幕裏編

 透き通る様に白い肌。色と言う色全てが抜け落ちた様な白い髪。夕日を、あるいは血潮を溶かし込んだかの様に赤い双眸。

 アルビノ。

 アルビノだけが暮らす村で、アルビノの夫婦の下に生まれたワタシは、不思議な事にアルビノとして生を受けなかった。


 闇を思わせる黒髪。夜空を溶かし込んだ様な双眸そうぼう。肌の色こそ色白と言える物であったが、其れもアルビノである他の住人と比べれば浅黒いと言える物。


 此処の住人はアルビノこそ全てだと語り、アルビノこそ穢れ無き存在だと信じきっている。成る程、赤々とした双眸を除けばほとんど白一色と言って問題無い外見は穢れが無いと言えば、言えなくも無い。

 しかし住人の妄言は其処そこに留まらず、自尊心の高さか、或いは今迄いままで蔑まれ続けた事への報復か。住人達はアルビノ以外を“不浄の鬼”と表し、もしも彼等がの村に来る事があれば処罰殺害すべしと声高に叫ぶ様になった。

 ワタシが生まれたのは、そんな差別意識が物心付いたと同時に芽生えるのが当たり前になった時分。勿論生まれたばかりの時はそんな事を理解もしていなかったけど、物心付けば周囲の奇異な目や、両親の赤い双眸に隠しきれない憎悪の念が窺えた。れでもワタシが生まれた時、村長が過去にワタシの様な見た目で生まれた例は幾つかあり、其のどれも10になる頃には正しい見た目になっていたから問題ないと断言した事、特別な力を持つ巫女様がワタシには穢れを感じない事を口にしてくれたお陰でワタシは生き長らえたし、少なくとも10の誕生日を迎える迄は住人も目に見えた差別はしなかった。


 ただ、ワタシの髪も、肌も、目も10になっても11になっても変わる事はなく。

 巫女様は穢れがないと断言しているから処刑も出来ず。


 両親や住人のワタシを見る目は明確に変わっていって、ワタシは晴れて此の村が出来て以来初めてと言えるだろう本物の異端児になった。

 そんなワタシに村の住人は巫女様や村長さえ近付かず、両親は完全にワタシの親である事を止めた。そうは言っても巫女様の目で見てワタシには処罰に値するだけの穢れも感じられず、ワタシには生き地獄の様な道が押し付けられたのだ。

 まだ7つ8つの頃はワタシも生き残らせてくれた村長達に感謝していたけれど、9つになる頃には何度見ても変わる気配の無い黒髪黒目に辟易として、周囲の冷たい目線、両親の憎悪にも似た光を赤い双眸に感じる内にむしろ殺して欲しかったと恨む様になっていたから、村が出した結論は本当ワタシにとって絶望其の物だった。いっそ村を滅ぼしてしまおうかとも考えた。


 そんなワタシに村を滅ぼす事を踏み止ませ、生きる希望を与えてくれたのは年下の少女。

 真湖まこという名前は初めて聞いたけれど、ワタシには其の少女がどんな人間であるか直ぐに分かった。情報の殆どが与えられない異端児の耳にすら届く程、彼女は有名だもの。

 村に生まれた1人の女の子。

 其の子は赤子の時分から分かる程の美しさと強い力を持ち、歴代の巫女の中で1番の強さを持つ巫女として将来を有望された。其の美しさも村が出来て1番ではないかと誰もが噂していた。


 赤子の内からそう言わしめる程、件の少女は整った顔立ちをし、肌は穢れの無い水面の様に美しく透き通り、髪は新雪さえ劣る程深く深く純白で、ちらりと窺えた双眸は此の世の何よりも見事な真紅。


 誇張された噂だったと思ったけれど、4つくらいに成長した其の子がワタシの前に姿を現した時、ワタシは思わず息を呑んだ。卑屈になっていたワタシにさえ、特別な力も持たず、アルビノを恨んでさえいたワタシの黒い双眸にさえ、彼女は魅力的に映ったの。

 そして彼女は周囲の止める声を押し切ってワタシに近付き、手を差し伸べたわ。真湖がどんな気持ちでワタシに手を差し伸べたのか分からない。同情であったのかもしれないし、周りとは違う外見を持ったワタシへの興味であったかもしれない。

 そのどちらにもうんざりしていた筈のワタシは、眼前の少女に限り、手を差し伸べてくれるのなら何でも良いと思ったの。例え此の儘このまま強いと言われる少女の力で胸の奥の憎悪を暴かれて殺される事になっても、其れさえ此の子が与えてくれるのであれば幸福だって。



「ふふ、思えばワタシはあの時から狂っていたのかもしれないわね」


 手の中の球体を月に透かして見つめながら、屋根に座る風木かざきは己の回想を一旦打ち切って恍惚の形に笑みを浮べる。

 もしもの話に意味はないが風木が自身の気持ちに気付いていれば何かが変わっていただろうかと夢想し、有り得ないと打ち消す。

 真湖本人は少なくとも風木が真湖の特別な場所で、真湖の特別な人を血の海に沈めたあの瞬間迄、風木を好いていた。其の好意が風木と同種の物であるかは兎も角として、或いは平穏な方法で家族になれた可能性さえあったかもしれない。

 しかし真湖は住人に将来を期待される、次期巫女候補なのだ。もっとも候補なんて建前で、現巫女さえ真湖が巫女になる事を期待していた。

 そうした村にとって重要な宝物を、穢れこそ感知されていないとはいえ、“不浄の鬼”と同じ見た目をした異端児が勝手に奪えるものではない。誰も風木と真湖を祝福しない。

 村総出で風木と真湖の仲を裂こうとする事は明らかで、其れをされれば今の様に自由にあって些細な話をする事さえ叶わなくなるだろう。今迄侮蔑の目にも、実の親から浮べられる憎悪の目にも耐えてきた風木であったが其れだけは想像するだに恐ろしく、とてもではないが耐えられそうになかった。


 だからこそ風木は。


 と、其処迄考えて風木は恍惚の笑みを自嘲的な笑みへと変えると、緩く首を左右に振る。


「違うわね。其れは綺麗事よ」


 しかし自嘲の笑みは一瞬で、風木の中性的な顔立ちを憎悪が一瞬で染め上げた。


「ワタシは許せなかっただけ。ワタシと同じ“不浄の鬼”でありながら真湖の特別に成り得たあの部外者が。真湖の特別がワタシに向けられなかった事が。ワタシに特別をくれなかった事が。真湖が姉と慕ってくれる特別に満足して、満足する振りをしていたワタシが。何より真湖を奪った、真湖が惹かれたあの男が許せなかった。其れだけなのよ」


 1人夜空の下で淡々と呟けば、風木は其の夜空を溶かしたかの様な黒い双眸を閉じ、再び回想へと浸った。思い出と言うのはあまりに苦々しい、其れでいて今の幸福を作り上げる礎となってくれた重要な記憶を噛み締める様に思い返す。

 其れは同時に風木にとって自らの罪を振り返るのにも等しい。どれ程もっともらしい理由を付けた所で風木が真湖の想い人を殺害し、真湖に憎悪の目を向けられている事実に変わりはない。

 其れも風木自身が長年苦しめられ、心底から軽蔑していた住人達の差別意識を逆手に取り、自身は一切の罪に問われぬ様手回し迄して。

 しかし人1人殺した事実も、其の際自らが長年軽蔑さえしていた住人の思考を利用した事実も、風木にとって些末事さまつごとに過ぎない。


 風木にとって真湖を手に入れるのが全てであった。

 真湖を奪ったあの少年を如何にかして罰したかった。


 其れが果たされたのだ。風木にとって過程等如何どうでも良かった。

 其の過程で風木が軽蔑し、真湖が難色を示していた住人の差別意識に同調した様に振舞う事さえ、此の未来を手にする為には風木にとって些細な事だったのだ。

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アルビノ村殺人事件 夜煎炉 @arakumonight

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