第16話
懐に刃が届いた時それは起こった。
体に切先が届く前に体が大きく凹んでいく。
「なッ!?」
その摩訶不思議な光景に思わずシロエは声を上げる。
突き穿つはずだった場所が自身で変形していく。そして奥へ奥へと進み、やがてそこに空いていたのは空白だった。そしてその空白を呆然と覗きこみ立ち尽くすシロエを目掛けその腹部にぽっかりと空いた穴から先程の液状の翼が押し寄せた。
「ッ!?」
刃を引き、身を捻り攻撃を受け流す、そんなビジョンが彼女の脳裏にはうっすらと浮かび上がる。しかし体は普段だったら難なくこなす回避行動をとる事が出来なかった。
「なんだ、こ、りゃ、あ?」
体が硬直したかの様に動きを鈍らせやがてその場に固まる。
「ま、さか……」
動かなくなった体で僅かに視界を足元へ向けると先程自身が投げた〝影縫〟が主であるシロエを縫い付けていた。
(なぜッ!何故だぁぁあぁぁあぁああッ!)
その疑問は声になることは無かった。そのまま為すすべなく啓太の腹部に空いた穴からあふれ出た液状の翼に貫かれる。シロエを貫いて尚空へ一直線に加速し、更に加速しつつ更に先端が分離し彼女の体中に幾多の穴を空ける。
「ガフッ!」
宙で切り裂かれる彼女からしぶく血は大地を紅に染め上げた。
そして翼は霧になり離散し、最期に宙から落ちてきたぼろぼろのシロエのみが残った。
「が、ふふふ……が、が、あ」
力なくその場に伏す彼女は、口から血のあぶくを吐き、必死にもがいていた。そのシロエへを笑いながら眺める啓太。しゃがみこみ、髪を掴み彼女の顔をあげる。そして口から流す血を人差し指ですくうと舐める。
「うっま。エルフの血って高貴な味がする。もっと、もっと食べたいなぁ……食べてもいい?」
「が、が、が、ゆる、ゆるひ」
酷く狼狽するシロエの髪を引き凸に当てる距離まで持ってきて囁く。
「聞こえないよ。シロエがいったんだよ?聞こえないって」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ……ごめ、ごめ、なさ」
髪をつかんでいた手の力が緩み、力なく彼女がその場に倒れた。
「……とりあえず、顔あげてよ」
シロエは必死に軋む体を起こし、震えながら涙を流し、ゆっくりと顔をあげた。その視線の先にあった啓太の顔を見て更に表情が更に恐怖に歪んだ。啓太の右目の虚空がただただシロエを見つめていた。口元には万遍の笑みが浮かんでいる。
「は、は、ひ、ひ」
「……許して欲しい?」
「は、はひッ!」
「そっか……いいよ」
「あ、はひ、ありがとうございますありがとうございまひ」
「……なんていうと思った?」
瞬間顔をあげたシロエの右目をシロエの〝影縫〟が突き刺していた。
「あがががががが……なで、なで?」
狼狽し激痛にもだえる事すら出来ないシロエを睥睨しながらも啓太は笑みを絶やさない。
「シロエが教えてくれたんだ。俺に。世の中そんな甘くないってさぁあ?ねぇ?そうでしょう?」
右目に突き刺した〝影縫〟を引き抜き〝影縫〟を眺める。
「おっそろーい。ほら俺の右目。君がやったんだよぉ?痛かったなぁ。痛かった?」
もはやその問いにシロエは答えない。痛みも感じていないようで息を荒げその場に力なく倒れている。
その様子に苛立ちを覚えたのか舌打ちを慣らしたのち、髪を掴みシロエを持ち上げ、思い切り〝影縫い〟で一突き腹部にお見舞いした。
薄れていた意識が激痛により一気に戻り、悲痛の叫びを上げる。
「がっぁぁぁぁああああああぁぁぁああああッ!?」
「こんなもんじゃおわらせないよ?〝僕〟はもっと痛かったんだから?」
「ごふ……」
ただ虚ろな目で地を伏すシロエはもはや動く事すら間々ならない。周りに広がるのは血だまりのみである。その姿に非常に退屈そうな表情を浮かべながら口元だけが笑っている。
「あぁ、終っちゃった。つまんないし、んじゃもうお前死ねよ。クズが」
うつ伏せ倒れるシロエに馬乗りなり両手で〝影縫〟を構える。そして天高く〝影縫〟を振り上げ突き刺そ
うとした時だった。
「け、けいた……サマ」
啓太の足を触っていたの死んだと思っていたリーアであった。這いずった後が鮮明に残っていて血痕が彼女を追う様に出来ていた。
「その手をどけろ。雌犬が」
「……正気を失わないで。〝力〟に飲まれないで」
「うるさい。うるさい。うるさい。僕?俺僕だ?いや俺だ。僕俺僕俺僕俺僕俺僕俺僕俺僕俺僕俺僕俺僕俺
僕俺僕俺僕俺僕俺僕俺僕俺うあぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!」
頭を抱えその場にもだえ転がる啓太。やがて荒い息を上げながらすっとその場に立ち上がり天を仰いでいた。そして一言ぼそりと呟いた。
「……僕は誰なんだ?」
「あなたは啓太様にございます。私の、私達の優しき小さな王様にございます」
「あぁ。そうだった。そう……だった」
自身の存在を再認識するかのように呟いた後啓太はその場に倒れ伏した。
その場に残されたのはたった一人の勝者でも、ただ一人の敗者でもない。勝者の居ない戦場がただただその場に唖然とする民衆達と共に鎮座していた。
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