第三十四話 一騎打ち

エリキュスは、フィリッポス・ド・サンフェノと対峙たいじしていた。

 周囲では、奇襲を受けた敵兵たちが次々と追い立てられ、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる。


 フィリッポスは顔を真っ赤にして叫ぶ。

「エリキュス!

異端者に味方する愚か者めっ!

貴様……自分がなにをしているのか、分かっているのか!?」


「無論です。サンフェノきょう


「貴様は、アルスに背いたのだぞ!

星騎士だった男が!」


「卿。

私は神に背いたことなど一度たりともありません。

私が背いたのは、教団なのです」


「同じ事だ!

教団は神のつかいなのだ。神の意思を体現し、地上に神の王国を……」


 エリキュスは、言葉をさえぎる。


「もう、神の名をかたるのはやめましょう。

神の王国という名の私利私欲の牙城を築きたいのは、枢機卿たちでしょう。

もっともっとと、際限の無い欲望を満たすために……。

あなたはその走狗そうくだ。

神の使いなどではないっ!」


「エリキュス。

貴様は、異端者どもに清らかなる心を売り渡した。

異端者よりもずっと罪深い、悪魔に成り果てたっ!」


「……私の行いが間違っているのなら、その裁きは、神に任せます。

今はただ、信念に従い……あなたを討つっ!」


「ふざけたことを抜かすなぁっ!」


 フィリッポスが突っ込んでくる。


 エリキュスも馬腹を蹴り、駆けた。


 せ違う。

 うなりをあげる剣同士が火花を散らした。


 再びぶつかる。

 たがいの剣と剣が交錯する。


 フィリッポスはかなりの剣の遣い手だ。


 騎士団に入って間もなく、フィリッポスから何度も打ちすえられた。

 彼は剣の師であり、星騎士としての心構えを教わった。

 兄であり、尊敬に値するべき人物だ。


 だが、負けられない。

 新しい世界の為に、この地の人々の為に。


「はああああああああああああああ!!!」


 馬腹を蹴り、切り結ぶ。

 馳せ違わず、ぶつかる。


 交差した剣の向こうにフィリッポスの形相がある。

 顔が真っ赤になっている。


 フィリッポスが叫ぶ。

「ぅるらぁああああああっ!」


 押し切ろうとする力に、エリキュスは膂力りょりょくを上げて対抗する。


 フィリッポスの顔が歪む。


「はあっ!」


 エリキュス剣を、左側に向けて大きく振り切った。

 瞬間、フィリッポスの態勢もまた左に傾き、体勢を崩す。

 そのままフィリッポスの剣を跳ね上げた。


 彼の剣はくるくるとを描いて、宙を舞った。


 フィリッポス馬首を返し、背を見せ、逃げようとする。


「逃がさんっ!」


 エリキュスは自らその背に飛びかかった。

 そのままフィリッポスを巻き込み、馬から落ち、ゴロゴロと絡み合いながら転がる。


 もみ合いが終わった時、エリキュスはフィリッポスに馬乗りにしていた。


 フィリッポスは自分に何が起きていのか、自覚していないかのように目をみはり、顔面は蒼白だった。


「や、やめろ、エリキュス!

お、俺のおかげで、今のお前があるんだぞっ!?」


「裁かれるのならば、共に業火に焼かれましょう。

サンフェノ卿」


「貴様――」


 エリキュスはフィリッポスの首筋めがけ剣を突き立てた。

 温かな飛沫ひまつが、頬を濡らした。


 そのまま剣に力を入れ、エリキュスはフィリッポスの頭をかかげた。

「フィリッポス・ド・サンフェノ、討ち取った!」


 味方が歓声を上げた。


                   ※※※※※※


(こんな……こんなこと……あって良い訳がないっ!)

 マンフレートは崩れていく自軍を唖然あぜんとして見ていた。


 敵軍に襲われた味方は、乾いた土塊つちかいのようにぼろぼろと崩れていく。


「フィリッポスは……どうした」


 かすれた息遣いが口から漏れ出るだけであった。


 幕僚が告げる。

「サンフェノ卿は、乱戦の中で行方知れずでございます」


「――わ、我々は神の使い……星騎士団は負けぬ……」


 その譫言うわごとを、周囲の人間たちは表情を曇らせながら聞く。


「今は兵を引くべきで御座います」

 幕僚の一人が言う。


 マンフレートはそれで初めて我に返ったように叫んだ。

「揺るさんっ!

後退だと!?

サロロンはもう目と鼻の先なんだぞっ!?」


「食糧も水もありません。傭兵部隊も次々と戦線を離脱しております。

もはや軍の維持は不可能。ましては、戦闘など……」


「この異端者めっ!

貴様、異端者どもを生かすのか!

誰か! この者を捕らえ、火あぶりに――」


 しかし幕僚も兵も誰も動かなかった。


「何をしておるっ!

私の言うことが聞けないのか!?」


 誰かが言う。

「ひとまず、コンラッド将軍と合流しよう」


 幕僚たちはうなずきあう。


「おい、何を……」


「ダンジュー様、お許し下さい」


 マンフレートを挟むように兵士たちが両脇を押さえた。

「貴様ら……っ!」


「撤退だっ!」

 幕僚の一人は叫び、次々と周りも動いていた。


「お前ら、全員、異端者だ!

お前も、お前も、お前もぉっ!!

星都サン・シグレイヤスに帰り着いた時には、覚悟しておけっ!!」


 マンフレートの叫びはたちまちかき消される。


 騎馬隊が乱入し、背を向けて逃げていく兵士たちを次々と《な》薙ぎ倒していくのだ。


「うりゃああああ!

くそったれどもめえええええっ!」

 鉄棒を振り回した男が、幕僚や兵士たちの頭を次々とかち割っていく。


 マンフレートが逃げようとした時には、すでに騎兵によって退路をさえぎられた。


 敵兵に遠巻きにされる中、騎兵の一人が馬を下りた。

 まだ十代、二十代くらいの、黒髪黒瞳の青年だ。


「い、異端者めぇえっ!」


 マンフレートが剣を振りかざしたその時、男が剣を握りしめた腕をひらめかせる。


 マンフレートが握りしめていた剣が宙を舞った。


「あ、あああ……っ」

 マンフレートはその場に尻もちをついて、男を見上げた。


「捕らえろ」

 男は――デイランマンフレートを冷ややかに一瞥いちべつし、言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゲイツラント大陸興国記~元ヤクザが転生し、底辺の身から成り上がって建国をする! 魚谷 @URYO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ