第17話

暗闇の中にただただ独り走っていた。遙か彼方に光る灯火を目指してただただ少女は走った。




「待って!おいてかないで!」




息を荒げながら彼方に僅かに輝く光に手を伸ばす。瞬間光が少女の近くまで瞬く間に広がった。




「やった!」




 やっと光に手が届いた。そう思ったときには、世界は白一色に染まっていた。


辺りをきょろきょろ見渡す。そこにあったのは自身が育てていた花が植えられている鉢植とその隣には木製のベンチに母が座って赤子をあやしている。


母の姿に少女は目を輝かせる。




「おかぁさん!」




 少女は母に駆け寄った。母は少女に見向きもせず赤子をあやしている。少女には弟がいた。小さい生まれたばかり故そちらに掛かりきりになるのは仕方ない、いつもの事だと少女は我慢していた。




「みせてみせて!」




母の手にしがみつき赤ちゃんの顔をみせてとせがむ。母はゆっくりと手元の赤子を少女の手元に持ってくる。


「わぁ!」


 弟の顔を少女は始めてみた。しかしその顔は少女の知っている赤子とは酷くかけ離れていた。


赤子の目は無かった。酷く丸い空白が代わりに二つ広がって少女の顔を見つめていた。やがてその顔を黒く焼け爛れ煙を上げ始めた。




「やだ……やだ、やだよ。ねぇかあ、さ、ん?」




赤子から離れ、母の顔を見上げた時には母の顔も黒こげに燃え上がっていた。




「やだ……やだ……やだ、やだ、やだ!」




目の前の光景に恐怖し、大事にしていた鉢植えを抱え母達に背を向け、走り出す。




「うわッ!?」




走り出してすぐ鉢植えが突然燃え始める。反射的に鉢植えを落とす。




「わかってんだろ?お前はもうにげられないんだよ」




 背後からの声に反射的に少女は振り返った。燃え上がる母親の頭を片手に携えそこに立っていたのは傭兵のような身なりの男だった。真っ赤な紅蓮をまとったその男を少女は知っていた。




「お前だけは!お前だけは絶対許さない!お前だけは!」




憎しみが篭った彼女の眼をあざ笑うように男は笑った。






  ◇ ◇ ◇






 そこはどこかの一室であった。天蓋つきのベットなどいつ振りだろうか。リーアは腕を掲げその場に目を覚ました。汗が酷い。昔の夢を見ていたようだ。昔々の夢を。




「やっとお目覚めかい?」




 自分の横から声が掛かる。首を傾けると横に同じく寝ていたのはシロエであった。彼女の姿は見るに耐えないものであった。止血のため布で体中を巻かれかなりの箇所に血がにじんでいる。更に手足のいたるところには支え木で固定されてる箇所が少なくは無い。それでもリーアよりも目覚めが早かったのは彼女自身の強さなのだろう。




「生きてたのね」




「カカッ!そりゃこっちのセリフだ」




「次会ったら殺してやろうと思っていたけど生憎動けそうにもないわ」




「ククッ……そんだけ軽口たたけりゃ上出来だ」




「あれからどれくらいたった」




「……多分一週間くらい」




「そう。王は、ってあなたが知るはずもないか」




「ご名答。俺も目が覚めたのはさっきだ。外の情報は全くだ」




「……そう」




「なぁ、ありゃなんなんだ?」




「……啓太様のこと?」




「それ以外があるか」




「そうね……諸説色々あるけど実際の所〝王〟が何者かは誰にもわからないの。ただ膨大な魔力を内に宿した個体としか。ただ彼らは〝精霊〟を使役する事なく周りの環境を魔法に変えてしまうの。あなたの〝魔法武具〟が主のあなた以外によって効果を発したのもそれが原因だと考えられる。けど厳密には彼らは〝巫女〟によって選ばれ王としての才覚を得るとされているけど実際はもとよりそういう星の元にうまれたとしか」




「意思を持つ災厄か……」




「でもあなたも分かったでしょう。あの〝力〟の強大さを」




「あぁ……流石に今回ばかりは答えた。体だけですみゃぁいいが、目もこの有様だ。いやはやガキといえども化け物の1各だった。ここまでやられると流石に潔く敗北を認めるしかねぇ。ありゃ正真正銘怪物だ」




「……そうね。まだ幼い王だから〝力〟に飲まれて意思の混濁を起こしていた。彼の力ではあっても彼の力ではない」




「あ?どういう意味だよ」




「まぁあなたも直にわかることよ」




そういうとリーアは重い体を起こし、立ち上がる。


シロエがリーアに背を向け一言いった。




「……こりゃ噂なんだがな。ここの女中に聞いた話だ。今は使われてないって言われる地下牢。あそっから叫び声が夜な夜なきこえるってんだ。ここ数日間。女共の。お前の仕業だと俺は踏んでるんだが、どうだ?」




「……それこそ関係ないわ。あなたには」




「あの坊主も家族を失ったと聞く。お前、あの坊主に」




バタンッ!




 シロエの言葉を遮るように大きな音で扉が叩きつけられるかの様に閉められた。


しばらくシロエは天井を眺め、自分のぼろぼろの体を眺め小さく笑った。




「……あいつ、坊主に殺されるぞ」




 扉の向こうではリーアがうずくまっていた。痛みでまだ立ち上がれる状態ではなかったのだ。ただ無理をしてでも通さなければいけない彼女の意地がそうさせたのだ。


彼女はドアの前に膝を抱え座り込み、窓の外を見る。外は土砂降りであった。そんな曇り空を眺めながら彼女はいった。




「殺されてでも殺してもらうわ。ベルギアを」




彼女のうちに潜む怒りに呼応するかのように雷が空を鳴らしていた。






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