第2話 品のない豊かさ、品のある豊かさ

「あの、もしかしてきん申叔しんしゅく先生でしょうか?」


 これには驚いた。

 確かに、俺は金申叔という筆名で日刊紙『申報』に漢文記事を書いている。

 だが、俺の容貌はおそらく「金申叔」という名とは結びつきがたいものだろう。

 東洋人から見れば西洋人、西洋人から見ればユダヤ人、そう見える典型的な容姿だと自負している。


「金」ゴールドマンという姓で

「申」申報館で働いている

「叔」三男


 アーネスト・メイジャーが俺につけてくれた名だ。

 もう少し捻りのある名をつけてくれたらいいものを。

 だが、申報館の「申」、古の名宰相・春申君の「申」は悪くない。

 いや…誇らしい。


 俺は上海で生まれ上海で育ったが、イギリス国籍を持つユダヤ人だ。

 父はロンドンのスラム街で育ったが、かの有名なユダヤ人銀行家・ロスチャイルドのような大富豪になろうと思い、手を染めたのが、東洋での阿片貿易だった。金持ちにはなった。


 ゴールドマン商会は、上海で五本の指に入る富豪と言えるだろう。

 だが、それは「品のない豊かさ」だと思う。

 両親は有り余る金を俺たち5人兄弟の教育には使わなかった。

 学校にも行かず、幼い頃から家業を手伝って覚えたのは、人を出し抜くことと蔑視することだ。


 実際、上海にはそうした西洋人が多い。何もユダヤ人に限ったことではない。

 本国で何らかのコンプレックスを抱えた人間が、東洋で富を築き、東洋人を侮蔑することでプライドを保つ。

 それが上海の西洋人社会だ。


 そうではない世界で生きたい。

 そんなことを思ってたどり着いたのが申報館だ。


 もとよりジャーナリズムに関心があった。

 それと同時に、両親のような人々とは違う形で東洋人と接することのできる場を求めていた。


 侮蔑するよりも尊敬する方が気持ちがいいと、初めて知った。


 申報館は、英国人のメイジャーを中心に、東洋人と西洋人が共同で漢文記事を執筆する。

 14歳で申報館に下働きとして入り、漢人の記者から千字文を習って字を覚え、四書五経、春秋など士大夫が学ぶような古典を学んだ。

 それは記者になるための試練であったが、古の聖賢たちに「品位ある豊かさ」を感じた。

 それは、決して金銭で得られるものではない。


 東洋人を蔑視し、こうした世界に触れることのないゴールドマン家の人々を、

 ユダヤ人を、英国人を、上海の外国人すべてを、哀れに思った。

 悲しいことに、俺はやはり誰かを見下して生きるという習性から逃げ切れていない。


「先生の記事を読みました」

 そう言いながら、青年が懐から大事そうに取り出したのは、

 何と俺が初めて書かせてもらった記事だった。

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