第70話 氷冷

 学生であった。

 自転車で制服を着ていた。

 私の赤い自転車は冬の街を進んでいた。

 雪は降っていない、同級生が少し後ろを付いてくる。

 自転車のペダルが重い…街は見る間に氷ついていく…自転車のタイヤも氷を剥がす様にベリッ…ベリッと音を立てて進んでいく。

 坂道、登り坂。

 ついに自転車が凍りついてペダルが動かなくなってしまった。

 タイヤが路面から剥がれなくなったのだ。

 私は自転車を降りて、歩き出す。

 周囲を見回すと、街も人も凍りついている。

 私は、やっとの思いで、何かの店に入る。

 何を置いてあるのか解らないが、黒い棚が整然と並ぶ店内。

 その左奥に、中年の男が立っている。

 以前、務めていた会社の先輩、あまり好きではなかった男だ。

「この本を借りて行けよ」

 破れかけた封筒に、小汚いレポート用紙を無造作に入れていく。

 そこらの辺の本を、自分で書き写し、レンタルしているようだ。

 10冊分くらいはあっただろうか、私は2千円を支払い、嫌々借りる。

「この1坪分しか貸してくれないんだ…」

 その男は粗末な机にボロボロのレポートを並べて寂しそうに項垂れた。


 私は暗い店内から凍りついていく街を眺めていた。

 気付けば、誰かの小さな手を握っていた、その手が徐々に凍りついていくことに怯えているのだ。

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