第三話 幼刀 ― 壱 ―
冴村冰昏。彼女は兵藤真城の妖刀だった。
兵藤家は次期当主の真城とそれに反対する勢力が抗争状態に入り、冰昏は真城に「兵藤伊織の元へ逃げろ」と言い姿を消したという。
これで兼政がこの町に来た理由が分かった。アイツは冰昏を奪いに来た。
僕は兵藤家の抗争にこの町を巻き込んでしまった。
恩を返すためにも兼政を倒さなければ。
しかし、今の自分が兼政に勝てるとは思えない。相手は妖刀使いだ。
妖刀に対抗できるのは妖刀しかない。
兵藤真城が冰昏を僕の元に送った真意は分からないが、妖刀があるなら使わない理由はない。
僕は命に代えてでも、この町を守る。
冰昏を自分の部屋に寝かせて伊織はリビングのテレビを付けた。特に見たい番組があったわけではないが、静かすぎるのも嫌なので部屋のBGM代わりにした。
……ふう。
色々ありすぎて疲れに気付いたのはソファーに腰かけた時だった。
たったひとつの事件が伊織を取り巻く状況を一気に変えていった。妖刀に兵藤家、一筋縄ではいかない問題が山積みになっていく。
「ただいま……何故女児の靴が家に?」
玄関から声が聞こえてきた。
あらぬ誤解を招きそうだったので急いで玄関に向かった。
「おかえり! ちょっと色々説明させて!」
牛丼屋の袋を片手に持った倉間深織(くらまみおり)が帰宅したところだった。
「あ、あぁ。わかった」
動揺が声にまで漏れている。
「深織姉さん、ほんとに違うから!」
「弟が女児を家に……」
ひとまず深織をリビングへ導き、ソファーに座らせ事情を説明した。
「兵藤家がこの町に来ていると」
「兼政は冰昏を狙ってるみたいなんだ」
深織の長い髪からは香水の匂いがした。
「今日は遅かったけど、どこ行ってきたの?」
「友達と飲み行く約束をしていたんだが、彼氏が部屋に来たからとすっぽかされてな」
「そ、そうなんだ」
倉間深織は伊織の通う赤雲高校の教師であり、クラスの担任でもある。兵藤家を出てから行き場のないところを助けてもらった。それ以来一緒に暮らしている。教師をしていたのは知っていたが、高校受験時に赤雲高校を調べたときに、教師の写真欄に載っていたときは驚いた。
クラスメイトや教師たちですら伊織と深織が同居しているとは知らない。学校に提出した住所は赤雲軒の多々良さんが用意してくれたものだ。兵藤家の出ということもあり、伊織の情報を知ることは学校にとって利益のないことだ。兵藤家との接点は無くせるだけ無くした方がいい。
「伊織はこれからどうする? 私は教師である前にお前の姉だ。弟の身を案じることの理由は十分だろう」
「僕は、兼政と戦うよ。この町のためにも」
「……なら、そうすればいい。お前がやりたいようにやればいいさ。心配は私がしてやる」
「ありがとう深織姉さん」
「……だが、二年になった今年は私が担任だ。勉学が疎かになるというなら話は別だぞ?
深織は意地悪く笑った。
「さあ、寝ろ寝ろ。明日は新学期初日だ、疲れた顔で行くんじゃないぞ」
「わかったよ。おやすみ深織姉さん」
「おやすみ」
肩にあった錘が軽くなった気がする。
余計な不安は深織によって取り除かれていた。
物置部屋の硬い床で寝た所為か体が痛い。痛みに響かないようにそっと体を起こす。
「おはようございます」
起き上がると部屋の前に冰昏が立っていた。
「お、おはよう」
どこかで昨日の出来事は全部、夢なんじゃないかと思っていたが、そんな淡い期待はすぐに打ち消された。
「朝食を済ませるように、と深織様から」
「了解。でも、その「様」を付けるのは無しにしよう」
こくりと小さく頷いた。
着替えを済ませ朝食を取りにリビングへ向かった。
リビングの真ん中に置かれたテーブルに朝食が用意されていた。
卵焼きにキャベツのサラダ、ごく普通のメニューだ。
「簡単な物で悪いな」
普段料理をしない深織にすれば簡単な物ではないはずだ。
「深織姉さん料理上手くなったんじゃない?」
「そ、そうか? 不味くはないと思うんだが……」
「……美味しい! やっぱり上手くなってるよ!」
「なら良かった」
深織はほっと胸を撫で下ろした。
隣で冰昏がまじまじと料理を見つめている。
「食べないの?」
「いえ、いただきます」
冰昏は小さな手で橋を握り、ゆっくりと卵焼きをひとかけら口に入れた。
「……おいしい、です」
「そうか、それは良かった」
深織が笑顔で冰昏の頭を撫でた。
冰昏はゆっくりと箸を動かしながら料理を食べ切った。
「ごちそうさま、でした」
「お粗末様。皿は私が洗っておくから伊織は学校行っときな」
「でも、深織姉さんだって今日は学校じゃ」
「私は多少遅れてもいいんだ。それより初日はなるべく友達を作る時間を増やした方がいいだろ。それに冰昏ちゃんのこともある」
すっかり忘れていたが、この家には昼間人がいない。その中に少女を一人置いておくのはまずい。
「少しの間なら保健室で面倒を見てくれるそうだ」
「なら大丈夫かな」
伊織は自室へ向かい支度を済ませた。
新学期が今日から始まるんだ。去年は夏希や鷹近がいてくれたからクラスに馴染めたけど、今年も一緒かどうかはわからない。誰かに頼ることなく自分の力で友人を作らなきゃ。
洗面所でいつもより冷たい水で顔を洗った。
「深織姉さん、いってきます! あと冰昏も!」
「いってらっしゃい。気を付けて行きなさいよ」
「……いって、らっしゃい」
冰昏の不器用な挨拶を聞き届けてから小走りで学校へ向かった。
いろんなことが町で起ころうとしていても自分の生活を崩すな、と深織姉さんに口酸っぱく言われた。気持ちは晴れないが、外面だけでも明るく取り繕わなくては心配をかけてしまう。今は笑顔でいることを心掛けなければ。
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