第5話

 星司は風となって街を駆ける。どうやら避難は粗方終わったらしい。住民の姿はない。

 だが、発生地点に近いだけあり魔物が多い。星司はすれ違いざまに魔物を斬り伏せながら、逃げ遅れている住民がいないか目を光らせていた。

 だからこそ、それに気づくことができた。

 一人の壮年の警官が魔物に囲まれている。その身を喰われている。右頰には穴があき腹を割かれ、手足の肉も多くが失われていた。だが、まだ生きている。

 すぐさま、星司は魔物を蹴散らし、警官を抱き抱えその口にポーションを流し込む。一緒に鎮痛剤を打つことも忘れない。この傷ではどれほどの効果があるかはわからない。それでも、そうせずにはいられなかった。


「ゲホッ、ゴホッ……き、君は……」


「狩猟者です、救援に来ました!あなたを医者のところまで運びます、意識をしっかり!」


 羽織っていたシャツを裂き、腹の傷を傷を押さえるために縛りながら星司は言う。

 死者ならば見捨てて先に行けた。だが、生者を見捨てることは星司にはできない。

 星司が信頼する仲間がいる。警官がいる。クレアからの連絡によると増援も来ているらしい。星司が発生地点に向かわずとも、一地点の魔法陣群を破壊したことで事態は遠からず終息する。ならば、例え助かる見込みが薄くとも、目の前の命を助けることを星司は優先したかった。


「いや、良いんだ……ゴホッ。この傷じゃそれまで保たない……」


「諦めちゃだめだ!あなたの帰りを待つ人がいるはずです、だから」


「家族は、十年前にみんな死んだ」


 警官を背負い上げ、駆け出そうとしていた星司の足がその言葉で止まった。

 十年前。それは、ミシマネルト市に住んでいるものならば誰しもが察することのできる数だ。

 人口増加に伴う食糧需要増加を補うために進められていた開拓地。それを襲った魔王の悲劇。多くの人間が家族を失った。彼も、その一人なのか。


「それでも、俺はあなたを……」


「もう思い残すことは、ないんだ……。私が身を呈して稼いだ時間で、助けられた人がいた……それだけで……満足だ」


「…………」


「十年前、何もできなかった私には、贅沢すぎる、ことだ……」


 星司には、警官の言葉が痛いほどにわかった。彼は本当に満足している。己の運命を受け入れている。


「だから……君の力は、他の誰かを助けるために使ってくれ……。ここまで一人で来れたんだ……。君には、その力がある……」


 星司は目を瞑り考える。もともと、助かるかわからない怪我だ。警官自身に生への渇望はなく、自分の命よりも他を優先してくれと言っている。

 それが彼の望みならば、と星司は震えながら警官を地面に下ろし、静かに地面に横たえる。


「……わかり、ました。俺は魔法陣の破壊に向かいます。すみません。俺では、あなたを助けられませんでした」


「そんなことはない……君は、私を助けようとしてくれた……本当に優しい……。……最後に会えたのが、君のような、子で、本当、に、良かった」


 ありがとう。警官は瞼を閉じる。じき、彼は死ぬだろう。

 星司は未だ二羽の怪鳥が飛ぶ、これから自分が向かう先を見る。


「待ってろよ、てめえら。すぐに終わらせてやる」


 -----------------------------


「あー、もう!あの鳥ウザったい!」


 美奈・スナイザー、友人達にはミーナと呼ばれている少女は金糸のような髪を揺らし、杖を手に魔法を放ちながら呻いた。

 二羽の怪鳥の動きは先程までと打って変わり、魔法陣に近づいていない者にも攻撃を繰り出すようになっている。向こうの魔法陣を破壊されたからだろうか。


「これじゃあウチとソウはともかく他の人が……あ、死んだ。次々」


 そう言って美奈は下半身で絞め殺していた熊の魔物を離し、地を這うように移動し、別の熊をその長大な下半身で締め上げる。彼女の下半身は、五メートルはあろうかという赤い鱗を持つ蛇のものだった。

 美奈は熊を締め上げながら空を睨む。


「ん?あれって……」


 黒い影が空に躍り出るのが見えた。それは美奈の友人であり同じチームのメンバーだった少年のものだ。途中で宙を蹴ったように見えたのは美奈の親友の支援によるものだろうか。

 黒い影、星司が一羽に近づき、そして蹴った。蹴られた怪鳥はそのままゆっくりと落ちていく。地上の美奈からは見えなかったが、どうやら今の交差で一羽倒したらしい。

 星司は蹴った勢いでもう一羽に近づき、そのままもう一羽も斬り殺したようだ。

 空からの妨害が無ければ魔法陣の破壊は容易だ。少し離れたところで戦っていたソウシの分身体は早くも一つを破壊している。美奈も力を込めて熊の全身の骨を砕き、魔法陣の破壊に向かう。


「〈無形の火、無数の残影、無貌の蛇、何時かの記憶、象れ〉」


 美奈の詠唱に応え、世界が歪む。宙空に炎が現れ弾け、無数の蛇となる。

 燃える蛇は、魔物を焼き、潜り抜けて魔法陣を破壊する。

 全ての魔法陣を破壊したのを確認し、美奈はホッと息をついた。そして獰猛、と言えるような笑みを浮かべて杖を握り直す。


「さて、これであとは残りを片付けるだけだね」


 星司が駆け寄ってくるのが見える。あそこにいるのはソウシの別の分身体だ。遠くには学園の教師であるゴリラ男の影も見えた。増援だろう。この騒動も、ようやく終わる。


「もう一踏ん張り、頑張るか!」













  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る