第2章 不法投棄

13 穴

 デッキでうとうとした児玉はまたあの夢を見た。あんまり何度も見た夢なので、もはや現実の一部になってしまっていた。鷹目が死んだ時の夢だった。

 いつもは穴(廃棄物の捨て場)に来たことがない鷹目が、その晩にかぎって自分で穴を仕切っていた。児玉は1人でオペをやっていた。鷹目が特別に深い穴を掘るように指示したので、なにかやばいブツを埋めるのだと察していた。ダンプの荷台から滑り落ちた汚泥が跳ね、穴を覗き込んでいた鷹目の顔に当たった。よろけたところへタイミング悪くユンボのバケットを振り回してしまった。穴では誰もヘルメットなんか着けない。鋼鉄の爪が、ほんのちょっと後頭部をかすめた程度だったのに、ゴボッと鈍い音がして、鷹目の体は弾き飛ばされたダミー人形のように穴に落ちた。

 「親分、親分」児玉は大急ぎでユンボの運転席から穴に飛び降りた。

 鷹目の顔は血まみれだった。トマトを握りつぶしたみたいに、耳からも鼻からも口からも血が吹き出していた。

 「親分、親分」意識があるのかないのかわからない鷹目の名を児玉は呼び続けた。順番待ちをしていたダンプの運転手たちも何事かと穴の縁に集まってきた。

 「やばいっすよ。俺ら、帰ります」

 「そうだ、とばっちりはごめんだ」運転手たちは口々に言うと、我先にダンプをUターンさせた。

 エンジン音が次々に遠ざかり、やがて現場は静寂に包まれた。ぞっとするような静けさだった。児玉は膝の上に抱き抱えていた鷹目の体を、泥の上にそっと寝かせた。もうぴくりとも動かず、血潮の勢いもいくらか弱まったようだった。ところが穴の外に這い出ようとすると、鷹目の左手がすうっと動いて、足首を掴んだ。生きているのか、それともゾンビになったのか。ぞっとして飛びのいたが、左手は容易に外れなかった。児玉は自由な足で鷹目の脇腹を蹴り飛ばした。そのはずみで足首がやっと抜けた。穴のどこかで鷹目が落とした携帯が鳴った。着信を知らせる赤色のランプが、暗闇の中で魔物の目のように点滅した。こんな時に誰からだ。瀕死の鷹目を穴の底に残したまま、児玉は鉄板に手をかけ、やっとの思いで穴の外へ這い上がった。着信音が息絶えたように止んだ。

 「おい、おい、おおい。誰かいないのかよ。おおい、おおい」

 誰も答えなかった。助けを呼ぼうとして、児玉は自分も携帯を落としたのに気づいた。携帯を探しに穴に戻る勇気がなく、助けを呼びに車で山を降りた。児玉の通報で救急車がかけつけた時には、鷹目は死んでいた。崩れた産廃に埋まっていたのだ。

 鷹目は穴の底でまだ生きていて、児玉が助けを呼びに行っている間に、廃棄物が自然に崩れて生き埋めになった。それが国選弁護士の組み立てたシナリオだった。業務上過失傷害罪を適用するように申し立てるための方便なのは見え透いていた。検事は頭部の外傷が致命傷だったとして、業務上過失致死罪を適用する方針だった。起訴を目前に警察署が地震と津波で全壊して釈放されたが、不起訴と決まったわけではなかった。

 留置場の中で何度も何度も鷹目に足首を捉まれる夢を見た。あの時穴の外に出していれば、鷹目は生き埋めになることなく、命だけは助かったかもしれない。人力で引っ張り出すのはむりだったが、ユンボのバケットに乗せてやれば容易だったはずだ。

 不審な点もあった。児玉が救急隊を呼んでから穴に戻った時、ユンボを動かした形跡があったのだ。誰かが故意に廃棄物を穴に被せたのかもしれなかった。だが、児玉はその事を最後まで警察には言わなかった。どっちみち有罪は免れないなら、事件を複雑にすることはないと思った。児玉を原発に厄介払いしようとした破鬼田が、なにか鷹目の死に関与していたのかもしれないと、今さらに気づいた。

 実は、夢の本番はそこからだった。穴に置き去りにされた瀕死の鷹目は、携帯を拾って破鬼田に助けを求めた。鷹目の携帯の着信は破鬼田からだったのだ。穴にかけつけた破鬼田は、鷹目を助けるどころか生き埋めにして息の根を止め、罪を児玉に着せ、組を乗っ取る計画を立てた。破鬼田の計画はまんまと成功して、児玉は親分殺しの汚名を着せられた。だが地震でシナリオが狂い、児玉は川崎に舞い戻った。破鬼田は児玉を始末しようと落合をけしかけた。児玉がなにも知らないと安心したかどうかえあからなかっったが、川崎に居られてはじゃまだと思い、原発に送り込む算段をしたのだ。

 これが夢かと児玉は思った。これは現実だ。考えれば考えるほど、親分殺しの罪を破鬼田に着せられたとしか考えられなかった。

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