12 人買い
黒服たちからなんとか逃れきった児玉は、ネットカフェで夜を明かし、約束の5時前に山伊田一家の事務所に戻った。梶原一家若頭の縁本が児玉を待っていた。
「原発で働きてえってのはてめえか。ふうん、60歳以上限定なんだがよ、オペができんなら試しに行ってみろ」
「日当はほんとに8万なんすか」
「さあな、俺も正直わからねえ。住み込みで食費もタダだと聞いたけど命の補償はねえぜ」
「わかってます」
「怖かねえのか」
「ムショよりかましっしょ。俺まだこれから裁判だし」
「保釈中か」
「そんなとこっす。福島ならちょうどいいっすよ」
「おかしな野郎だな」
「原発の作業員てのは一体なにやるんすかね」
「おおかたガレキの片づけだろうよ。めちゃくちゃに壊れちまってるからな」
「そんなら割がいいすね。穴じゃ夜どおしこき使われて1万ぽっちすから」
「穴にいたのか。なるほど、鷹目をおっちなせたのはてめえだったか。ヤブもかんげえたな」
「俺は親分殺ってないすよ」
「まあええわ。もうじきバスがくっから」
しばらく待っていると縁本が集めた作業員を運ぶためのバスが到着した。廃車同然の路線バスを叩いて借りたもので、座り心地は最悪だった。バスは順繰りに集めた作業員を乗せ、たちまち満席になった。児玉以外の全員が老人で、しかも大半は公園に寝泊りしているホームレスだった。頭数さえ揃えば誰でもいいのだ。20歳そこそこの児玉は浮きまくっていた。バスは国道1号線を西に向かった。
「どこ行くんすか。そっちは福島とは逆方向すけど」児玉は運転手に尋ねた。
「三島だよ」
「あ、どこすかそれ」
「静岡だ。そっからフェリーが出るんだ」
「へえ、フェリーね。そんなしゃれたもんで。で、なんで東名で行かねえんすか」
「時間たっぷりあんだろう。それにな、このオンボロバスじゃ、高速はエンジンが持たねえよ」
「ちげえねえかも」児玉が席に戻ろうとすると、もう自分の席はなかった。床に胡坐をかいてみたが、振動でとても座っていられなかった。
どこまでけちなのか、バスはとうとう最期まで高速を使わず国道1号線をひた走り、5時間がかりで三島についた。フェリー埠頭は集められた数千人の作業員であふれかえっていた。名簿に適当な名前を書き、握り飯とペットボトルのお茶をもらって船に乗り込んだ。船室の場所取りは早い者勝ちだった。児玉ははなから船室のベッドをあきらめてデッキに上がった。各地からかき集められた有象無象の作業員が続々と乗り込み、空いていたデッキもやがて歩くにも難渋するほどの混雑になった。フェリーをチャーターしてしまうくらいだから、原発の人集めは何億円も儲かるんだろうと児玉にも察しがついた。ヤクザが血眼になるわけだ。しかし、こんな時、ヤクザじゃなくて誰が命知らずの作業員を何千人も集められるだろうか。今に始まったことじゃない。江戸時代からずっとそれがヤクザの本分だった。
ボーッと汽笛が鳴り、乗船定員をはるかにオーバーした状態で、フェリーは静かに岸壁を離れた。この何千人もの作業員の中で、原発の爆発を間近に見たことがあるのは自分だけだ。そう思うと不思議と優越感が沸いてきた。配られた握り飯を食べ、お茶を飲み干すと、やることはなにもなかった。寝れるうちに寝ておこうと思い、児玉はリュックを枕にして横になった。リカのクローゼットから拝借してきたコートの襟についた狸の毛皮から、甘い女の香りがして、児玉は激しくくしゃみをした。
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