第4話

 それから、そいつの説明が始まった。何でも、病名は明かせないが、そいつは生まれた時から病気持ちで、今まで生きてこられたことも、奇跡に近い、らしい。

 「でも私、後悔したくないんです。私たまたま、牧野さんの写真を見て、『これが私の生きる目標だ。私は死ぬ前に、こんなきれいな写真を、撮ってみたい。』そう強く思いました。

 だから、これからも私と一緒に、理想の写真、追求してくれませんか?」

そう言うそいつの顔は屈託のない笑顔で、俺は、胸が締めつけられそうになりながら、こう言った。

 「あったり前じゃん!俺とお前との仲だよ?今まで、お前のことウザいって思ったこともあったけど、やっぱり、俺はお前と一緒にいて、楽しいよ!」

俺は努めて明るくしようとしたが、やはり、こみ上げてくる涙を、抑えることができない。

「ちょっと、何泣いているんですかあ~?」

そう言うそいつの目にも、涙が見える。そして俺は、こう言った。

 「俺は、お前と出会えて、一緒に『理想の写真』を追求できて、本当によかった、って思ってる。お前はちょっと自慢しいな所があるけど、本当にいいヤツだ。そして、お前は…、

 俺にとって、かけがえのない人だ。

 だからこれからも、よろしくな!余命宣告なんて、当てにならねえよ。だから、本当にお前が納得のいく写真が撮れるまで、俺は諦めねえから!」

 俺はそいつに、ありったけの想いを伝えたつもりだ。でも、俺は「好き」の2文字を、伝えることができなかった。それは、俺のその告白が、そいつを縛ってしまうかもしれない、そう思ったからだ。

 「ありがとうございます、牧野さん!そうですね。これからも、よろしくお願いします!

 あと、もしかして私のこと、好きになっちゃいました!?」

「い、いや、そういうのじゃねえから…!」

俺は赤面しながら、そう答えた。その顔で、俺の本心は、そいつに伝わっただろうか?…それは分からないが、その後そいつは、俺にこう言った。

 「じゃあ今から、病室を出て、改めて2ショット写真、撮りましょう!

 『これからもよろしく』、ってことで!」

「OK、了解!」

そう言い合って俺たちは、病室を出た。

 

 「でも私、そうは見えないかもしれないけど、今までずっと、怖かったんです。『私、死にたくない…!』正直私、今までそんなことばっかり思ってたんです。

 でも、こんな気持ち、他の人には言えなくて…。だから私も、こんな私を受け止めてくれた牧野さんには、感謝しています!」

そう言うそいつからは、さっきよりも大粒の涙が流れていた。そして、病室を出ていた俺たちは病院の外の敷地まで行き、2人とも泣きながらの、2ショットを撮った。


 そいつが息を引き取ったのは、その年の12月のことである。

 それは、どんよりとした雲が覆った日で、写真撮影には適さない日だ。

 ―よりにもよってこんな日に、あいつが死ぬなんて…。

 俺は、深い深い悲しみに沈みながら、ふとそんなことを思った。

 そして俺は、そいつの告別式に、参加した。そして式が終わった後、俺は初めて会ったそいつの両親から、ある手紙を渡された。


 ―拝啓 牧野高志様

 私、手紙を書くの、はっきり言って苦手なんです。でも私、私の本当の気持ちを、あなたに伝えたいと思って、書くことにしました!

 あと、これを読んでるってことは、私はもう、この世にはいない、ってことですね。牧野さん、是非とも悲しまずに、読んでくださいね。

 繰り返しになりますが、今まで私と一緒に「理想の写真」を探してくれて、ありがとうございました!私、牧野さんとはほんの数ヶ月、一緒に過ごしただけでしたが、その数ヶ月、本当に楽しむことができました!

 それで、気になる「理想の写真」の結果発表ですが…、

 何と、候補が2枚もあります!

 まず、1枚目は、2人で初めて撮った2ショット写真!あの時は、ほぼ初対面だったから、私緊張したなあ~!(こう見えて私、緊張しいなんです!)

 そして2枚目は、病院の外で泣きながら撮った、これまた2人の2ショット写真!あの時はホント、2人でよく泣きましたね!

 …何か、ベタなチョイスですみません。それに、写真の技法とかいろいろ教えてもらったのに、これじゃあ意味ありませんね…謝ります。

 でも、それだけ、私にとって牧野さんは、かけがえのない人でした。

 あと、私、気になることが1つあります。2人での泣きながらの2ショット写真を撮る前、私が、

「あと、もしかして私のこと、好きになっちゃいました!?」

って訊いた時、牧野さん、少しだけ顔が、赤くなってませんでしたか?これってもしかして…って、私は思ったんですが、それは私の気のせいかな?

 何か追及するようで、すみません。…なので私も、こう言っておきます。

 たぶん、おそらく、私も牧野さんと、おんなじ気持ちでした!

 それで、私たちのベストショットなんですが、これは候補の2枚から、牧野さんに選んで頂きたいと、思います!

 では、この辺で失礼します。

 藤野智子―


 ―やっぱり、バレてたか。

 俺は1人でそいつのことを思い返しながら、そう思った。そしてその瞬間から、俺の中の「ベストショット」は、もう決まっていた。

 まず、候補の1枚目。それは俺がそいつのことを好きになる前に、撮った2ショット写真だ。そして、俺たちの始まりの1枚―。それはそいつにとっては思い入れのあるものらしいが、残念ながら却下だ。

 そして、2枚目。それは、そいつが病気のことについて教えてくれた直後に、泣きながら撮った1枚―。そして、その時俺は、そいつのことを好きになっていた。

 そう、この1枚こそが、俺たちにとっての「ベストショット」だ、俺はそう思う。

 そう思いながら式場を後にし、家に帰った俺は、改めてその「ベストショット」の入ったデータを、パソコンで眺めていた。

 よく見ると、2人とも泣いているせいか、はっきり言って顔が「不細工」に写っている。

これは、例えばコンテストに出品しても、おそらく落選するだろう、そんな出来ばえの「作品」だ。

 でも、それでも、これは俺たちにとって、ベストな1枚だ。この写真には、俺たちの短い歴史、「理想の写真」、「ベストショット」を追い求めた日々が、詰まっている。

 そして俺は、今は天国にいるだろうそいつに、心の底から叫びたくなった。

 ―智子、俺は楽しかったよ。

 今まで、本当に、ありがとう!― (終)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ベストショット 水谷一志 @baker_km

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ