4 星屑

 星で目が見えない。

 もうずっと前から見えない。

 泣いても泣いても星がこぼれてくる。


 私の目はずっと星に塞がれてしまう。


 星はぎんいろ。

 空は夜いろ。


 ……おなかがすいたなあ。



 なつかしい森と湖の気配は消えて、もっと黒く澄んだ別の森の空気が辺りをひんやり洗っていった。

 何かが身体を剥がれて落ちていく。

 ぱらぱら、ぽろぽろ。

 落ちていく。


 くるしいもの。

 かなしいもの。

 さみしいもの。


 知らないのに知っているお城。

 なつかしい森。

 なつかしい湖。


 なつかしい? これは誰の?

 私じゃない、

 私の、

 これは、私の知らない、私の。



 ――お腹が空いていたのでしょ。



 ぱらぱら、ぽろぽろ。

 剥がれていくその中に、

 なみだのような声がある。


 森と湖のお城で聞いた、あの声が。



 ――もう食べられるはず。

 ――まぶたの星をとってごらん。

 ――自分で息をしてごらん。


 ――さあ、生まれなさい。月がきれいだよ。






 おかあさん?








 身体が、急に大きく息を吸った。

 涼しい森の匂いがする。広い空の気配がする。

 星が近い。

 月も。



「ああ」



 自然と声が出て、でも怖くない。声を出したくらいのことで、多分もう怒られることはない。

 見えない目をこすった。ゆっくりと。薄明るい。手の甲や鼻先を風が撫でる。まつが空気を感じた。

 世界が泡立つようにきらきらする。

 ひとつ、ふたつ、まばたきをして、そして。


 目が見える。

 手をかざしてみる。

 その手の向こうに、

 月の沈黙がある。


 痛まない身体をゆっくり起こすと、見たことのない場所にいた。

 けれど、見たことのある人たちが私を見ていた。


 お城の人。

 林檎を食べる人。

 それから、私に食事をくれた人。


 さじで血を?

 いや、唇からスープ?

 何をくれたんだっけ。はっきり思い出せない。

 ただそれは、

 そのひとしずくはとても、

 私にとってはとても、

 とてもとてもとても、


 ……彼が何か言っている。

 私に何かを謝っている。

 かってにまものにしてしまった?

 だから?

 そんな、


 そんなことが何なの。


 瞼から転がり落ちた星が頬にあたたかい。

 以前よりずっとたくさんの光が聴こえる。



「あなたは誰?」



 今まで生きてきた中で一番呼吸がしやすくて、するすると流れ出すように言葉が口から出ていった。



「あなたのこと知ってる。あなたは、吸血鬼ヘカートでしょ。名前を教えて。私は」



 私は?



 急に流れが止まってしまう。

 私の名前が出てこない。

 でも、名前それがなければ、生きていけない。


 なまえ


 呼ばれる名前。

 名乗る名前。

 


 そのなまえを、あなたは知っているの?

 あなたが持っているの?


 それなまえがなければ、私は生まれることができない。


 言って。


 ねえ、おなかがすいたよ。

 



 いつか私にスープをくれた手が、私の頬を包んだ。

 ああ、月の匂いがする。

 夢のようにあまい血の、いい匂いがする。

 唇に触れた、あのひとしずくの。


 そして彼は告げる。




「君の名は星屑リリアだ。私は新月ヴィルカ




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