の判断が正しかったと証明するかの様に、リオと真湖まこの間に流れる時間は特別な物であった。

 真湖の秘密基地であり真湖が手ずから隠業の術を施しているの洞窟に、他の住人が来る事はない。石造りでひんやりとした、日の光が差さぬ洞窟はお世辞にも快適と言えない場所だったが、少年少女にとって2人で時間を共有出来るという点こそ重要なのだ。其の点誰からの邪魔も無く其れを果たせる此の石造りの洞窟は、2人の希望を果たした絶好の場所だったのだ。

 1人で膝を抱えていた場所に今では真湖の事を理解し、真湖に近い考えを持つリオが居る。

 其れは真湖にとっても救いとなる事実だった。加えてリオは住人達と違い、真湖の事を彼女が持つ肩書きだけで語りはしない。無論所詮しょせん村外の人間であるリオにとって此の村で幾ら権力があろうと無関係であるだけだと言えば其れ迄なのだが。


 真湖は住人に好かれている。


 しかし其れが真湖という人間を好いているのか、真湖が歴代の巫女の中で最も強い力を持ち、歴代の美女であるから好いているのかは、一目瞭然である。

 アルビノは元来体の作りが弱い種族である。其れはこうしてアルビノだけの村が出来上がって何年もの歴史を重ねた現在とて同様で、加えて絶対数の少ないアルビノは少しでも今日の繁栄に現を抜かせば即座に滅亡しても可笑しくない種族なのだ。

 だからこそ子孫繁栄には尽力を注いでいる。だからこそ長い歴史の中数人は生まれてしまう異端児を、異端児だと言いながらも巫女が穢れを訴えなければ生かしておく。異端児として生まれても10を迎える前にはアルビノの姿になるのが当たり前らしいが、青年と呼ばれて可笑しくない年齢になっても黒髪黒目の風木かざきが生かされているのもアルビノの種を悪戯に口減らし出来ないからだ。

 そうした環境で巫女の子供というのは誰もが期待を抱く。力の強い美しい子供を授かった夫婦は其れだけで村の権力者に迄成り上がる事が容易に出来る。現に真湖の家は真湖の誕生と同時に資産が何倍、何十倍にも膨れ上がり、両親の地位も安定したらしい。

 稀代の巫女の子供。

 そうなれば素晴らしい才を今から期待されても不思議な事ではなく、真湖や子供の地位、将来は勿論、子の父、真湖の夫にも膨大な資産と高い地位は約束されたも当然になる。

 其の為、真湖は好かれているのだ。真湖に婚姻を持ち掛け、真湖を口説く村の男達や、自分の息子と結婚してくれないかと声を掛ける夫妻は真湖を真湖という1人の少女としてではなく、打ち出の小槌の様に思っているだろう。住人が好いているのは少女真湖ではなく、自らの元に幸福と資財を呼び込む道具としての真湖なのだ。


 だからこそ真湖は恋愛だ、婚姻だという言葉の意味が理解出来ず、嫌気さえ差していた。

 だからこそ真湖と正反対の境遇ながら、或いは正反対の境遇だからか、真湖を資財を得る道具としてではなく真湖として受け止める風木を姉の様に慕っているのだが。


 そうした経緯を経ていても尚、リオの事を真湖は好ましいと思っていた。


 兄としてではない。弟としてでもない。1人の少年としてリオの事を好きだと思い、リオが真湖の事を好きだと語るのは不思議と不快ではなかった。

 其れどころか好きだと言われて初めて、真湖は幸福だと思えたのだ。


「え、え!?ちょ、真湖、如何したの!?泣く程嫌だったすか!?」


 リオの狼狽ろうばいしきった声が洞窟の中に響き、初めて真湖は自分が泣いている事に気が付いた。困惑しつつ目元を拭えば、確かに液体を指先に感じる。

 繰り返しになるが此の時真湖の心を支配していたのは幸福であって、嫌悪感などでは勿論無い。だから真湖は慌てて首を振った。誰かに誤解される事を其れ程恐怖に感じた事は無かったが、リオに誤解される事は、特に此の件で勘違いをされると言うのは眼前のリオを笑う事が出来ない程に慌てふためく位には、真湖にとって忌避したい事なのだ。


「違う!確かに私は誰かに愛を囁かれるのは嫌いだ。其れこそ虫唾が走るという表現が最適な程に」


 リオは真湖が愛の囁きを嫌う理由を知っていた。だからこそリオは先の言葉も彼らしくも無い程遠慮に遠慮を重ね、戸惑いつつもようやくと言う様に小声で口にしたものだったのだ。

 そんな風に真湖へと気遣いを寄せる振る舞いは、しかし同時にとてもリオらしいとリオと時間を重ねた真湖であれば幸福に包まれつつそう思う。だからこそリオに誤解されぬ様、もしもリオが好意を寄せている告白をしてくれたのであれば真湖は心からの微笑みで応えようと思っていたし、もしも其の時が来れば自分はそうするだろうと思っていたのだが。

 リオを前にすると如何にも上手く行かない。

 しかし其れが真湖には嫌ではなかった。もっとも、此の儘誤解されてしまうのは真湖にとって忌避すべき事柄である為、誤解を解くのに全力を尽くすのだが。


「だけど、だけど、リオに言われるのは嫌じゃない。……と言うか、幸せだ」


 正しくは全力を尽くすつもりだった。しかし言葉は照れ臭さから徐々に小さくなり、最終的には最も重要だろう箇所なんて消え入る様に弱々しい物となっていた。

 それでも幸いにリオには通じていたらしい。狼狽していたリオは真顔になり、其の真顔が徐々に赤く染め上げられて。恥ずかしさに耐え、其れでも如何にか真湖が確認出来たのは此処迄だった。だから此の後リオがどんな表情をしていたのか、完全に俯いてしまった真湖には分からない。

 其れでも洞窟内にリオの歓喜の叫びが響いた事で誤解が解けたのだと真湖は安堵し、同時にリオの想いを正しく受け止め、自身の想いを正しく受け止めて貰えたのだという事実に、真湖は此の上無い幸福で満たされた。



 そう。真湖は此の時、此の上無い幸福で満たされていた。



 上がりきったソレは、もう落ちるしかなかったのかも、しれない。

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