進化のその先に……
『田邊重工システム開発部は、人間の能力を極限までに引き出す"戦術強化外骨格"の開発に成功しました』
モニターにゆらめく映像には女性が、その右手に
『見た目は一般的なバイザーヘルメットと防弾スーツのように見えますけど、人間の身体能力を数十倍まで増加させることが可能な強化外骨格です』
女性が解説している音声はそのままに、強化外骨格なる装備を身にまとった男性が、全速力で走っている映像に切り替わる。並走する自動車を軽々と追い越していくその姿は、彼らの身体能力がヒトのそれを超えたものだとアピールするためのプロモーション映像なのだろう。
『強化外骨格は着用者の防御力と身体能力を大幅に向上させることが可能な軍用の戦術装備ですが、建設産業など危険作業を伴う現場に従事する作業員になどにも応用できるとして、今後コンシューマー向けの製品開発も手がけていくと、田邊重工システム開発部は発表しております』
突如、画面が切り替わり、今度は別の女性が同じくマイクを片手に熱く語っていた。先ほどの女性よりもやや興奮気味で話しているせいか、音声が割れて良く聞き取れない。僕は端末のサウンドエフェクトを操作して、ゲインを少し弱めにする。
『本日、午後1時より、田邊重工株式会社の来宮システム開発部長による緊急記者会見が開かれました。新型強化外骨格に関する開発発表とのことで、多くの報道陣が東京品川にある田邊重工本社ビルに集まっています』
東京とはかつてこの関東と呼ばれる地域の中心地だったことはゲゼルシャフトの端末で学んでいた。
『この新型戦術強化外骨格は人間の脳と直接リンクすることが可能で、クラウド上の人工知能と思考を共有できるのが大きな特徴です。高速演算処理を可能とする人工知能、"ティアマト"と強化外骨格がリアルタイムで接続されることで、装備者は最も的確な状況判断を瞬時に行動に移すことができると言うものです』
クローズアップされていく画像には実験室のような部屋が映し出されていて、頭や背中にいくつものケーブルをつないだ男性がヘルメットを装着している様子がはっきりと見える。背部から延びるケーブルは、あのドローンの背中を連想させた。
『この装置は、人間の脳波と微弱電流を検知して、戦術強化外骨格と人工知能ティアマトをリンクさせることが可能です。目の前の状況に対して最も妥当な判断を迅速に行える援するシステムとのことで、これが実用化されれば、人間の身体能力向上だけでなく、最も功利性に優れた判断を迅速化に下すことが可能になります』
映像が突然途切れ、画像が実験設備のような場所に切り替わった。先ほどの実験室よりも、もう少し大きな設備のようだ。正面にはやや大きめの戦術強化外骨格を身にまとった男性が椅子に腰かけている。どうやら実験そのものの映像記録らしい。
『戦術的オペレータースーツ、稼働実験開始。ティアマトシステム正常起動。接続を開始します』
椅子に腰かけている男性の頭部を覆うようにしてバイザーヘルメットが装着され、周りにいる数人の作業員がヘルメットにケーブルを手際よく接続していく。
『こちら技術班の神谷。ティアマトシステムの正常接続を確認』
神谷と名乗る男性の声は映像に映し出されてはいない。音声のみが記録されているのだろう。
『指令班、岡部です。被験者の心肺機能、脳波異常ありません』
『ちょっと待て、強化外骨格がちょっときつい気がする。胸のあたりが苦しい』
椅子に座る男が胸のあたりを抑えている。
『長谷、お前太ったんじゃないか?』
『神谷、冗談はよせ。出撃前で減量していたからそんなはずはない。指令班、確認を頼む』
『ティアマトシステム、強化外骨格の各システムに異常ありません』
その時、椅子に腰かけていた男が突然立ち上がり、そのまま床を転がるようにしてもがきだした。カメラはその男性を追うように焦点を合わせていく。
「わああああ、何だこれはっ」
うめき声をあげ続ける男性に、複数人の作業スタッフが駆け寄るが、強化外骨格にサポートされた強靭な四肢が、駆け付けた作業員をいとも簡単にはねのけていく。
『心拍数上昇、血圧低下。危険です。実験を中止してください』
『どうした? 何が起こっている』
『頭がああ、腕がああ……』
もがき続ける被験者の男性に対して、なすすべもなく立ち尽くす作業員たち。被験者をよく見ると、彼が身にまとっていいる強化外骨格は、 体内に深く食い込んでいるのが分かった。
不自然に体が細くなったかと思えばいきなり膨張し、やがて辺りに真っ赤な血しぶきが飛び散る。強化外骨格が被験者の体内に侵入し大動脈を切断したのだろう。
『心拍数増加。長谷准尉はまだ生きています』
『岡部、落ち着け、そんなはずはない。あの状況で生きているなんてあり得ない』
『神谷さん、長谷准尉が、立ち上がりました』
長谷と呼ばれたその被験者は、身体と一体化した真っ黒な強化外骨格をまとい、ゆっくりと歩き出した。背部から延びる2本の金属棒を両手に持つと、彼を取り巻く作業員をなぎ払っていく。長谷の顔面はその半分以上が闇色の強化外骨格に覆われ、赤い眼だけがその金属外装から覗いているのが見えた。
「これは……ドローン。あれはヒトそのものだったのか……」
映像はここで切り替わり、複数の画面が連続して映し出される。
『田辺重工の生命外個体研究所から逃走したドローンは、南関東州の横浜エリアに潜伏している模様……』
『臨時ニュースをお伝えします。横浜を壊滅させたドローンはその個体数を急激に増やしていることから、田邊重工はドローンが自己増殖機能を獲得したものという見解を発表しました』
『ドローンは人間のDNAを模した遺伝物質をそのコアに含んでいるようで、急速な複製能力と、変異能力を兼ね備えているようです』
『進化、という現象をこれまで目撃したことがあったでしょうか。まさにドローンは常にその様相を進化させ新たな機能を次々と獲得しています』
『ヒトと機械の融合個体、ドローンの進化スピードはわれわれの生物学的知見を凌駕している……』
「一体……。これは……」
次々と目まぐるしく切り替わる画像に視線と思考がついていかない。一瞬端末が壊れてしまったかと思ったが、膨大な音声と映像はやがてピタと止まった。最後に映し出されていたのは、冒頭も登場したマイクを持った女性だ。緊迫した面持ちで、静かに、ゆっくりと話し始める。
『本日未明、国家公安局は戒厳令を発令しました。関東全区域にドローン襲撃の恐れがあります』
そこで映像は途切れた。辺りが一瞬だけ静寂に包まれる。空調設備の起動音だけが微かに聞こえる中で、確かに僕の耳まで届いてくるペタペタという音。映像と音声に夢中になっていたせいか、階段下から聞こえてくるこの不快な音に気付いたときには、それはもう視界に入っていた。
やや茶色がかった髪。切りそろえられた前髪と小柄な体型。目の前をゆっくりとこちらに向かってくるのは仁美結良だ。
「結良……」
――彼女は死んだはずだ。結良がここにいるはずがない。
結良のような何かは僕の正面で立ち止まった。あまりに衝撃的な出来事で身動き一つとれない。彼女の腰から下にかけて闇色の金属がまとわりついていることからも目の前にいるのはヒトではない何か。そう、ドローンだと直観的に理解した。
『ドローンの進化スピードはわれわれの生物学的知見を凌駕している…』
『ヒトと機械の融合個体……』
先ほどの映像の音声が僕の頭の中を駆け巡る。
「か え で く ん……」
辿々しくはあれど、その声は結良そのものだった。だけれど、結良は僕を楓君とは呼ばない。
「どうやって、ここまで来た……」
彼女の右手から何かがガチャリと音を立てて落下した。銀色と肌色の中間のような色彩。イーリスの接合部を含むそれはレシアスの右手だ。肘からやや手首よりで綺麗に切断されていた。
「かえでくん……、帰ろう」
一体……。どこに帰ると言うんだ。
「ねえ、楓君?」
今度は、はっきりと聞こえた。結良そのものの声。
「一緒になろう? キミもそう望んでいるんでしょう」
「来るな……。お前は結良じゃない」
結良を模したドローンは僕に向かって左手を伸ばす。まるで手をとってと言わんばかりな表情をその顔に湛えて。
「片手で数え切れるほどの希望しかなくても、それに気づくことができれば、きっとそれは幸せなことだよ。だから一緒に行こう」
「結良の真似をするな」
一瞬、彼女の目つきがこわばった。同時に、先端が鋭く鋭利な金属の棒が結良の左腕からまっすぐに延び、僕の喉を貫通したようだ。視界が真っ赤に染まり、次の瞬間、ぼんやりと視野に入ったのはこの部屋の天井だった。
「夢も希望もないと気づいたところから始めればいいじゃない」
★
『クラウド1からクラウド0へ。現在関東インターシティー上空に到達。視界は良好。ドローンや生物体の視認はできない』
『クラウド0了解。救難信号は旧田邊重工本社区画から発せられている。引き続き捜索を頼む』
「しかし、これはひでえな。何もかも破壊されてやがる」
「確かにひどいねぇ。関東の連中はエンフォーサーなんてものを作っちまったからドローンの標的にされてるってことが分かんないのかね。まあ、自壊というより他ないな」
『クラウド0からクラウド1へ。田辺重工旧本社区画に生存反応あり』
『クラウド1、了解』
「おい、あそこ見ろっ。ヒトだ。こっちに手を振っている!」
『クラウド1、生存者を確認した。女性1名だ。他に生存者は確認できない。直ちに救出に向かう」
――Fin:『進化のその先に……』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます