エピローグ

最終節「エピローグ~北へ」

 エピローグ


 年が明けた一月某日。


 悠未ユーミ獅子堂ししどうヒカルが「決闘ケンカ」した日からも、様々なことがあり。


 復興居酒屋でホヤを肴にお酒を飲んでいた外国人が酔っていたので介抱したら、アラブの大富豪で、招待された悠未と灯理アカリがドバイまで行ってきて世界一のショッピングモールを「視察」してきたり。


 元日から奈由歌ナユカが神社で巫女服姿でバイトしていたら、地元のお年寄り達から何らかの「有りがたい存在」として崇め奉られたり。


 イノリがまた新しい「性癖」に目覚めたり。


 色々なことがあったのだけれど、取りあえず今日は学校の冬休みも終わりに差し掛かった頃だったりする。長期休暇中にできる大型の復興活動フッカツの最後とばかりに、ちょっと県北部・奈由歌の故郷の方に遠出することになっている。


 ホムラが支度を整え終えると、真雪マユキが準備していたお弁当の包みを手渡してくれた。


 真雪は、再び「みなし仮設」で焔と暮らしている。結局「エメラルド」でホステスをやるのは辞めて、今は自宅から通える距離にある復興市場いちばで働いている。


 周囲の人々は店前に出て、いわゆる「看板娘」になってくれるのを期待しているようなのだけれど、真雪はそれを断り、市場の流通関係の裏方仕事をしている。


 どこで取れた海の幸・野菜・果実などなどを、どういう経路で運び、どこのお店で、どれくらい出すか、とか、そういうのを考えたり調整したりするお仕事。の、今はまだお手伝い。


 仕事から帰ってくると、焔と一緒に食事をして、家事をして、仕事のための勉強をしてと、まだまだ体力が必要な日々。


 それでも、夜に本当に少しの時間デスクトップパソコンを立ち上げて、作品とはまだ言えない思考の断片を言葉にしたものを、テキストファイルに綴るようになっていた。


 真雪がこの世界に落とし始めた言葉の欠片カケラたちを丁寧に拾って組み立てていくと、焔にはある情景が「イメージ」として浮かび上がるようになっている。


 長くて艶のある黒髪を、あけぼのの空色のリボンでサイドテールにまとめた、綺麗な女性が、海と大地の境界線が曖昧な場所で佇んでいる光景だ。


 彼女の巡る四季の全ての色を携えているような深深しんしんとした両瞳で見つめられると、現実を覆っている薄いヴェールをぺりっとめくってみると、そこには宇宙の真実を宿した世界が何気なく横たわっていたりすることを、思い出しそうになったりするのだ。


 不思議なことに焔は、その女性のことを、真雪のアイデアメモを読む以前から知っていた。


(ここに、いたのか)


 女性がいる「イメージの世界」は、今では海には魚たちが戻り始め、大地には若草が芽吹き始めていて、本当に少しずつ、少しずつだけど良くなっている気がした。


 今でも微笑みだけは崩さない彼女のスマイルが本物なのか、それは焔が勝手に決めて良い類のものではなかったけれど、焔は無理をしない穏やかさで、今では真雪と二人で一緒に、いつか彼女を幸せにして、本当のスマイルを取り戻すつもりでいた。


(待ってて)


 いつか真雪が紡ぐ言の葉に、焔がいろどりをつけて、彼女をこの世界に連れ出してみせる。


 真雪にはまだ直接語ったりはしてないのだけれど、焔は密かにそんなことを思っていた。


 古きCRTディスプレイに再び光が戻り始めた一方で、新しい事柄も進んで行く。


 真雪は空いた時間で、最新技術によるアプリの使い方を練習している。


 灯理によると、時代的にこれまで使われていたアプリが使われなくなり、新しいアプリ、というかデバイスからネットワーク、果てにはより根幹の技術まで新しいものが使われ始める時期なので、いっそゼロから新しい方を勉強するチャンスでもあるというのだ。


 復興市場も、色々と新しいものを取り入れようとしている。


 かろうじてデスクトップPCに愛着がある世代の焔は、タブレット端末だけであれこれ複雑な作業をやっている真雪の姿は新鮮に映った。


 その新しいこれらですら、そのうち灯理が既に被験者として使っているような、より未来のツールに、徐々に置き換わっていくのかもしれない。


「気をつけてね」

「ああ。行ってくる」


 一緒にいられなかった時間を埋めるように、しばらく色々なことを話していたけれど、今では徐々に自然な数の会話に落ち着いてきている。一緒に暮らしているとういうことは、そういうものなのだと思う。


 真雪は、色々と柔らかくなった。


 かれた黒髪は、異性の気を無理やり引くという重荷を今は下して、ナチュラルな魅力に収まっており。


 目元はホステスをやっていた頃は伏し目がちになっていたのが、今は普段から、ぱっちりしている。


 こちらの方が生来の真雪であるようで、正直、まだ十代ですと言っても通りそうな、美しいというより可愛い感じになっている。


 さて。県北部の街には、エス市の中心の「駅」から電車で行くことになるので、復興部のメンバーとは「駅」のステンドグラス前で待ち合わせしている。


 十分に間に合うよう、余裕を持って家を出た焔だったのだが。


 道中、かつて市電が走っていた方の通りから「駅」に向かっていた所、「橋」の所が封鎖されていた。居合わせた人々の会話に耳を傾けてみると、どうやら大きな重機が横転して、道を塞いでしまっているらしい。


 焔の脳裏に最初に過ったのは、自分でも手伝えることがあるだろうか、ということだった。


 あるいは、スマートフォンで復興部のメンバーに連絡を取れば、それこそ「助っ人」として彼・彼女らはやってくるだろう。


 その時。一陣の風が吹いた。


 ちょっと色が落ちてきていて、染め直そうか迷っていた焔の金髪が、揺れる。


 寒風かんぷうが吹きぬけた先に向かって顏を上げると、見慣れた高架線こうかせんが瞳に映る。


 いつも通りのダイヤで動いている電車が近づいてきている所で、ちょっと遠くに、ガタン、ゴトンと駆動している音を響かせている。


 そういえばあの頃。高架線の上には一ヶ月ほど新幹線が停止したままだったのだけれど、今ではもう、普通に動いているんだった。


(大丈夫、なんだ)


 この矮小で。悠未の言葉を借りれば偽物の焔が、全て助けようとすることなんかない。


 この街には、「真のヒーロー」が、沢山いるのだから。


 転倒した重機って、どうやって元に戻すのだろう。


 でも、できるんだろう。


 そういうことができる人が、いるんだ。


 ケガ人がいたなら、今頃救急車が向かっているはずで、近くには、震災後に新設移転した、街の中核病院もある。


 そんな「真のヒーロー」達にも、「夜」に膝を抱えてしまって、動けなくなる時はあるだろう。


 そういう時は、「偽物のヒーロー」である街アカリオレたちの出番だ。だけど今は「昼」、本物の太陽が、まだ照っている。


 だったら。


(俺は今日、俺にできることをやればイイんだ)


 焔は走り出した。


 「駅」に続く道は一つじゃない。


 けれど、今から国道から続くエー大橋の方から回って行くとなると、ちょっと待ち合わせ時間にギリギリになりそうだったから。


 白い息を吐いて。


 自分の心臓の鼓動を感じながら。


 足を動かして。両腕を振って。走る。


 こんなにも幸せでも。あの日全てを失って、瓦礫の中で立ちすくんでいる幼い焔が、思い出されることもあるけれど。



  ///


 そういえばあの頃、失ったものが大きすぎてただ泣いていた。


 どこかで、それでも何かしなきゃって思いながら。


 でも、こんなにも自分も世界も壊れて、何をすればいいんだろって思いながら。


 このまま大人になっても、きっと良いことなんてもうないって思いながら。


 なあ俺。あの頃の俺。心配し過ぎなくてイイ。


 やがて出会えるから。こんな俺にでもできることに。


 立ち上がれない時に言葉をかけてくれる人達に。


 もう一度ともしびをくれる人達に。


 大切な。大切な。大切な場所に。


  ///



 息を切らしながら焔が「駅」に辿り着くと、時間がギリギリだったからだろう。ステンドグラスの前ではなく、改札口の前で灯理が手を振っていた。


「切符。焔君の分、もう買ってあるから」


 少し慌ただしく改札を抜けて、階段を降りて、ホームへ。


 乗る予定の電車は、ちょうどやってきたところだった。五人、乗り込んで、ようやく一息をつく。


「時間ギリギリなの、焔君にしては珍しいねぇ」

「ちょっとありまして。後で説明するっス」


 二人掛けの座席に、悠未と灯理、祈と奈由歌がそれぞれ並んで座り、焔は一人、通路を挟んで離れた側の座席の窓際に座った。ゆっくりと、外の景色を見たかったから。


 やがて、電車は動き出す。


「ところで、今日って、何しに県北まで行くんだ?」


 悠未に尋ねると。


「うむ。地元の企業から“復活フッカツ”依頼があった。世間的にはまだ秘密だが、今度リリースされる新しいヴァーチャルリアリティオーグメンテッドリアリティの位置ゲームで、震災復興も兼ねて県北のケー市を始め、沿岸地域の街がピックアップされるらしい。今日は、そのための『スポット』の設置の手伝いだ。まずは、人を呼ぶ仕組みが大事だからな」


 焔としては、これまでスマートフォンのゲームをほとんどやらないで来た人だったので、今一つピンとこない話だったが。


「これから始まるリアルとVRが混交する時代に先駆けて、全てのVR空間と対応した現実空間が大資本に押さえられてしまう前に、さらっと先行してリアル地域の要所に地元由縁のVRを仕掛けておくのも、復興活動フッカツだね」


 なるほど。灯理が得意そうな分野だった。


 これから世界は、一言に地方を旅すると言っても、灯理が使っているような最新技術を使いながら、リアルとVRを行ったり来たり、そんな風になっていくのかもしれない。


「VR巨大秋刀魚サンマとか、設置する気らしいよ。K市の秋刀魚、美味しいからね。なんであれ、きっかけ作って来て貰って、実際に食べて貰えば、みんなハッピーになるさ」


 祈が追加情報を教えてくれる。


「祈さんは、K市に行ったことがあるんだ?」


 焔は、今回訪れるのが初めてだ。自分のことで大変だったからというのもあるし、ついこの前まで、県北への線路は震災によって分断されて、間を臨時バスで送迎している状態だったというのもある。


 その路線が完全復旧したのは、比較的最近のことであった。


「ナユカの帰郷のついでに、何回か一緒に行ったことがある。焔君と出会う前だね。去年も、夏の終わり頃、秋刀魚を食べてきたよ」


 そういえば、県北のK市は奈由歌の故郷なのだった。


「リアル秋刀魚と、VR秋刀魚の二刀流じゃ。人来る。県北も賑わう。良いことじゃ」


 奈由歌も、実は相当な苦労人なのだと、今では焔も理解している。


 コスプレ衣装を作る時は、お金をかけずに材料を集める工夫を色々しているし、普段身に着けている特徴的なファッションも、実際のところ二着を交互に着ている。


 ありていに言って、お金もないのだろう。


 当たり前だ。二重ローンでお店をもう一度始めた人とか。本震後しばらく働くどころではなかったり、実際失職したりで被った経済的損失が、未だに回復できていない人とか。そんな人達はまだまだいっぱいいる。


 かくいう、真雪と二人、改めて始まった久美くみ家も、お金の面では相当厳しい。


(なるほど。とりあえず東北近郊に潤ってもらわないとな)


 同人誌とかを作って海外に販売していって、収益を復興活動とかに投資して行くという作戦も、改めて進めていくか。


 そんなことを考えた時。ちょうど。


「ところで、焔君。次の漫画だけどね。前回が『妹』ものだったから。今度は『お姉ちゃん』ものがイイと思うんだけど」


 祈が、けっこう真面目な顔をしてそんなことを言ってきた。


「俺。リアル姉ちゃんいるんスけど」

「ほら! イノリの悪いところじゃ。現実と作品をすぐごっちゃにする~」

「そうか。真雪さんと、焔君が描く漫画のお姉ちゃんは別だよね。いや、でももしかして、焔君が描くお姉ちゃんの方が、よりイデアな意味での真雪さんと言えるんじゃないか?」


 祈が、そのまま本人にしかよく分からない葛藤モードに入ったりする。


 焔としては、未だに祈が一番掴みどころがない。


 最近、何かと真雪に会いに来るようにはなっているのだけれど、純粋に異性として好意でも持っているのかというと、微妙にニュアンスが違う気もしている。


 一方で奈由歌の方はオープンに行動にも起こしているので分かりやすく、おそらく祈に好意を持っているのだろう。


 ただこちらも、祈と奈由歌の関係は、じゃれ合っているようで、一方でお互いを深い部分で理解し合っているようでもあり。


 かといって付き合うとか付き合わないとかそういう話をするでもなく、よく分からない。


 もっとも。


(悠未と灯理さんが結婚しているのに気づかず道化を演じていた俺は、あんまりこういう話の才能がないのかもしれない)


 そういえば。焔の初恋の「木花コノハナ咲耶姫サクヤヒメ」役の女の子は、無事なのだろうか。


 気がつけば疎遠になっていたけれど、引っ越していなかったのなら、彼女も家は津波で流されてしまったはずだ。


(なんでもイイ。生きていてくれたらイイけど)


 そんな、今まで思い出すこともなかった縁あった人に向かって焔がそっと祈を捧げていた時。


 窓の外の風景が開けた。


 遠方に向えば、やがて海へと通じる場所は。


 穏やかさを取り戻し始めた情景ではあるけれど、全てが元に戻ったのかというと、それは違う。


 更地・仮設住宅地区といった昔はなかった風景に「変わったこと」が意識させられる。


 曲がったままのガードレールや欄干らんかん。ひび割れた道路がまだまだ散見される。


 あれからときが経って、見た目の上では日常が戻ってきている「S市」の都市部とは、また少し違った光景。


 でもこの場所も、今ここにいる自分と、分断された遠いどこかではないんだ。もう、線路は復旧して繋がっているんだから。


 やがてまた、キラキラと雪が舞い始める。


 そんな銀色の中を、電車は北へ。


 世界セカイを慈しみ直せる日が本当にやってくるのかは、まだ分からないけれど。


 焔は、電車が進んでいく方向に向かって、前を向いた。


 ここではない、どこか。じゃなくて。


 ここから地続きな、未来どこかへ。



――俺達の復活フッカツは、これからだ。



  /『こちら街アカリの復興部!』・完

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こちら街アカリの復興部! 相羽裕司 @rebuild

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