第四話 幼刀 ― 弐 ―

「おっはー!」

 後ろから突然声を掛けられる。思わず敵でないと分かっていても身構えてしまう。


「お、おはよう。朝から夏希は元気だね」

夏希は頬の前でピースを作り上目遣いで言った。


「私から元気を取ったら、可愛さしか残らないじゃん?」

 流行りのあざといポーズを決め続ける。


「残るのはバカな頭だろ」

「うるさいバカチカ!」

 伊織の背後から鷹近がやってきた。

 結局いつもの三人が揃う形になり、ますます代わり映えがしなくなった。

 伊織はふたりのいつもの言い合いを聞きながら周りを見渡した。何も変わらない。この町はまだ、自分に近づいている災厄に気付いていない。決して悪いことではない。

僕の目的は、みんなが煙に気付く前に火を消してしまうことだ。誰ひとり不安を感じさせないように。


「おい伊織どこ見てんだ」

「ごめん。なんかいつもと変わらないなと思って」

「確かにそうかも。学年が上がったからっていきなりその人が変わるわけでもないし。一年生が入ってくるぐらいじゃない?」


「俺たちに後輩ができるか。……可愛い娘、いるといいな」

「心配しなくても私がヤリチン野郎ってことばらしてあげるから」

「てっめえマジでやったらぶっ殺すぞ!」

「うわー! ヤリチンに犯されるー!」

「おい夏希! お前マジで一年に聞こえんだろ!」

 夏希と鷹近はそのまま走って行ってしまった。

 クラスが一緒でもそうじゃなくても二人とは友達でいられそうだと伊織は思った。

 ふたりを追いかけるように伊織は校舎へ急いだ。


「二年三組か」

 下駄箱の前に張り出されていた自分のクラスを確認する。自分以外の名前は極力見ないように努力し楽しみを残したまま教室へ向かった。

 途中で一年生とすれ違い、あいさつをされた。ここでやっと先輩になった実感が湧いてきた。

 二年三組の教室の前まで着いた。

廊下では各教室から歓喜の声やクラス分けを嘆く声が聞こえてくる。クラス分けは、どの行事よりも緊張する。

扉に手を掛けたところで「いきなり前から入るのは目立つ」と思い、伊織は後ろの扉からこっそり顔を出すように入った。


「伊織! 私も鷹近も一緒だよ!」

「よう伊織、結局なんも変わんねえな」

「僕たちには何か不思議な縁があるのかもね」

 蓋を開けてみればいつもの三人。

 運命というものを神様が決めたなら、僕は感謝しなくてはいけない。


「改めてまた一年よろしくね、伊織!」

「こちらこそ」

 夏希はいつもと変わらない笑顔で言った。

 教室には見慣れた顔が数人、大半は違うクラスだった生徒だ。

 みんな自分のクラス内での地位を定めるためにカーストの高そうな人物に集まっている。

 カースト上位のグループに属すれば相対的に自分の地位も上がる。

この時期に形成されたグループが大きく変わることはない。

女子は夏希を筆頭にしたグループと、高垣紗凪子(たかがきさなこ)を筆頭としたグループが最大勢力になりそうだ。

 一方の男子だが、そもそも女子に比べて群れない傾向があり、大小のグループはあれで女子ほどの派閥にまでは発展していない。鷹近は男子のなかでも高い地位にいるが本人は男子の群れに興味はなく、どこに属すわけでもない。

 伊織は話しかける男子を選ぶが、初対面でいきなり声を掛けられる勇気はなかった。いつもならここで、あきらめてしまうところだが、今日は一握りの勇気を振り絞り、数人に声をかけた。自分でも成長したと思える行動だった。まずは、笑顔で話しかけた。


「はじめまして。僕は兵藤伊織って言います。よろしくお願いします」

 そして相手が返事をしてくれるのを待つ。

 相手が返してくれたところで。


「一年間よろしくお願いします。……それで、連絡先交換していただけませんか?」

 相手に連絡先を聞く。

 SNSのつながりを持つことが現代で必須になる。

 手軽に交換できることもあり相手からの了解を得やすい。

 事前にネットで調べた情報と、夏希から教えてもらった「友達の作り方」を参考にして、何人かの男子と交換することができた。

 ……これでクラスに溶け込める!

 思わず小さくガッツポーズをしてしまった。


「伊織、ねえ伊織!」

 余韻に浸っていると背中から声を掛けられた。


「やっぱあんたと一緒だったのね」

「って紗凪子⁉」

 後ろに立っていたのは高垣紗凪子だった。

 染めた髪をカールで巻き、爪は赤いマニキュアでいかにもギャルだ。しかし見た目に反して男子や女子に優しく多くの支持を得ている。男子人気の理由もうひとつあり、ギャップがいいらしい。


「今年はあんたと一緒らしいから、まあよろしく」

「紗凪子ずいぶん変わったね」

「うっさい!」

 挨拶を返す間もなく起こって行ってしまった。

 紗凪子とは長い付き合いだ。兵藤家を出て深織姉さんに拾われた。

十一歳だった伊織を深織は小学校に入れた。その時に同じクラスで伊織の面倒を見たのが始まりだ。当時の伊織は兵藤家のこともあり暗く、とても友達ができるような状態ではなかった。当時のクラスメイトも伊織を気味悪がって近寄らなかった。当人の伊織も自分事で回りが見えておらず、溝が深まっていた。小学生ながら今と変わらぬ正義感を持った紗凪子は、伊織を元気付けるために何度も近所だった伊織の家に通った。人に対して拒否反応を示していた伊織を無理やり外へ連れ出し、公園で友達と日が暮れるまで遊ばせた。

 伊織を立ち直らせるために、まず周りのクラスメイトとの壁をなくした。元々世話焼きの多いクラスで敵ではないと分かれば、すぐに協力して伊織を立ち直らせた。伊織の存在を全員が認め、伊織が自らの殻を破るときを待った。伊織が自ら手を差し伸べてきたとき、クラス全員で喜んだ。

 あの時の中心にいたのが紗凪子だった。


「さあ、お前ら席に着けよ」

 深織が教壇に立った。

 散らばっていた生徒が席に着く。


「知っているとは思うが一応、自己紹介をしておこう」

 深織に視線が集まった。


「今年一年間、お前らの担任になった倉間深織だ。私が担任になったんだ、お前らの一年を充実したものにできるよう導いてやる。しっかりついてこいよ、いいな!」

「はい!」

クラスができて初日だと忘れさせる一体感。深織がまだ新米教師であることに疑問を抱きたくなる。

 自己紹介は滞りなく進み、初日は授業らしい授業もないまま過ぎていった。

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幼刀物語 缶太朗 @IZUNO-KAN

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