第80話 強制と安心

 バイト先の清掃中に襲われた。

 刃物を持った年配の女性に腹を斬られた。

「最近、増えているんですよ」

 腹を抑えて、うずくまる私に誰かが話しかける。

「大丈夫ですよ、コレを買いましたから」

 私の目の前に、キャスターの付いた箱が運ばれる。

「それは?」

 私が聞くと、誰かは答えた。

「コレは、ナノレベルで傷を完治させる家庭用医療器です、少し痛いらしいけど、数十分で動けるようになりますから」

 そう言うと、掃除機の先端のようなモノを私の腹に押し付ける。

「待って…嫌だ…医者に連れてってください」

「そんなことできませんよ、お客様目線で考えてください、お客様を犯罪者にするわけにはいかないんで、それに休まれちゃ困るんです、代わりがいないんです」

 ズブッズブッ…無数の針が突き刺されたような鋭い痛みが傷口に走った。

「うううう…」

 呻く私は、それを外そうと箱に繋がるホースに手を伸ばすと、誰かは蹴る様に足で払いのける。

「桜雪さん、おとなしくしてくださいよ、早く清掃してもらわないと部屋を売れないじゃないですか」


 私の腹には、管が伸びる様にズルッ…ズルッ…と傷口から全身に鈍い痛みが襲う。

「早く清掃してくださいよ」


 そう言うと、誰かは部屋を出て行った。

 ゴミだらけの汚い部屋に転がされたまま、私は泣いていた。

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