2人目 少年だった頃。
カランッ。
また今日も客が1人入ってくる。
いつもの時間帯。なんら変わりない日常の一幕。
私にとってはそうであり、客にとっては一度だけの来店。
若い、学生だろうか。
「いらっしゃいませ」
私は声をかける。
すると少年は私と目を合わせた。
意思のある、まっすぐな目だ。
眩しさすら感じる純粋な瞳に私は少したじろいてしまいそうになる。
若さは眩しさに比例する。
前を向き、何もかもを認められる若さはその人の輝きになるのだ。
私はそう考えている。
「あの、席は……」
少年は私にそう言った。
少しばかし不安そうな声色である。
まぁ、そうだろう。ここはあまりにも喫茶店すぎるからしょうがない。
「はい。こちらにどうぞ」
そして私はカウンター前に彼を座らせる。
すると、不安そうでありながらも彼は私の言葉をまるで機械のように聞き入れ、席に座るのだ。
彼の失敗。はたしてそれはなんなのだろうか。
「では、貴方のやり直したいことを私に教えてください」
「はい」
そう言うと少年はとある紙を取り出した。
そこには、「不合格」から始まる謝罪や期待などを綴られていた。綺麗な白い紙である。
「……先日、私は受験に落ちました」
どうやら、彼は大学受験に落ちたようだ。
「最初は、どうにかなると思っていました。もともと、学力が届いていたのもあって油断して第1志望を高くしすぎてしまいまして……」
そこまで言うと言葉を止めた。
しかし、すぐに口にした言葉は、
「馬鹿みたい、ですよね」
悲しそうだった。
しかし、涙は目に浮かべていない。
「浪人、ですか?」
「あ、いえ。一応最初に第1志望だったところには入れたので、浪人ではありません」
微笑しながら言う。
しかし、そこに生気は感じられない。
「では、やり直したいのは受験ですか?」
昔の自分に問題の内容を教えて無理やり受験に受からせる。
そんなことをしようとしてきた人は何人も見てきた。
人間は、多くが楽をしようと考えるものだ。
進歩は常に、自由と楽の限度最大化を目的とされているものが大半だ。
あとは、強いて言うなら美しさと効率。
私がそんなことを考ている間、少年は私を睨みつけるように見つめていた。
私はその視線に気づくと、意味を汲み取りすかさず謝罪した。
「失礼しました、少々汚い言葉でしたね」
「あ、そ、そんな、私も結果的にはそうやって受かるように仕向けたい訳ですし、間違ってはいませんよ」
少年は手を前に出していやいやとアクションをしながら私にそう言った。
「なら、具体的にはどうするんですか?」
「……昔の自分に、『甘ったれるな』って言ってやりたいんです。そうすれば、昔の私が努力してよりよい未来になる。そう思ってここに来ました」
少年ははっきりそう口にする。
意思は固いようだ。
ここで、少年の紹介をしておこう。
身長172cm。体重58kg。少し茶色がかった髪の毛は天然。顔は優しそうな顔をしている。カッコいいと言われればそうと言えるだろう。
18歳、学生。妻はなし。恋人は高校の後輩。付き合って9ヶ月。
東京生まれの東京育ち。根っからの都会っ子である。
小中学は公立。高校は私立の有名校に入学。高校生活を謳歌。大学は1週間ほど前に受けるも第1志望は不合格。第2と滑り止めは無事合格し、第2志望に入学予定。
部活はバスケをやっていた。学校としてはあまり強くなかったが個人としてはそれなりに実力がある。
堅実な性格で、優しくリーダーシップのあるいわゆるクラスの中心のような人柄。
少年の学生生活はとても有意義なものと言えるだろう。
概要はこの程度でいいだろうか。
では、ここから少し押しに入ろう。
「では、あなたのやり直したい地点は受験前でいいんですね?」
「はい。よろしくお願いします」
「……あなたは、今の自分に納得していますか?」
「……え?あ、今は、納得できてないです」
彼は私の急な問いかけに驚きながらそう答えた。
「受験に落ちた時、悔しかったですよね」
「………はい、それは」
少年は苦しそうに答えた。
そう。苦しい質問だろう。だが、これは必要な質問なのだ。
「なら、努力をしたらそこに行けると確信して言えるんですか?」
「………言えるか、ですか?」
「ええ。そうです」
私は再度繰り返してそう質問する。
「……そうできれば、幸せでしょうね」
少年はそう答えた。
「努力すれば、何もかも変えられる。そんなこと思ったことはないですよ」
変えられることと、変えられないこと。
それは互いに存在している。
少年はそれをしっかりと理解しているのだろうか?私が聞きたいのはそこである。
「ですけど、変えられるかもしれない。それなら、私は変えるための術を使うだけです」
………そうか。
「……ちなみに、最後に涙を流したのはいつですか?」
私は最後に、そんなどうでもよくとれる質問を少年にした。
「……?多分、3ヶ月くらい前の、おばあちゃんが亡くなった時です……かね」
「わかりました」
私はそれを聞けて納得できた。
少年の本当の後悔していることは、受験に落ちたことではないとわかったのだ。
それを、少年はここで気づけるだろうか。
昔の少年は、それを気づかせてくれるだろうか。
そこが、今回の1番の肝になるだろう。
「では、鏡の中に映るあなたにしっかりと
言葉を届けてくださいね」
「わかりました」
少年は静かにそう言った。
さぁ、後悔の劇場の始まりだ。
ーーー
家のとある一室。
少年が1人布団に寝転がり本を読んでいた。
「なぁ、お前」
「……うわっ!だ、誰だよあんた!」
「俺は未来のお前だ。今のお前ならわかるだろ?未来からのメッセージ」
「ほ、本当にそんなのがあるのか?ネットがホラを書き込んでるだけじゃ……」
「未来のお前はそのホラを信用するほどの状況だってわかるか?」
「……ってことは、」
「あぁ。今のままじゃ、第1志望には受からない」
「………本当、なのか?」
「そうだ。今のお前は自分の実力を盾に怠けている。そのせいで、お前は行きたくなった第1志望を夢のままにするんだ」
「……でも、第2志望は」
「甘えるなっ!!」
「っ!?」
「お前は、いつもそうだ。なんだって楽な方を選びとって、でも何かそそのかされると直ぐに調子にのる。そのせいで、お前は痛い目を見るんだ。そんなの嫌だろ?」
「………嫌、だ」
「なら、甘えるな。努力を怠るな。甘い考えは捨てろ。絶対なんてないんだ。今の自分を後悔ないように生きろ」
「………なぁ、」
「どうした?」
「最後に、1つだけ」
「………何だ?」
「あんたは、後悔してるのか?」
「……当然だろ」
「何に対して?」
「受からなかったことだ!だからここに言いに来てるんだよ!」
「………そうか」
「どうした、急に目を伏せて」
「いや、俺、頑張るよ」
「あぁ」
「……………ごめんな」
「……え?」
静かな部屋に残る空気は酷く愚鈍なものだった。
少年よりも、過去の少年の方が大人だった。
理解とは、程遠いものを知っていたから。
ーーー
「………っは」
少年は目を覚ました。
ガバッと起き上がる。
「おはようございます」
私は平坦な声でその言葉を言った。
「……そ、そうだ」
少年はバックの中を漁りだした。
多分、紙を探しているのだろう。
「あ、あった」
少年はそれを思いっきり引き抜いて、中身を確認した。
そこに書かれていたのは、
「不合格」から始まる、前となんら変わりない文章だった。
「…………」
少年は酷く落胆したように体の力が抜けてカウンターに上半身が倒れ込んだ。
「………なんで、なんでだよ」
悔しそうというよりは、苦しそうに見える。
「……それは、本当に不合格なのですか?」
私は静かにそう言った。
「………え?」
「その紙、なんでそんなにしおれているんでしょうね」
「……本当だ」
そう、その紙は過去が変わる前の紙よりも圧倒的にぐしゃぐしゃになっていた。
まるで、水でも零した様な。
「………、あ」
それを見たとき、彼は理解した。
すると、彼の目から苦しみはなくなり、心の奥底から溢れるように涙を頰に伝した。
静かな涙だった。
要するに、彼は全力で頑張ったのだ。
しかし、第1志望には手が届かなかった。
ここまでは、過去となんら変わりはないのだろう。
ここで変わったのは、それに対する感情だ。
彼は、悔し涙で不合格の紙を濡らしたのだ。
こんなにも多くの涙を零して、それを腕やこの紙で拭ったのだろう。
それほど、悔しかったのだ。
彼の後悔は受験に落ちたことではなく、努力しきれなかったことだったのである。
過去の彼は、この時涙を流していなかった。
それは、理解できてる結果だったから。
多分、昔の彼も受からないことを百も承知だったのだろう。
だが、努力した。頑張った。いけるかもと思った。しかし、届かなかった。
それは、酷く悔しいものだ。
それを思い出した時、彼の中にそれが頭に流れ込んで来たのだ。
私はそっとしておく。
彼には悔しさに浸る価値がある。
浸った分だけ、次の未来に繋げることのできる人間だ。
私も彼のことを「少年」などと言わない。
彼は、もう立派な大人だ。
そして、彼は最後にコーヒーを私にくれと言った。
それを渡すと、ゆっくりとそのコーヒーを味わった。ブラックのいいやつを渡したので少し苦い表情をしたが、その後の笑みには後腐れがなかった。
きっと、彼は良き人間になるだろう。
人生を長くやって来てる私が言うのだ。
問題などあるまい。
そして、扉が閉まる。
からんっ。
後悔の劇場ーやり直せるならー 新月 明 @G-pro
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