地表を埋め尽くす闇色の生命
灰色の空を真っ赤に染める閃光は、断続的に複数回続き、中空に散開した戦術飛空艇、守風の間をかすめていく。全機、直撃は免れたようだったが、息つく暇なく第二波がやってくる。
「敵は一体のはずなのに、あんなに短時間で連続射出ができるなんて……。あの装備はイーリスなんかじゃないわ」
閉所と高所に慣れたのか、村沢の声は落ち着いていた。確かに、飛翔型ドローンが装備しているのはイーリスそのものではない。おそらくイーリスに摸した何かだ。
ドローンは常に進化(それは単に変化なのかもしれないが)を繰り返し、ヒトのそれを容易に超えていく。ドローンの振る舞いは、ヒトの思考をはるかに超越しているのだ。かつてドローンには知性など存在しないと考えられていた。しかし、その急速な進化現象と、巧みな戦略を目の当たりにすると、ドローンには、ヒトとはまるで次元の異なる知性が宿っているようにしか思えなかった。
『四番機、右メインエンジン停止』
無線器から発せられる、四番機操縦士の悲痛な声が、操縦席の緊張状態をさらに押し上げる。視線を真横に向けると、主翼の付け根から黒煙を上げ徐々に高度を下げていく守風の機体が見えた。飛翔型ドローンから放たれた閃光を回避できても、その衝撃波をまともに食らうと機体は大きく損傷するようだ。
四番機は衝撃波をかわし切れずに、メインエンジンの一つが破壊されたらしい。左側のエンジンはまだ生きているようだが、この高度を維持するには少々厳しい状況なのだろう。
「四番機、緊急着陸態勢に入ります」
「こちら五番機、緊急着陸を許可する。地表到達後は、管制区からの……」
無線機を手にした広田が、そういいかけた瞬間だった。ドローンが放った高密度電磁パルスの第三波が、容赦なく四番機の操縦席を貫いていった。
『管制区から守風隊、当該エリアを至急離脱。離脱後、四機で融合飛行し、目的地へ急行せよ』
状況的に、戦局の打開は困難と見たか、管制区はドローンの破壊をあきらめ、当該エリアからの離脱を指示している。
「この状態で融合飛行するなんて不可能だ……」
坂上はそう言いながらも必死に操縦桿を握り、ドローンから放たれる赤い閃光をかわし続ける。その姿は鬼神と呼ぶにふさわしい。
――人が神という存在を生み出したのも、なんとなく分かる気がするよ。
「二番機、通信途絶」
「一番機、大破」
落下していく守風の機体と、空に消えてゆくその破片。むしろ鮮すぎるドローンの排除行動を目の当たりにすると、ヒトが自然を支配しているなんてことは壮大な錯覚であり、ヒトは自ら生み出した非自然に支配されているのだと、そう思えた。
「くっそぉ。何としても離脱してみせる」
「坂上、落ち着け。大丈夫だ」
そう言って広田は、飛行継続可能な守風の位置を確認する。既に四番機と一番機は大破しており、二番機は通信途絶状態。残る機体は、僕らのやや後方を飛行している三番機のみという状況だ。
「三番機、こちらの真横に機体を近づけてくれ。融合飛行を試みる」
『了解、当機はこれより五番機との融合飛行体勢に移行します』
あっという間に翼と翼がぶつかるくらいに接近した両機は、そのまま、機体を一八〇度回転させ、胴体部分を互いに向き合わせた。
「融合開始」という、広田の合図で、坂上は慎重に操縦桿を操作し、三番機に近づいていった。
「ロック完了。現在、当機は三番機と融合飛行モードに入りました」
「出力最大」
「出力最大、了解」
三番機の操縦士が復唱すると広田は静かに「射出」と指示した。その直後に、地下高速航路を離陸したとき以上の重力負荷が僕らを襲う。守風二機が胴体部分で接合され、メインエンジンの並列射出で推進力を倍加させたのだ。
「飛翔型ドローン視認。安定器起動」
目の前には高速で迫ってくる黒い飛翔体、ドローン。広田はイーリスでこのドローンを破壊するつもりなのだろう。前方から迫ってくる強力な重力負荷で目を開けことも難しい。
「融合飛行のままイーリスを使ったことはありません。何が起こるか……」
「奴を破壊しない限り離脱は困難だ」
広田の言うとおり、あのドローンから逃げ切ることはそう簡単な事じゃない。破壊こそが生き残る唯一の手段。
「了解。安定器起動します」
機体の振動がさらに激しさを増していく。このまま墜落してしまうのではないかと思うほどだったが、航行速度からすれば、極めて高精度な操縦であることに気づかされる。
「イーリス射出準備」
「イーリス射出準備完了しました」
「撃て」
イーリスから発射されたであろう青い閃光が、操縦席の風防真横を通過し、すぐ目の前に迫った真っ黒なドローンの外装に直撃した。青白い光に包まれた球体型ドローンは大きく膨張し、そのままはじけ飛ぶようにして消滅していった。
「飛翔型ドローン、撃破成功」
すごい操縦精度だ………。坂上という男、初めて会ったときには整備士に向いているなんて思ったが、そんなことは全くない。生まれながらの守風操縦士と言っても差し支えないだろう。
「機体制御困難。このままですと失速します」
しかし、守風の機体も無事では済まされなかったようだ。坂上の懸念通り、高速飛行中のイーリス射出衝撃は、機体に大きな負荷をかけたらしい。大きく反り返ったかと思いきや、一気に急降下を始めている。
「融合飛行解除」と叫ぶ広田の声と「三番機、失速。持ちこたえられません。緊急脱出します」という無線からの音声はほぼ同時だった。
「了解。無事を祈っている」
地表に到達できたとしても、救援も何もない状態で、果たして彼らは生き残ることができるだろうか。管制区との通信も途絶しており、近隣にあった唯一の都市、関東インターシティ-は壊滅している。地表は既に絶望で浸食されているのだ。こんな世界で無事を祈るとはどういうことなのか……。
激しい振動が少しずつ和らぎ、重力負荷も徐々に消失していく。坂上が機体を水平直進飛行まで回復させたのだ。
「これより単機で任務を継続する」
広田の声に管制区からの応答はなく、ただノイズが虚しく鳴り響くだけだった。
「管制区との通信が途絶しています。戦術データリンクも使えません」
五番機は飛行継続が可能な程度にその機能は保たれていたが、管制区との通信手段を失い、戦闘支援の継続は不可能な状態だった。
「みんな、あれを見て」
だいぶ高度が下がっていたのだろう。村沢が指差した先には果てしなく広がる関東平野が迫っていた。金属塊がいたるところに散乱している荒れ果てた地表には、想像を絶するような驚くべき光景が広がっていた。
「あれは……。ドローン」
数百体規模のドローンの集団が、直立して天を見上げているのだ。地平線の彼方まで続く、その光景は異様としか表現しようがない。
「微動だにしていないが、あれは本当にドローンなのか?」
「間違いないわ。汎用型ドローンと呼ばれる標準的なタイプよ」
汎用型とは、いわゆる旧陸上自衛隊の装備を摸したタイプのドローンで、その数は推定数千個体と言われている。
「もう少し近づいてくれ」
「隊長、これ以上の接近は危険なのでは?」
「飛翔型ドローンではない。上空からでは手も足もだせんよ」
そんな油断が、救難チームを行方不明に陥らせたのではなかったか……。とはいえ、あのドローンがいったい何のために集まっているのか、個人的にはとても興味があった。そして、そんな光景の中に含まれる小さな違和感に僕はすぐに気が付いた。
「ドローンの足元を見てくれ。あれはもしかしたら……植物」
関東の地表はその土壌汚染や、崩壊した建造物の瓦礫などに覆われ、動物はおろか、植物すら生息していない地域だったはずだ。しかし、直立しているドローンの足元に、茶色の土壌と、その上に生息している緑色の植物のようなものが肉眼でもはっきりと見える。
「確かに植物のようね。関東の地表からはほぼ消失した植物がなぜドローンの足元に……」
村沢と意見が一致したのはたぶんこれが初めてだろう。
「広田隊長、これ以上の接近は、やはり危険かと。目標地点まであとわずかです。任務に戻りましょう」
「ああ……。そうだな……。任務を継続しよう」
――act.5:『地表を埋め尽くす闇色の生命』
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