第7話 宿

「ねぇ、南雲……。どうしよう………」

 そう言って部屋に入ってきた鶴岡は、バスタオルを巻いただけのあられもない姿だった。

「どぅお!?どどどど、どうしたんだそんな格好で!?」

 こいつ本当に、俺に欲情して欲しがってるのか?


「ば、バカ!こっち見るんじゃないわよ!」

 そう言って鶴岡は、くるっと後ろを向いた。

「お、お前が急にそんな格好で入ってきたんだろ!?」

「だ、だって、仕方ないじゃない!」

「何が仕方ないんだよ?」

 どんな理由があるにせよ、嫌いな男の前にバスタイル一丁で現れることはないだろう。


「だって・・・・・・服がないんだもん」

「ふ、服?」

「あんたが倒れたから急いで、この宿に来ちゃったせいで、着替え買えてないし」

 そっか、俺が無茶しちまったせいで、武器や防具以外は何も買えてないのか。

「男はいいわよね、さっきまで着てた服もう一度着ても気にならないんでしょ?」

「まぁな」

 実際に俺は、ずっと着ていた制服を着ている。

 そういえば、この服血ついてたりして汚れてるな……。

「そのままじゃ、風邪ひくからこれでも着てろ」

 そう言って俺は、椅子に掛けられていた鶴岡のローブを手に取り、肩からかけてやった。

「え?」

「俺のせいで買い物できなかったわけだしな。買って来てやるよ」

 部屋の窓から下をのぞくと、幸いにも外はまだ賑わいをみせている。

 俺はアイテムポーチを腰に巻き、部屋を出た。


 街は活気に満ちていた。

 おそらく、夜市が開かれてるのだろう。串焼きや地ビールが飲める屋台などが開店していて、酔っ払った勇者や鍛冶屋のおじさん風の人が町を歩いている。

 そんな街をずっと抜けて、俺は服が買える店を探した。


 ひたすらに歩き、宿から遠く離れたところにある一軒の店が目に留まった。

 相変わらず看板の文字は読めないが、扉の前にはマネキンが置かれてあり、服が着せられている。おそらく服を取り扱っている店だろう。

 俺は恐る恐る扉を開けて中に入る。

 店内は、複数の棚があり所狭しと衣服が並べられていた。店自体はそんなに広くなく、一般の家庭で営業しているような規模だ。


「いらっしゃいませ」

 店の中を少し歩いたところで、声を掛けられた。

 横を見ると、一人の女性が近づいてきた。

「何か、お探しのものはありますか?」

 女性は、緑を基調とした和服を着ている。しゃべり方も上品で、気品に満ちている。

 なぜ、和服がこの世界に存在するのだろうか…?

「えっと、寝間着を探して入ってきたんですけど、ここは服屋さんで合ってますか?」

「はい、そうですよ。この店では、世界各国から衣服を取り寄せています」

「じゃあ、その着物も?」

「いえ、この着物は、友人から頂いたものです。ですが、どこを探しても見当たらないのです」

 着物といえば、日本の服じゃないか。

 ということは、店員さんの友人は日本人ってことになるのか?この世界で見当たらないってことは、そういうことじゃないのか?

「えっと、それは多分俺の国のものです」

「まぁ、そうなのですか!」

「はい。地図にも載らないような国なので、見つからないのかと」

「あら、それは残念だわ」

 ということは、この世界に一人は日本からやってきた人がいるということか。その人に合うことが出来れば、この世界から抜け出す方法が得られるかもしれない。

「あの!そのご友人は今はどこに!?」

「ふふふっ」

「え?」

 女性はいきなり、微笑み始めた。

「情報を得るには対価が必要ですよ?」

「た、対価……ですか?」

「ええ。このお店で、何かを買っていってくれたらお教えするわ」

「な、なるほど」

 なんだ、そんなことか。服を買いに来たわけだし、俺としては好都合だ。

 それにしても、武器屋の店主といい、この世界の人は商売上手だな。


「そういえば、お客さんは寝間着を探してらっしゃいましたね。見たところ、今着てらっしゃる服もボロボロの様ですが、普段着も購入されてはどうですか?」

「あぁ、えっと…俺の服じゃなくて、連れの女性用の寝間着が欲しいんですけど…」

「まぁ!彼女さんの服をお探しなんですね!でも、彼女さんがいらっしゃるなら、その服では嫌われてしまいますよ」

「か、彼女なんかじゃないですよ!一緒に冒険してるってだけで…」

 それに、既に嫌われてるし。

 でも、さすがに俺もずっとこの服のままっていうのも嫌だな。


「お買い上げ有難う御座います」

 結局勧められるがままに、3着も購入してしまった。

 鶴岡の寝間着、これはピンクを基調として綿のような素材で出来ている。

 俺の寝間着、こちらは青色を基調として同じく綿のような素材でできた薄手のものだ。

 そして、俺の冒険用の服、俺の場合は防具が着用出来ないので動きやすい方がいいだろうと思い、ジャージのようなもの。これは試着してみたが、もろジャージのそれだった。

「あの、さっきの情報を……」

「そうですね。彼女の名前は、芦屋夏芽里あしやかがりといいます。彼女は、冒険者としてこの街にやって来ました。そこで、私と出会い仲良くなっていったのですが2年前に出て行きました。出て行くときに、サイバトラスという港町に向かうと言っていました」

 なるほど、港町に行けば様々な情報が得られるってことか。

 こうなったら、明日にでも地図を買って向かわないとな。そして芦屋さんの情報を得て、彼女を探さないと。


 俺は買った衣服を手に足早に宿へ向かった。

 宿に帰って部屋の扉を開けると、

「お、おかえり」

 扉を開けてすぐ側で鶴岡が待っていた。

「お、おう、ただいま」

 こいつ、ずっと俺のこと待ってたのか?

「ほ、ほら、買って来てやったぞ」

 そう言って俺は、買ってきたばかりの寝間着を渡した。

「ん、ありがと」

 鶴岡の素直なお礼に不覚にもドキッとしてしまう。

「あ、あっち向いてなさい!」

 急に語気を強めて、そんなことを言ってきた。

「なんで?」

「き、着替えるからよ!」

 そう言われたら俺も後ろを向かざるを得ない。

「絶対に振り向かないでよね…」

「見るかよ!」


 衣擦れの音などにドキドキしながら待っていることしばし。

「も、もういいわよ」

 許しを得て、振り返る。

「ど、どう、かな?」

 ピンク色の寝間着を着た鶴岡が少し、自信なさげに聞いてくる。

 ローブを着た時も思ったが、外面だけは美少女だから、ピンク色の寝間着とか似合っているに決まっている。

「に、似合ってるんじゃないか?」

 しかし、素直に答えるのは少々恥ずかしかったので、そっぽを向いて答える。

「そ、そっか…」

 鶴岡はどこか安心したような表情を浮かべていた。

「そ、それより!これからのことを決めるぞ!」

 俺は話題を無理やり変えることにした。


「そ、そうね!で、どうするの?」

 鶴岡も恥ずかしかったのか、話題に乗っかってきた。

「まずは、明日街で必要なアイテムを揃える」

 今日買ってきた衣服類も全部で100コシル程度だったので、十分に買い物をするだけのお金は残っている。

「アイテムをそろえたら、サイバトラスっていう港町を目指す」

「サイバトラス?」

「さっき服屋の店主に聞いたんだが、どうやらこの世界に少なくとも俺以外に一人、日本からやって来ている人がいるらしい」

「え、本当に!?」

「あぁ。で、その人が2年前にサイバトラスに向かったらしい」

「でも、2年前じゃ、もういないんじゃないの?」

「港町には、世界各国から人々が集まるから何か情報を得られるかもしれない」

「じゃあ、その日本人と出会うことが出来たら、この世界から脱出できるかもしれないってこと!?」

「あぁ、そういうことだ」

 まずは何事も行動だ。

 たとえ芦屋さんの情報が得られなくても、この世界から脱出するための有益な情報が得られるかもしれない。


「てことで、明日に備えてそろそろ寝ようぜ」

 と、俺が言うと、鶴岡が露骨に嫌そうな顔をしだした。

 そういえば、ダブルベッドだったか。

「さすがに、一緒に寝るなんて嫌だよな?」

「う、うん。今はまだ………」

「まだ?」

「はっ!?絶対無理!一生無理だから!」

 仕方なくその日は、鶴岡がベッドで寝て、俺は寝間着に着替えて、床に枕を敷いて寝ることにした。



 明日からの冒険に密かに心を躍らせ、眠りに着くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

獲得経験値0で好感度+100 アレクさん @arekusan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ