第4話 異国の革命家のために命を張れる義士

 青年は、朝鮮の高官の息子らしい。

 正確に言うと、数年前に大韓帝国という国号になったが、青年も俺も朝鮮という呼称が自然と口に出る。

 青年は日本に留学していたのだが、その間に一族が誅殺された。


 その表向けの理由は、青年が17歳の時に書いた「論共和制」という文章だ。

 王政を否定するその文は、確かに大逆罪とも言えよう。


 だが、彼はそれを発表したわけではない。

 俺が上海でやっていたように、青年は漢陽で日記や習作を書いていた。

 誰に見せるわけでもないから過激なものもあったのだろう。

 彼に非があるとしたら、留学にあたり、それを処分せず文箱に残していったことだ。


 父の政敵は間諜を使用人として送り込み、その文書を証拠として大逆罪をでっち挙げた。

 こうして彼は何も知らずに日本にいる間に大逆罪人となった。

 彼の日本の友人たちは何とか匿おうとしたが、

 日本政府は大韓帝国政府に対して何やら思惑があるようで、恩を売るような形で「大逆罪人」の引き渡しに応じた。


 こんな話を何度読んできただろう、そして聞いてきただろう。

 歴史上、幾度となく繰り返されてきた、とても単純にして残酷な冤罪事件の顛末だ。


 俺を、というより申報館を訪ねてきたのは、ここが英国人経営の新聞社だからだろう。

 ここには治外法権が働く。たとえ清国の政府が彼の身柄の引き渡しを求めても、それを拒むことができる。

 だが、英国が応じた場合、どうなのだろう。

 この大逆罪人のために英国政府に切り捨てられたら、俺はどこで生きていける?


 6年前、金玉均の記事を書いたときのことを思い出す。

 あのときのように、正義感だけで動けるだろうか?

 それに、あれは誰のための正義感だったのか?

 金玉均のため?朝鮮のため?


 違う。俺だけのためだ。

 俺は卑しい阿片商人なんかじゃない。

 俺は異国の革命家のために命を張れる義士なのだ。


「どうしたい?」

 もし、俺の責任で亡命を受け入れ、申報館で働くとしたら。

 ジャーナリズムを通して政府を批判し、一族の無念を晴らすか。


「人を、探したいです」

「誰を?」

一族を誅殺されたと言うが、まだ誰か会いたい人がどこかで生きているのだろうか。だが、青年の答えは謎めいたものだった。


「あらゆる人を」

何を言っている?


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