こうも軒並み高レベルとは……おまけに〈ギルド組合〉だと?
予想以上の無理ゲーな展開に、オレは思わず絶句した。
【ギルド組合】
軍隊とは違った組織で、市民や時には圏管理者から雇われ、個別に局地的戦闘においてその情報収集や、様々な工作活動などを請け負う民兵たちの戦闘機関。
しかし主にそのメンバーは、引退した元軍人や歴戦の猛者などで構成されるプロの武装集団だそうだ。
この魔界をクリアし、人間たちで支配するくらいだ。そう考えると、正面からまともにやり合って勝てる相手では無いかも知れない。
その髭男爵のゲス大佐も、勇者たちに属する有力な人物というように、その仲間の1人であるということは、少なくとも軍隊やギルド組合その中でも上の方、いやそれ以上か……?
しかも軍人ということから、騎士などの軍隊がおまけで付いていることを考えると、人数的にもオレたちが勝てる望みは薄い。
今の自分のレベルは、第二覚醒を終えたばかりでLv10程度、それに対しシーラも今のレベルはそれほど高くないとだけ教えてくれた。
そうすると、いや待てよ……今一度冷静になり、頭の中で互いの戦力を計算してみる。
これに夜のLv+30相当の戦力上昇補正を足すと、Lv40くらいにはなるじゃないか。
これなら、後は戦闘経験さえ積めば多少レベル差はあっても、太刀打ちできそうな気がする。
ゲームでも、敵のボスの方がユーザーよりも多少レベルが上であることは多いし、余程その差に開きがなければ勝てなくは無いはず……。
「さて……後は仲間、だな……?」
「ですよね……そこで、この魔界7圏に潜伏している72柱の魔王や、残り6人の七獄魔王たちがわたしたちの味方にいるんですっ」
それは頼もしい限りじゃないか、割りといけそうだと思えてならないぞ。
さながら、魔王RPGの仲間集めというところか……。
この沸き上がる高揚感は、まるで公開されることを楽しみにずっと待ち焦がれ、発売されたばかりの新作ゲームを早速始める時のような……そんな感情に再びオレは包まれた。
「そうなんですが……かといって、その全員が仲間になってくれるかは分かりません。あ、拒否されるという意味では無いんです。彼らの中には人間たちにひどい仕打ちを受け、洗脳や服従されている者もいるからなんですよ……」
そう言うと、シーラは少し悲しそうな表情で下をうつ向いた。
そんな……こともあるだろうな。なんせここは現実のリアルダークファンタジー。
ゲームのように倒されても、時間が経過すればそのままの強さで復活、なんてリスポーンされることは無いんだ。
まぁ、レベル0から出生地に復活するらしいが、それはすなわちゲームオーバーを意味する。
これから出会う他の仲間の魔王たちも、無事に合流できるとは限らないだろう。
しかも相手はあの勇者たち、もしかすると奴らに狩り尽くされてしまった……何てこともあるかも知れない。
だとすると、このオレはどうやってレベルを上げたらいい。こういうのは最初の村とかの近くに、スライムとかゴブリンみたく弱いMOB(雑魚敵のこと)が出没してくれないと、レベル上げも苦労するぞ。
というか……そういう彼らは魔獣で、今やオレたちと同じ魔族の仲間ということになるのか?
ッ――!?
そうかっ……それでようやくオレがこの魔界に呼び出された状況が見えてきたぞ。
シーラが
頭の中で、ある1つの答えにたどり着いた。オレはそれを確認するため彼女にこう尋ねた。
「魔界を再び魔族の手に取り戻す――これは文字通り勇者たち七勇士を打倒するという意味。だが、現在の体制から魔族を解放する――これは、魔族全般の解放ともう1つの意味は、仲間の魔王たちを救出し解放してくれという意味でもあったんだなっ」
「はい、そうですっ。まさにその通りなんですっ。魔界の
なるほど、あれほどオレの奮い立とうとする気持ちを逆撫でするような反対は、やはりそういうそういうことだったのか……。
シーラは地球の文献を目のあたりにし、最近のアニメやマンガで、チート設定の主役や初めから最強というような主人公が流行っていることを知った。
こういったことから、現在の危機的な逆境に立たされている魔族たちの状況に、地球から召喚されたオレが怖じ気づくようなことが無いかが心配だったらしい。
なるほど、確かに最初はオレもこの魔界の状況に戸惑いはした。
しかし、ダークファンタジーも魔族も好きで中二病な人生負け組のこのオレが、その状況に燃え上がらない訳が無いだろう。
だが、驚かされたのはシーラのその洞察力……彼女が天才児であるということを、オレは改めて思い知らされた。
そして、シーラと魔族解放計画について長年に渡り立案していたという、某スパイ映画の俳優を連想させるそのレイ爺さんという人物。
ムキムキマッチョで七獄魔王の1人とは言っていたが、聞く限りシーラにも匹敵する頭脳を持っているようだ。
後で説明すると言う話ではあったが、いよいよ気になって仕方が無いぞ。
「そのレイ爺さんという魔王のことを教えてくれ……黄泉圏ヨミの魔都、
「はい、そろそろ話しておかないといけませんね……わたしたちと同じ七獄魔王の1人でもあるレイ爺は、その真名をラース=レイ=ジール=サターンという〈憤怒の魔王〉にあたります。そして〈魔族四大老〉の1人でもあるんですよ。あ、ちなみにわたしのお祖父さんな訳ではなく、ムキムキマッチョな強面お爺さんだったのも、実は数十年前の話です。なので……今はどんな顔をしているのかも、まだ会ったことがないので分かりませんが」
魔族四大老……たしか魔界が危機に瀕した際に、特に重要とされている4人の重鎮で、大魔王召喚やルシフェルの転生者を高確率で呼び出す方法について、何か重大な秘密を知っているらしいという人物だったが……。
そしてその方法のことは、シーラはまだ幼いからという理由で、詳しくは知らされていないと言う話だった。
いや待てよ……レイ爺さんがシーラと通じているということは、ひょっとしてオレが呼び出された今回の召喚。これは彼女が言ったようにランダムな確率などではなく、何者かに意図されて召喚されたことなのか、例えばこのナナコ……?
気がつくとオレの膝元で、またいつの間にかナナコは大の字で仰向けになり、何食わぬ顔で気持ち良さそうに寝転んでいた。
いや、まさかな……考え過ぎか。もし仮にそうなら、シーラもその秘密のことを知らされているはずだ。
それよりも気になるのはレイ爺さん、ムキムキマッチョな強面お爺さんだったのは数十年前の話という過去形だったというところだが……それってまさか、数十年前の大戦で戦死した……とか?
「シーラ。そのレイ爺さん、もしかすると数十年前の大戦で……輪廻か消滅してしまったのか?」
「トシオ様さすがですっ。早くもこの魔界の世界観への理解が追い付いてきたようですね。レイ爺は前世その最盛期には魔界の軍神と呼ばれ、数十年前の大戦の際にも老体にムチを打ち最高司令官をしていましたが、大戦中に寿命が来てしまい輪廻してしまったんです。しかし、輪廻後もその記憶を引き継いでいて、手紙での語り口調もあの時のままだったもので、つい以前のままそう呼んでいるんですよ」
見た目はシーラの方が子供だが、天才と呼ばれているこの魔王少女に褒められると、何だか嬉しくて気分がいい。
これも帝王学的な意味で、人の扱い方が上手いということかも知れないが、一見無垢な天使のような要素もあるこの少女。
そのどこまでが計算されたものかは分からないが、それは聞くだけ野暮というものか……。
しかし、これでやっとそのレイ爺さんの雰囲気や人当たりが何となく分かってきたぞ。
こうして、シーラは勇者や魔界の状況、他魔王たち仲間の行方や大魔王召喚のタイミング、そして魔族解放計画について、この
だが待てよ……さっきから気になっていたが、レイ爺さんと連絡を取り合っているはずのシーラが、大魔王召喚の秘密を知らされていない。このことから、オレは真っ先に詐欺を疑った。
「一応聞くんだが、他の人物がそのレイ爺さんに成り済ましているということは考えられないか? 地球ではオレオレ詐欺という、騙しの手法が流行っていてな……」
「ふふふ……そのような手口があることは、わたしも知っています。今回は疑いの余地はなく大丈夫ですよ。何しろこのプルーソンは、以前からレイ爺の直属部下で忠実な親衛隊長……これでも元72柱の魔王〈第20柱の魔王〉なんです。この子が間違うことはありませんし、たとえ強制されてもしないでしょう。それに洗脳されている感じもありません」
えっ……このライオンのグリフォンみたいな小動物が元72柱の魔王の1人、第20柱の魔王だと?
オレの隣のイスに鎮座し、何を考えているか分からないその猛禽類の眼光をオレは見つめ、かつては元魔王だったというイメージを想像してみる……。
一体どういう姿をしていたというんだ……オレはできることなら、一度お前とも話しをしてみたかったぞ。
そんなことを考えていると、プルーソンはバサバサと翼を広げ、まるでそれに答えるかのようにまた例の不思議な鳴き声で叫んだ。
『パペ、サタン……パペ、サタン、アレッペ!』
「ふふふ……ルシフェル様の生まれ変わりで大魔王のトシオ様が、こうしてこの地にやって来てくれたことで、この子も話しに加わりたい様子ですね」
「なぁ、シーラ。プルーソンは以前どういう姿をしていたんだ? そしてなぜこんな小動物の姿に?」
悔しい……そして、話ができないというのもまた歯がゆい。
彼プルーソンが、もし健在な姿でいたならば、ここにはもうすでに3人の魔王が揃っていたはず。
一体この彼に何があったというんだ。
プルーソンの方を見つめ、在りし日の彼の姿を思い返すようにシーラは静かに口を開く。
「はい。これはレイ爺から教えてもらった話なんですが……あの大戦後、プルーソンは輪廻後の幼いレイ爺をすぐに捜索しこれを保護。数人の仲間とともに身を隠していたそうです。しかし、ある日そこで運悪く〈魔王狩り〉に遭遇してしまい、その時に未熟な子供の姿だったレイ爺を、七勇士たちの術から守った際このような小動物の姿に変えられ、今では魔力さえ封じられてしまったそうなんです。これでも以前はレイ爺にも劣らない筋肉質な男性で、獅子型獣人タイプの屈強な魔人だったんですよ……」
【魔王狩り】
主にギルド組合や軍隊、時には七勇士たちも参加して行われる対魔王掃討戦。
その人選には、特に選りすぐりの猛者たちが一同に結集し、少数の魔王に襲いかかることで人間たちが互いの武勇を示す際などに行われ、人間にとっては昇級試験やある種の祭り事のようなイベントとして認知されている。
だが、両者の戦力に差があり過ぎる場合それは称賛されることはなく、もはやイジメや集団リンチに他ならない。
「そして、知能も低くなってしまった今では、レイ爺が何とか仕付けて覚えさせた、この言葉しか喋れなくなってしまったそうです……」
シーラは、悲しげにそう話を締めくくった。
かわいそうに……話からしてこのプルーソンも忠義あふれる頼もしい魔王だったのだろう。
レイ爺さんといいその親衛隊といい、マッチョばかりで凄く暑苦しそうな面々を想像するが……。
それにしても魔王狩りって、ゲームでいう〈レイド戦〉みたいなものか? リアルに聞くとかなり酷な話だな……それもやはり多勢に無勢か。
しかし……カッコいい話じゃないか、その意気込みや良し。
その壮絶な末路を聞かされたオレは、改めてこの隣に並んでいる元魔王なる小動物の、彼に対するイメージがガラリと変わった。
プルーソン……大魔王のオレから、その散り際の美談には見事と言わせてもらおう。
「1つ気になっていたことがあるんだが、この言葉〈パペサタンアレッペ〉というのは、どういう意味があるんだ?」
「はい。パペ、サタンが、サターン伝言。パペ、サタン、アレッペが、サターン伝言だよ。ですっ」
「メール着信かいっ」
――バサバサッ!
魔界解説文書の説明が終わり、シーラはレイ爺に向けて返事を書いた布切れを、プルーソンの脚に結び付けた。
「これ、悪いやつ……いや、人間たちに撃ち落とされたりしないか?」
「大丈夫です。プルーソンはこれでもまだ通常の魔獣よりも戦力は高い方なんですよ。それでは、がんばってレイ爺に届けてくださいっ」
彼女はプルーソンをその細い拳に乗せ、玄関先へと歩みだした。オレとナナコもそれに続き一緒に付いていく……。
これから彼プルーソンは、この奈落圏から黄泉圏の
このような姿となってもなお、主であるレイ爺さんに対する誇らしい忠義を貫こうとする彼の心を、オレは確かに感じ取った。
「気をつけて行ってくるんだぞ」
「ばいばぁいニャアァ」
シーラがプルーソンを乗せた拳を、勢いよく振り上げると、プルーソンはその勢いのまま力強く翼を広げ、青く晴れ渡った大空の
――バサバサッ!
『パペ、サタン……パペ、サタン、アレッペ!』
アレをずっと叫びながら飛んでいくのか、やはりどうみても異様だ。
さすがに奴らにもバレそうなものだが……。
「そういえばシーラ、レイ爺さんの手紙には何て書いてあったんだ?」
「はい、大魔王級の召喚に成功したみたいじゃが、どんな人物じゃぁ……って、そんな内容ですよ」
「本当にメール便だな、こりゃ」
「「「わっははははははは」」」
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