第6話
「フッ、フッ……。違う?これじゃあ力がばらける……こうか。うし。次は……」
夜。日付が変わってしばらく経ち、昼間の騒動でピリピリしていた街も比較的静かになっている。巡回の警官や狩猟者は多いが、殆どの住民は寝ているだろう。育成校も、今は虫の音が聞こえる程度だった。
その中で、寮から少し離れたところ大樹の下で古ぼけた小さなナイフを振るう青年がいる。まだ夜は肌寒いこの季節に、汗を滝のように流しながら体を動かしている。
「セイ、そろそろ終わりにしませんか?眠れないのはわかりますが、疲れは溜まっているはずです。体を壊してしまいます」
星司にこの時間まで付き合っていたソウシは大樹に座りかかりながらそう言った。
言われた星司はそこで時計を確認し、ああ、と声を漏らす。
「この時間まで付き合わせて悪かったな。『分身』を使って疲れてんのに。ソウシは先に戻っててくれ。俺はもう少しやるよ。まだ、眠れねえんだ」
ソウシのスキル『分身』は最大五体まで、装備品までそのまま同じの分身を作り出す極めて強力なスキルだ。魔力消費こそないが、数が多いほどその負担は大きくなる。昼間の奮戦を思えばその疲労はいかほどのものか。その疲労を押してでもこの時間まで付き合っていたのは親友を一人にしておけなかったからである。
「それに、俺はこれくらいやんねえとダメなんだよ。俺は無恵のクズだからな。努力を怠ってたらすぐにスキル持ちに追い越されちまう」
「……セイ、あなたはまたそんなことを。スキルなどなくともあなたはスゴイ人なんです。それに、それは理由になりません。スキル持ちは体調が悪くても問題ありませんがあなたには問題が出る。もう戻って寝ましょう」
「…………」
スキルとは、世界から知識を引き出しそれを実行する力だと言われている。
『鑑定』は対象の名前や状態、持ち物、その他の情報を引き出す力。『分身』は分身を作る方法を引き出しそれを実行する力だ。これらのスキルは魔法による代替も難しく、極めて貴重なものだ。
星司に達磨にされた獣人の持っていた『再生』や『耐毒』は魔法で再現できるが、これらのスキル持ちは魔力を消費しないため便利な体質として扱われる。
また、『剣術』、『火魔法』といった技術系のスキルもある。これらも、世界からそれらのやり方、使い方を一定の範囲で引き出し実行する力だ。努力によってその技を上回ることができるため、程度にもよるがそれほど当たりとは思われない。
しかし、戦闘においては『剣術』や『火魔法』といった技術系スキルが一番必要だと言われている。これらのスキルによって発動する技には劣化がないからだ。
『剣術』スキル持ちは剣を振るう機能さえ生きていれば、たとえ十年ぶりに剣を握ろうと、いかに緊張に固まっていようと、四十度を超える高熱が出ていようと、同じように剣が振れる。
判断力こそ当人の体調や精神状態に依存するとはいえ技の精度が常に一定を保たれるというのは戦闘において莫大なアドバンテージを与える。戦闘職を志すものならば必須と言えるのだ。
星司はそれらのスキルを一つも有していない、無恵者と呼ばれる存在だった。
星司を馬鹿にするものも多かったが、星司はそれに屈することなく努力を続け、学生のうちに正狩猟者になるまでに至った。
ソウシはそんな親友を尊敬していた。
ソウシがここまで強くなれたのは誰よりも努力を知る親友が努力を認めてくれたからだ。
だから、スキルという最低保証のない星司にはできる限り万全の状態を維持していて欲しかった。何があっても生き残れるように。
星司はぶらりと腕を揺らし空を見上げる。そしてヘラッと笑いながらソウシを見る。
「そうだな。これ以上は、明日の生存確率を下げるだけだな。ハッ。俺は生きてるし、これからも生きるつもりなんだからそこで手を抜いちゃあいけねえ。……ありがとな。いつも止めてくれて」
お前も、この時間まで悪かった。星司が木を見上げてそう言うと、大樹から一羽の鳥が飛び立った。
「……さて、じゃあ寝るとするか。明日は依頼を受けないで、キョウヤとネストの見舞いがてらに二人に千刃のメンテでもしてもらおうかね」
術式に点検くらいはできんだろ、と星司が笑う。
「それがいいですね。自分も蜻蛉切を見てもらいましょうか。今日は少し無茶をさせてしまいましたから」
二人は見舞いの品に何を持っていくか話し合いながら部屋へ戻っていく。その頭上には満点の星が輝いていた。
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「貴様のゴーレムの魔導砲。あれはなんなのだ!あんな美しくない術式で無茶な起動をさせたらあんな爆発を起こすに決まっているだろう。何を考えているんだこの間抜け!」
「んだとゴラァ!テメエのゴーレムなんざ本体が術式に耐えきれなくてボロボロ崩れ落ちるなんて醜態晒してたじゃねえか。そんな野郎が舐めたこと言ってんじゃねえぞオイ」
いがみ合う二人の名前は織部キョウヤとネスト・ガルエスタ。共に魔道具科所属の学生であり稀代の天才だと言われる実力者である。
犬猿の仲として知られるこの二人は、病室でも変わらず言い合いを続けている。
他に患者がいなくて良かったと二人の言い合いを見ていた星司とソウシは心の底からそう思った。
「お前らうるせえぞ。部屋の外まで声が響いてんぞ」
星司の言葉にキョウヤとネストは言い争いをやめ入り口に立つ星司とソウシを見やる。
「ああ、貴様らか。聞いたぞ。昨日は大変だったらしいな。その様子では特にけがはなかったようだな」
「なんとかな。ほれ、果物持ってきてやったぞ。どれが食べたい」
「林檎」
二人の声が重なる。
「なあに被ってんだこの陰険チビメガネ!テメエは梨でも食ってろ!」
「それはこちらのセリフだガサツデカ女。貴様こそ梨でもかじっていろ」
二人はそこで再び睨み合う。
ちなみにキョウヤはゴブリンとエルフの血が混じっており背が低く線も細い。それに対してネストはドワーフの血の影響で女性ながらも背は高くがっしりしている。そう言ったところも二人があまり中の良くない原因だろうか。
「あーお前ら喧嘩すんじゃねえって。ほら林檎は二つ入ってるから一つずつな」
そう言って星司は千刃の複製で手早く林檎の皮を剥いていく。
二つ剥き終わると先に切った方と後に切った方を半々ずつにして二人に渡す。
そうしているうちにお茶を入れていたソウシも戻ってきた。四人はお茶を飲み果物を食べ、しばしの歓談を楽しむ。
「昨日の件、貴様らがいなかったらもっと大きなものになっていただろうともっぱらの評判だぞ。良かったな」
「そうでもありません。結局は犯人を取り逃がしてしまいましたから。市民にも被害が出て、よくやれてなんていませんよ」
キョウヤの言葉にソウシは首を横に振る。その顔には犯人を捕えられなかった自責の念に満ちている。
「その話なんだけどよォ、そもそもなんで市街地であんなことが起こっちまったんだよ。百以上の魔物を所有してるなんて気違いと市街地でどんぱちやるとかアホすぎだろ。警察の鑑定士は仕事してたのかよ」
その至極真っ当なネストの言葉にソウシはまた首を横に振る。
「いえ、警察の鑑定士の方はちゃんと仕事をなさっていましたよ」
「ああ?どういう……なるほど偽装の魔道具か」
「はい。一級鑑定士の『鑑定』を欺くほどの上等品。そのせいで所持している魔物は持っていたカーバンクル二匹だけになっていて、能力面もチンピラ程度になっていたようでして」
「……その偽装の魔道具はどうした」
キョウヤが尋ねる。
「自分が捕まえようとした時に壊してしまったものが警察にありますよ。犯人につながる手がかりになるかもしれませんから」
「ふむ、残骸でもあるなら重畳。なんとか手を回して……む。どうした聖野。何を難しい顔をしている」
ソウシの言葉を聞く何やら呟いていたキョウヤは星司が黙りこくったままでいるのに気づきそう尋ねる。
「いや……。大したことじゃないかもしれねえんだが……」
「なんだ、はっきり言え」
星司はうーんと唸り、意を決したように言う。
「実はな、俺が一昨日捕まえたヤクの売人も偽装の魔道具を持ってやがったんだ」
その言葉に三人はざわつく。
「本当なんですか、セイ」
「ああ。間違いねえ。俺は完品を警察に渡して、鑑定の結果そう出た。それも一級鑑定士の目を欺くほどの、末端の売人が持ってるには不釣り合いの高級品だったらしい」
キョウヤはその言葉を吟味するように目を瞑る。そして目を開き、言う。
「聖野、お前の言いたいことはわかる。二人の犯罪者がともに高価な魔道具を所持していた。これが偶然じゃないかも知れないと言うのだろう」
「なんか巨悪が動いてるってのか?だとしたら許せないぜ」
「いえ、その可能性は薄いと思います」
にわかに盛り上がる場を鎮めるようにソウシは言う。
「昨日の犯人は出現した魔物、転移魔法陣の残滓から東北を中心に活動していたことが予想されます。ミシマネルトを中心にしていた売人と繋がりがあるとは思えません」
ソウシの言葉に星司はうーんと唸り、そしてうなづいた。
「確かに俺の考えすぎだったかもな、悪いな、みんな。変なこと言っちまった」
「いや」
キョウヤが星司の言葉を否定する。
「無関係と決めつけるにはまだ早い」
「どういうことだチビ助」
「チビ助ではない!」
コホン、と一呼吸入れてからキョウヤは続ける。
「その売人の取り調べが進み魔道具の出所が明らかになれば繋がりが見えてくるかも知れない。何より、デカ女。我々にも関わりのあるあの調査を行わなければ、真に関係性の有無を断じることなどできんだろう」
「デカ女いうな!……魔道具鑑定のことか」
うなづき合うキョウヤとネスト。その二人についていけていない星司とソウシ。
星司は慌てて二人に尋ねる。
「ちょっと待て二人とも。どういうことだそりゃ。全然話がわからん」
ああ、とキョウヤとネストは二人を置き去りにしているのに気づき説明を始める。
「高位の職人は『鑑定』を超えて作成者の名前を隠したり偽装したりできるんだ。だから鑑定士でも複数の似たような同じ作成者によるものか判断すんのは難しいんだよ」
「しかしどれほど巧妙に隠しても、筆跡と同じように魔道具にも癖がある。これを調べて作成者の同一性を探るのが魔道具鑑定だ」
二人の流れるような説明にソウシとキョウヤはなるほどと納得する。
「確かに、それでもし売人と昨日の犯人の魔道具の作者が同じだったら因果関係が生まれますね」
「ああ。それに一級鑑定士すら欺く魔道具を作れる職人はそう多くない。出荷数も限られている。一致した場合、ただの偶然では済ませられないだろうな」
まあ警察の捜査が進まなければわからんことだが、とキョウヤは話を締めくくった。
「なかなか興味深い話をありがとうな。っと。随分と話し込んじまったな。キョウヤ、帰る前にちょっと千刃の術式を見ちゃくれねえか。特に違和感とかはないんだが昨日は結構働かせちまったからよ」
「自分も、ネストに蜻蛉切の調子を見ていただきたくて」
「それくらいならすぐに終わる。貸せ」
「良いぜ。蜻蛉切は良い槍だからな。見てて楽しいし」
四人はワイワイと話しながら武器の点検を行う。
星司は騒ぎながら、できれば二つの事件が無関係であってほしいと思った。
殲の刃の解体王 菊花ようかん @852go46
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