17 初仕事
無言で肉を食べ続けるだけのパーティは1時間ほど続いた。食べ飽きた者から勝手に抜け、ダンプに産廃を満載にして置場を出て行った。最後に児玉と脇田が残った。
「俺もそろそろ」
「どこへ捨てるつもりだ」
「名取か相馬なら土地感がありますから」
「名取は空港を再開すんのになんもなくなっちまって隠れるとこがねえぞ。相馬は放射能がひでえ」
「わかりやした。なんとかします」
「オメエ、筋がよさそうだ。初日が肝心だからしっかりやれや」
児玉はダンプに乗り込むとゴミ山に荷台を寄せ、ユンボの運転席に乗り移って自分で産廃を積み込んだ。児玉が器用にユンボを操るのを、脇田は満足そうに眺めていた。
児玉はダンプを東に向かって走らせながら、脇田から預かった携帯で朱雀隊のナオに連絡をとった。
「俺だよ、オメエ、だいじょうぶだったか」
「ああ、あんたか。ごめん、あたし、あんた騙したの」
「どういう意味だよ」
「あのフェラーリ男、あたしらよく知ってんのよ」
「破鬼田のあにいをか」
「ヤブさんにはね、ときどき穴を紹介してもらってっから」
「じゃ、捕まったってのはやらせか」
「ごめん」
「ま、いいや。今俺もダンプ転がしてんだ」
「原発に売られたんじゃなかったんだ」
「年齢制限てやつか。60歳以上だっつうからな。40くれえならごまかしもきくけど、俺はむりだわ」児玉は聞きかじりの知識に想像を交えて口からでまかせを言った。
「そっか。仕事あってよかったじゃん」
「オメエはどこだよ」
「あたしらは今、千葉の旭よ」
「不法投棄か」
「違うよ。災害ゴミ運んでんのよ。けっこうすごいんだよ。旭では産廃屋が処理してんの」
「捨てるとこあんのか」
「とりあえず漁港とか海岸とか学校とかに積んでおいてね、そこから産廃屋さんに運んでんの」
「まっとうな仕事やってんじゃん」
「あたしら全員収運(産業廃棄物収集運搬業許可)持ってんのよ。リカが取れってから面倒くさいけど取ったんだけど、こんな時は役に立つわ。用車(無許可車両の借り上げ)はだめだってから、収運ないと運べないかんね。あんたはなに運んでんの」
「俺は砂とか」児玉はウソをついた。「東北も千葉も同じかな」
「ぜんぜん違うよ。そっちは便乗投棄がすごいって聞いたよ」
「なんだよそれ」
「外からガレキを捨てに来てるって」
「ほんとかよ。それ、やばくねえのか」ナオに図星を指され、児玉は少しあせった。
「だってわかんないでしょう。うちらも不法投棄やんないかって誘われたけど、リカが断れって。リカがカシラだから。それで千葉に来たけどさ、いちんち何回も運ぶから体も油もしんどいわ。夜なら1回でしょう。ねえ、川崎に戻れんなら、飲み行こうよ」
「戻れるわけねえだろ。ずっと福島だわ」
「じゃ、仙台はどう。リカが仙台の物件買ったってから」
「物件てなんだよ」
「お店よ。キャバがいぬきで売りに出たの買ったの。地震の後、ガスも電気もなくて、女の子とかみんな辞めたんで閉店した店なんだってよ。リカによると仙台はこれから日銭稼ぎの連中が集まるからお水は儲かるって」
「リカが自分でやんのか。ダンプ屋なのによう」
「それはわかんない。もしもリカがやるんだったら来てくれるよね」
「かん…」
返事を言い終える前に電波が切れた。被災地に近づくと電波が悪かった。ナオに電話なんかするんじゃなかったと後悔した。破鬼田とつながっているとすれば、原発から逃げた自分の所在を知られたかもしれなかった。
杞憂は当たった。電波が回復するとすぐに着信があった。
「てめえなんで逃げた」破鬼田からだった。
「逃げてないっすよ。年齢制限で」
「なわけねえ。オメエの歳は60歳になってんだ」
「一目でバレバレでしょう」
「誰も見てねえよ。さっさと原発に戻るか、代わりを誰か探せや。こっちはもう金もらってんだよ。頭数が足らねえとやべえんだ」
「俺の知ったことじゃないっすよ」
「あんだとこの野郎」
「破鬼田さん、破門されたなら、もう俺らのあにいじゃないっしょ。もともと組もちがあし、なんで命令聞く必要あるんすか。それに親分が死んだのだって、俺は腑に落ちないことあるんすよ」
「もいっぺん言ってみろ」
「腑に落ちないって言ってんすよ」
「おうしわかった。居場所ぐれえすぐにわかんだ。どうせてめえができることなんか知れてっからな」
「会津若松の脇実組に世話んなってますよ」児玉は開き直って言った。
「ほう、上等じゃねえか。じゃ、オメエの社長に俺が挨拶に行くと言っとけや」
「社長じゃないすよ。組長っすよ」
「とにかく首洗って待ったれや」破鬼田は不機嫌そうに電話を切った。破鬼田は来ないだろうと児玉は思った。どんなに小さい組でも組長は組長、破門された破鬼田よりも脇田のほうが格上なのだ。
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