闇を抜けた先に待ち構える赤い瞳
地下航路管制区に隣接した飛空艇揚陸場には、
守風式戦術飛空挺は、田邉重工航空工学開発センターの主任研究員だった
「これはまた……。守風、ですよね。見たことのない
初号機の開発から数回のマイナーチェンジを行っており、外観が多少異なっている機体が複数存在することは知っていたが、目の前にずらりと並んでいる守風は初めて見るものだった。
「
公安局警備課長補佐、いや本作戦の実戦指揮を自ら名乗り出た広田は、僕を振り返りそう言った。守風の搭乗口へ向かう狭い通路に響き渡る足音は、広田と僕のものの他に、村沢、そして坂上という若手の守風操縦士のものだ。
「主翼に搭載されたイーリス二挺は、基本的にはエンフォーサーが装備しているものと変わりません。ただ、イーリスを飛行中に起動できるよう、守風にだいぶ改良が加えられているんです。胴体部分を見てください」
坂上は、立ち止まり、得意げに守風の主翼の下方を指さす。もしかしたら、彼は操縦士よりも整備士の方が向いているかもしれない。
坂上が指差した守風の胴体部分に視線を向けると、田邉重工のエンブレムが刻まれたメイン吸気ダクトの真横に、小さな排気ダクトのようなものがいくつか取り付けられているのが見えた。
「安定機と呼ばれる装置で、あそこで逆噴射するんです。小さいですが、高出力なんですよ。イーリス射出の衝撃はかなり大きいですから、あの装置がないと機体の航行速度が大幅に減速して、バランスを崩してしまうんです」
『四番機、五番機、搭乗を急いでください。第七地下高速航路、隔壁解放』
管制区からのアナウンスが飛空艇揚陸場に響きわたり、整備員の動きもあわただしさを増していく
『一番機、搭乗確認。射出準備』
巨大な揚陸場から真っ直ぐに延びる滑走路の先に巨大なトンネルが姿を現す。一番機のメインエンジンが点火し、滑走路をゆっくりとトンネルに向けて動き出していくのが見えた。
「あれが地下高速航路だ。しばらくはあの中を飛ぶことになる」
地上を飛行することはかなりリスクが高い。あの飛翔型ドローンによって関東インターシティーが破壊された今、地下航路を利用することがもっとも安全と判断されたのだ。
「矢部さん、村沢さん、こちらへ」
広田と坂上は、鉄製のハシゴを手際よく登ると、守風の操縦席を覆っていた風防を解放した。内部は四人乗りだが、決して広い操縦室ではない。
「安全帯をしっかり閉めてください。守風の離陸時重力加速度は予想以上に大きいので」
操縦席に乗り込むと坂上はそう言って座席後方から延びる安全帯を腰元でカチリと装着した。座席はごわごわしていて、お世辞にも乗り心地が良いとは言えない。村沢も終始無言だ。
「吐きそうになったら、座席右下にあるエチケット袋をご利用ください」
操縦桿を握る坂上の隣では、広田が計器の確認作業を行っているようだ。
「村沢さん、大丈夫っすか?」
僕は、さっきから何もしゃべらない、村沢が少し心配になってきた。まさかこの期に及んで怖気づいたとかそう言うんじゃないだろうか……。まあ、彼女が現地へ行く意味もそれほど多くはないし、ここに残していった方が、経産局的にも都合が良いのでは……。
「話しかけないで……」
「え、あ、あのだじょうぶすか?」
「うるさいっ、閉所と高所と、玉ねぎと、ラッキョウと、それから……いろいろ恐怖症なのよっ」
完全無欠に見えるヒトにも、弱点があるもんだ……。
「広田機、搭乗完了。戦術データリンク起動」
後部座席のやり取りなどまるで耳に入らないかのように指揮官、広田は管制区と通信を行いながら、マニュアル通りに作業を進めていく。隣の坂上も粛々と点検作業をこなす。機体はゆっくりと滑走路を滑り出し、巨大な地下航路の前に向かっていく。
「五番、広田機。システム、オールグリーン。進行現示確認。射出準備完了」
『管制区了解。六番地下高速航路、隔壁解放。射出用意』
僕は念のため、エチケット袋の位置を確認する。村沢が大変なことになったら少々まずい。なにせ、ここは密室空間だ。
「みなさん、重力加速度に備えてください。首の骨、折る人いますから。顔はやや下向きでお願いいたします」
――おいおい、まじか。
「射出っ」
「うっ」
座席に身体が貼り付けられる。確かに下手な方向を向いていたら首の骨に強力な負荷がかかる。重力制動装置が起動するまで五秒。体感的には十秒といったところか。真っ暗闇の中、時折、操縦席の風防をかすめていく航路照明の灯り。振動も激しく、硬い座席に何度も腰を強打する。
――これで坐骨神経痛になったら労災は降りるだろうか。
しばらくすると振動はやわらぎ、機体の航行速度も安定し、前方から押し付けられるような重力は少しず薄れていった。
「大丈夫か、村沢」
「ええ。まあ、なんとか」
そうい言いつつも肩で息をしている村沢の顔は真っ青だ。
「あと数分で関東地区最南端の小田原管制区に到着する。そこからは地下高速航路が使えないため、地上に出て、上空を飛行することになる」
数分で旧東海道を移動するなんてことが、古代の人間には想像できただろうか。文明の発展、それはヒトの身体能力の拡張。なるほど確かに。昨日、村沢が言っていたことが妙に腑に落ちて、僕は小さくため息をつく。
「地下航空路はやっぱり崩壊しているの?」
村沢もようやく落ち着いてきたらしい。
「ああ、小田原から先、関東インターシティーまで、地下航路は完全に崩壊している」
程なくして前方から地上の光がさしてきた。小田原管制区地上射出航路と書かれた指示表に従い、僕らは地上に出る。闇に慣れきった瞳孔を刺激する久しぶりの太陽光に、思わず顔をしかめる。
『こちら管制区。地上へ出たら高度三万三千フィートまで急上昇せよ』
管制区からの通信もノイズ一つなく良好だ。急上昇する理由はおそらく関東を全滅させた飛翔型ドローンを警戒してのことだろう。
「高度三万三千フィート、了解」
地下航空路から飛び出した守風の機体は、坂上の巧みな操縦で一気に上昇を始めた。真横を見ると、並列して飛んでいた味方の五機も合わせて急上昇していく。その一糸乱れぬ動きには目を見張るものがあった。坂上を含め、みな若手だが腕の良い操縦士たちだ。
広田機を中心とした守風編隊は指定高度で水平を保つと、通常航行に入った。
「左下を見てみろ。あれが富士山だ」
広田の声に、視線を下側に向ける。旧行政区分でいうと静岡地区と山梨地区をまたぐ場所にそびえる国内最大の山。灰色の裾野を真上から見ると、まるで地表にぽっかり空いた巨大なクレーターのようだ。
『管制区より守風隊へ、前方一〇〇キロメートルに、飛翔型ドローンを確認。繰り返す、前方一〇〇キロメートル上空に、飛翔型ドローンを確認。高度三万フィート。守風隊接触進路で接近中。警戒せよ』
「まさか、飛翔型ドローンが三万フィート上空を飛行できるなんて……」
村沢も驚きを隠せない。関東を襲った浮遊型の球体ドローンはせいぜい、地上から数メートル上空を飛行する程度のものだと考えられていた。それが三万フィート上空まで飛行できるとはだれも予測していない。
『警告。飛翔型ドローンから高密度電磁パルス反応を確認。なんらかの遠隔射出兵器を装備している様子』
「高密度電磁パルスって、我々が対ドローン用に使用しているイーリスじゃないですか?」
『衛星画像でます』
管制区のオペレーターによって、操縦桿横のモニターに転送された衛星画像には、真っ黒な球体型のドローンに、串刺しのように本体を貫通している槍のようなものが映っていた。ややノイズ交じりの映像のため、はっきりとは視認できないが、これはイーリスと類似した兵器と言って大きな誤りではないように思えた。
「まずいことになっている……」
突如、ドローンを貫く槍上の先端が真っ赤に発光する。それはこの操縦席からでも風防越しに肉眼で確認できるほどの明るさと大きさだった。
「全機散開、衝撃に備えよ。繰り返す、全機散開」
――act.4:『闇を抜けた先に待ち構える赤い瞳』
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