第20話 勉強部屋にレモン
秋も深まった休日の午後。
風間は自宅のダイニングテーブルでコーヒーを飲みながら、特に何するでもなくタブレットでSmartNewsを見ていた。国内と海外のニュースをざっとさらったあと、好きな自動車の記事を見ていたところへ、人の気配がして視線をあげる。
自室で勉強していたはずの亜里沙が、問題集や過去問を胸に抱えてダイニングにやってきていた。彼女は、バンと音を立ててそれらをテーブルに置く。
「……どうしたの」
風間の問いかけに、亜里沙は疲れた様子で、
「次の塾の日までに過去問やってかなきゃいけないのに、全然終わんない。なんかもう、計算ミスばっかして嫌になってくる」
なんて絶望的な声を出した。
高校受験まで、あと3ヶ月もない。塾では毎回、過去問が宿題になっているらしいが、思うように点数が採れず焦っているらしい。
「……ちょっと、休憩すれば? ココアでも淹れてあげようか?」
という風間の言葉に、亜里沙は「ううん」と首を横に振った。
「休んでる暇ない。間違い直しもしなきゃいけないし。あー、もう。早く受験終わんないかな。パパ、タイムマシンつくってよ」
なんて無茶を言う。
風間は苦笑すると、ちょっと待っててと娘に言って席を立った。自室に戻るとアロマポットとキャンドル、それに精油の小瓶を何本か持ってくる。
そしてアロマポットをダイニングテーブルの上に置くと、その上部の皿に水を注ぎ、小瓶から精油を数滴ずつ垂らした。
亜里沙も、隣から興味津々で覗いてくる。
「パパ、今日は何の香り?」
「集中力を高めて作業ミスを減らしてくれるレモンと、記憶力を高めるローズマリー、それに眠気と精神疲労を取ってくれるペパーミント」
「うーわー……めちゃめちゃ勉強させる気満々だ……」
げんなりした顔をする娘に風間は笑いかけると、キャンドルにライターで火をつけて、アロマポットの下に入れる。ポットの中で、赤い炎がちろちろと揺らめいた。
「ここでリラックスする香りとか出して、勉強する気なくなったのパパのせいだ、とかあとで亜里沙に言われるの嫌だもん」
今回つかった精油はどれも揮発性の高い香りなので、キャンドルの火に温められるとすぐに香りが立ち上ってきた。
レモンの爽やかさと、つんとするシャープなローズマリー、それにクールなペパーミントが合わさったフレッシュな香り。
風間が指を鳴らすと、香りが膨れ上がり部屋を濃厚に満たす。
「あー、なんか、シャキッとしてきた。やっぱ、自分の部屋で勉強してくる。パパ、このアロマポット、私の部屋に持っていってもいい?」
「いいよ」
「ありがとう」
亜里沙は、嬉しそうにアロマポットを持って自室へと戻っていった。これで、勉強がはかどってくれればいいんだけどななんて思いながら、まだ室内に漂う残り香を鼻孔に感じつつ、風間はふと考える。
(レモンって、集中力高めて、ミスを減らしてくれるんだよね……そうだ)
ダイニングの椅子を引いて足を組んで腰を下ろすと、ズボンのポケットから自分のスマホを取り出して、最近暇なときに遊んでいるゲームのアプリを開いた。
いままで何度チャレンジしてもクリアできなかったステージ。それが、精油で集中力が増したおかげか、ノーミスでクリアできた。
(やった……!)
思わず片手で小さくガッツポーズをつくった風間だったが、ふと、いやいや、こんなことしてる場合じゃないだろ、と思い直す。
「……勉強しようかな。せっかく、頭すっきりしてることだし」
スマホをテーブルにおいて立ち上がると、ソファの上に転がっている資格の本を手にとる。この集中力が高まった状態でアプリのゲームなんて続けてたら、うっかり暗くなるまで嵌まり込むところだった。
――――――――――――――
【レモン】
おなじみのレモン。
フレッシュな香りで、気分転換や気持ちの切り替えを助け、理解力や集中力を高めたり冷静さを取り戻す働きがあります。
疲れを軽減して作業効率の低下を抑える働きもあるため、オフィスで使用したところ作業ミスが大幅に減ったという報告もあるそうです。
また、消毒・殺菌・抗菌効果が高いため、室内芳香として使用すると、空気を清浄にして感染症予防や改善に役立ちます。
その消毒作用で、デオドラントや体臭予防に使うのもいいですね。ただし光毒性があるため、外出時はご注意ください。
※光毒性がある精油は、皮膚に塗ってすぐに日光などの強い紫外線にあたると、皮膚に炎症を起こすことがあります。
【精油の楽しみ方・その4】
〇お好み精油で化粧水をつくってみよう
グリセリン5ml(小さじ1杯)に精油1滴を入れ、よく混ぜ合わせます。
精製水45mlを加えて、ガラス瓶に保存します
さっぱり感が欲しい方は、精製水45ml→精製水40ml+無水エタノール5mlに。
さらに、精製水の代わりに芳香蒸留水(ローズウォーターやラベンダーウォーターなど、精油精製の過程でできる蒸留水)を使うと、さらに香りも効果もアップ。
〇ミツロウクリームをつくってみよう
ガラス製のクリーム容器にミツロウ2gとキャリアオイル10mlを入れて、湯煎で溶かします。
湯煎から降ろして粗熱が取れたら、精油を1~2滴入れてよく混ぜます。冷めたらできあがり。
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