第三十三話 敵本隊 急襲戦

 マンフレート・ド・ダンジューは怒りの叫びを上げた。

「まだ落ちないのか!

たかが街一つ落とすのに、一体いつまでかかっているのかっ!」


 マンフレートのそばにいる将校たちは、何も言えず、ただただその怒りが自分たちに落ちないよう、首をすくめるだけだ。


 一昼夜攻め続けろ。

 マンフレートの命令通り、兵士たちは死に物狂いで街に取りつこうとしていた。


 しかし街の住人たちは蛮族の武器である弓を使うばかりではない。


 こちらの攻め手をことごとく退けていた。

 被害の数ばかりが増えていた。


 陣頭指揮をっているフィリッポスに使者を送っているが、敵の抵抗が思いのほか激しい――それだけだった。


「予備兵力を投入しろ!」


 将校たちは慌てる。

「将軍、お待ち下さいませ!

今はもう我が軍の兵たちが城の周りを十重二十重とえはたえに包囲しております。

これ以上、兵力の投入は無駄になるだけかと」


「ならば、何故、グズグズしておるのだっ!」


 ダンジューにとって、これは自分の将来を左右する戦いなのだ。

 こんなところで手間取っているとなれば、自分の評価を傷つける。

 

 一生、ビネーロ・ド・トルスカニャの後塵こうじんを拝することになる。


 その時。

 ヒューッ……という、奇妙な音が闇を切り裂く。


 マンフレートは空を見上げ、周囲を見渡す。

「何だ、何の音だ!?」


 人の声ではない。

 それは動物のうなりにも、鳥の声にも似ているようで違う。


「あ、悪魔だ……」

 将校の一人が呟く。


 別の将校まで言い出す。

「しょ。将軍。

連中は悪魔と契約したのではありませんか。

そうでなければ、これだけの我が軍を引き受けて耐えられるはずがありません!

連中はただの民なのですよ!?」


 マンフレートは目を見開く。

「ふざけたことを言うなっ!

我々はアルスの遣いだぞっ!

連中が悪魔と契約したのならば、それを打ち倒せぬはずがないっ!」


 瞬間、地響きが聞こえた。

 将校たちはおろか、本陣を守る一兵卒に到るまで、慌てふためく。


「次は何だっ!」


「わ、分かりません」


「分からないなら、調べてこい!」

 空腹とかわきはマンフレートから冷静さを奪っていた。

 床机しょうぎを蹴倒し、つばを吐き散らして叫んだ。


 将校たちは「ただちに!」と声を上げて、逃げていった。


 本陣に、マンフレートの荒い息遣いだけが大きく響いた。


                    ※※※※※


「構え……放て!」

 デイランの叫びと共に、弓兵たちが、普通の矢よりも少し大きめの矢を空めがけ放った。


 矢の先端には穴が空いており、そこを空気が抜けることで、ヒューッ……という甲高い音を、響かせる。


 鏑矢かぶらやだ。


 前世では武士の時代に、相手への威嚇や合戦開始の合図などで用いられていたものだが、現世ではエルフたちもまたこのような矢は使ったことがないらしかった。


 その矢が四方八方よりこだます。


 そのために兵士たちを闇に乗じて四方へ配置していた。

 敵陣には明らかに混乱が見られた。


 デイランとくつわを並べ、エリキュス、リュルブレ、ザルックたちがいる。


 リュルブレは笑う。

「全く、お前には驚かされる。

こんな矢など、考えてもみなかった。

お前は、俺たちより弓の使い方を熟知している……不思議な奴だ」


 ザルックはまるで我が事のように誇らしげだ。

「当たり前だろ。

デイランなんだぜ。こいつに任せときゃ、どんな戦も負けねえさっ!」


 エリキュスが、昂奮する二人を制する。

「二人とも。

これからだ。

混乱した敵を粉砕するまで戦は終わらない」



「これが最後の戦いだ。

飢えとかわきに苦しんでいる敵に、とどめを刺す!!」

 デイランは剣を抜くや、「いくぞっ!」と声を上げた。



 オオオオオオオッ!!

 兵士たちが声を合わせた。


 デイランたちを先頭に、丘を騎馬隊が先行し、その後を歩兵隊が追いかけるように駆け下っていく。


 目指すのは敵本陣ではなく、街を包囲している敵部隊の背後を襲った。


 敵の目は街に釘付けになっており、デイランたちの喊声かんせいが響いた時には、すでに馬のひづめにかけられていた。


 街攻めを目的にしている為に、騎馬隊はいない。

 敵指揮官が馬にまたがっている程度だ。


 馬はまとめられて置かれている。

 そこに突入した部隊が馬を解き放つ。

 篝火かがりびを近づけ、解放した馬を暴れさせる。


 馬は驚き、四方八方に飛び散っていく。

 暴走した馬の集団に潰され、兵士たちの陣形はみるみる崩れていく。

 

 さまたげられる者のいない戦場で、デイランたちの騎馬隊は縦横無尽に駆け回った。


 さらに街の城門が内より開かれ、民兵たちがワアアアアア!!とときの声を上げて、戦場へと躍り出ていた。


 鏑矢かぶらやは、デイランたちの到着を城内に知らせる合図でもあったのだ。


 さらに彼方かなたから喚声かんせいが響く。


 それはアウル率いる、騎馬隊だった。


 ロミオの元に待機させていたのを、デイランが使者を使って呼び寄せたのだ。


「おらおらああっ!

おめえら、立ちはだかる奴らはどいつだっ!

このアウル様がぎ倒してやらあああああああっ!!」

 アウルはこれまで戦場に出られなかった鬱憤うっぷんを払うように、戦場を駆け回った。


 戦場の流れが大きくこちらに傾いている。


 デイランはその実感を肌にひしひしと感じながら、剣を振るい、敵兵を斬り伏せた。

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